サクラさん
“恋”と”愛”ってどう
違うんですか?

ハンサム 教授
こっちが聞きたい;^^💦

私の母語(英語)では
どっちも”ラブ”
(love)で、同じ
ですから。

サクラさん
でも違いを説明する
という本やサイトには
欧米の名言や詩歌も
よく出て来ますよ。

ハンサム 教授
不思議ですね;^^💦

ただ私の感じでは英語
の”fall in love”は
まさに”恋に落ちる”
ことで、どこか深みに
はまってしまうという
感覚がある。



日本語の”恋”もまずは
“落ちて”みなくちゃ
わからん…ということ
なんじゃないかな。

サクラさん
ゾクゾクッ(🙀)

魅惑的ですけど、
なんだか怖くも
ありますね…

ハンサム 教授
ハハハ、どんなに
怖いかも勉強して
おいた方がいいん
じゃないかな;^^💦

恋をする気がある
のなら…


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というわけで本日は、”恋”と”愛”に絡む
失敗と苦悩では人後に落ちない中高年
オヤジのサイ象が、英語圏出身の
ハンサム教授とタッグを組んで精選
した”恋愛の名言”((((((ノ゚⊿゚)ノ

“恋”と”愛”はどんなもので、互いにどう
違う…
つまるところ⦅恋にあって愛にない
もの⦆
は何なのか❔❔❔


この問いに、いくつかの仮説をもって
答えながら、23個の値千金の言葉たちを
並べて参ります。

これも何かの縁、訪問された皆様の
今後の人生に少しでもプラスになる
ことがあればと念じています。

下記のような内容になりますが、順不同で
つまみ喰いされてもかまいません。





名言1~5:恋は下心、だから恋に落ちる??

「恋」と「愛」とは、どちらも”love”だと
言ってしまえば同じもののはずなんですが、
それでもなんとなく違う。

その違いというか、両者を隔てる境界線の
ようなものについて教えてくれそうな
名言をいくつか挙げていきましょう。

まずはこれ。

「名言」というより「俗言」ですが…

【名言

「愛」は真ん中に心が
あるので真心、
「恋」は下に心が
あるので下心。



          作者不詳

「下心」はふつう”隠し持っている
たくらみ”のような、多少とも陰険な
意味で言われますよね。

で、「恋」の場合、どういう”たくらみ”
かといえば、そこには多少とも性的な
動機が絡んでいる。

それに対して「愛」の方はそういう
要素の混じらない「真心」の世界だ…
とこの名言は言っているように聞こえます。


とすれば、ここで「恋」を「愛」から
隔てているのは”性”(sex)の要素
だということになるでしょう。

で、そういう要素の混じらない「愛」の
方が「真心」だというなら、「恋」は
「偽(にせ)心」なのか…

と難癖をつけたくもなりますが、ここには
やはり”性”をけがれたもののように見る、
(日本でも明治以降さかんになった)
キリスト教な発想がにじみ出ています。

   


さて、ここから⦅恋にあって愛にない
もの⦆
とは一体なんなのか…
一般に意識されているらしいところ
(私の意見ではありませんよ)について、
いくつかの仮説を立てていきましょう。

その第一がこれです。

⦅恋にあって愛にないもの⦆
その1:性



ところで、「下心」という日本語について
一言しておきますと、現代人が連想する
ような陰険なニュアンスは昔は
まったくなかったのです。

『万葉集』の時代には

あみの浦の
海処女(あまおとめ)らが
焼く塩の
思ひそ焼くる
吾が下情(したごころ)


なんて歌もありました。

この「下情」は”性”的な要素もおそらく
絡んで燃え上がる情念ではあっても、
“隠し持ったたくらみ”などでは
ありませんよね。


そこにもし「けがれた」という意識が
混じるとしたら、それは近代以降の
キリスト教文化の影響によるもので、
古代の日本人にそんな意識はなかった
でしょう。

ともかくここで指摘したいのは、
「けがれた」ものかどうかには関わりなく
「したごころ」という日本語には「下へ(👇)」
という方向性が含まれており、それが
“fall in love”(恋に落ちる)という
英語表現の方向性とも通じ合っている
ことです。

    

たとえばShakespeare in Loveという映画
(1998)が『恋に落ちたシェイクスピア』と
訳されていましたが、この”in Love”も
恋に落ちた(“fall”した)結果なので、
正確な訳といえます。

