サクラさん
アメリカ映画『スタンド
・バイ・ミー』は主題曲
ともども名作とされる
一方で「意味わからん」
という声もあります。

タイトルはどういう
なん意味ですか?

ハンサム 教授
「私のそばに(立って)
いて」ってとこかな。

でもスティーブン・
キングの原作は全く違い
『死体』(The Body)と
いうのでした。


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サクラさん
さすがホラーの帝王S・
キングの小説、タイトル
だけでゾッとします(叫び)

12歳の少年4人が死体を
見つけに行くという内容
ですから映画も『死体』
でよかったのでは?




ハンサム 教授
よさそうだけど、名作に
なったかどうか…;^^💦

『死体』はキングの他の
作品から見ればホラー度
は最小ですが、それでも
ゾッとする部分も結構
ありますしね。

サクラさん
そういう部分を捨てて、
「私のそばにいて」って
いう感動的な友情・冒険
物語にまとめ上げたのが
この映画?

ハンサム 教授
違いを大まかに言えば
そんなところ。

だからホラーはもちろん
格闘アクションとか
童話的な勧善懲悪とかを
期待して観る人には
「意味わからん」という
ことなるかもね;^^💦

サクラさん
ふ~む。逆に興味を
そそられますね(😻)

映画が原作のどこをどう
変えているのか、具体的
に指摘して行ってもらえ
ませんか?


というわけでおなじみ”あらすじ暴露”
サービスの第227弾(“感想文の書き方”
シリーズとしては第314回)となる今回は、
1980年代アメリカ映画、不朽の名作
『スタンド・バイ・ミー』(Stand By Me,
1986, ロブ・ライナー監督)(((((ノ゚🐽゚)ノ
  👇 

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で、スティーブン・キングの原作は
邦訳では映画に合わせて『スタンド・
バイ・ミー』と題されていますが、
原題は上記の通り『死体』(The Body)で、
中編小説集『恐怖の四季』(Different
Seasons
,1982)収録の1篇。
   👇

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ここでは映画のあらすじを「起・承・
転・結」の4部構成でかなり詳しく紹介
しながら、その途次、原作からだいぶ
改変している部分を6か所ほどピック・
アップし、それらがどう違っているかや、
変更された理由について考察・解説を
加えていきたいと思います。

というわけで、本日の内容は
ザッと以下のとおり。


映画のあらすじ(完全ネタバレ)

さて、映画をまだ見ていない人や、
見たけど忘れたので内容をザッと
おさらいしたいという人は、まずは
こちらの映画予告編をご覧ください。  👇



それではいよいよ「あらすじ」ですが、
当然のことながら完全ネタバレになり
ますので、結末を知りたくない人は
最後まで読まないでくださいね;^^💦

途中、何か所か👉印で注釈を入れている
ほか、映画の進展や設定が原作から
大きく変えられている部分に
👉❶のような印をつけています。

その下線部をクリックすれば、後半の
映画と原作はこう違うでまとめている
原作との違いやその理由・背景の
解説➊~➏に飛んでいけるという
仕掛けです。

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💀【起】(1~10)

『弁護士クリストファー・チェンパーズ
刺殺される』という新聞記事に接した
作家、ゴードン・ラチャンスは、
そのクリスとの友情を深めた12歳の夏
(1959年)の経験を思い起こす。


オレゴン州の人口1281人の小さな町
キャッスルロック。

ゴーディ(ゴードン)とクリス(クリスト
ファー)、テディの3人が楡の木の
大枝の上に組み立てた小屋でタバコを
吸ったり、カードで遊んだりしている。

そこへもう一人の仲間、バーンが
上って来て、情報をもたらす。

自宅の床下に埋めた貯金箱の場所が
わからなくなって探していたところ、
床上から、兄のビリーとその悪友
チャーリーの会話が耳に入ったという。

彼らはドライブ中、キャッスルロックから
30kmほど離れたところで死体(ドクロ)を
見つけたが、それは3日前にブルーベリーを
摘みに出たまま行方不明だとラジオでも
伝えているデイ・ブラワーという少年で、
線路伝いに歩いていたところを汽車に
はねられたらしい。

二人の乗っていた車は盗んだものだった
ので、死体は「見なかったことにしよう」
と示し合わせていた、とバーン。

      


