花燃ゆ 松陰(伊勢谷友介)大和魂の黒船潜入で父は切腹?

 


やあやあサイ象です。

2015年NHK大河ドラマ『花燃ゆ』も第4回(1月25日)を迎えました。

当ブログでは初回からこのドラマを追っかけ、
勝手な感想や今後の展望などを書いてきましたが、
今回もそれを続けます。

今後のストーリー展開にも踏み込むことになりますので、
以下はネタバレ注意でお読みください

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Ψ ドラマ第4回を鑑賞して

不案内の方のために一応おさらいをしておきますと、
井上真央さん演ずるドラマのヒロイン
杉文(すぎ・ふみ。のち楫取〔かとり〕美和子)は
吉田松陰の妹で、
はじめ久坂玄瑞(東出昌大さん)に嫁ぎ、
久坂の没後に、大沢たかおさん扮する
小田村伊之助(のち群馬県令・楫取素彦)と再婚します。

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資料の少ないこの人物について
どんなキャラクター作りがなされてきたかといいますと、
周りの人々(男女を問わず)をつなぎ合わせる
「縁結びの神様」のような役割を積極的に果たしていく人物
といったところらしい…

というのが第1~3回を見ての印象でした。




Ψ 父を「生」に連れ戻す

さて、第4回はというと、

兄、寅次郎(のち吉田松陰。演ずるは伊勢谷友介さん)が、
より若い金子重輔と二人で決行した
黒船に潜入しての密航計画が失敗して捕縛され、
あやうく死罪か、という大事件(叫び)と、
これに大きく揺れる長州藩と杉家。

この渦中で文は何を思い、どう行動したか…、
といったところでした。


「寅次郎死罪」の可能性が伝えられると、
聡い文の視線は父、百合之助(長塚京三さん)に注がれます。

「父上、お腹(はら)を召されるのですか?…」

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第4回の彼女の「縁結びの神様」的な活躍は、
この父と「生」とを結びつける、というか、
棺桶に片足を入れた父を「生」の世界に連れ戻す、
というところにありました。

まあこれを「縁結び」と称するのは少々苦しいのですが、
前回までの「縁結び」的な動きに似た活躍をしてくれた、
とはいえますね。


もちろん「切腹願い」が却下されたのは長州藩の決定であって、
文の力によったわけではありませんが、
それがなんだか、文の頑張りの結果であったかのようにも
見えてしまうから、すごい((((((ノ゚⊿゚)ノ

やっぱり「神様」じゃないか?

これでこの年、満10歳(のはず)ですからね、彼女。



Ψ わしは凡庸じゃ

「寅には寅の大義があったろう。
わしは凡庸じゃ。
できるのは、腹を切ることぐらいじゃ」

と野良仕事などしながら、
父は10歳の聡い娘に覚悟を語りだします。

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そこへ長兄、梅太郎(原田泰造さん)が駆けつけて
「切腹願い」却下、寅次郎の「野山獄」幽囚などの沙汰を知らせます。

「それでも…」となお「死」に顔を向ける父に、
どうか生きてほしいと涙目で梅太郎は土下座し、
続いて文も土下座します。


三人とも見事な演技でした。
『花燃ゆ』のこれまでで、
最高のシーンだったといっていいんじゃないでしょうか。

とりわけ父の口にした「凡庸」の語が重く沈みます。

ここには息子が「凡庸」でないことへの、
父の誇りと困惑、怒りと諦め…、
ないまぜになった感情の混沌が読まれますね。

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この地点から見ると、「凡庸」でない息子、
9歳にして藩校・明倫館で山鹿流兵学を教え
神童と謳われた寅次郎の「大義」とやらは
いったい何であったのか…

死罪もありうる厳罰が自身ばかりでなく
父ら家族にも及ぶ危険をも犯してまで、
どうしても決行しなければならないものであったのか、
というところが大きな「?」になってきますね。



Ψ 寅次郎の大義とは

吉田松蔭の生涯とその「大義」をめぐっては、
下記をご参照いただきたいのですが、

要するに、理知にすぐれた学者であるにとどまらず、
「知行合一」を重んずる「行動の人」であったところがミソで、
後進の長州藩士たちに指針を与えて明治維新の原動力となり、
やがて神格化されて、「松陰神社」までできてしまうわけですね。