ズバリ『恋に落ちて』(Falling in Love,
1984)という映画もありました(ロバート・
デ・ニーロ、メリル・ストリープ共演)。

ともかく”〇〇 in love”とあれば、
“love”とへ落ちてしまった状態を表して
いるので、「愛」ではなく「恋」と
訳すのが一般的です。


そこで2つ目の仮説。

⦅恋にあって愛にないもの⦆
その2:下降のニュアンス



恋のこの「下降性」には古来、「転ぶ」
という表現も与えられてきました。

そこでやっと【名言です。

【名言

恋の山には孔子(くじ)の倒れ


『源氏物語』第二十四帖「胡蝶」

「胡蝶」の巻に出てくる真面目ぶった
右大臣でも、こと恋が絡めば転びます。

そりゃそうでしょ、あの孔子様だって
転んだんですから…というわけです。


では「恋」なんかロクでもないから
避け通せと教えているのかといえば、
「恋」だらけの『源氏物語』でよもや
そんなことが言われようはずもありません。
👉『源氏物語』がどんな世界かは
こちらで覗き見していただけます。

源氏物語のあらすじを簡単に 光源氏はマザコンでロリコン?
     
      源氏 美人 6BA90E6B08FE789A9E8AA9EE7B5B5E5B7BB1E5BC95E3818DE79BAEE989A4E9BCBB20a011


「恋はするほど艶が出る」という俗言が
現代にもありますが、同じようなことは
平安期にも言われていたわけで、「恋」は
むしろ称揚されていたとさえ言えます。

そのことをよく知らせる歌を二、三。

【名言

恋せずは
人の心も
なからまし
物のあはれも
これよりぞ知る


藤原俊成(平安後期-鎌倉初期の歌人)

日本文化の精髄のようにいわれる
「物のあはれ」にしたって、恋した
ことのない人なんかにわかりっこ
ないんだよ…と。

【名言

恋をさせたや
鐘つく人に
人の思ひを
知らせばや


隆達節歌謡(中世)

鐘つく人はもちろんお坊さん(僧侶)
で「恋」はご法度のはずですが、
でも恋も知らなくてホントに
「人の道」が説けるのか…と。

実際、修行僧の恋物語なども
発生していたわけで、その
極めつけが「道成寺伝説」ですね。
👉安珍・清姫の哀切きわまりない
「道成寺」の物語については
こちらで。

道成寺 安珍清姫物語のあらすじ 映画(市川雷蔵/若尾文子)も必見!
     
   
   修行僧 安珍に恋した清姫の変化(道成寺絵巻)



【名言

わが恋は
益田の池の
うきぬなは
くるしくてのみ
年をふるかな


小弁(平安中期の女流歌人)

       

「うきぬなは」は池に浮く蓴菜
(ジュンサイ)で、それを「繰る」ように
私の恋は(益田というごとく)ますます
クルしいばかりで何年も…。

いや~わかります、その苦しさ;^^💦







名言6~12:恋は鼻くそみたいなもの

というわけで、「恋」は歓びである一方で
人を躓かせ、時には死にさえ至らしめる…
アブナイことこの上ない
諸刃の剣でもありました。

そういう人間の生き様はもちろん古今東西
それほど大きく違わないはずで、英語圏にも
“love”の語を用いて同じようなことを
述べた詩歌や名言は数知れません。

で、そういう場合、「愛」でなく「恋」と
訳されることが多いわけです。

たとえばこれ。

【名言

恋することは苦しむこと。

苦しみを避けたければ
恋をしてはいけない。

だが、その場合には
恋しないことの苦しみに
悩まされる。


ウディ・アレン(米国の映画監督、
俳優、脚本家/1935~)

原文は”To love is to suffer.
To avoid suffering one must not love.
But then one suffers from not loving.”

このように「苦しみ」を問題にしている
場合も”love”の訳語としては「愛」でなく
「恋」が選ばれる傾向にあります。

落ちた地点が「苦しい」世界であるが
ゆえにこそ、それが「下降のニュアンス
で捉えられるのだとも言えますが、
ともかくここで第3の仮説。

⦅恋にあって愛にないもの⦆
その3:苦しみ



そしてこの「恋の苦しみ」というやつ、
放っておけば安全だったのに、わざわざ
自分で突っつきだすことで、自業自得・
自縄自縛の苦痛を受けてしまうという
場合もままあります。

次の名言もその機微にふれるmので、
「愛」と訳した例もありますが、私は
「恋」の方が適訳と思っています。

【名言

恋は鼻くそみたいなもの。

どうにかしてほじくり出して、
手に取った時には、どう処分
したものか困ってしまう。


メイ・ウェスト(米国の女優/1893-1980)

原文は”Love is like a booger,
you pick and pick at it.
Then when you get it you
wonder how to get rid of it.”