話を聞いたクリスらは、死体を見つけて
通報すれば新聞に載り、英雄扱いされる
と考え、4人で現場まで行くことを計画。

それぞれ家族にはキャンプをすると言って
その夜、毛布などを携帯してバーンの
家の庭にで集合することに。


ゴーディの家では4月に年の離れた兄で、
大学のフットボール選手として有望
だったデニスが事故死して以降、
👉➊両親ともその悲しみから
立ち直れず、ゴーディには無関心の
状態が続いている。



ゴーディと二人、バーンの家へ向かう
クリスは、父の拳銃をひそかに持ちだして
いて、弾は入っていないからとゴーディに
渡すとゴーディが発砲してしまい(叫び
装弾されているとはクリスも知らず)、
二人は慌ててその場を走り去る。

    

少し歩くと、不良グループのリーダー
エース・メリルとその弟分になっている
👉➋クリスの兄”アイボール”
二人連れに出くわし、エースはすれ違いざま
ゴーディのかぶっていた野球帽を
取り上げる。

亡き兄の形見を取られたゴーディは激怒し、
クリスはエースに立ち向かうが、じきに
組み伏せられ、逆に謝らされてしまう。

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💀【承】(11~19)

翌朝、歌いながら線路を歩く4人。

背後から汽車が来る気配に気づいた
ゴーディはみんな離れろと叫ぶが、
テディだけはぎりぎりまで居残るという
危険なゲームに挑戦する。

それを途中で無理に止めさせたクリスに、
テディは怒り狂うが、クリスの真摯な
説得に折れ、しぶしぶ仲直りする。


休憩を取ろうとクズ鉄置き場へ来た
4人は、猛犬がいて侵入者は「タマを
咬まれる」という噂にも負けず、
向こう見ずなテディを先頭に
金網フェンスを乗り越えていく。

      

食料を用意してなかったことに気づき、
コインの裏表での賭けに負けた
ゴーディが近くの雑貨店へ買い出しに。


その店の主人に「お前を知ってるぞ。
兄貴は街のヒーローだったのに残念
だったな」などと言われたゴーディは
両親の関心が兄に集中していた家族の
情景を思いだし、
👉➌沈んだ顔で店を出る

仲間のところへ戻ると、彼らは管理人が
けしかけた犬に追われてフェンスを
越えたところで、ゴーディも必死に
走り、危うく難を逃れる。

追いかけてきた管理人は金網ごしに
4人の名字をすべて言い当てて
「親に言いつけてやる」と怒鳴る。

父のことを悪く言われたテディは
狂ったように怒り、金網を這い上ろう
とするが、他の3人に止められる。

その父は、テディの耳を熱したコンロに
押し付けるなどのDV、児童虐待のあげく
現在は精神病院に入っている男だが、
先の大戦ではノルマンディーの戦いで
活躍した(と聞いている)
👉➍この父をテディは崇拝しており
その悪口は絶対に許そうとしないのだ。

       

テディらと離れて線路を歩きながら、
クリスはゴーディに、君は進学組だから
秋の中学進学でお別れだと言い出し、
ゴーディは否定するが、「おれたちと
一緒にいたら頭が腐る。おれが親なら
君を就職組になんか絶対に行かせない」
とクリス。

「君はものを書く才能がある。
誰かがそれを伸ばしてやらなきゃ」
と真剣に言う。「君の親がやらないん
なら、おれが(代わりに)やる」


300m以上もありそうな鉄橋も4人は
あえて渡り始め、突然やって来た汽車に
危うく轢かれそうになりながら
なんとか渡り終える。

夜、森でたき火をし、ゴーディの買ってきた
ハンバーク肉を焼いて食べると、クリスらは
ゴーディに自作の物語を話せとせがみ、
ゴーディは語り始める。

いつも村人にバカにされていた
“でぶっ尻(ちり)ホーガン”少年が、
村の定例行事として開催された
ブルーベリー・パイの早食い競争で
復讐してやろうと考える。

直前にヒマシ油と生卵を飲んでおく
ことで、競技中にチャンピオンに
ゲロを吐きかけてやろうというのだ。




これがまんまと成功し、さらに
それを見た他の競技者や観客も
吐き気を催してしまい、みんなが
ゲロを吐きかけ合うのだった。
👉ゴーディがこの話をするのは、
原作では夜ではなく、午後の休憩中の
ことですが、ともかくこの物語(訳本で
16ページ相当の長さ。16章)は十数年後、
ゴードン・ラチャンス作の小説
『でぶっ尻ホーガンの復讐』として
雑誌掲載されたと注記されています。

