風立ちぬ(堀辰雄)のあらすじ 🐥小説はジブリ映画とどう違う?


サクラさん
ジブリの『風立ちぬ』に
感動したっていう声を
聞きますけど、私は
なんだか…❔❓❔❓

ポスターには「堀越二郎と
堀辰雄に敬意を表して」
とありましたが…

ハンサム 教授
戦闘機「零戦」を設計
した人と『風立ちぬ』の
小説家を合体させよう
という欲張った試み。

   


サクラさん
とにかくその主人公が
薄命のヒロインに
「きれいだよ」(😻)
ばかり言っているのが
なんだか自分勝手の
ようにも思えて……

ハンサム 教授
ええ。そう感じる人もいる
だろうし、そこに作品の
賭けがあるのかもしれない。

つまり芸術家や技術者によく
あるタイプの男の表現だと…

サクラさん
じゃ、やっぱり作者の
宮崎駿さん自身も?…

ハンサム 教授
ハハハ それはどうかな;^^💦

ただ堀辰雄の小説にそういう
男の自己批判が込められて
いることはたしかだね。


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さて、早いものでなんと第208回を数える
“感想文の書き方”シリーズ。

あらすじ暴露としては第146弾となる
今回はジブリ映画『風立ちぬ』(宮崎駿
監督、2013年)で一躍、脚光を浴びた
堀辰雄の小説『風立ちぬ』(1938)で
行ってみま~す((((((ノ゚⊿゚)ノ

       



映画を見ていない人は、こちらの
予告編をどうぞ。




🐥 かなり詳しいあらすじ

さあ、それでは行きますよ~。

もちろんネタバレありになりますので、
結末を知りたくない人は絶対に読まない
ようにしてくださいね;^^💦

引用は上記の文庫本から。

わかりにくい部分や注意したい箇所に
【CHECK!】印で注釈を入れていますが、
うるさいと思われたら、飛ばして
もらってかまいません。

【序曲】
秋近い夏の午後、お前の描きかけの絵を
画架に立てかけたまま、例のごとく
白樺の木蔭に寝そべって果物をかじって
いた時、不意にどこからともなく
風が立った。

風立ちぬ、いざ生きめやも。

ふと口をついて出た詩句を私は
お前の肩に手をかけながら、
口の裡で繰り返していた。

こんな感じの書き出しで、
時も所も「お前」が誰なのかも
不明のままで進みますが、
やがて、時は1933年夏、所は
K…村(軽井沢を思わせる)で、
二人はこの夏、偶然出会った
ばかりだと分かってきます。

次章「春」から「冬」まででは
ヒロインは「お前」でなく
「節子」と呼ばれ、エピローグの
「死のかげの谷」でまた
「お前」に戻ります。

なお「私」が口ずさんだのは
フランスの象徴派詩人、ポール
・ヴェルレーヌの詩の一節で
原文は以下のとおり。

“Le vent se lève,
il faut tenter de vivre”

カタカナにすれば「ル・ヴァン
・ス・レーヴ、イル・フォー・
タンテ・ドゥ・ヴィーヴル」

二人で歩きながら、さりげなく
口ずさんだりすれば、彼女
(彼氏)の見る目👀が
変わりますよ~~Y😹Y

 
 クロード・モネ『散歩、日傘をさす女』


あと二、三日で父親が迎えに来たら
「こんな散歩も出来なくなるわね」と
不安を口にする節子の手を、
私はいきなりとる。

「もっとしっかりと生活の見透しがつく
ようになったら、どうしたってお前を貰いに
行くから」と自分に言い聞かせながら。


父親と二人、ホテルの食堂で私に背を
向けて食事していた節子はやがて去ったが、
「引き離されるのはただ一時的だといった
確信のようなもの」が私にはあった。


【春】
(約2年後の)3月、散歩のついでに立ち寄った
ような顔で節子の家を訪れた婚約者の私は、
父親と話し合い、結核の病状が進んだ節子を
F(富士見高原)のサナトリウムへ転地療養
させる相談をする。

