方丈記 冒頭を英語にすると❔ゆく河の流れを漱石はどう訳したか


サクラさん
ゆく河の流れは絶えずして
しかももとの水にあらず…

ハンサム 教授
鴨長明『方丈記』の
冒頭ですね。

サクラさん
でもなんだか意味がよく
わかりません。

「無常観」だとかいわれても
その「無常」っていうのが
またわからないし(🐱)

ハンサム 教授
そういう場合は、
英訳を覗いてみるのも
一つの手ですよ;^^💦

訳者がどう解釈したかが
はっきり出ますからね。

サクラさん
あ~、英訳があるんすか(🙀)

ハンサム 教授
ありますとも。

第1号と思われるのが明治
24年、夏目漱石の大学生
時代の仕事で、これが
「さすが漱石先生…」と
うならせる出来!   

   

第2号は漱石の同級生でも
あった南方熊楠で…

サクラさん
ほほ~、大物が並び
ましたね。

ハンサム 教授
それはもちろん、訳して
外国人に知ってもらう価値が
あると彼らが考えたから。

それなら、日本人がしっかり
読み直す価値もあるはず
ですよね;^^💦

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というわけで、本日は『方丈記』の微妙な
部分、わかりにくいところを英訳の助けを
借りてはっきりさせて行こうという試み。

若き夏目漱石の英訳を中心に、南方熊楠、
それから現在の流布本でのネイティブ
スピーカーの訳を見ていきますね。

原文がないので入手したいという人も、
上記の流布本(現代語訳つき)がオススメです。
    👇
   


一度は読んだけど、なんだかうろ覚え…
という人はこちらの朗読でしっかり
思い出しましょう。   👇



🔥 夏目漱石の英訳

ではさっそく参りましょう。

弱冠24歳の漱石(夏目金之助)による
英訳の冒頭部分は以下のようです。

Incessant is the change of water
where the stream glides on calmly:
the spray appears over a cataract,
yet vanishes without a moment’s delay.

Such is the fate of men in the world
and of the houses in which they live.

Walls standing side by side, tilings
vying with one another in loftiness,
these are from generations past the
abodes of high and low in a mighty town.

But none of them has resisted
the destructive work of time.

いや~素晴らしい!

ん? 何が❔…ですって?

まずこの口調のよさですよ。


対句的な表現で進んでいくのはもちろん
原文どおりで、こここには長明の
漢詩の素養が生きているはず。

その呼吸は、やはり少年時代から漢詩を
叩き込まれてきた漱石にはビンビンに
伝わったはずなんです。

     

ただそれを英語に移すとなると、もちろん
並みの英語力でできるものではありません。

東京帝国大学英文科で「偉物」といわれた
ほどの秀才で、英詩(英語の詩)についても
かなり高度な勉強を進めていたことが、
この流麗な英文から推定できるんですね。

にもかかわらず「自分には英詩はわからん」
と言い張り続けたところがまた漱石先生の
面白いところなんですけど…;^^💦


念のため、漱石の英語を現代日本語に
戻してみましょう。

正確を期す直訳ですから、日本語の
へたくそさはご容赦ねがいます。

水の変化は絶え間なく、そこで
流れは静かに滑っていく。

滝に飛ぶ水しぶきも
一瞬の遅滞もなく消える。

このような有様こそ、この世の人間の、
また人間の住む家々の運命だ。

並び立つ壁、互いに高さを競いあう瓦、
これらは過去何世代にもわたって、
強大な都の身分の高い者、低い者の
住居である。

が、そのいずれも、「時」の破壊的な
働きに抵抗したためしはないのだ。


どうでしょう?

長明の言わんとしたところを適格に
つかみ取り、明快に伝えることに成功して
いると言っていいのではないでしょうか。


ハッとさせられるのは、2文目の
「よどみに浮かぶうたかたは…」のところを
“the spray appears over a cataract”
(滝〔or 奔流など〕に飛ぶ水しぶき)
としたところで、これはまあかなり自由な
意訳…ということになるでしょうね。

これは漢詩や、これも漱石が愛好した
南画などに出てきそうな情景でもあり、
その方がイメージ鮮やかで、長明の
言わんとするところもよく伝わる…
という判断が漱石にあったのでしょう。

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また”the destructive work of time”
と”time”(時)を擬人化したところも、
これは漢詩風ではなくむしろ西洋的ですが、
なかなかスマートで効果的。

ともかくこの後、小説ばかりでなく
俳句・漢詩においても大成する漱石の
文学的センスを大いに匂わせる名訳と
称してよいように思われます。


では、ほかの訳者はこのあたりをどう
訳しているのでしょうか。

念のため、型破りの大博物学者、南方熊楠と、
上でふれました現在入手しやすい英訳本の
森口靖彦さんとデイビッド・ジェンキンス
さんの共訳について、最初の3文だけ
見ておきましょう。

つけている日本語は漱石の場合同様、
私が現代日本語に戻したものです。

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🔥 南方熊楠、森口=ジェンキンスの訳

Of the flowing river the flood ever
changeth, on the still pool the foam
gathering, vanishing, stayeth not.

