俳句と川柳の違いは?子規・漱石にその極意を尋ねれば…

 


マザコンと
言われて母に
相談し    
            302881    

いきなりで失礼しました、サイ象です。

さてこの句、なかなか傑作……
ではないですか?

「句」といっても「俳句」ではなく
「川柳」だということになるんですが……
そいうえば、俳句と川柳ってそもそも
どこがどう違うんでしょうかね?

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Ψ 俳句と川柳はどう違う?

「575」の計17文字(正確には「文字」でなく
拍〔モーラ〕ですけど)の定型詩だという
点で同じなんですが、一般に思われている
違いとしては、以下のような点が
挙げられますね。

  1. 川柳は笑えるふざけたもので、
    俳句はまじめ…というか風流に
    風景を詠んだりする。

  2. 言葉づかいが俳句は文語的で
    川柳は口語的。

  3. 俳句には「季語」(季節を表す
    言葉)があり、川柳はなくていい。

  4. 俳句はには「切れ」があり、
    これを「や」とか「かな」とかの
    「切れ字」で作ることが多いが、
    川柳にはないのが普通。
より正確にいえば、俳句にはもっと細かい
規則もいろいろあって、またその規則を
固く考えるか、ゆるく見るかも俳人や
学者によってそれぞれ違うので、川柳との
違いも一概に定義できないんですね。

たとえば、俳句に「季語」は     ac220618640400322e6331bb55a80b15_s
絶対必要だとする人もあれば、

せきをしても
ひとり
          尾崎放哉

のような、「季語」もなければ「575」の
韻律さえ壊してしまった「無季俳句」・
「自由律俳句」も広く「俳句」と認める
立場もあるわけです。


それから上記4.の「切れ」というのは、
たとえば、かの有名な松尾芭蕉の

古池や
蛙(かわず)飛び込む
水の音
           weatherman-849792_640

という俳句なら、上の句「古池や」で
「意味の流れがいったん切れる」という
ことを言っているんですが、これも川柳には
全然ない…というわけではありません。

たとえば、江戸期の古川柳で、

亭主をば
尻に 他人は
腹へのせ  

なんていうのは、「亭主をば」で
切れているともいえるんじゃ
ないでしょうか。



Ψ 俳句は笑えない?

また上記1.の笑えるかという点ですが、
上にみた「古池」の句にしても、また
「せきをしてもひとり」にしても、ある
意外な発見が人を微笑させる…という
笑いの要素が含まれているとは
いえますよね。

またもっとしっかり笑える、笑わせる
俳句というのも沢山あります。

たとえば、

あら何ともなや
きのふは過ぎて
河豚汁(ふくとじる)
          松尾芭蕉

鶯や
餅に糞する
縁の先
          同

よって来て
話聞き居る
蟇(ひきがえる)
          正岡子規
                カエル
桃太郎は
桃 金太郎は
何からぞ
          同

叩かれて
昼の蚊を吐く
木魚哉
          夏目漱石

    126381
両方に
鬚のあるなり
猫の恋
          作者不詳

最後の「猫の恋」(これが春の季語)の
句は、ある句集に載っていたのを漱石が見て
ゲラゲラ笑っていた、と鏡子夫人が回想して
いるものです(『漱石の思い出』)。



Ψ 内容的・本質的な違いは?

つまり俳句もけっこう笑えるものだと
いえるんですが、それでも川柳の笑いとは
どうも性質が違うような気がする……

あるいはこの違いにこそ、俳句と川柳とに
線を引く分水嶺――根本的・本質的な違い――
が横たわっているのではないでしょうか?

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そこに目を付けることから、上に見てきた
ような「形式」上の違いではなく、むしろ
「内容」に立ち入っての本質的な相違を
指摘できるのでは……?

もしそのあたりを明快に説明できたなら、
周囲の人のあなたを見る目も俄然変わって
くること請け合いですよ~y(◎◎)y。


というわけで、今日はこの笑いの性質の
違いというところにこだわって、近代芸術
としての「俳句」の確立者たる正岡子規と、
その子規と切磋琢磨して俳句の腕を磨いた
親友、夏目漱石の言葉に耳を傾けながら、
考えていきたいと思うんです。

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Ψ 江戸・現代の川柳:傑作選

はじめに、川柳の笑いの質を体感して
いただくために、私が傑作と思う作品を
いくつか並べてみますね。

上に一句だけ紹介した古川柳は、「川柳」
という呼称の元になった大師匠、柄井川柳の
編纂した『誹風柳多留』(1765~)掲載の
句で、そこにはほかにもこんな傑作が
ザックザクあります。

本降りに
なって出て行く 
雨宿り 

寝ていても
団扇のうごく
親心
            5ca6753ef243c6d1247a573c7b7f6893_s
役人の
子はにぎにぎを
よく覚え

わが尻は
言わず たらいを 
ちいさがり

どうです? 笑えました?

