サクラさん
アメリカ映画『沈黙
サイレンス』(2017)
は音楽を全く使わず、
時折、蝉の声とか
入ってくるのが心に
しみました。

ハンサム 教授
閑(しず)かさや
岩にしみいる
蝉の声(芭蕉)

蝉cicada-908128_960_720

を意識した”沈黙”の
表現かな。

サクラさん
テーマは神の”沈黙”
で、いくら呼びかけ、
助けを求めても
応答がないという…

遠藤周作の原作はまた
違いますか?

ハンサム 教授
いえ、内容上大きな
違いはありませんよ。

主人公のポルトガル人
司祭はついに踏絵を
踏んで”転ぶ”(棄教)
のですが、その背中を
押すのが今は沢野忠庵
と名乗るフェレイラ師
と奉行の井上筑後守
(イッセイ尾形);^^💦

サクラさん
映画ではその筑後守に
愛嬌があって、日本は
ズブズブの沼地だから
“神の苗”は育たぬとか
ニンマリしながら
説いていました(😸)

ハンサム 教授
ええ。原作では
フェレイラが言うことも
だいぶ筑後守に割り当て
られたんじゃないかな。

ともかく原作にしっかり
向き合えば、すぐれた
感想文または読書レポ
ートが書けるでしょう。


Sponsored Links




というわけで、おなじみ”感想文の書き方”
シリーズ第247回は2017年にハリウッド
映画(マーティン・スコセッシ監督、窪塚
洋介・浅野忠信ら出演)も公開された
遠藤周作の名作『沈黙』(1966)に挑戦!
   👇



👉もちろん『沈黙』全文を読んで
おかないと書けないはずですが、
その労を惜しんで書こうという
大胆な方はこちらで「あらすじ」を
仕入れていただくことも
可能です;^^💦

沈黙(遠藤周作)のあらすじを短く&詳しく⦅ハリウッド映画 原作の世界⦆

      512440461-聖母マリア-モスクワ-絵画-キリスト教



それも面倒だという方は、映画の予告編
だけでも、ある程度つかめるかも
しれません:^^💦   👇




読書レポート例文(2000字程度)

それではそろそろ取りかかりましょうか。

今回は字数制限2000字(原稿用紙5枚)で
サクラさんが書いたものをハンサム教授の
添削指導で完成させたという設定の、
やや高度な読書感想文をお目にかけます。

感想文というよりは批評文と呼ぶべき
かもしれず、大学・大学院の読書レポート
としても十分に通用する内容と
思われます。

まずはじっくりとご熟読ください。

 遠藤周作の『沈黙』(1966)は相当
読みごたえのある長編小説で、
ストーリーはかなり複雑だが、
しいて要約すればこんなところだ。

1630年代、ポルトガルの若い司祭
二人が、彼らの師で布教のため日本に
渡航した潜伏宣教師が棄教したという
知らせを受け、自分らも日本に潜入
する。

ところが、一人は迫害される日本の
信徒とともに命を落とし、もう一人は
ミイラ取りがミイラ取りになるように、
棄教して日本に帰化するという
師匠とまったく同じ道をたどって
しまう。

帰化して岡田三右衛門と名を改める
このセバスチァン・ロドリゴの
運命をたどっていくのがこの
小説である。


 波瀾万丈の物語のなかで、私が最も
衝撃を受けたのは、小説の後半(「Ⅶ」
以降)、今は沢野忠庵と名乗る師の
フェレイラが登場して語りだす話と、
それによって前半でロドリゴが
作り上げてきていた日本人観が大きく
崩れていく過程である。

つまり前半でロドリゴが接する
「切支丹」(前世紀のフランシスコ
・ザビエルらによる布教以来、
キリスト教に帰依してきた日本人)
たちの多くは、キリスト像の「踏絵」を
踏むことを拒否して従容として死に
就く、すなわち殉教も厭わない、
揺るぎない信仰を持つ人々であった。


 なるほどキチジローという特異な
例外がいて、彼はかつて家族全員が
殉教するなか、自分だけ「踏絵」を
踏んで生き伸びた男で、その後も
ロドリゴに甘えながら裏切り続ける。

だが、私の印象では、彼は信心深い
大半の「切支丹」の”陰画(ネガ)”として、
またキリストを裏切ったユダの役割を
ロドリゴに対して果たす人物として、
作者が創造した人工的なキャラクター
という感じがつきまとう。

  

 ともかくそのキチジローの裏切りに
よって捕縛され、ついに投獄されるに
至ったロドリゴだが、日本人信徒たちが
示してきた強い信仰心が心の支えに
なっていたことはたしかだろう。

だからこそ、ついに実現したフェレイラ
との対面では、師の変節・棄教を許す
ことができず、その弁明に対しても
「黙りなさい」と激しい言葉で
拒絶してしまうのである。


 それほど意志強固だったロドリゴが、
結局、自分も師の轍を踏むように
棄教し、日本人になれという勧めを
受け入れていくのは、どのような
内的な動機によっていたのだろうか。

直接的な引き金は、「穴吊り」という
拷問を受ける信徒たちの呻き声を
聞かされ続けた挙句、お前が「転び」
(棄教し)さえすればそれは終わると
告げられたことだったのだろう。