Such too is the lot of men and of the
dwellings of men in this world of ours.

流れる河の洪水はつねに変化し、
静かな水たまりの泡は集まっては
消え、とどまることはない。

このようなのが人間の、そして
人間のこの世での住まいの定めだ。


これもまた”changeth”などと古い英語を駆使
した(語尾の”th”は現代英語での三人称・
単数・現在の”s”に当たるもの)、たいへん
格調高い英文ですね。

1行目にあえて”flood”(洪水)という強い
表現を入れたところに個性が光り、そこに
あるいは熊楠ならではの哲学が隠れて
いるのかもしれません。


それでは、ネイティブ・スピーカーの手に
なった最もこなれた英語と思われる訳として、
森口=ジェンキンス訳を引いておきましょう。

The flowing river never stops and
yet the water never stays the same.

Foam floats upon the pools,scattering,
re-forming, never lingering long.

So it is with man and all his
dwelling places here on earth.

流れる河は決してとどまらず、
しかも水は同じままではない。

水たまりには泡が浮かび、散ってはまた
できるが、一か所に長くとどまることはない。

人間と人間がこの世で住む場所も、
これと同じだ。


なるほど現代人にもすっと入ってくる
平明な英語で、三者のうちでいちばん
直訳的ともいえますね。

全文を読もうという人はこちらでどうぞ。
  👇


なお漱石と熊楠の英訳はそれぞれ
『漱石全集 第26巻』(岩波書店、1996)、
『南方熊楠全集 10』(平凡社、1973)で
全文をお読みいただけます。


🔥 「仏教文学」?

漱石、熊楠、森口=ジェンキンスと3つの英訳を
冒頭部分についてだけ見てきたわけですが、
これだけ見ても、『方丈記』の捉え方が
三者三様に分かれていることが
なんとなくわかります。

  
 糺の森の一角、河合神社(下鴨神社の摂社)境内に
  復元された長明の「方丈」



さて、ここで基本的なところへ戻って、
この本についての一般常識を押さえて
おきましょう。

上記の森口=ジェンキンスによる英訳本
Visions of a Torn World (2012)の
紹介文には次のように書かれています。

「枕草子」「徒然草」と並び、日本
三大随筆の一つとされ、仏教文学、
隠者文学として名高い「方丈記」。

中世的な無常観をもって、著者、
鴨長明が直接体験した五大災害
(安元の大火・治承の辻風・福原遷都・
養和の飢饉・元暦の大地震) を描写。

この世の無常と、はかなさを語る。
美しい英語訳!

う~ん…でも、これがすべてOKかというと
異論もあるはずで、漱石も熊楠もたぶん
納得しなかったと思いますよ。

まず「仏教文学」だなんて、どうして
言えるんでしょうかね?

「無常」に言及しているから?

それなら『平家物語』も「仏教文学」
なんでしょうか。


第一、長明が下鴨神社の宮司の子で、自分も
その地位に就きたいと願いながら果たせ
なかった人だというのはよく知られた話。

どう見ても仏教徒ではなく神道の家の人
なんですから、その著作を「仏教文学」だと
主張するのなら、それなりの裏付けが
必要だと思うんですよね。


でもまあ、そのことを脇に置けば、長明の
体験した「安元の大火」などの大災害が
持ち前の「無常観」と重ね合わされている
という読み方は間違いではありません。

    

ただその読み方も、災害の記述などの方に
この価値を見るか、それとも「無常観」に
代表される長明の哲学を重要視するのか
というところが、読者によって分かれ目に
なってくるようなんですね。


🔥 堀田善衞の読みと漱石の読み

この”分かれ目”を典型的に示す事例を
堀田善衞の『方丈記私記』での漱石訳への
言及に見ることができます。

いわく

この漱石英訳方丈記は、ちょっと
異様な抄訳であって、福原遷都、
戦乱、飢餓、群盗の難、地震、
洪水などの肝心の具体的問題の
ところはほとんど省略していて、
方丈にこもってしまってからの、
長明がこねた理屈や愚痴の
ことが主になっている。

