私の読みはわたし?わたくし?新常用漢字音訓表ではなんと…?

 


わたくし、当ブログの管理人で
サイ象と申します。

よろしくお見知りおきを願います。


なんだよ、急に改まって……?

へへ、実は本日のテーマが「私」という
字の読み――「わたし」か「わたくし」か
――というあたりになりますので、
皮切りにドンとかました次第(*~▽~)ノ。

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Ψ 「私」を「わたし」と読んだら×

さて、この「私」という字、音読みでは
「シ」でなんの問題もないんですが、
困るのが訓読み。

辞書的に正しいのは、一応
「わたくし」なんですね。

でも実際には「わたし」という読みも一般に
通用しているわけで、一人称代名詞(自分を
呼ぶ呼び方)として最も一般的なのがこの
「わたし」で、それを漢字で書くなら
「私」しかないわけですよね。

でも、もし      Scientists
(そんな例は幸いにして聞いたことが
ありませんが)試験問題に「私」の読みを
問うものが出た場合に「わたし」と書いたら
ペケ(×)になったかもしれないんです。

×にする根拠は、日本政府発令の「常用漢字
音訓表」に記載のある「私」の訓読みは
「わたくし」のみで、「わたし」はない
ということ。

でも、それはさすがにおかしいですよね。

というわけで、「わたし」という読みが
「常用漢字音訓表」に追加されたのが
ほんの最近、2010年の改訂による
「新常用漢字表」でのことだったん
ですから、これまた驚きです。



Ψ 「わたし」は女性語だった?

つまり「わたし」という読みは、由緒正しい
「わたくし」さんからみると、やや卑しい
ものとして差別されてきたような感じが
ないでもないんですね。

現在、最も信頼に足る国語辞典と見られる
『日本国語大辞典』(小学館2006)は
「わたし」について、こう説明しています。

代名詞(「わたくし」の
変化した語)自称。

「わたくし」よりくだけた言い方。

現在では自分をさす、もっとも
普通のことば。

[補注]近世においては、女性が多く
用い
、ことに武家階級の男性は
用いなかった。


なるほど。

男も使うとはいっても、女性の方が子供の
ときから使っていて、なじみがある……
という「わたし」の語感には、こういう
歴史的背景もあるわけですね。

ここでついでに言うと、女性の場合だけ
「わたし」に「妾」という字を当てることが
明治のころにはよくありました。

今この字を使う人はいないでしょう。
だって「めかけ」とも読めちゃうから…

さて、そのようなわけで、   橋口五葉 tumblr_lpq0jpKN081qaz1ado1_1280
「わたし」より「わたくし」の方が、
男女ともに文句なしに使える正統的な
言い方には違いありません。

ですから、就活での面接など、格式の
正しさが要求される(と思われる)場合
には、なるべく「わたくし」を使って
おくのが適切かと思われます。

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Ψ 「わたくし」を使いこなせるか

実際、「渡世人」などと呼ばれて、ヤクザの
一種と見られている人々の世界でも、
いわゆる”仁義を切る”場合には
「わたくし」とのたまってましたね。

事実かどうかはわかりませんが、小説や
映画ではそう描かれていました(;^^A)。

というわけで、ここで座興に、あの寅さん
(『男はつらいよ』シリーズの主人公)の
”仁義”をお聴きいただきましょう。



さて、お断りするまでもないでしょうが、
この寅さんも、ふだんの自称は「おれ」で、
「わたくし」なんて言うのは特別の場合
だけ……だからこそ笑えるという側面も
あるわけですね。


同様にカタギの私たちも「わたくし」なんて
ふだん使ってないことの見え見えな言葉を
口にすると、硬さというかコワバリが出て
しまって、下手をすると滑稽に見られて
しまうような場合もあります。

ま、それも「カワイイ」と思ってもらえれば
それで結構なんですが(#⌒∇⌒#)、
そうもいかない場合もありそうで、その
へんがムツカシイところかな……

どうも自分にはなじまない、こなせない、
と思う人は、最初の名刺交換のような
場合だけ「わたくし」で、あとは「わたし」
で通しても、そう問題はないように
思われます。


もちろん改まった場で「ぼく」はNGですよ。

「おれ」とか「あたし」とか「うち」
なんて当然、論外。

「わし」は小林よしのりさんだけOK。



Ψ 明治~昭和の新聞小説では?