ですから、その日本史上における意味は大きかった
ということになりますが、
周囲の家族や友人たちからすると、
危なっかしくてしょうのない人でもあったんじゃないでしょうかね。

実際、今回の『花燃ゆ』では
その面が(控えめにではありますが)描かれ、
友人としては、小田村伊之助(大沢たかおさん)が
連行される寅次郎を詰るシーンがはさんでありました。

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史実に照らしても、このときの密航の企てにおいて
寅次郎の計画が周到なものであったとはいえません。

「先進西洋文明を学ぶ」のだとか称していますが、
仮に運よくアメリカへ渡ることができたとしても、
どこでどのようにすれば何を学べるのか、
またその成果を愛する日本に持ち帰ることができるのか……
見通しがあった形跡はまるでないのです。

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第一、英語をまったく知らないのに、
どうしてそんなことができると思えるのか、
不思議というほかありません。

今回の『花燃ゆ』では、
黒船の艦上で将官の話す英語を部分的に
聴き取ったように描かれていましたが、
そんなことあるわけないのです。



Ψ 已むに已まれぬ大和魂

「行動の人」松陰の軌跡の、こうした局面を考慮しますと、
その「行動」は「やり遂げる」ことにではなく
やって見せる」ところのほうに主眼があったと
考えるほかありません。

そのことは密航失敗で幽閉された「野山獄」から
兄に宛てた手紙に書きつけた有名な歌
(次回『花燃ゆ』にたぶん出るでしょう)
にも見て取れますね。

かくすればかくなるものと知りながら已(や)むに已まれぬ大和魂
     (あのようにすればこうなると知っていながら、どうしようもなく
      そうしてしまう、それが私の中の大和魂だ)


そのほか、松陰の数々の「名言」が
この動画に集められていますので、どうぞご覧ください。




これら「名言」のいくつかでむき出しになっている
松陰思想の核心の一つが、
「死に様」の重視ということですね。

たしか前回の『花燃ゆ』でも、
去り際の寅次郎が文に
大事なのは「この命をどう使うかだ」と説く
シーンがありました。

“狂”的ともいえる「行動」を
やって見せる」ことに
「この命を使う」ことにこそ生きる意味を見出していた
ということでしょうか。

下田に設置された松陰と金子の像「踏海の朝」e33e24fda9a6b93f9bb1bcfc12691687_s

特に以下のような「名言」に、その考え方がよく現れています。

小生獄に坐しても首を刎ねられても 
天地に恥じ申さねばそれにてよろしく候。

     (私は獄に繋がれても斬首されても、天地神明にかけて
      恥じることはしていないので、それで結構です)
                    (同年、野山獄からの書簡)


死して不朽(ふきゅう)の見込みあらばいつでも死ぬべし。
生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし。

     (死ぬことによって志が達成できるならば、いつ死んでも良い。
      生きていることで大業の見込みがあれば、生きて成しとげれば良い)
               (1859(安政6)年、高杉晋作あて書簡)

  

Ψ 寅次郎の大義とは

長州藩の流れをくむ安部晋三さん、
ということは父親の安部晋太郎さんもそうだったんでしょうけど、
「晋」の字は高杉晋作から頂いているそうです。

その晋三さんも吉田松陰崇敬を隠していません。

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その「崇敬」がどの程度のものかわかりませんが、
もし松陰の行き様をすべて肯定するということであれば、
これはまさに「危なっかしくてしょうのない」首相ですね。


最後にこの「名言」を。

世人の、事を論ずる、浅き者は事の成敗をみ、
深き者は人の忠奸をみる、かくのごときのみ。

     (世の人が物事を論ずるとき、考えの浅い者は事の成就か失敗かで見るが、
      考えの深い者はその人の心が「忠」か「奸」(よこしま)かで判断する。
      要はそういうことだ)    (『叢棘随筆』。1856(安政3)年)



要するに、「事の成就」より
行為者の心情を優先して物事を判断・決定してゆく…、
事は成らずとも、
已むに已まれぬ大和魂」からしたことならよい、
とする完全な「心情主義」の行き方ですね。


こういうリーダーに乗っかります?

Child-s

危なっかしくてしょうのない」場面に
出くわすかもしれませんよ~(*_*)/~~

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