るろうに剣心の名言から吉田松蔭の”狂”へ:大河『花燃ゆ』余波

 


少し前の記事で2015年NHK大河ドラマへの
期待感とともに、井上真央さん演ずる
ヒロイン杉文(すぎ・ふみ)の実兄、
吉田松陰の生涯や名言をザッと
紹介させていただきました。

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この松陰の役に伊勢谷友介さんとは
また見事なキャスティングと思う次第ですが、
それは、松陰の言動から浮かび上がる
」的な部分をこの役者ならうまく
表現してくれるのではないか、
と思えるから……。

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というような期待を述べ、
松陰のこの「」なるものについては
次回の課題にさせてもらう、
というような予告で締めました。

その記事はこちらです。

2015大河ドラマ『花燃ゆ』:ヒロインの兄 吉田松陰ってどんな人?



👉 諸君、狂いたまえ

そこで今回はいよいよ、そのお約束を
果たさなければならないのですが、
前回もふれましたとおり、松蔭の
周辺ではこの「」という字には一種格別の
思い入れが共有されていた
ようなのですね。

松蔭の高弟の一人、高杉晋作は「」的な振る舞いで知られていますし、
山県有朋にいたっては自ら「介」と名乗り、
陸奥宗光も「六石夫」と号しました。

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松蔭自身、最期に近い時期に
その弟子らに向けて「諸君、狂いたまえ
と言い放ったと伝えられています。

(ただ、これは文献的証拠が
見あたらないので、事実性には疑問の
余地もあると思うのですが……
識者の叱正を請いたいところです)



👉 「狂」が長州藩の原動力?

ところで、『るろうに剣心』といえば、
佐藤健主演での映画化(2012)が
記憶に新しいですね。

原作のマンガ、和月伸宏作『るろうに剣心
――明治剣客浪漫譚』(1994-99)には
前記の高杉、山県のほか桂小五郎
(木戸孝允)など長州系の人物連も大いに
絡んできますので、当然のごとくに
松蔭先生にも筆が及ぶことになります。

主人公、緋村剣心と同居している美女、
雪代巴に向けて桂小五郎がこの
」を語る場面があるんですね。

?」と聞き返した巴に、桂は、
「まだ若かりし頃、私や高杉など多くの
仲間が多くを学んだ『松下村塾』の
恩師……安政の大獄で処刑された
吉田松陰先生の教えのひとつ」
というふうに答えながら、脳裏に
在りし日の師の姿を思い浮かべます。

今は亡き吉田松陰が自分に教えてくれた全てで、
今の長州藩を動かしている――そんな自覚が、
自然と桂の表情を厳しくしている。
『徳川三百年の果てに、に至ったこの時代を打破し、
新時代を築くという大業を成すには我々もまた、
今はに至らねばなるまい』

桂の耳にまるでたった今聞いたかのように吉田松陰の声が蘇る。
それを今度は巴に伝え、また再び自分に言い聞かせるかのように、桂は語った。
――松陰先生――

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「あえてことも厭わないほどに極めた正義……
それが今の長州藩の原動力」

そこで一息つくと、桂は申し訳
なさそうに付け加えた。

「そして緋村にはその“”の
正義の先鋒、もっとも過酷な役割を
務めてもらっている。」

(引用元:http://members.jcom.home.ne.jp/o2ryo/ss/16.html)

そしてこの緋村の役割とは「人斬り」、要人暗殺なのですから、
桂のいう「“狂”の正義」のうちには、
いわゆるテロリズムが含まれることになります。

言い換えると、
「極めた正義」においてはあえて「厭わない」ところの《狂うこと
とは、要するにテロ的な行為を指している、と解されますよね。



👉 「狂」は孔孟の教えに由来

でも、松蔭先生の信奉者からすると、
これはちょっとまずいのかも
しれませんね。

なので、『るろうに剣心』の特に
この部分を批判する意見も
ネット上に見られます。

つまり、松蔭の説いた「」はそのようなものではない、
「孔孟の教え」に由来するものだとして、概略、下記のような批判が述べられています。

太平の世には口を開けば「中庸」と称して難を避ける怠惰者が多くなるが、
孔孟はこれを「徳の賊」と呼び、むしろ「狂者」を得ようとした。

狂者」とは「志の大にして言行の足らない人」、
「皆のしないことをする人」、
要するに「気宇のデカい人間」のことである。

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この「」を字面通り、「くるう」即ち狂乱・発狂の
ニュアンスで捉えてしまったのが、『るろうに剣心』の間違いである。

(引用元:http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/1388/ronso/37kyou.htm)

でも、どうなんでしょうね。

「気宇のデカい人間」が「皆のしない
ことをす」れば、世間一般で「正義」と
されている範囲を逸脱する
可能性が出てくるわけですが、この「逸脱」を
松蔭先生は決して厭わなかった、
むしろよしとした、と言って
いいんじゃないですかね。

そうだとすると、問題は
《どこまで逸脱していいか》という基準、
それをどこに求めるか、ということに
なってるんじゃないでしょうか。

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剣心の「人斬り」にも背後に「大義」は
あり、決して「狂乱・発狂」の沙汰
だったわけではありません。

松蔭が試みた密航や老中暗殺という
逸脱」はよろしくて、緋村剣心の
「人斬り」はよろしくないのだとしたら、
その基準はどのようなもので、
どこに求められるのでしょうか。

私にはわかりません
(識者の叱正を請います)。



👉 はらはらと涙を落とす講義

松蔭神社のご祭神だからといって、
また安倍晋三首相が尊崇されている
からといって、この先生を祭り上げ
なければならないということにはなりません。

むしろ頭を冷やし、醒めた目で
見直した方がいいんじゃないですかね、
こういう人は。

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「松下村塾」で直々(じきじき)に教えを
受けた中島靖九郎は、その極度の熱血
教師ぶりをこう回想しています。

先生の教育に熱心だったことは非常なもので、
十二三歳の子供に、『国史略』や『日本外史』を教えられて、
楠公が湊川で討ち死する条などにいたると、
感極まって、はらはらと涙を落とされた
先生が和気清麿や、楠木正成や、大石良雄の事蹟を語られる時には、
自身が清麿や、正成や、良雄になって語られる。
それで、その一語一語は、電気の如くに、門生の肺腑に透徹し、
全身がふるえるような思をした
のである。

(「吉田松陰の松下村塾」、森銑三編『人物逸話辞典』より)

おお、危ない、危ない。
こういう人には近づかんとこ((((((ノ゚⊿゚)ノ

と私なら思ってしまいますけどね;^^💦


松下村塾一の俊才と謳われ、
文の夫(松陰の義弟)となる志士、
久坂玄瑞の生涯をめぐっては、
こちらの記事をご参照ください。

『花燃ゆ』久坂玄瑞(東出昌大)が妻より愛した京都・島原の芸妓

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