シュールの使い方は間違いだらけ お笑いから”超現実主義”へ


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やあやあサイ象です。

マンガやお笑い芸――コント、漫才、
落語etc.――、いやどんなジャンルでも
いいんですが、ある種の笑い(ウケ方)が
シュールと呼ばれることがありますね。




でも、その使い方がなんだか変で、
それ日本語として間違いじゃないの?
という風に感じることありません?

この言葉、もともとどこから来ていて、
本来はどんな意味だったんでしょう?

今日はそのへんについて”シュール”に笑いながら
リサーチしていけたら、と思っています。


まずは今、静かな(?)ブームを呼んでいる
田中光さんのマンガ作品『サラリーマン
山崎シゲル』を覗いてみてください。







イッツ・シュール?

さあ、いかがでした?

なかなか”シュール”でしょ?

でも、これを外国人に紹介しようとして
「イッツ・ヴェーリ・シュール!」
なんて言っても通じないんですよ。

   salvador-dali-531813__180

英語で言いたければ、”surreal”[サアル]
(にアクセント)というのが
いちばん近いんでしょう。

で、この”surreal”に”ism”をつければ
“surrealism”という英語になるわけですが、
その英語の起源は”surrealisme”
というフランス語。

発音は「シュルレアリスム」と伸ばすより
「シュルレアリスム」とつづめた方が
原音に近いようで……。


ともかく、それが日本語に入って
「シュール」という略語も生まれたわけで、
こんな短い短縮語は英語にもフランス語にも
ないわけです。
(日本語って、便利でステキ;^^💦)



シュルレアリスムとは?

さて、それではこの「シュルレアリスム」
とはなんぞや…という話になりますが、
これはもう、その創始者として自他ともに
認める”シュルレアリスムの法王”、
アンドレ・ブルトン御大のお言葉を
直々にうかがうのがいちばんでしょう。

シュルレアリスムの定義またはそれが
目指すものについて、ブルトン先生、
こういうふうにおっしゃってます。

[シュルレアリスムは]心の純粋な
自動現象で、それを通じて口頭、
記述、その他あらゆる方法を
用いて思考の真の働きを
表現する方向を目指す。

理性による一切の統御を取り除き、
審美的・道徳的な一切の配慮の埒外で行われる思考の口述筆記。

〔中略〕    太陽 symbol-337163_1280

これまでおろそかにされてきた
ある種の連想形式の高度の現実性や、
夢の全能性や、思考の無私な
戯れ
への信頼に基礎を置く。

これら以外のあらゆる心的メカニズムを
決定的に打破し、それらに代わって
人生の主要な諸問題の解決に取り組む。

(『シュルレアリスム宣言』Manifeste du Surrealisme, 1924。巌谷國士訳)
👇



なんか字づらが難解ですが、
かみ砕いて言えば、こんなところかな。

「夢」や「思考の無私な戯れ」の世界は
不条理で、ふつうは信頼されないけれども、
逆にそれらをこそ信頼して追求し、「理性」や
「審美的・道徳的」な枠組みは度外視しよう、
その外に出て遊ぼう、と。

だから危ないっちゃ、危ないんですが、
そこに不思議で不気味な笑いも
生じるわけですね。

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デペイズマン(転移)

定義をこねまわすより、方法について
例を挙げた方がわかりやすいかもしれません。

たとえば上で見ていただいた
『サラリーマン山崎シゲル』では、部長の
マグカップを割ってしまった山崎くんが
スターティング・ブロックに足を置いて
クラウチング・スタートの姿勢で
謝っていましたね。

これなんか、シュルレアリストたちが
さかんに試みた「デペイズマン」
(depaysement, 転移。転置とも訳す)を
やっていると言っていいと思うんです。

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つまり「おなじ平面の上で…意外な
二項が結びついている
状態」。

それこそがシュルレアリスムだ、
と喝破したのは澁澤龍彦さん
(巌谷國士『シュルレアリスムとは何か』)。
  


このような移動や置き換えによって
「本来あるべき場所にないものを出会わせ
異和を生じさせる」芸術的手法が
「デペイズマン」だということになります。


たとえば、この絵なんかどうでしょう。

   シュール street-art-465306__180

その芸術性あるいは面白みの多くが
「デペイズマン」から生まれていることが
見て取れますよね。


この種の「デペイズマン」の巨匠として
ルネ・マグリット(1898-1967)という人がいて
いろいろと面白い作品を残しています。

で、2006年には出身地のブリュッセル
(ベルギー)に「ルネ・マグリット美術館」も
設立されたんですが、その開館後しばらくは
写真のような特別な装いで建物を覆って
ご本尊、マグリットの芸術を礼賛して
いたんですね。