そこの院長とは知り合いで同じ病を持つ
私が同行すると約束し、節子にも告げる。


「私がこんなに弱くって、あなたに何んだか
お気の毒で……」と囁く節子に、私は
心のうちで彼女に呼びかける。

「お前のそういう脆弱(ひよわ)
なのが、そうでないより
私にはもっとお前をいとしい
ものにさせているのだと云う
ことが、どうして分からない
のだろうなあ……」

これ、「私」が心に思うだけで
相手に伝えはしないわけ
ですが…、まあ、それは
そうでしょうね。

なぜって、節子が「私」の
この思いを知り、かつさらに
愛されたいと思った場合、
彼女はより「脆弱」になる
ことを志向するかも…。

となると、その果てに
待つのものは?…(ドクロ)

節子は結局死ぬわけですが、
それは「私」のこの思考
(嗜好)を感知し受け入れた
結果だったと解釈できなくも
ありません。

彼女の死後、「私」は自分の
身勝手さを自省することに
なりますが、このことも
それに絡んでいるでしょう。


節子は顔を上げ、私を見つめてから目を伏せ、
「私、なんだか急に生きたくなったのね……
あなたのお蔭で」と小声で言う。


八ヶ岳山麓のサナトリウムへ発つ準備中、
そこの院長が来て節子を診察。

本人と父親には明るく鷹揚な応答をしながら、
私には、事態の深刻さを詳細に告げる。

   
   八ヶ岳を遠望


二人きりになると「いま、泣いて
いらしったんでしょう」と節子。
「わかっているの、私にも」

「私達、これから本当に生きられるだけ
生きましょうね……」

4月下旬、私たちは汽車で八ヶ岳へ。



【風立ちぬ】
サナトリウムでは、裏がすぐ雑木林に
なっている病棟2階の真っ白な部屋に
案内された。

私は付添人用の側室に入り「私達の
すこし風変りな愛の生活が始まった」。

院長は私に節子のレントゲンを見せ、
病院中でも2番目くらいに重症だと言う。


病室の窓からの夕景色をうっとりと眺め、
何を考えているのかと節子に問われた
私は、ずっと後になって「今の私達の
生活を思い出」したら「どんなに美しい
だろう」と思っていたと答える。

「そんなにいつまでも生きていられたら
いいわね」と節子が言い、「又、そんな」
と私が小さく叫ぶと、「御免なさい」と
節子は顔をそむける。

あのとき自然なんぞをあんなに
美しいと思ったのは
おれじゃないのだ。

それはおれ達だったのだ。

まあ言ってみれば、
節子の魂がおれの眼を
通して、そしてただおれの
流儀で、夢みていただけなのだ。
〔中略〕
私は彼女と心臓の鼓動をさえ
共にした。


9月、病院中でいちばん重症らしい17号室の
患者の付き添い看護婦が庭で花を摘んで
いるのを偶然に目にした私は、その患者が
逝ったことを知る。

では次は?言いようのない不安に駆られた
私は、節子の顔もまともに見られない。

   
   富士見高原の白樺林


秋雨が数日続き、サナトリウムの患者も
いつのまにか減って病状の重い患者ばかりが
残ったところへ、神経衰弱患者が雑木林で
首をつって死ぬ。


10月、父親が立ち寄るとの知らせで、
節子は目を輝かせたが、その体は無残に
痩せていた。

やってきた父は希望的観測が裏切られて
落胆するものの、興奮で頬を紅潮させた
節子を「顔色はとてもいい」とほめる。

発つ直前、父親は私に「ここは節子の
身体に向いてないのではないか」と
不安を口にするが、「節子は冬までここで
過ごすつもりだし、自分も一緒にいるから」
と安心させる。


父親にも言われて私は自分も仕事を
しなければと思い、「お前のことを
小説に書こうと思うのだよ」と告げる。

「おれ達がこうしてお互に与え合っている
この幸福、――皆がもう行き止まりだと
思っているところから始っているような
この生の愉しさ」を形にしたい。

そのためには「お前にはね、おれの仕事の
間、頭から足の先まで幸福になっていて
貰いたいんだ。そうでないと……」


だが、私の夢想のおもむくところは…
「その物語自身があたかもそういう
結果を欲しでもするかのように、病める
女主人公のもの悲しい死を作為しだしていた」。


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【冬】
1935年の10月ごろから私は午後、
サナトリウムから少し離れたところで
物語の構想を考え、夕暮れに節子の
病室に戻る生活となった。