では次に「サラリーマン川柳」などとして
さかんに制作されている現代の作品から。

テレビ欄
号泣とある
生放送

痩せていた
証拠のスカート
捨てられず

イチローを      野球猫matsui-anime
超えたと二浪の
息子言い

腹の子が
胸なでおろす
披露宴  



Ψ 抱腹絶倒か雅味か

笑っていただけましたよね?

そして、上に見た「笑える俳句」の
かもしだす笑いとの性質の違いも
体感していただけたでしょうか。

う~ん、微妙……ですか?


この違いについて子規はこう論じています。

川柳の滑稽は人をして抱腹絶倒
せしむるにあり。

俳句の滑稽はその間に
雅味(がみ)あるを要す。

  (『俳諧大要』明治28年/1895)

この根本的な違いがあるゆえに「俳句にして
川柳に近きは俳句の拙なる者」で、逆に
川柳で「俳句に近き」も「拙なる者」だと
斬り捨てるのです。

なるほど、     イチロー20090401_399482
そう言われればそんな気もします……

でもそれなら、俳句に必要とされるその
雅味」って一体なんなんでしょうか?


たとえば『日本』新聞の記者になった子規は
明治30年3月の同紙に連載した「明治
二十九年の俳句」で、当時まだ無名だった
漱石を「滑稽思想を有す」俳人として紹介
しましたが、そこに並べられた中には
こんな句がありました。

長けれど
何の糸瓜(へちま)と
さがりけり

明月や
丸きは僧の
影法師
            046281

鶏頭や
代官殿に
御意(ぎょい)得たし 

ふ~む、なるほど。

意外なことの発見による笑いが、
ふふっとこみ上げては来ますよね。

でもそれは「抱腹絶倒」させるかもしれない
川柳的な笑いとは根本的に
違うような感じです。

雅味」とは、このあたりの微妙な違いを
言い表そうとして持って来られた
語のように思われます。


ここで、話をわかりやすくするために、
子規が上記『俳諧大要』で「俳句とは
いふべからず」とまで完全否定した
有名な俳句を挙げておきましょう。

朝顔に
釣瓶(つるべ)取られて
もらひ水
           加賀の千代女

これなんか「俳句にして川柳に近きは
俳句の拙なる者」と子規がけなした
「拙なる」俳句の典型例……ということに
なるんじゃないでしょうか。

え? 言ってることがわからない?


それではやはり、俳句と川柳という兄弟が
(兄弟には違いないんですが、性格が
だいぶ違います)そもそも何を母胎として
生まれたものか、おさらいしておく必要が
ありそうですね。



Ψ 立ち上げるか、落とすか

兄弟の母胎ととなったのは「俳諧の連歌」
といわれるもので、これは「連歌」ですから
一人ではできず、何人かが「運座」と称して
座敷に座るなどして始めます。

最初に口火切った人の575の歌(発句)に
別の人が77の下の句を付け(付け句)、
さらに別の人がそれに575をの句を
付け……というふうに連綿と続けて
行くんですね。

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           松尾芭蕉像(平泉中尊寺) 

この「発句」が一人歩きをはじめ、やがて
独立した芸道のようになったのが「俳句」で
それは松尾芭蕉によって大成され、子規に
よって近代芸術化された、ということに
なっています。

これに対して川柳は、あとから付ける
「付け句」の575が独立してできた
別個のジャンル、というわけ。


俳句と川柳は、それぞれどうしても
この生い立ちを逃れることができません。

無粋なたとえをお許しいただければ、
俳句が「問題提起」的・「序論」的に
世界を立ち上げるのに対して、川柳は
すでにある世界を「結論」的に、または
落語のオチのように落とします。

だから俳句の場合は、立ち上がった
いいが、落ちないままに終わって、
読者を投げ出し、途方に暮れさせてしまう
ようなこともままあるんですね。

もともと「付け句」     ce66ce1c15972646b666f633d2dab4d1_s
である川柳は答えを出す側なので、
読者に””をつきつけるようなことは
ないわけですが、「発句」を出自とする
俳句は、むしろ””を投げかける
ことこそが身上なのです。