だが、もしそれだけならロドリゴは
まだ頑張り続けたように思われる。

ここで彼の強い意志が切れてしまう
最大の要因は、その前にフェレイラ
から聞かされて知った日本人信徒らの
信仰の実態と、それへの失望であった
のではないだろうか。


 フェレイラがロドリゴに説いた
ところを要約すると、次のようになる。

――ザビエルの布教以降、私たちは
「日本人が基督教徒になったと
思い込んでいた」けれども、彼らが
信じたのは「我々の神ではない。
彼等の神々だった」。

「聖ザビエル師が教えられたデウス
という言葉も日本人は勝手に大日
(だいにち)とよぶ信仰に変えて
いたのだ。

陽を拝む日本人にはデウスと大日
とはほとんど似た発音だった」。

それは「蜘蛛の巣にかかっ」て
死骸になった蝶と同じようなもので、
キリスト教の神とは似て異なる
概念なのだ。

「日本人は人間とは全く隔絶した
神を考える能力をもって」おらず、
「人間を美化したり拡張したものを
神とよぶ」にすぎないのだ…。


 自分が二十年かけてつかんだものは
結局それだけだったから、「布教の
意味」もなくなっていったのだ
とフェレイラは寂しげに話す。

「たずさえてきた苗はこの日本という
沼地でいつの間にか根も腐って」いた
のだが、そのことに長く気づか
なかったのだと。

フェレイラのこれらの言葉に
その場では反発していたロドリゴも
やがて実感として受け入れざるを
えなかったいったということだろう。

    Samurai_in_gala_costume

 そうでなければ、その後、日本の
着物を着て日本人として暮らし始めた
ロドリゴが「主」に対して「聖職者
たちが教会で教えている神と私の
主とは別なものだと知っている」
などと言い出すはずもない。

「私は転んだ。しかし主よ。私が棄教
したのでないことを、あなただけが
御存知です」とロドリゴは「主」に
語りかけるのだが、ここには自身の
心に生き続ける「主=神」が母国の
「聖職者」たちの認める「神」とは
異なる存在であるという二重意識に
よる信仰が見て取られる。

教会には認められないその「神」は
「異端」とされるべき変形物なのかも
しれないが、それがもし「人間とは
全く隔絶した神を考える能力」を
もっていないとされる日本人にも
共有されるものであるなら、
それはそれで結構ではないか。

日本という「沼地」にはまった西洋の
「神」がそのような形で生き続ける
ことをめぐる壮絶なドラマが
ここにある。

これは現代において同様の問題に
悩んだといわれる遠藤周作ならではの
作品なのだろう。
             (1994字)

Sponsored Links




どうです?

なかなかよく書けていると
思いませんでした?


これをそのままコピペすることは
もちろん厳禁ですが、ところどころ
つまみ食いして、自分らしい文章に
変えて使ってもらうのはかまい
ませんよ~;^^💦

もっと短い字数で書く場合は、
自分の場合は必要なさそうだと思える
部分を切り捨ててスリム化してください。

逆にもっと字数がほしい場合は、
自分が思ったことや思いだした経験や
どんどん入れて膨らましていけば
いいわけです。



宣教師を論破する日本人

もちろん『沈黙』の読書感想文ないし
読書レポートとしては、上記の
サクラさんの試作のような着眼が
すべてではありません。

信仰の対象を足裏で踏みつけたり、
「淫売だ」と唾を吐きかけたりさせられる
状況について、もし自分なら……とその
状況に身を置いて考えてみる、というのが
まずは感想文の王道でしょう。


でも、実際に信仰をもっていなければ、
そんなこと考えろといわれても、
本気ではできないかもしれませんね。

それなら、むしろ上記【転】の部分で
ロドリゴと論争する井上筑後守の側に
立って、(日本における)キリスト教の
限界を指摘してみてはどうでしょう。

      samurai-161642_640

実際それは、新井白石とシドッチの
議論などの形で文献が残されているの
ですから、付き合わせて考えてみたら、
とても高度な感想文ないしレポート、
あるいは大学なみの論文ができてしまう
でしょう。


そういえば、2014年NHK大河ドラマの
主人公、黒田官兵衛(孝高)も
切支丹に入信しましたね。

でも官兵衛ほど頭の切れる男ならば、
キリスト教の不合理な教義にそう
たやすく納得するはずはありません。

         stone-figure-174980_150

そこには多分、井上筑後守や新井白石の
場合に似た論争もあったと思われる
のですが、残念ながらドラマでは
そこは描かれませんでした。

👉この問題に関しては、こちらの
記事をご参照ください。

軍師官兵衛のキリスト教入信:ほんとに”二流の人”だった?

      


キリスト教への懐疑というところへ
視野を広げるなら、ドストエフスキー
などと付き合わせてみるのも
面白いかもしれません。

👉ドストエフスキーをめぐっては、
こちらをどうぞ。

ドストエフスキー 罪と罰のあらすじ:簡単版と【詳細版 前編】

ドストエフスキー 罪と罰のあらすじ【詳細版 後編】と感想文


Sponsored Links




まとめ

さあ、これだけ情報があれば、もう
大丈夫ですよね、感想文。

ん? 書けそうなテーマは
浮かんできたけど、具体的に
どう進めていいかわからない( ̄ヘ ̄)?

そういう人は、「感想文の書き方
《虎の巻》」を開陳している記事の
どれかを見てくださいね。

👉当ブログでは、日本と世界の
種々の文学作品について、
「あらすじ」や「感想文」関連の
お助け記事を量産しています。

参考になるものもあると思いますので、
どうぞこちらのリストからお探しください。

「あらすじ」記事一覧

≪感想文の書き方≫具体例一覧

ともかく頑張ってやりぬきましょー~~(^O^)/

(Visited 158 times, 1 visits today)
Sponsored Links