   マグリット美術館 yjimage

つまりこれはマグリットが「光の帝国」という
タイトルで1950年ごろからシリーズ化していた
名作絵画のパロディ。

背景は白昼なのに、前景は闇夜の暗さ……
という意想外の「デペイズマン」ですね。

これについて、マグリットはこう述べています。

『光の帝国』に私は二つの
異なる概念を写し出した。

すなわち夜の風景は、私たちにこの絵を
夜だと思わせ、空は昼間だと思わせる。

この昼と夜の同居は、人を驚かせ、
魅了する力を持っている。

この力を、私はと呼ぶ。


ここでの「」は個々の詩歌(poem)をいうのではなく、
ポエジー(poesie, 英語ならpoetry)、
つまり「詩想」などとも訳される
ような意味ですね。


マグリットの不思議な世界をめぐっては、
この記事でもふれていますので、
覗いていただけると、笑える
かもしれません。

シュールな料理「人魚鍋」はいかが?マグリット作品を鑑賞



ファンタジーとの違い

でも、そういった「不思議の世界」
(ワンダーランド)なら、それこそ、
たとえば『不思議の国のアリス』のような
ファンタジー(幻想物語)をはじめ、
いろんなジャンルのいろんな作品で
表現されていますよね。

シュルレアリスムはそれらとどう違うのか。

シュールな顔 mural-464229_640

たとえばアリスはウサギの穴に落っこちて、
ワンダーランドへ行き、そしてそれを
通って現実の世界に戻って来ます。

それをいうなら、芥川龍之介の
『河童』も同じですよね。

芥川の『河童』やルイス・
キャロルの『不思議の国の
アリス』をめぐっては
こちらもご覧ください。

芥川龍之介 河童で感想文?ニーチェ先生の解説を聞こう^^

不思議の国のアリス 原作のあらすじ ハチャメチャすぎて怖い?

            


シュルレアリスムでは、そのような
”通路”なしに幻想の世界と現実とが
同居・併存している……

そのような世界をブルトンは「超現実」
(surreal)と呼んだわけです。



オートマティスム( 自動記述)

シュルレアリスムの方法として、もう一つ
有名なのがオートマティスム
(automatisme , 自動記述)。

見たばかりの夢とか、半睡状態での
意識経験をそのままどんどん書いて
しまうなど、「あらゆる方法を用いて
思考のリアルな働きを表現する」
(『シュルレアリスム宣言』)
実験的な方法ですね。

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日本でも、詩歌や小説の世界では
かなり試みられてきていると思います。

夏目漱石らによる”夢小説”の試みには
この意味でシュルレアリスムに通じる
ものがあるでしょう。

”夢小説”にかんしてはこちらの
記事を覗いてくださいね。

夏目漱石 夢十夜の第一夜をこう解釈€ 美しい短篇で感想文を!

川上弘美 神様(+神様2011)で感想文?くまの解釈はコレで


ただ、「お笑い」の世界での
オートマティスムとなると、
かなりむずかしいかも……ですね。

へたするとこれ完全な”寝言”になって
しまい、そうなると、意味不明で
ウケようもないですから。

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この意味での”寝言”スレスレの言葉で
かろうじて意味を成立させて笑わせてしまう
会話を盛り込んだ小説といえば……

そう、又吉直樹さんの『火花』が
それをやっていますね。

この超話題作に関してはこちらを。

ピース又吉 火花のあらすじ:笑いながら泣く芸人哲学の世界




”シュール”のなつかしさ

この、いわば、ぶっ飛んだ、奇妙きてれつな
”シュール”の世界ですが、そこに私たちは
ある種の”なつかしさ”、郷愁めいたものを
覚えて安堵するような心もちを覚える
場合もありますね。

シュルレアリスムの目指すものについて
再説したブルトンのこのような言葉は、
この感覚について納得させてくれるものです。

シュルレアリスムに飛び込む精神は、
自分の幼年期の最良の部分を、
高揚とともに再び生きる。


〔中略〕    Hearts-Love-s

幼年期その他あれこれの思い出からは、
どこか買い占められていない、
したがって道を外れているという
感じがあふれてくるが、それこそを
私は、存在するもののうちで
最も豊饒なものと見なしている。
     (『シュルレアリスム第二宣言』
      Second Manifeste du Surrealisme,1930。前掲書所収)  


こういう「高揚」をもたらしてくれる
お笑い芸であれば、それは”シュール”を超えて
シュルレアリスム芸術の域に達している
ともいえるんじゃないでしょうか。

芸人のみなさん、期待してまっせ~:*:・( ̄∀ ̄)・:*:

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