実は【起】の部分にも同じように
挿入された短編小説『スタッド・シティ』
(訳本で24ページ相当。7章)があったの
ですが、そちらは映画ではカット
(詳細はこちら 👉➊)

『でぶっ尻』の方が断然、絵になる
爆笑もののコントですから、
映画中盤の息抜きとして好適には
違いありません。


終り方がつまらないと言って尾ひれを
付け合うテディとバーンに反して、
このままで十分面白いと感心するクリス。

動物の不気味な鳴き声も聞こえて
来るので、交替で一人が拳銃を持って
見張りに立つことにして、就寝。

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💀【転】(20~24)

見張り番をしていたクリスはゴーディが
うなされているのに気づく。

夢の中で兄デニスの葬儀に参列している
ゴーディは、棺が埋められる時、父から
「お前が死ねばよかった」と言われ、
飛び起きる。

心配したクリスにゴーディは、葬式では
泣かなかったけど「悲しいよ。一人で
死ぬなんて」と言う。

ゴーディは起き出して木の根元でクリスと
並んで座り、(秋からの中学では)「ぼくと
進学組に入ろう。君は勉強できるから」
と言うが、クリスは「ありえないね。
人は家庭で判断するからさ」と答える。

クラスで集めた給食代を盗んだ時も
理由も聞かれず即、停学になったが、
実はあの金は担任のサイモン先生の
ところへ返しに行ったんだ、とクリス。

でも学校にそのことは報告されず、
先生はその直後、派手なスカートを
新調した。

「あのアイボールの弟が金を返しに来る
なんて誰も信じないからさ。もういい。
おれは誰も自分のことを知らない土地へ
行きたい」とクリスは泣きだす。

     


明け方、見張り番をしていたゴーディは
一頭の雌鹿が近くまで来て目を合わせた
ことに心をなごませ、微笑む。
👉この雌鹿は原作にも出ますが、
映画では明確に意味づけられない
ままなのに対して、小説では公判で
二三度、言及を受けています。

まず20章で、この出会いこそ「あの時の
小旅行での最高の部分であり、いちばん
すがすがしい部分」で、その後「人生の
トラブルに出会ったとき」必ず「あの
ひとときに帰っている」のだと。




もう一つは終幕近い29章で、冒頭でも
言っている作品の主題めいた名言に
からめて言われることになります。

詳しくは👉鹿との出会いの
意味⦅原作の名言⦆
へ。


朝、線路を外れて森を突っ切っていく
ことにし、途中の沼では4人は胸まで
水につかって進み、渡り終えると、
みんなヒルに食いつかれているとわかる。

裸になり、必死でヒルを取り合うが
ゴーディはパンツの中に残っているのに
気づき、これをはがすと、
👉➎かなりの出血にショックを受け、
気を失う


3人はやはり引き返そうかと弱気に
なっていたが、目覚めたゴーディが
強く主張して前進を続けることに。


バーンの兄ビリーとチャーリーは、
言わないことに決めていた死体の件を、
それぞれ不良仲間に漏らしてしまい、
それがエースの耳にも入る。

第一発見者になれば脚光を浴びると
バーンらと同じことを考え、エースは
渋るビリーとチャーリーも脅して連れだし、
計7人の不良が2台の車に分乗して
現地へ向かう。

     

💀【結】(25~34)

4人がついに発見した死体は線路脇の斜面の
茂みから足だけ出しており、枝をはらうと、
目を見開いた少年の顔が現れる。

クリスは死体を運ぶための担架を作ろうと
声をかけ、枝を折り始めるが、考え込んで
動かないゴーディに気づく。

ゴーディは「なぜ兄が死んでぼくは生きて
いるんだ。パパはぼくの方が死ねば
よかったと思ってる。ぼくが嫌いなんだ」
と泣き出す。

「そうじゃない。君をわかってないだけだ」
とクリスは彼の肩を抱く。
「君はきっと大作家になる。ネタがなく
なったら俺たちのことを書けばいい」

「ネタはじきになくなりそうだな」
とゴーディはやっと笑う。

   


そこへエースたちが現れて死体を横取り
しにかかり、阻止しようとするクリスと
口ぎたなくののしり合う。

怒ったエースがすばやくクリスを捕まえ
「殺してやる。本気だ」と首にナイフを
突きつけた瞬間、銃声が響く。

クリスの背後で拳銃を向けているゴーディに
エースは「銃を渡せ。全員を殺せるのか」
と説得にかかる。

ゴーディは「いや、お前だけだ」
と撃鉄を起こす。

エースは👉➏「借りは必ず返す。
覚えてろ」
と捨てゼリフを吐きながら
ナイフを収め、仲間に退散を指示する。

     