    

アホか(😹)…
と笑いました?

いやいや、そこで笑うのは俊成のいう
「物のあはれ」をまだご存じない人…
ということなのかもしれませんよ;^^💦

そこで、賢人のこの一句。

【名言

恋をして、しかも賢く
あることは不可能だ。


フランシス・べーコン
(英国の哲学者/1561~1626)

原文は”It is impossible
to love and be wise.”





なぜ「賢く」恋愛できないのか。

そのことの説明になっている名言も
、色々とありますね。

【名言

男が本当に好きなものは二つ。

危険と遊びである。

男が女を愛するのは、それが
もっとも危険な遊びであるからだ。


フリードリッヒ・ニーチェ
(ドイツの哲学者/ 1844-1900)

危険にあえて接近することのスリル。

これが病みつきになってしまう場合も
あり、それに駆り立てられて愛する
ような場合は、当人の人格などは
視野に入っていないかもしれません。

となると、あまり幸福な結末は
思い描けませんね。
👉ルー・ザロメへの恋愛
(片思い?)などが知られ、
結局、生涯独身を通した
孤高の哲学者ニーチェ。

上記の名言を含む『ツァラトゥス
トラはこう言った』をはじめ、
その哲学に関心をおもちの場合は
是非こちらもご参照ください。

ニーチェ ツァラトゥストラは読みやすい?訳本選びがカギに

ニーチェの結婚観を原典から😻女は男より野蛮で猫的だから?

      


女性の側でも、そんな男の危険な遊び
なんかに乗らなければいいんですが、
そう思いはしてもカラダがそうは
動かない…というのも世の常。

たとえばこんな成り行きになって…
という場合がまたよくあるんですな;^^💦

【名言10

男は女にすべてを与えよと求める。

女がそのとおりにすべてをささげ、
生涯をあげて献身すると、
男はその重荷に苦しむ。


シモーヌ・ド・ボーヴォワール
(フランスの作家、哲学者/1908-1986)

【名言】【10とも、男女が逆に
なる場合だってもちろんあるわけです。

そんなわけで、松田道雄さんの名著
『恋愛なんかやめておけ』(1970)
にもこうあります。

【名言11

いったん乗ってしまったら
おりられないのが恋愛列車だ。

列車が動きだしたら、もう
相手のいうことはなんでも
きかねばならぬ。

拒絶はすべて不誠実に
みえるからだ。


松田道雄(医師、評論家/1908-1998)

そのような次第でもございまして、
愚かしくも苦悩を呼び込んでしまう
危なっかしい側面をもつのが恋愛です。

だからこれを遠ざけよう…という志向が
仏教の根本にあるわけなんですね。

 

宗派によって違うことが言われるかも
しれませんが、ゴーダマ・シッダールタ
(仏陀/釈迦)の妻子を捨てての出家…
というところに仏教の起点があった
ことは否定できないでしょう。

「幸福」を得るにはむしろ「愛」(恋を
含む)を遠ざけるのがよいのだ…と。


仏陀の言葉のみを詩の形にしたものと
される原始仏典『法句経』には
こうあります。

【名言12

愛より憂いが生じ、
愛より恐れが生ず。

愛を離れたる人に憂いなし、
なんぞ恐れあらんや


法句経





名言13~15:恋は盲目なんて誰が言ったの?

つまり「恋」を含むところの「愛」には
不幸の根源をなす「煩悩」という側面が
あり、仏教ではそこが強調されます。

ただ、その愚かな「苦しみ」をむしろ
成長のための「よい経験」として
ポジティブに捉える考え方もあるわけです。

【名言13

恋している時にバカげた
振る舞いで笑いものになった
ことのない男が、愛において
賢くなることはない。
 

テオドール・ライク(オーストリアの
精神分析家/1888-1969)

英訳は”The man who has never made
a fool of himself in love will
never be wise in love.”