どういうつもりであった
のであろうか。

(引用はこちらから)
    👇


1945年3月の東京大空襲の惨禍によって
『方丈記』の世界に導かれた堀田さん
の視角からは、漱石が「どういうつもりで
あった」のかはおよそ見えにくいところ
だったのでしょう。

ところで、宮崎駿さんはこの
堀田善衞『方丈記私記』の
アニメ化を長く構想して
おられたとのこと。

宮崎さんの戦争体験への
こだわりは『風立ちぬ』
などにも明らかですね。

詳しくはこちらをご参照
ください。

風立ちぬ(堀辰雄)のあらすじ 🐥小説はジブリ映画とどう違う?

     

戦争の時代へのこだわりは、
制作中の新作『君たちはどう
生きるか』にも発揮されるの
ではないでしょうか。

その原作についてはこちらで。

君たちはどう生きるか(原作)のあらすじ📓おじさんのノート解説

        


でも漱石が「どういうつもりであった」のかは
そう難しい問題ではないはずで、要するに
漱石の関心は災害や社会問題より長明の哲学の
方にあった、ということになると思います。

だから漱石の訳文が最も冴えわたるのは
たとえば冒頭近くなら「知らず、生れ死ぬる人、
何方(いづかた)より来たりて、何方へか
去る」と考察の盛り上がる部分。

Whence do we come?

Whither do we tend?

What ails us, what delights us
in this unreal world?

It is impossible to say.

A house with its master, which
passes away in a state of perpetual
change, may well be compared to
morning-glory with a dew drop upon it.

われわれはどこから来て、
どこへ向かうのか。

この非実在の世界において何が
われわれを苦しめ、喜ばすのか。

それを言うことは不可能だ。

絶えざる変化の相にあって、
消滅していく家とその主人は、
朝顔とそれに置いた露とに
喩(たと)えられるだろう。


この「われわれはどこから来て、どこへ
向かうのか」の問いが長く漱石の意識に
残っていたことは、10年後のものと見られる
「断片13」の次のような英語での
書きつけからもわかります。

Were we born, we must die.

――Whence we come,
whither we tend?

Answer!

生まれてきたからには
死なねばならぬ。

われわれはどこから来て、
どこへ向かうのか。

答えよ!

(『漱石全集 第19巻』、1995)

漱石の哲学者的な側面に興味を
お持ちの方は、こちらの記事も
ご参照ください。

漱石の名言でたどる恋愛💛『吾輩』猫が読み直す『こころ』etc.

門(夏目漱石 )の簡単なあらすじと”禅”をめぐる批評・感想

夏目漱石 草枕:冒頭の名言を意味付きで解説「智に働けば…

シェイクスピアのオセロを講義:漱石の名言「白砂糖の悪人」?

     



🔥 まとめ

さて、ザっとではありますが、若き漱石の
『方丈記』英訳を、南方熊楠や現在の流布本の
英訳と見比べ、また堀田善衞『方丈記私記』の
漱石批判も視野に入れて検討してきました。

『方丈記』で読書感想文やレポートを
書こうとしている人には、格好のネタを
提供できたのではないでしょうか。


長明が自分で建て生活していた「方丈」は
『方丈記』にも語られるところですが、
その復元模型が見られることは上記の
画像でも紹介したとおり。

京都・下鴨神社参道の糺の森を歩けば
すぐ見つかりますよ。

下鴨神社への参拝をお考えの
場合は、こちらの記事も情報が
ありますので、どうぞ。

京都の初詣ランキング!パワースポットの人気ベスト5は?

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古典文学のほとんどが
京都を中心に展開しますよね。

こちらの記事などもご参照
いただけると幸い。

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       源氏物語画帳 朝顔 800px-Ch20_asago          


ん? 感想文の書けそうなテーマは
浮かんできたけど、さて具体的にどう
進めていいかわからない( ̄ヘ ̄)?

そういう人は当ブログの「感想文の
書き方《虎の巻》」を開陳している
記事のどれかを見てくださいね。

当ブログでは、日本と世界の
種々の文学作品について、
「あらすじ」や「感想文」関連の
お助け記事を量産しています。

参考になるものもあると思いますので、
どうぞこちらからお探しください。

「あらすじ」記事一覧

≪感想文の書き方≫具体例一覧

ともかく頑張ってやりぬきましょー~~(^O^)/


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