そんな日々の中でも節子の病は
少しずつ重くなっていった。


ある日の帰り道、雑木林の外れで
私を待ってたたずんでいた節子と
八ヶ岳を眺める。

二年前に山の麓から二人きりの暮らしを
夢見ていたことや、散歩する時、節子の
姿を見たいばかりに少し前を歩かせたこと
などが「私のうちに一ぱいに溢れてきた」。

  

横たわる節子の目は「私はこうやって
あなたのお側にいさえすればいい」と
言いたくてたまらないように見える。

が、私は「このおれの夢がこんなところまで
お前を連れてきたようなものなのだろうか」
という「悔いに近いような気持ち」が湧く。

こんな風にお前の側(そば)にいる
時だって、おれはお前の事なんぞ
ちっとも考えてやりはしないのだ。
〔中略〕
好い気になって、お前のよりも、
おれの詰まらない夢なんぞに
こんなに時間を潰し出しているのだ……


あと数日で物語の筋を書き終えるという
ところまで来ながら「好い結末が思い
浮かばない」私は、「おれ達が無駄に
生きていたようにはしたくない」から
いっしょに考えるよう節子に頼む。

「だってどんな事をお書きになった
のかも知らないんじゃないの」と節子。


11月26日夜、節子が吐血。

      

12月5日夕、節子は窓から見える山影に
向かって「あら、お父様」と叫ぶ。

「お前、家へ帰りたいのだろう?」と
いう問いに「ええ、なんだか帰りたく
なっちゃったわ」とかすれ声でいう。


突然、喉をしめつけるような恐怖が
私を襲い、振り向くと節子に急変が…。


【死のかげの谷】
1936年12月1日、3年半ぶりで見る
K…村はすっかり雪に埋まっていた。

やもめ暮らしを送るために私が小屋を
借りている小さな谷は、外人たちから
「幸福の谷」と呼ばれているが、むしろ
「死のかげの谷」と呼ぶ方が似合う
さびしいところだ。


こんな山小屋で「お前と差し向かいの
寂しさで暮らすことを、昔の私は
どんなに夢見ていたことか……」。

1年ぶりに手帳を開くと、ちょうど
前年の今頃、私は電報で呼び寄せた
お前の父の到着を待っていた。

真夜中近くにやっと着いた父親と私が
横たわるお前の憔悴した顔を見守っていると、
不安そうな目を向けてお前が口ごもった。
「あなたの髪に雪がついているの……」


ふとしたことから出入りするようになった
教会でドイツ人神父と話した後、山小屋に
戻ると、リルケの「鎮魂曲(レクイエム)」が
届いていたので、読み始める。

「お前を求めてやまなかった、自分の
女々(めめ)しい心に何か後悔に似た
ものをはげしく感じながら……」。

  

村人に呼ばれてのクリスマスから帰り、
「おれは人並み以上に幸福でもなければ、
又不幸でもないようだ」と私は考える。

こんな風に何気なさそうに生きていられる
のも「本当にみんなお前のお蔭」なのに、
「自分一人のために好き勝手な事をして
いるのだとしか自分には思えない」。

それほどに…

おれはおれには勿体ないほどの
お前の愛に慣れ切ってしまって
いるのだろうか。

それ程、お前はおれには何んにも
求めずに、おれを愛していて
くれたのだろうか。

小屋の外に出て風の音に耳を傾けていると、
ただの「一塊り」のようだった谷がやがて
「一つ一つの線や形を徐(おもむろ)に
浮き上がらせ」、「何もかもが親しく
なっている」。

村人とともに「幸福の谷」と呼んでも
いいような気のするくらいだが……


🐥 ジブリ映画との違いは?

いかがでした?