シェイクスピアの名言として有名な
あの「恋は盲目」というやつも、
「だから恋はするな」と言っている
わけでは決してありません。

【名言14

恋は盲目であり、
恋人たちは自分たちが
犯す愚行に気づかない。


『ヴェニスの商人』のジェシカのセリフ

原文は”But love is blind,
and lovers cannot see
the pretty follies that
themselves commit.”

でもこの「恋人」、原語は”lovers”で
(女なら”loves”になる)、あくまで
男の方を言ってるんですよね。

つまり【名言13の場合と同じく「盲目」
の段階を経て成長していくことが
想定されているのは、男なんです。
 
    

それならそもそも「恋は盲目」という
のも男についていわれたもので、
女にはあてはまらないのか?

「恋は鼻くそ」と言い放ったメイ・
ウェストによれば、どうもそういう
ことになりそうで…。

【名言15

できる限り美しく見せなさい。

恋は盲目なんて誰が
言ったのかしら?


メイ・ウェスト

原文は”Look your best –
who said love is blind?”

だからまあ、ウェストに言わせれば
女はもちろん男も「盲目」なんかじゃ
ないんだから、しっかり見せつけて
惹きつけろという話になります。





名言16~20:恋はアートです

というわけで、またまたメイ・ウェスト。

【名言16

恋は感情でも本能でもない。

アートです。


メイ・ウェスト

原文は”Love isn’t an emotion
or an instinct – it’s an art.”

「本能」とか本性(natureつまり自然)に
根ざすものなんかではない。

むしろ人工的に作り上げなければ
ならない「アート」(技術/芸術)なのだ!


そこで4つ目の仮説です。

⦅恋にあって愛にないもの⦆
その4:アート(技術/芸術)性



恋のこの側面をウェストは強調するわけ
ですが、こう割り切る見方は、男性より
女性に顕著だというのが、昔からの
通り相場です。

1960年です代か、流行歌の歌詞に
「恋の手管(てくだ)はお手のものよ♪」
なんていうのもありましたが、そんな
ことを歌うのはもちろん女性と相場が
決まっていたのです。

【名言17

廿(はたち)前後の同じ年の
男女を二人並べて見ろ。

女の方が万事上手(うわて)
だあね。

男は馬鹿にされる許
(ばかり)だ。


夏目漱石(作家/1867~1917)
『三四郎』の与次郎のセリフ

この種の「アート」の上達度において、
同年輩ならたいてい太刀打ちできない
男たちが、古来どれだく多く泣かされて
きたことか…
もはや口にするのもヤボでしょう;^^💦
👉上記の名言を含む漱石の恋愛観と
『三四郎』をめぐっては、
こちらをご参照ください。

夏目漱石名言集『こころ』etc.に滲む独特の恋愛観とは?

三四郎(夏目漱石)で読書感想文 美禰子の真意をどう読むか

      


いや、しかしこれも男の側からする
女性への偏見なのかもしれません。

【名言18

愛を交わしあう際、
女は必ず演技をすると
決めてかかる男たち…。

彼らは、はからずもその
ときだけ演技をやめる女も
いるのだ、ということに
気づいてはいない。


石津ちひろ(絵本作家/1953~)

ふ~む。なかなか微妙なものですな。

そういうことに気づかせてもらえる
ところまで行ってみたいもので…;^^💦


ともかく、そんなこんなで…

【名言19

恋愛はポタージュの
ようなものだ。

初めの数口は熱すぎ、
最後の数口は
冷めすぎている。


ジャンヌ・モロー(フランスの
女優、歌手/1928-2017)

初めの「熱すぎ」が過剰なアートから
来るものであった場合、その恋愛は
「冷めすぎ」た時には、往々にして
終幕を迎えます。

でも恋の「熱さ」がすべてアートに
よっているとも限らいないわけですし、
長く適温を保っていける場合も
当然あることでしょう。


ともかくここで第5の仮説。

⦅恋にあって愛にないもの⦆
その5:高熱



そこで、スタンダールの有名な
『恋愛論』から。

【名言20

恋は熱病のような
ものである。

それは意思とは関係なく
生まれ、そして滅びる。


スタンダール(フランスの
作家/1783-1842)