危機を脱したゴーディにはもう死体を
運ぶ気などなくなっていて、「英雄に
なれるんだぜ」と惜しがるうテディには
「こんなことでじゃダメだ」と言い放つ。

警察に匿名の電話をかけて、死体を
発見させることにし、4人は夜通し
歩いてキャッスルロックの町へ戻り、
「中学でまた会おう」と解散する。


その後、バーンは今は4人の子の父親と
なって製材所で働いており、テディは
軍隊志望ながら目の悪さのせいで叶わず、
事件を起こして刑務所入りしたが、
今は臨時雇いの仕事をしている。

クリスは進学組に進み、努力して
大学へ行き、弁護士になった。

(冒頭の新聞記事に出ていた)彼の急死は
ファーストフード店で若者のケンカの
仲裁に入るや、いきなりナイフで首を
刺されての即死だった。

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映画と原作はこう違う

さてここからは、上記「あらすじ」中の
ところどころ、➊~➏のに印をつけて
きました映画と原作とはこう違うという
6つの注目部分について、その違いの内容や
変えられたことの意味・理由について
多角的な考察を加えていきます。

両親ともゴーディには無関心

原作は「非ホラー小説」ということに
なっていますが、そこはやはりホラーで
名を挙げたスティーブン・キングの作品
ですし、原題のThe Body(死体)からして
すでにホラー的ではありますね。

読者をゾッとさせるキングの本領は
この小説でもところどころ顔を出すの
ですが、それが愛兄に死なれてからの
主人公の家庭的不幸と結びついている
ところがこの作品の特徴でしょう。

死後もノータッチ状態だったデニーの
部屋に入るのがゴーディには怖かった
のですが、それは「暗がりに青ざめ
血だらけになったデニー」が立って
いるところを想像してしまうから。

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デニーの両手があがり、
血まみれの両手がかぎ爪のように
曲がり、しわがれた声で呼びかける
光景を想像してしまう。

デニーは言う。

“おまえが死ねばよかったのだ、
ゴードン。

おまえだったらよかったのに”

      


同じ内容の言葉は、映画では【転】の部分で
みる夢の中で父親から直言されるわけで、
この父を悪者に仕立てることで
原作より”わかりやすく”なっている
ともいえます。

どちらにしても、ゴーディは実際に
そこまでひどいことを言われるわけでは
ないのですが、ともかくこの意識が
トラウマのように彼を苦しめている
ことが、原作と映画ともに底流する
テーマの一つになっています。

原作では上記引用部分のすぐあとに、
十数年後、作家となったゴーディの
短編小説『スタッド・シティ』(訳本で
24ページぶん)が挿入され、さらに
これについて「デニーの影が濃すぎる」
という自己批評が加えられますが、
この部分は映画ではノータッチです。

👉あらすじ【起】へ戻る⦆

クリスの兄”アイボール”(👀)

クリスの兄はなぜ”アイボール(Eyeball)”
なんて奇妙な呼ばれ方をしているのか❓

映画ではその説明はなく、ただ彼の
目尻にケガの跡のようにも見える
わずかな変形が見て取れるだけです。

これ実は、原作の”アイボール”には
リチャードという立派な本名があるの
ですが、「右目がおかしくてひくひく
動くために、みんなにアイボールと
呼ばれている」とのこと。

    


ついでに言うと、彼の上にも兄がいて、
この長兄は17歳で家出して海軍入りした
ものの、強姦・暴行で今は服役中。

父親は生活保護を受ける飲んだくれで、
その暴力のせいでクリスは年中、生傷が
絶えない…
というとんでもない一家がチェンバース家
なのですね。

映画のクリス(リヴァー・フェニックス)の
顔は傷一つない美貌を保っていますが、
このことも含め、原作では目を覆うばかりに
苛酷なクリスの家庭環境の劣悪ぶりは、
映画ではかなり緩和されているのです。

実は善良で頭もよいのに周囲には初めから
「不良」と決めつけられてしまう…
というクリスの悲劇を構成する主な要因が
これであることは映画も同様ですが、
原作ではその設定がより強烈なのですね。

