沈黙(遠藤周作)のあらすじ:ハリウッド近作映画 原作の世界

 


やあやあサイ象です。

「感想文の書き方」シリーズも
今回ではや第123回((((((ノ゚⊿゚)ノ

「あらすじ」暴露サービスとしては
第75弾となります。

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今回はマーティン・スコセッシ監督の
ハリウッド映画(窪塚洋介、浅野忠信
ら出演)が制作中と伝えられる
遠藤周作の名作『沈黙』(1966)に挑戦!
 


さて、一口に「あらすじ」を、といっても、
話の骨子だけでいいという場合から、
読書感想文を書くんだから
分析・解説つきの詳しいものがほしい、
という場合まで、千差万別でしょう。


そこで出血大サービス((((((ノ゚⊿゚)ノ

「ごく簡単なあらすじ」と
「やや詳しいあらすじ」の
2ヴァージョンを用意しましたよ~~(^^)у


👉 ごく簡単なあらすじ(要約)

まずはぎゅっと要約した
「ごく簡単なあらすじ」。

イエズス会の高名な神学者フェレイラ
が日本で棄教したとの報せがローマに
届き、弟子の司祭、ロドリゴは
同僚ガルペとともに、その真偽を
知るべく日本に布教に向かう。

寄港したマカオで出会った日本人、
キチジローの案内で五島列島の
隠れ切支丹の村に潜入する。

村人が奉行所で踏絵を踏まされ、
さらに唾を掛けろと言われるが、
モキチとイチゾウはこれを拒否して
殉教し、従ったキチジローは
釈放される。

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ロドリゴはガルベと別の舟で村を
逃れるが、やがてキチジローに
売られる形で捕まる。

長崎奉行所で再会したフェレイラ
から、彼のこれまでの経緯と、
自分が転ばなければ信者たちの
拷問も終わらないことを聞かされ、
ロドリゴは悩んだ末、踏絵を踏む。

今後は江戸の邸に住み、日本名を
名乗り、日本妻もめとって
暮らすようにいわれる。


どうでしょう?

え? なんだかよくわからん?


まあ、そうかもしれません。

それに、仮にも感想文を書くとなれば、
やはり文章がないとお話になりませんよね。

ハイ、そういうわけで、やっぱり
「やや詳しい」ヴァージョンの
「あらすじ」を読んでいただくほかない、
ということになります。


この作品、「まえがき」と末尾の
「切支丹屋敷役人日記」の間に
Ⅰ~Ⅹの全10章が置かれる形に
なっていますが、Ⅰ~Ⅳは
「セバスチァン・ロドリゴの書簡」、
Ⅴ~Ⅹは三人称の客観小説の形で
叙述されます。


以下の「やや詳しいあらすじ」では
わかりやすさをおもんぱかって、
これらを「起・承・転・結」の4部に
割り振っています。

「 」内と「”」の囲みは
原文の引用です。



👉 やや詳しいあらすじ


【起】(まえがき、Ⅰ~Ⅱ)
島原の乱が収束して間もないころ、
イエズス会の高名な神学者である
クリストヴァン・フェレイラが、
布教に赴いた日本での苛酷な弾圧に
屈して、棄教したという報せが
ローマにもたらされた。

フェレイラの弟子である「私」こと
ポルトガル人司祭のセバスチャン・
ロドリゴとフランシス・ガルペは
布教目的の日本潜入に向け出航する
が、恩師の棄教の真否を確かめる
という副次的な意図ももっていた。

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寄港したマカオで酒に溺れる
「卑怯な弱虫」の日本人、
キチジローと知り合う。

五島列島に到着し、キチジローの
案内で隠れ切支丹(キリスト教徒)
の里、トモギ村に迎え入れられる。



【承】(Ⅲ~Ⅳ)
村人の話から、キチジローが
「一度ころんだ切支丹」と知れる。

すなわち8年前、密告され取り調べを
受けて、踏絵(キリストの顔を描いた
聖画)を踏むように言われたとき、
兄妹は拒絶して殉教したのに、
自分だけ直ちに踏んで(棄教して)
生き延びた男だと。


村人のモキチ、イチゾウとキチジロー
が奉行所へ出頭することとなり、
踏絵を踏まされそうだというので、
私は「踏んでもいい」と言う。

彼らが奉行所でそれを踏むと、次には
「この踏絵に唾をかけ、聖母は淫売だ」
と言ってみよと命じられる。

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キチジローだけがこれに従って
釈放され、モキチとイチゾウは水磔
(すいたく)で殉教。

「万一神がいなかったならば〔中略〕
何という滑稽なことだ」という
「不快な想念」に私は襲われる。

最大の罪は神にたいする絶望だ
ということはもちろん知って
いましたが、なぜ、神は黙って
おられるのかが私には
わからなかった。
〔中略〕
この不快な想念が〔中略〕
怖ろしかった。
もしそれを肯定すれば、
私の今日までのすべては、
すべて打ち消されるのです。


私はガルベと別の舟で村を逃れて
別の陸地に上陸し、そこに現れた
キチジローとしばらく道中を
ともにするが、やがて役人に捕まり、
キチジローが(ユダのように)
金で私を売ったのだと知れる。

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【転】(Ⅴ~Ⅷ)
連行されるロドリゴの行列を、
泣きながら必死で追いかける
キチジロー。