ところで日本には「私小説」(わたくし
しょうせつ/ししょうせつ)と呼ばれる
サブジャンルもあるくらいで、「私」の
字が小説に頻出することは言うまでも
ありません。

それらの「私」にしても、「わたくし」と
読むべきか、それとも「わたし」でいい
のか、迷うような場合もありますね。


明治から昭和初期にかけての新聞連載
小説の場合ですと、たいていは「総ルビ」
(ほぼすべての漢字にルビ〔振り仮名〕を
付ける印刷方法)だったので、一応は
確めることができます。

ただ、そのルビも大半は    鉛筆images
作者が書いたものではなく、新聞社の編集・
校正の過程で自動的に振られてしまうもの
なので、作者の意向を反映しているか
どうか疑わしい場合も多いんですね。


たとえば『朝日新聞』の専属記者として
同紙に連載し続けた夏目漱石の場合、

私(わたくし)は其(その)人を
常に先生と呼んでゐた。

と書き出される『こころ』(大正3年)を
はじめとして、ほとんど「わたくし」
のようです。

『こころ』は単行本にする際にも、修正
されていないので、漱石の心づもりとしても
「わたし」ではなく「わたくし」であった
のだろうと推測されますね。

こころ
単行本『心』(こころ)の冒頭

では、この時代の男性作家ならみな
「わたくし」のつもりで書いていたのかと
いえば、そうでもないようです。

『こころ』に先立つ明治40年に同じ
『朝日新聞』に連載された二葉亭四迷の
『平凡』は

私(わたし)は今年三十九になる。

という書き出しで、その後一貫して
「わたし」とルビが振られています。


ついで同じ『朝日新聞』の連載小説の
いくつかの書き出しを見ておきましょう。

『こころ』の1年前の同紙を飾った中勘助
『銀の匙』の第1回はこう始まります。

私(わたし)の書斎の色々な、
がらくた物などを入れた本箱の
抽匣(ひきだし)に昔から
一つの小箱がしまつてある。

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『朝日新聞』大正2年4月8日号より


次に文豪、谷崎潤一郎の『痴人の愛』
(大正13年の『朝日新聞』)第1回。

私(わたし)は此(こ)れから、
あまり世間に類例がないだらう
と思はれる私(わたし)たち
夫婦の間柄に就て、出来るだけ
正直にざつくばらんに、有りの
ままの事実を書いて見ようと
思ひます。

  
これらでも「私」のルビは一貫して
「わたし」のようです。

あるいは漱石の場合が少々偏屈で、むしろ
「わたし」の方がすでに一般的だった
のかな、とも思われてきますね。


昭和に入って永井荷風の『墨東奇譚』
(昭和12年)はどうだったかといえば
その第1回の書き出しは

わたくしは殆(ほとん)ど
活動写真を見に行つたことがない。

というもので、あえてカナ書きにしていますね。

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              ”寅さん”の町、柴又も「墨東」ではあります

「わたし」と読まれるのがイヤでそうした
のだとしたら、やはり「わたし」の方が
読みとして一般的になっていたという
ことなんでしょうかね。



Ψ まとめ

やっぱり日本語ってなかなかムヅカシイ。

外国人学習者も手を焼くその難しさの
一つが、同じ字にもいろんな読みが
あるというという点ですね。

ほとんど最初に習う一人称代名詞の
「私」にしてからがそうなんだから、
こりゃ~ムズイわな。

日本語の読みや、人の呼び方の
問題をめぐっては、こんな記事も書いて
いますので、是非ご参照ください。

博士の読み方はハカセ?ハクシ?枕草子、漱石に聞く
旦那?夫?主人?亭主?パパ?結婚相手の呼び方でベストは?
嫁?妻?奥さん?家内?正しい呼び方で円満な夫婦関係を

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ただ、ムヅカシイとはいっても、近頃は
しっかり習得してほぼ完璧に話す外国人も
たくさんいらっしゃいますね。

日本語を母語として育った人ならば、
外国人に笑われないよう、正しい日本語を
これからもしっかり学んで参りましょう。

日本語の難しい部分への対策として
以下のような記事も書いています
ので、ご参照くださいね。
お疲れ様とご苦労様の使い分け?(*_*)うるさくなったのは平成から?
散見される?散見する? 正しい意味・使い方を鴎外・太宰に聞く
“させていただく”が間違い敬語になる場合:恩ない人への恩表現
“お~になる”敬語は要注意☆”お~になられる”で太宰・志賀論争

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それではまた~(ニコニコ)ノ

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