やあやあサイ象です。

「感想文の書き方」第134回の今回は
「あらすじ」暴露サービスの第82弾!


第79弾の『源氏物語』に続いて、今回は
古典文学の第2弾、「源氏」vs「平家」
というわけで『平家物語』(鎌倉時代成立)
に挑戦で~す((((((ノ゚⊿゚)ノ

   敦盛270px-Taira_no_Atsumori,Ichinotani  
   平敦盛 『源平合戦屏風』より


「源氏」vs「平家」とはいっても、
『源氏物語』と『平家物語』とはまったく
趣の異なる世界で、ほとんど共通性はない…
ってことは、もちろんご承知ですよね。

はい、『源氏物語』が主に”色恋”の世界
であったのに対し『平家物語』は軍記物。

陰謀と戦さ、栄華と滅びを切々と語る
エピソードの数々が連綿と続くんですね。

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☄ 誰でも部分的には知ってるけれど…

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響き
あり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の
理(ことわり)をあらはす」という
冒頭はあまりにも有名で、たいてい
誰でも聞いたことがあるでしょう。

冒頭のこの段をはじめとして「富士川」
「木曽の最期」「宗盛」「新中納言」
「扇の的」「忠度の都落ち」「壇ノ浦」
など有名な段は古文の教科書に掲載されて
いたり、入試問題に出たりもします。

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  ”那須与一の郷”栃木県大田原市のマンホール    


出た段だけ理解できて問題が解ければ
それでいいわけですが、実際問題として
『平家物語』全体のストーリーを知ってる
人の方がどうしても正答率が高くなります。

知ってる人だと前後関係を類推できる
のに対して、知らない人だとそれが全然
できないわけですから、まあ当然ですよね。


というようなこともありますから、
これを機に全体のストーリーを押さえて
おくと各種の受験に有利です。

また受験など関係ない人でも、ある程度
まではほとんど「日本人の常識」のように
思われてもいますので、知っていないと
将来、恥をかく可能性もありますよ。

    河童846223d120766a4aca01d1377954c31b

さてこの『平家物語』、琵琶法師の歌う
「平曲」によって広められ語り継がれた
といわれています。

現代にも伝えられているこの芸能、
こんな感じですので、まずこれを
鑑賞しておきましょう。





☄ 簡単なあらすじ

ハイ、能書きはそれくらいにして、
さっそく参りましょう。

『平家物語』全体を縮約し、しいて
「起・承・転・結」の4部構成にまとめて
現代語訳で語ると、こんなふうになります。


☄【起】

保元・平治の乱を制した平清盛は
官位を上りつめて太政大臣となる。

これを快く思わぬ後白河法皇側近の
俊寛らが鹿ケ谷(ししがたに)で
平家打倒の陰謀を企てるものの発覚。

俊寛は藤原成経・平康頼と共に
鬼界ヶ島(薩摩国)へ流される。


続いて後白河法皇の第二皇子以仁王
(もちひとおう)が兵をあげるが、
宇治の平等院の激戦で討ち死に。

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☄【承】

やがて清盛が福原に遷都したころ、
伊豆に流されていた源頼朝が兵を
あげ、富士川の戦いに臨む。

7万余騎の平家軍は水鳥の立つ羽音
を敵襲と聞き違え(((( ;°Д°))))
一矢も射ずに退散して、源氏軍に
楽勝をもたらす。


翌年、木曽の源義仲(木曽義仲)が
信濃で反乱を起こし、清盛は
熱病で死去。

     安徳天皇250px-Emperor_Antoku
     安徳天皇像


後白河法皇と結んだ「朝日将軍」
義仲が京へ迫ると、平家一門は
脱出し、安徳天皇(清盛の娘
徳子の子で数え年3歳で即位)を
奉じて四国へ落ち延びる。


☄【転】

法皇に裏切られ京を出た義仲は、
頼朝の命を受けた源範頼・義経の
軍勢と戦うが、宇治川、瀬田で惨敗し
妻の巴御前とともに討ち死に。
(木曽の最期)