👉あらすじ【起】へ戻る⦆

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沈んだ顔で店を出るゴーディ

映画では、雑貨店のおじさんは特に悪意も
ない人のように見えますが、原作では
これが少々悪質な、せこい商売をする
男なんですね。

ハンバーグ用の挽肉を測りに乗せる際に
おしゃべりで相手の注意をそらしながら
自分の指も乗せて重量をごまかそうとし、
買い物の総額の計算もわざと間違えて
伝えるんです。

原作のゴーディはこれらを見逃さず、
いちいち堂々と訂正を求めたので、
気分を害した店主に「今度店に来たら、
たたき出すからな」と威嚇されます。

       


「二度と来ませんよ」と気丈に言い返して
出ていき、店主の悪罵を浴びながらも
一目散に走り出すゴーディは、映画とは
違って「おびえてはいたが笑いをおさえ
きれず」という高揚感とともにあります。

映画では俳優(ウィル・ウィートン)の
線の細さと、頼もしい感じのクリスとの
対照もあって、ややひ弱な感じも漂う
ゴーディですが、この場面などからすると
豪胆さも十分。

ラストでの英雄的な行動もこの肝っ玉が
あってこそだと納得できます。

👉あらすじ【承】へ戻る⦆

虐待する父を崇拝するテディ

映画のテディは片耳に少し火傷による変形が
見られる程度ですが、原作では両耳とも
「温めたロウのかたまりのように見える」
ほどの異様な形状で、そこにはいつも
補聴器が差し込まれています。

耳殻の変形と聴覚障害の原因は、8歳時に
皿を割ってしまい、これに怒った父が
薪ストーブの鋳鉄の火口(ほくち)受けに
左右の側頭を10回ずつ打ち付けたこと。

        


クリスの兄”アイボール”の場合同様、
原作どおりに描けばかなりグロテスクに
なったはずで、それは避けたいという
映画の方向性はここにも明らかに
見て取れます。


それはともかく、汽車の接近に限界まで
挑戦しようとするテディの”命を賭ける”
ことへの嗜好と、暴虐な父を崇拝する、
(周りからは狂っているとしか見えない)
特異な性格とは内部でつながっている
ものと作者は捉えているようです。

現代的にいえば、帰国兵のPTDS(心的
外傷後ストレス障害)から来るひどい
DVのせいでその子供にもPTDSが伝染
(転移)してしまった…
という悲劇でしょうか。

👉あらすじ【転】へ戻る⦆

陰部出血で気絶するゴーディ

ヒルをはがし合う4人は、裸とはいっても
映画ではみなパンツははいたままですが、
原作では全裸になります。

ゴーディの睾丸にくっついた「ヒルの
親玉」は「血を吸って、通常の四倍
ほどにふくれあがって」おり、はがすのに
相当な難儀をしますが、ゴーディは
その場で失神するわけではありません。

一件落着して、また歩き出してから

たかがヒルじゃないか、
こんちくしょう。

考えているさいちゅうに、
目の前にふっと白い波が現われ、
わたしは倒れてしまった。 (22)

のです。

ここでも映画のゴーディが原作より
いくぶんか気弱な人物に設定されて
いることが見て取れます。

👉あらすじ【転】へ戻る⦆

「借り」は返されなかったのか

映画では、エースの捨てゼリフにあった
「借り」が返されるという怖い展開は
なく、まずまずハッピーなエンディング
となりますが、実は原作ではやはり…
そうは問屋が卸さないのですね。

ある日、学校帰りのゴーディの行く手を
さえぎった車からエースら二人が降りて
きて、「おとしまえをつけてやるぜ、
ぼうや」と迫るのです。

逃げるゴーディをフライングタックルで
倒して股間に膝蹴りを入れ(叫び)、さらに
目と鼻に強烈なパンチを入れる。

     


股間の痛みは「くらべものがないほど
すさまじ」く、鼻は打撃の瞬間「ボリッ
という音がし」、左目は見えるように
なるまで4日かかったとあります。

クリスもまた兄のアイボールによって
腕を2か所も折られ、殴られた顔は
日の出のように腫れ上がりましたし、
バーンも兄のビリーに殴られて失神し、
テディも襲われてメガネを壊されました。

無残な姿で登校した彼らを見た人々は
何があったか正確にはわからぬながら
「年上の大きな連中とかなり深刻な
やりあいをして、れっきとしたおとなの
男のようにふるまった」らしいと
理解した様子でした(32章)。