長崎奉行所でロドリゴは棄教した師の
フェレイラと出会い、さらにかつては
自身も信者であり棄教したという
長崎奉行、井上筑後守と対話する。


キリスト教は  Samurai_in_gala_costume
日本には根づかない、「土の違い、
水の違い」があるからだという井上の
指摘に対し、ロドリゴは「正」は
あくまで「普遍」だと主張することで、
心理的に「自分を英雄にして」いく。


入れられた牢屋の窓にキチジローが
来て、自分はモキチやイチゾウの
ように「強うなれまっせん」などと
言い分を叫ぶが、「悪人の強さや
美しさ」さえないキチジローを蔑む
ロドリゴは、「け」と呟くのみ。

神の栄光に満ちた殉教を思念する
獄中のロドリゴのもとに、夜半、
フェレイラが来て、棄教を勧める。

これを拒絶するロドリゴは、遠く
から響く鼾(いびき)のような音を
止めてくれないかと叫ぶ。

フェレイラはその声が鼾ではなく、
拷問を受ける信者のうめき声である
こと、彼ら自身はすでに棄教を
誓っていながら、ロドリゴが棄教
しない限りは許されない状況に
あることを告げる。

また自分の棄教も、井上筑後守の
この狡知に攻め落とされた
結果だとという。

お前があくまで信仰を守ろうと
するのは「彼等より自分が大事」で
「このわしのように教会の汚点と
なるのが怖ろしいからだ」と責め、
こう言い放つ。

「たしかに基督は、彼等のために、
転んだだろう」

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奉行所の中庭で、フェレイラに
励まされ踏絵に足をかけたロドリゴは
「足に鈍い重い痛み」を感じる。

その時、踏むがいいと銅板の
あの人は司祭に向かって
言った。
〔中略〕
私はお前たちに踏まれるため、
この世に生まれ、お前たちの
痛さを分つために十字架を
背負ったのだ。



【結】(Ⅸ~Ⅹ)
長崎にあてがわれた家で
ロドリゴは思う。

自分が「転んだ」のは百姓たちを
救う「愛の行為」ではあったが、
それを「口実にして自分の弱さを
正当化した」のかもしれない。

この意味で、あのキチジローと
大きな違いはない。

ただ、今や「私は聖職者たちが
教会で教えている神と私の主は
別のものだと知っている」

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年が明けると奉行から、今後は
江戸の邸に住み、死んだ男の名、
「岡田三右衛門」を名乗り、その
寡婦もめとればよいと言われる。

告悔(コンヒサン)をしに来た
キチジローにロドリゴは告げる。

強い者も弱い者もないのだ。
弱い者が強い者よりも
苦しまなかったと、
誰が断言できよう。


自分は主を裏切ったのではなく
「今までとはもっと違った形」で
愛しているのだとロドリゴは思う。

あの人は沈黙していた
のではなかった。
たとえあの人は沈黙していた
としても、私の今日までの
人生があの人について
語っていた。




👉 どう書く? 感想文

さあ、どうでしょう。

書けそうですか? 読書感想文。

「日本における(日本人にとっての)
キリスト教」という非常に重い主題を
追及した遠藤周作のライフワークとも
いえる、たいへん重要な作品ですね。


信仰の対象を足裏で踏みつけたり、
「淫売だ」と唾を吐きかけたり
させられる状況について、もし自分なら……
とその状況に身を置いて考えてみる、
というのがまずは感想文の王道でしょう。

でも、実際に信仰をもっていなければ、
そんなこと考えろといわれても、
本気ではできないかもしれませんね。

それなら、むしろ上記【転】の部分で
ロドリゴと論争する井上筑後守の側に
立って、(日本における)キリスト教の
限界を指摘してみてはどうでしょう。

実際それは、 samurai-161642_640
新井白石とシドッチの議論などの形で
文献が残されているのですから、
付き合わせて考えてみたら、とても
高度な感想文ないしレポート、あるいは
大学なみの論文ができてしまうでしょう。

そういえば、2014年NHK大河ドラマの
主人公、黒田官兵衛(孝高)も
切支丹に入信しましたね。

でも官兵衛ほど頭の切れる男ならば、
キリスト教の不合理な教義にそう
たやすく納得するはずはありません。

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そこには多分、井上筑後守や新井白石の
場合に似た論争もあったと思われる
のですが、残念ながらドラマでは
そこは描かれませんでした。

この問題に関しては、こちらの
記事をご参照ください。

軍師官兵衛のキリスト教入信:ほんとに”二流の人”だった?


キリスト教への懐疑というところへ
視野を広げるなら、ドストエフスキー
などと付き合わせてみるのも
面白いかもしれません。

ドストエフスキーをめぐっては、
こちらをどうぞ。
ドストエフスキー 罪と罰のあらすじ:簡単版と【詳細版 前編】
ドストエフスキー 罪と罰のあらすじ【詳細版 後編】と感想文



ん? 書けそうなテーマは
浮かんできたけど、具体的に
どう進めていいかわからない( ̄ヘ ̄)?

そういう人は、「感想文の書き方
《虎の巻》」を開陳している記事の
どれかを見てくださいね。

当ブログでは、日本と世界の
種々の文学作品について、
「あらすじ」や「感想文」関連の
お助け記事を量産しています。

参考になるものもあると思いますので、
どうぞこちらのリストからお探しください。

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ともかく頑張ってやりぬきましょー~~(^O^)/

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