長嶋茂雄氏の名言に見るメタファー思考:”草の三段論法”とは?

 


やあやあサイ象です。

今日はこんな意味深な小咄から。

真偽は定かでなく、あるいは崇拝者の方には
お気に障る点があるかもしれませんが、
どうかご寛恕のほど願い上げます。

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つまりあのミスターG、長嶋茂雄さんの
名言として伝わる伝説の一つなんですが、
しまいまでお読みいただければおわかりの
通り、決して長嶋さんを貶める趣旨の
話ではありませんので。


Ψ 卒業秘話?

時はプロ入り前に遡ります。

立教大学の卒業式を間近に控えた長嶋さん、
卒業要件となっている英語の単位が
足りないことに気づき、担当教授の
ところへ猛ダッシュをかけます。

「先生! お願いします! 
なんでもやりますから単位を!」

「しかし君ねえ」

「そこをなんとか、いわゆる
ひとつの…」

「そういわれてもねえ」

「卒業できないと、ぼくが巨人に
入れなくなっちゃって、
歴史が変わっちゃうんです。
『金田に4連続三振喫す』も
『天覧ホーマー』も『巨人・大鵬
・卵焼き』も『わが巨人軍は
永遠に不滅です』ほかの数々の
名言もみーんな
なくなっちゃうんですよ。
それでもいいと
おっしゃるんですか!」

「うーむ、そうか、そりゃあ
いかんな。しょうがない。
特別に再試験をしてあげよう」
と教授は紙片にサラサラと

I live in Tokyo.

と書きつけ、
「これを過去形にしてみたまえ」

2秒ほど考えた長嶋さん、
ただちに鉛筆を走らせます。

I live in Edo.


素晴らしいではありませんか。

長嶋さん以外のいったい誰に、
この答案が書けるでしょうか。

それこそ『ない腕』を出すように、
特殊な知恵が出てきたのです。

英文法の論理からはたしかに外れています。

でもメチャクチャではありません。

文法とは別種の、いわば”野生”の
ロジックにそれは貫かれているのです。

 

Ψ 草の三段論法

たとえば

「人は死ぬ
ソクラテスは人である
ソクラテスは死ぬだろう」


という推論ならば、誰もが合理的と
認める三段論法ですね。


これがもし、

「草は死ぬ
人は死ぬ
人は草である」

というのだったら、どうでしょう。

およそ合理的ではありませんね。

すくなくとも文明社会に生活を営む者が
それに準拠して行動するならば、
たちどころに不都合をきたすことは
目に見えていますよね。

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でもね。

“野生”の人々は多くの場面において
これに従ってきたし、現代人もなお
この種の論法から縁が切れている
わけではありません。

たとえば文学や芸術においてメタファー
(隠喩:類似性による比喩)的な思考に
身をまかす場合ですね。

この種のメタファー主導的な論法を
草の三段論法」(syllogism in grass)」と
呼んでみてはどうかと人類学者
グレゴリー・ベイトソンは提唱しています。
(娘、M・C・ベイトソンの
『天使のおそれ』に出てます)




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Ψ 「野生の勘」か「ID」か

合理的な数の論理が勝敗を決するほかない
野球の世界において(まあスポーツは
だいたいそんなものでしょうが)、
「草の三段論法」が有効となる局面は
少ないでしょうが、まったくない
ともいえません。

現に「野生の勘」が「ID野球」を
打ち挫くことも(たまには)あった
ではありませんか!

Creative-Photo-s

そうでしょ、野村さん?

え? いやー、あれはつまるところ、
すべて金の力だ?

まあ、それはそうかもしれません
けど……(^^;)。


あなたはどうでしょう。

ひょっとして、合理的な通常の三段論法と
「草の三段論法」の使い分けにしくじった
(当時はそのように意識しなかったと
しても、振り返ればそうもいえるような)
という経験はありませんか?

実は私もそのクチで、自慢じゃないけど
これまでの数々の失敗はだいたい
これですね。


でも、だからといって、これを
全面的に捨てることはない。

使い分けの場面さえ間違えなければ
威力を発揮するのですから。

長嶋野球のように……。


実際、たとえば英語をほとんど勉強
しなかった長嶋さんがどんなにうまく
英語をあやつり通じさせてしまって
いたか……

これですよ。

希望はあります。

さあ、へこたれず踏ん張りましょう。


長嶋さんをめぐっては、こちらも
ご参照いただけるとうれしいです。

長嶋茂雄伝説から漱石の「”ない腕”」を出してくれ」事件へ

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