名言21~23:愛されないかもしれない覚悟も含め…

私がこれだけ熱く愛しているのだから、
相手も同じだけの熱量で愛してくれて
いるはず…

「恋は盲目」という格言は、恋する人が
しばしば陥るこのような誤認を言った
ものとも解釈できます。


恋に落ちてしまった(fallen in love)
人は、相手を見る場合に自己の感情を投射
(投影/projection)しがちなので、相手は
それほどに思ってくれていないという
(正確な)認識ができなくなってしまって
いるという場合がままあるわけです。

その相手がまた「アート」を駆使して
魅了してくるような人だった場合、
この誤認はエスカレートして、悲惨な
結果を招く場合もしばしばです。

ですから…

【名言21

愛するということは、
愛されないかもしれない
覚悟も含めた上に、
成立する感覚なのよ。

落合恵子(作家、アナウンサー/1945~)

      

ただまた、幸いにも愛が相互的となって、
いわゆる「両想い」が成立した場合も、
その完全な永続がありえないことは、
上に見てきた多くの名言が示す通り。

そこで、永続するのはむしろ、返礼を
受けることのない空しい「片想い」
の方だから、これこそが真の愛だ
という理屈も成り立ちます。

【名言22

長続きするたった
一つの愛は片想い。


ウディ・アレン

片想い、両想い、嫉妬、結婚、離婚…
どんな形であれ、恋愛は(多くの場合)
人生に食いこんできて、あなたを幸福に
したり不幸にしたりします。

   

そういう経験なしで人生を終える…
というのも一つの選択肢ですが、
名言を残してくれた多くの先人は
「そんな人生はつまらないよ」と
空で微笑んでいないでしょうか;^^💦

【名言23

恋愛は人世の秘鑰
(ひやく)なり、恋愛ありて
後人世あり、恋愛を
抽(ぬ)き去りたらむには
人生何の色味かあらむ


北村透谷(詩人,評論家/1868-94)
評論「厭世詩家と女性」の冒頭

「秘鑰」は「秘密のカギ」といった意味。

これをつかまずには、人生を生きた
ことにならない…と宣言して透谷自身は
25歳で自殺してしまいましたけどね。 



まとめ

どうでしたか?

“恋”と”愛”と、それから”恋愛”と
どこが違ってどこが違わないか、概略は
ご理解いただけたのではないでしょうか。


英語にすれば全部”love”に違いない
のですが、そこには仏教・キリスト教
などの宗教的・文化的な文脈も絡んできて、
意味するところはいかにも複雑怪奇。

そういう複雑な背景をもつ言葉に
振り回される私たちの人生も、したがって
これまた複雑怪奇…ということに
ならざるをえません。


ともあれ、ここで⦅恋にあって愛にないもの⦆
として立てた「恋の秘鑰」ともいうべき
ポイント(あくまで私の仮説ですが)は、
以下の5つでした。

1.性
2.下降のニュアンス
3.苦しみ
4.アート(技術/芸術)性
5.高熱


「愛」にこれらがないと言い切ることは
できませんが、一般に「恋」という場合、
これらの要素をより多く(時には過剰に)
伴ってきますので、これからその世界に
入ろうか…という人はくれぐれも
ご注意ください。

上に並べた22個の名言・詩歌はいずれも
この5つの「秘鑰」のどれかにふれながら、
「恋」に迷いためらう人に何らかの
方向性を示唆するもののはずです。

一つでもあなたのお役に立つことが
あれば、ほんとうに嬉しく思います。
👉“恋”と”愛”の先にある
(かもしれない)のが結婚。

これもまたよく考えておいた
方がいい大問題ですね。

それについて教えてくれる
名言はこちらに集めています。

結婚の名言 “ひどいが面白い”13選【有毒】祝辞では使用できません

      

「恋愛はしても結婚しない」
というのも一つの賢い選択ですが、
いずれにせよ、あなたがが欲しい
のは「幸福」ではないでしょうか。

では「幸福」とは何なのか。

これについても掘り下げて
考えてみようという人は
こちらもご参照いただけると
幸いです。

アラン幸福論で幸せに😸12の名言をつなぐと全体像が見えてくる

ラッセル幸福論 10の名言!他人の幸せを願うとなぜ幸せに?

人生論の名言!トルストイの12の言葉をつないで”幸福”を理解しよう

      


さあ、そろそろお別れです。

恋するにせよ、しないにせよ…
(どちらでもいいので;^^💦)、
ともかく幸せになってくださいね。

ここまで読んでくださった皆様には
縁と感謝を深く感じ、そのように
祈らずにいられません;😸/~~

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