自転車に乗る女性にショック叫びで”箱に入った男”(チェーホフ)

 


やあやあサイ象です。

感想文の書き方:第6回は、
海外に目を向けてみましょう。

19世紀末から20世紀初頭にかけての
ロシアの作家、アントン・チェーホフ。

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現代の村上春樹にいたるまで
日本文学に大きな影響を与えてきた
メジャーな作家ですし、国語の先生
としても、知らぬとは言えますまい。

馬のような名字 チェーホフ傑作選 (河出文庫)

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使える作品はたくさんあると思いますが、
とりあえず手元にある短編集を
開いてみましょう。

私の手元にあるのは『馬のような名字』
(浦雅春訳、河出文庫)です。
目次を見ると、なかなか名作ぞろい。

どれでもよさそうですが、どれかを
選ばなければなりませんね。

選ぶにあたっても、「ikemen_busaiku」さんの
例の「感想文」哲学に立ち帰る必要があります。

 

Ψ 書き方の基本

学校で評価される感想文は
作品を読んでの素直な「感想」などではなく、
それを読んだことをきっかけに
「自分の生活を反省する」作文でしたね。

ですから、登場人物が何らかの行動をとったとき、
「自分にはこんなことはできない」のではないかとか、
あるいは性格的に「自分にはこんなところはないか」
と反省
しなくてはなりません。

その上で、「これからは自分もこうしよう」
と前向きになる
ような決意表明で締めくくる……

というのがベストでしたよね。

どの作品を選ぶかも、好き嫌いよりも、
この戦法で攻囲できそうかどうか
という基準で決めた方が
うんと効率よく書けるはずですよね。

この意味で「箱に入った男」(1898)なんか
ベストじゃないですかね。

 

Ψ 「箱に入った男」のあらすじ

主人公ベリコフは40vすぎで、
中学校のギリシャ語教師。

「部屋着にナイトキャップ、鎧戸、
扉の閂(かんぬき)、それに一連の
禁止事項に制限事項」で自らを
がんじがらめにし「要するに『ああ、
問題が起こらなければいいが!』という
思想」に生きている、それこそ
「箱に入った男」。

このベリコフの勤める中学校に、
ウクライナ出身のコワレンコという
若い教師が赴任してくるのですが、
これがワーレニチカという30歳ぐらいの
姉を同伴して来たのです。

まずは美人の部類に入る、
よく笑う活発な女性です。

で、この人と「箱に入った」さえない40男
ベリコフとの間に結婚話が発生します。

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ええー? 信じらんない!
と今の若い日本人なら思うでしょうが、
そこは時代を考えましょう。

30歳はもう完全な老嬢。

へんちくりんな男でも、中学教師なら
まあ結構やおまへんか……
ということになるのではないですか。

(中学校への尊敬度も今の
日本とまるで違います)


そして、そしてです。

ここからが佳境ですが、あなたも
ご推察のとおり(あるいは思いも
よらなかったように)、
この話はブチコワシになります。

そしてベリコフはその直後から

もはや、ワーレニチカが何を言ってもベリコフの耳には届かず、
何も目に入らない。自分の家に戻ると、
まずテーブルから彼女の肖像写真を片づけ、
それから横になると、そのまま起き上がらなかった。

ベリコフはこのまま、一か月後に死んでしまうのですが、

棺に納められたベリコフの
表情はおだやかで、
気持ちよさそうで、
陽気なくらいでした。

金輪際出なくていい箱に
納められてよろこんで
いるようでした。

というんですな……。

こういう人もいるんですね。
ベリコフはもちろん極端な造形ですが、
傾向として似ている人ならたくさんいます。

その人のことについて論評してもいいですが、
それよりは「自分にこんなところはないか」と
反省」してみることのほうが
重要でしょうね。

すくなくとも、よい感想文を
書こうとするならば。

 

Ψ 風物としての「自転車」

ところで、この結婚話がブチコワシになる
経緯を詳しく語らなかったので、
気になっている人もいるかもしれません。

これからお話ししましょう。


ストーリー上の要をなすこの事件に
必要不可欠な小道具として導入されて
いるのが「自転車」なんですな。

ある日、ベリコフが同僚の「私」
(語り手を兼ねる)と歩いているところへ、
コワレンコとワーレニチカの姉弟が
自転車に乗って通り過ぎます。

「お先にー!」と快活な声を張り上げて。

自転車 赤017944m
と、ベリコフは、

顔面蒼白になって、
まるで固まったよう。

立ち止まって、私の方を見て……。

「ありゃ、いったい
何事です?」と訊いてくる。

「ひょっとしたら、私の目の
錯覚でしょうか?

中学校の教師やご婦人が
自転車を乗り回すなんて、
まともな人間のすること
でしょうか?」

夏目漱石が自転車乗りに挑戦したのも、
ロンドン留学中の1900-01年のころで
(「自転車日記」参照)ほぼ同時期。
このころの自転車は、今のスマホか
それ以上に新しい風物だったわけです。

すっかり体調を崩したベリコフ、
学校も早引けし、夕方、意を決して
コワレンコの家を訪ねます。

教師が自転車をこぐなどということは
「官報で許可されていない以上、
それはまかりならんのです」

と注意するのですが、血の気の多い
コワレンコはこれに反駁し、
口論になってしまうんですね。

しまいに玄関口から階段の踊り場へ出ながら、
ベリコフが「校長先生に報告」云々を
口にすると、ワレンコは逆上し、襟首を
つかんで、どんと突き出してしまいます。

階段を転げ落ちてしまったベリコフを、
間の悪いこととにちょうど帰宅した
ワーレニチカが目撃します。

ベリコフが自分で転げ落ちたものと勘違いして、
「アッハッハッ!」
と建物中にひびく声で笑い出し、これにて
「一切が終わりを告げた」のですな。

もちろんベリコフの反応はあまりに保守的で
周囲に呆れられているわけですが、
こんな人もいたろうなあ。いるよな、
今の日本にも……と思わせるに十分です。

「箱に入った男」は、そのような一典型
(タイプ)を深いユーモアをもって描き出した、
珠玉の悲喜劇短編といっていいと思いますが、
その傑作の成立に欠かせない小道具として、
「自転車」という風物もあったわけです。

もしこれに着目するならば、感想文は
さらに高度なものとなるでしょう。
(評価されるという保証はありませんが)

ともかく、これで書けるでしょう。
書けちゃったら、どこかへ繰り出し
一汗かきませんか?
――もちろん自転車で。

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チェーホフ関連では、こちらの記事もご覧下さい。
女の涙の深い意味:『ペテロの葬列』とチェーホフの「学生」
ロシア文学で感想文?おすすめはチェーホフ作”頭皮”の悲劇
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