    
    巴御前の奮戦 『平家物語絵巻』より


このころ平家は大軍を一ノ谷
(現・神戸市)に結集するが、
義経は山中を迂回して背後の
鵯越(ひよどりごえ)から奇襲し、
平家は船で逃走。

このとき17歳の笛の名手、平敦盛は
「敵に背を見せるは卑怯でござろう」
と熊谷直実に呼びとめられて
引き返し、対戦する。


直実は敦盛を目にして、深手を
負っていた息子直家を思いつつ、
泣く泣くその首をはねる(叫び)。


義経は四国の屋島(香川県)を
急襲し、平知盛率いる平家軍は
長門(山口県)へ逃れる。

弓の名手、那須与一が扇の的を
射落としたのはこの時。

屋島の戦い300px-Yasima
    「扇の的」 『平家物語絵巻』より


👉そもそもなぜ「扇を射る」
なんて悠長なことをして
いたのかといいますと、
これ日没後の休戦時間に
平家側から提案された余興
(ゲーム)だったんですね。

与一がこれを見事に
射落とすと、それを寿ぐ
かのように、その場で平家の
武士が長刀を振るう舞を
始めたのですが、義経の命で
与一はただちに弓を射て
この武士の首を射抜きます。

「あ、射たり」といふ
人もあり、又
「情けなし」といふ
者もあり。

義経という人は、どうも
そういうユーモアを全然解しない
“野人”だったのかもしれませんね。

ま、平家側が貴族化しすぎで
甘すぎる…という見方もできますが。



☄【結】

一か月後、壇ノ浦の平家に義経軍が
襲いかかり、武運尽きた知盛は、
「見るべき程の事をば見つ。
今はただ自害せん」と碇を
かついで入水(ドクロ)。

清盛の妻、二位尼(にいのあま)も
孫にあたる安徳天皇を抱いて入水。

天皇の母、建礼門院徳子も入水したが
熊手で救助され、その後出家し
大原奥の寂光院に移り住む。


義経は頼朝に憎まれて、はじめ
吉野に隠れ、その後奥州平泉へ
下ったが、やがて討伐される。

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☄ 日本的”滅びの美学”

さあ、これでもうあらかた
わかっちゃいましたね、
『平家物語』の世界。

いや、実にいろんな人生ドラマが
織り込まれてもいたわけで、
俊寛とか、敦盛と直実とかは
歌舞伎の演目にもなって大ヒット
したわけですね。

👉やはり「あらすじ」だけでなく
きっちり読みたいと思った人は、
現代語訳や解説付きなどの読みやすい
本をこちらで探してみてください。

☄Amazon:『平家物語』関連本ラインナップ☄

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さてさて、全体的には平家側の人々の
滅亡が”滅びの美学”とも呼びたい切々たる
情感とともに描かれているわけですが、
最後にはこの同じく同情的な情感が
源氏側の義経にも注がれることに
なるわけでよね。

 「おごれる平家も久しからず」という
勧善懲悪的メッセージがないわけではない
としても、それが一方的・徹底的に
悪を罰してザマ見ろヤーイ…
というふうにはならない。

そこがいいではないですか。

敗者への惻隠の情とでも言いますか…
あるいはこのへん、他国にはあまりない
という意味で「日本的」と呼んでいい
情感の流れであり美学なんじゃ
ないでしょうか。
👉その「日本的」判官贔屓で
愛されてきた悲劇的闘将が
源義経ですが、この人、
「あらすじ」の【転】👉印の
注釈でも見たように、好戦一方で
ユーモアを全然解しない男だった
ようで、これじゃあ兄頼朝に
疎まれるのもむべなるかな、
というフシもあるんですね。

少時から乱暴で短気で、
キレると手がつけられ
なかった\(*`∧´)/とか……

こちらもご参照ください。

京都のつつじなら2015GWも蹴上浄水場へ🌺義経激怒の地で

        





👉ともかくその後の日本の
歴史を彩る武士の生き様に
『平家物語』の世界が大きく
影を落としていることは
間違いありません。

それがあの関ケ原で戦火を
交えた武将たちにも生きていた
ことは司馬遼太郎の小説
『関ヶ原』とその映画にも
活写されています。

こちらでお確かめください。

関ケ原(映画) のあらすじ(ネタバレ)司馬遼太郎原作を改変した部分とは

      


👉また最初にふれた『源氏物語』や
「無常」のテーマでつながる
『方丈記』についてはこちらで
情報提供しています。

方丈記 冒頭を英語にすると❔ゆく河の流れを漱石はどう訳したか

源氏物語のあらすじを簡単に:光源氏はマザコンでロリコン?

       源氏物語画帳 朝顔 800px-Ch20_asago      


👉当ブログでは、これらのほか日本と
世界の種々の文学作品について、
「あらすじ」や「感想文」関連の
お助け記事を量産しています。

参考になるものもあると思いますので、
どうぞこちらからお探しください。

「あらすじ」記事一覧

≪感想文の書き方≫具体例一覧

それではまたお目にかかりましょう(*~▽~)ノ

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