もう映画を見た人なら、違いが色々と
見えてきて、一段と興味をそそられた
のではないでしょうか。


もちろん「零戦」の堀越二郎さんの
部分はゴッソリ抜いての話になりますが、
小説の方は、ヒロインもその相手役の男も
微妙に性格が違うといえそうですね。

ジブリ映画では二人とも、不幸に直面
しながらなお明るく行動的な部分がある。
(寝床の彼女が彼に言う「来て…」(😻)
もその例ですね;^^💦)

これに対して、小説のヒロインは相手の
男がだいぶ内省的で暗いのを反映する面も
あるのか、あまり明るいとはいえない。

      

小説の「私」は彼女に「お前のそういう
脆弱(ひよわ)なのが、そうでないより
私にはもっとお前をいとしいものにさせて
いる」…それがなぜ分からないのかなどと
直接訴えるような人です。

ここに”芸術家魂”を読むこともできて、
そのあたりが「きれいだよ」ばかり言って
いる映画の主人公に受け継がれているとも
いえますが、映画ではもちろん、心理の
深いところには立ち入りません。

映画では”堀辰雄”より”堀越二郎”
の部分が大きいようですが、
そこにはやはり戦争の惨禍への
こだわりという宮崎駿さんの
執念が読めると思います。

堀田善衛の『方丈記私記』の
アニメ化を長い間、構想していた
と自ら語っていますが、その
形を変えた実現が『風立ちぬ』
だったのかもしれません。

『方丈記私記』アニメ化に関しては
こちらをご参照ください。

方丈記 冒頭を英語にすると❔ゆく河の流れを漱石はどう訳したか

       


🐥 なぜ「里見菜穂子」なの?

その”芸術家”に愛されるヒロインの方は
どうでしょう。

映画のヒロインは小説の「節子」より
明るく主体的で行動力のある人のように
感じられますが、名前も違っていてこれが
「里見菜穂子(なおこ)」なんですね。


「菜穂子」の名が『風立ちぬ』の3年後の
長編小説『菜穂子』(1941)から来て
いることは、堀辰雄を知る人なら
誰でも気づくところ。

こちらの菜穂子さんがどんな人かといえば
肺結核で死んでいく美人である点は節子と
同じなのですが、「三村」から「黒川」に
姓の変わった人妻である点が大きな違いです。

しかも前夫の三村に会いたくなると、勝手に
療養所を抜け出して列車で新宿まで来て
しまうという行動力の持ち主。


そう、この”療養所抜け出し”のエピソードは
映画でもクライマックスに使われていました。

このあたりからすれば、映画のヒロインは
「節子」より「菜穂子」の名がふさわしい
といえるかもしれません。

     


それはよいとして、それでは「里見」という
姓の方はどこから来たのでしょうか。

これについて確実な情報は未入手ながら
(ご存知の方はご教示ください)、堀辰雄が
師匠と崇め、出世作「聖家族」(1932)でも
その死を扱った芥川龍之介が補助線に
なるかもしれません。

その芥川の師匠といえば夏目漱石以外に
ないわけですが、この漱石の名作『三四郎』
(1908)の美しきヒロインが「里見美禰子
(みねこ)」なんですね。


性格に共通点があるかといわれれば微妙
ですが、複数の男に愛され、かつなんらかの
関係をもちもした、魅力的で行動力のある
女性だということはいえそうです。

漱石の『三四郎』をめぐっては
こちらをご参照いただけると
幸いです。

夏目漱石 三四郎のあらすじ 🏫簡単/詳しくの2段階で解説
三四郎(漱石)で感想文💔美禰子の真意は?”無意識の偽善者”とは?
小津安二郎 東京物語ほかの文学的ショット!漱石『三四郎』へ

      


また堀辰雄と漱石の中継点
ともいえる芥川龍之介に
ついてはこちらも。

蜘蛛の糸(芥川龍之介)のあらすじ◎簡単/詳しくの2段階で
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芥川龍之介 河童で感想文?ニーチェ先生の解説を聞こう^^


🐥 まとめ

さあ、これでもうバッチリですね。

読書感想文とかレポートを書く場合も
上の「あらすじ」とそれに続く考察で
述べてきたことをテキトーに取り入れて
もらえば、ササッと書けてしまう
のではないでしょうか。


ん? でも具体的にどう書いていって
いいか、方法がわからない( ̄ヘ ̄)?

その場合は「感想文の書き方」記事の
どれかを見て参考にしてくださいね。

当ブログでは、日本と世界の種々の
文学作品について「あらすじ」や
「感想文」関連のお助け記事を
量産しています。

      

参考になるものもあると思いますので、
こちらのリストからお探しください。

「あらすじ」記事一覧

≪感想文の書き方≫具体例一覧

ともかく頑張ってやりぬきましょー~~(^O^)/

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