こうしてきっちりと「借りを返され」て
しまう原作の記述は、いかにも凄惨で
恐怖をかきたてるもので、ホラーの帝王
スティーブン・キングの面目躍如たる
部分でもあります。

これに反して4人が英雄にもならず、また
報復もされない映画のエンディングは、
「意味わからん」という反応の一因に
なっているのかもしれません。

こういう怖さや凄惨さをぐっと減らした
ことは、子どもにも見やすい映画を作る
という基本方針から来ているのでしょうが、
結果的にそれが功を奏して、『スタンド・
バイ・ミー』は多くの人に感動を与える
パワーと芸術的な格調を獲得したといえる
のではないでしょうか。

👉あらすじ【結】へ戻る⦆

鹿との出会いの意味⦅原作の名言⦆

さて、もうおわかりですよね?

映画『スタンド・バイ・ミー』が”ホラー
小説の帝王”S・キングの『死体』を原作と
しながら、どこをどう変えることで、名作の
名に恥じない芸術的水準と興行的成功を
勝ち得ることができたのか。

しいて一言でまとめれば、いかにもホラー
作家の作品らしく、凄惨で痛々しい部分も
多い少年小説を、”恐怖”より”友情”へと
重点を移すことで、長く心に残る感動作に
仕上げていったのがこの映画だと
いえそうです。

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かといって、原作の方には感動が薄いという
わけではないことは、これまでの記述からも
からもお感じのことと思いますが、最後に
一つだけ、原作全体を貫く主題のようにも
なっている「名言」について考察して
おきたいと思います。

それはズバリ第1章の書き出しに置かれて
いるもので、何より重要なことは「なに
にもまして口に出して言いにくい」
「恥ずかしいこと」だが、それは

ことばというものは、ものごとの
重要性を減少させてしまうからだ。

という認識。

この認識の実証と読めるような場面は
いくつかありますが、その極めつけが
映画ではほぼラストシーンになっている
町に戻ったクリスが別れ際、わたし
(ゴーディ)に握手を求める場面です。

「またな」と彼の手を握ると、クリスは
「おれが嫌じゃなかったらな、まぬけ
づら君」と明るく笑って歩み去ります。

   

ボロ家へ戻れば怒り狂った不良の兄貴に
痛い目にあわされることは確実なのに、
「豪邸に帰るところだと言わんばかり」
の屈託のない「優美な歩き方」で。

わたしは何も言えなかったが、それは
「口に出したことばは、愛情という
機能をこわしてしまう」からで、
あの雌鹿と無言で見つめあったことの
意味も理解されてきます。

悪気はなくても、鹿に話しかけ
たりしたら、鹿は尻尾(しっぽ)を
ひと振りして、あっという間に
逃げていくだろう。

ことばは有害なものなのだ。 (29)


「愛には牙があり」、それによる
「咬み傷は決して癒されない」。

むしろ「無言であること」あるいは
「ジョーク」を言うことが、そういう
愛の傷をふさぐ役割をはたすのだと…。 


映画ではそれこそ「意味わからん」で
終わってしまいかねないあの雌鹿との
交流のシーン(あらすじの【転】)も、
実は終幕でのこれらの文章によって
はじめて十分に理解されるはずのもの
だったのです。

まとめ

さて、とにもかくにも、これだけの
情報があれば、こと『スタンド・バイ
・ミー』に関するかぎり、もう誰にも
引けは取りません。

ドヤ顔で教えて、尊敬のまなざしで
見直されること請け合いです;^^💦
👉ん? むしろスティーブン・キングの
世界に興味をもった?

この作家の作品や映画化についても
知識を増やしたいと思われた場合は
ぜひこちらの記事もご覧ください。

キャリーのネタバレ⦅ラストまで原作で⦆スーは何を思う?

     

シャイニングのネタバレ 原作はキューブリック映画とどう違う?

            

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👉またキング作品以外でも、ホラー
小説とその映画化に興味をお持ちの
読者さんはぜひこちらもご参照を。

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さてさて、これだけの情報がそろえば、
それこそ鬼に金棒👿、感想文だろうが
レポートだろうが平気の平左、スイスイ
書けてしまうことでしょう。

当ブログでは、上記のほかにも
日本と世界の種々の文学作品に
ついて「あらすじ」や「感想文」
関連のお助け記事を量産しています。

参考になるものもあると思いますので、
こちらのリストからお探しください。
👉

「あらすじ」記事一覧

≪感想文の書き方≫具体例一覧

ともかく頑張ってやりぬきましょー~~(^O^)/

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