この意味で、加賀の千代女の「朝顔」の
句は完全に落としてしまっている点で
まさに川柳的といえますね。

これは子規にいわせれば「俗極まる」もの
(『俳諧大要』)、それこそ「雅味」の
正反対ということになります。

子規のこの俳句観で芭蕉の有名な
「古池や」の句を解釈するとどうなるか、
関心おありの向きはこちらへ。

芭蕉の俳句「古池や」の意味は?太宰・子規・漱石に聞く

また子規の俳句作品をめぐっては
こちらへどうぞ。

正岡子規の俳句:「雪の深さを…」ほか代表作8選を解説





Ψ 連想の世界を暗示する「扇のかなめ」

千代女の「朝顔」の句は、漱石もまた英国
留学中から書きためた『ノート』のなかで
「拙句」と斬り捨てていますが、それは
この『ノート』全体のキーワードになって
いる「暗示」(サジェスチョン)追求の
志向からして当然でした。

俳人として認められ始めた明治29-30年の
ころ、漱石は熊本の第五高等学校の教授
でしたが、そこの生徒だった寺田寅彦に
「先生、俳句とは一体どんなものですか」
と問われて、こう即答したといいます。

扇のかなめのような集注点を指摘し
描写して、それから放散する連想の
世界
を暗示するものである。 
         
  (寺田寅彦「夏目漱石先生の憶い出」)

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立ち上げられた「扇のかなめ」(集注点)から
放散し暗示される連想の世界
読者各自が心に描くところにこそ俳句の
雅味があるわけで、「もらひ水」の
ように落としてしまうのは、もはや
俳句ではないと言うんですね。


それでは、この尺度からするならば、
どのような句をもって秀句と
すべきなのでしょうか。

同じ時に寺田寅彦に漱石が示した
秀句はこれでした。

秋風や
白木の弓に
弦(つる)張らん
           向井去来

実はこの句、子規も『俳諧大要』で
「有難き佳句」と大いに称揚しているの
ですが、これに暗示されて連想の
世界
を広げて見よといわれても……
う~む┐( ̄ヘ ̄)┌ 現代人にはちょっと
厳しいんじゃないでしょうか。

これつまり…弓は神聖な武器で、武士は秋に
なると(夏はニカワがはげるので)弓に
新しく弦を張って稽古に励んだものだった
……というような知識が背景にあってはじめて
生き生きとした連想の世界
広がるわけですよね。


なので、平成の世にこれを秀句として
持ち出すのはかなり苦しいに違いない
わけですが、ともかく「佳き俳句」とは
どういうものかという批評尺度においての
子規と漱石の一致を見事に示す句だった、
ということになります。

上記の『ノート』や『文学論』に展開
された俳句論など、漱石の文学論・
芸術論にかんしてはこちらの
記事などもご覧ください。

夏目漱石「月が綺麗ですね」の出典は?I love youはこう訳せ?
森鴎外 舞姫でレポート・感想文:若き漱石・子規の反応は?
井伏鱒二 山椒魚:結末部分の削除を”俳句美学”で解釈すると




Ψ まとめ

さあ、これでもうあらかた
ご理解いただけましたよね。

俳句と川柳との本質的な違い。


最後にもう一つ、去来の師匠でもある
「俳聖」芭蕉の雅味ある笑いの句を
挙げておきましょう。

おもしろうて 
やがて悲しき 
鵜舟かな   
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「鵜舟」は鵜飼に使う舟ですね。

この句、「結論」(落とし)まで行って
しまったようにも見えますが、やはり
「問題提起」(暗示)的にとどまって
いるとも言えます。

何がどう「悲しい」かは読者の連想の
世界
にゆだねられているからです。

鵜飼に興味を持たれた方は
こちらの記事もご覧ください。

木曽川鵜飼の女性鵜匠 稲山琴美さんの舟にはいつなら乗れる?

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同じ意味で上に見た子規の
桃太郎は
桃 金太郎は
何からぞ

というのも、「抱腹絶倒」の川柳的笑いの
句のようでありながら、「何からぞ」と
問うて読者の連想の世界を喚起している
点で俳句的雅味の句だといえるわけです。

金太郎・桃太郎に関心をお持ちの
読者はこちらもご覧ください。

金太郎の正しいあらすじ:頼光の家来になって鬼退治?
桃太郎の真実は悪?「悪くない鬼を退治した」から?
       
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俳句も川柳ももともと「俳諧」で、「諧」
の字は要するに「諧謔」(滑稽、ユーモア)
の意味ですね。

この「諧謔」精神に発するものですから、
所持万般について「おもしろうて」…と
笑える発見をまず立ち上げてくれる
ことが前提です。

さらにその先に「悲しき」まで見えてくる
ような笑いか、そうでないか……そのへん
にも俳句と川柳の違いがありそうですね。


みなさんも、俳句か川柳かどちらか一句
(どちらでもいいけど、どちらかに決めて)
ひねってみませんか~:*:・( ̄∀ ̄)・:*:


             

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