今日は『こぶとり爺さん』のお話を
いたしましょう。

といっても、「小太り」なお爺さんの
話ではありませんよ。

瘤(こぶ)を取るんで、「こぶとり」です。

Sponsored Links



いや実際には「取られる」んだから、
『こぶとられ爺さん』と呼ぶべきでは
ないか、ですって?

その通り! …ではあるんですが、この話、
昔はたんに『こぶとり』と呼ばれることが
多かったようですし、「こぶとり」を経験
する「爺さん」ということで『こぶとり
爺さん』は日本語として間違いではない
と思います;^^💦

何が言いたいのか

さて、それはよいとして、以前『浦島太郎』
のことを書いた記事でぶち当たったのと
同じような問題が、この『こぶとり』でも
浮上するわけなんですね。

つまりこの話はいったい何が言いたいのか、
意味・教訓は何なのか、と…。
👉『浦島太郎』にかんしては、
こちらを参照してくださいね。

浦島太郎の意味って?善行も”禁断の玉手箱”で罰せられ…

浦島太郎 玉手箱の意味は?パンドラの箱を重ねた太宰治

           


問題に入る前に、どんなストーリー
(あらすじ)だったか思い出して
いただく意味で、まずこの動画を
ご覧いただきたいと思います。




さて、お話の教訓のほうはどうでした?

うーむ、わからんといえば、わからん…?

「不条理な事実を受け入れよ」

これについて考えたあるブロガーは
『こぶとり』の主題は「不条理つまり、
道理が立たないこと」だして、以下の
ような議論をしています。

二人のお爺さんはどちらも同じように
下手な踊りだったに違いないのに、
一方は報われ、他方は罰せられた。

この不条理な事実をそのまま受け入れ
なさいという命令が、この物語の
教訓であると読むしかない。

     


このような理不尽な横暴と対峙し、
どうにもならない世界があることを
知って、世の中の事実を受け入れていく
ための心の準備、大人になるための
試練としての童話である。
(http://tadaomikami.blog.fc2.com/blog-entry-253.html)

うーん( ̄ヘ ̄)、なるほど……

でもなんだか、オーバーというか、
生真面目に考えすぎって感じしません?

「大人になるための試練としての童話」
というのがそもそも「近代・西洋」的な
発想なんで、昔の日本人がそんな意識で
語り伝えていたかと考えると……
どうなんでしょうかね??

Sponsored Links


昔話はもともと子ども向けではない

もともと昔話は(どこの国でも)子どもの
ために作られたもの、というわけでは
ないんですよね。

「浦島」の場合はもともと『日本書紀』に
見られる「浦嶋子」の記述以来の伝説で、
子どもへの教訓として作られたものでは
全然ありませんね。

それら諸々の語り伝えを子供向けの、
いわゆる「童話」に編成しなおしていった
のがヨーロッパではペローやグリム
だった、ということになります。

それらの効あって、西洋人およびその
影響を強く受けた現代日本人は、童話や
昔話には「大人になるための試練」の
ような教訓的意味が必ずあるものと
思うようになったんではないかしら。

     054177

明快で合理的な教訓や寓意が見えてこないと
不安で、気持ち悪い(叫び)という感覚は
だからむしろ近代的なもので、昔の日本人
には気にならなかったはずなんです。

西洋人がボケる落語

立川志の輔師匠の新作落語にも
『こぶとり爺さん』というのがありまして、
こちらは、この昔話のまさに「教訓」を
ネタにした秀作です。

日本昔話の英語訳の全集を作るけども、
『こぶとり爺さん』はどうも…という噺で、
マイケルという外国人(西洋人)がボケる
ところが、「教訓」の問題にからんで
一つのミソとなっているんですね。


けっきょく「教訓」なんて、ないよ…
と、この落語は説いているのでしょうか。


それはそれで面白く、あの坂口安吾が
「文学のふるさと」と呼んだ、それこそ
「不条理」ともいえる水源に導かれる
ような話ですね。
👉坂口安吾についてはこちらも
ご覧いただけると幸い。

NHK大河 軍師官兵衛より面白い坂口安吾の小説 二流の人

また安吾のエッセイ「文学のふるさと」
〔1941〕はこの本に入っています。
  



でも、その一方で、「教訓」はやはり
あるんだ……と考えるのもまた面白く
有益ではないかと思うんです。

Sponsored Links


性格の悲劇

それを教えてくれるのが、安吾のライバル
のような位置にもあった太宰治。

東京大空襲のさなか、防空壕の中で5歳の
娘に絵本を読み聞かせながら創り上げた
再話小説の連作『お伽草紙』(1945)に、
「瘤取り」もあるのです。




太宰版「瘤取り」でも、二人目のお爺さんが
「こぶ二つ」という気の毒な結果になる
ことは同じで、かつこの人は別に悪いことを
したわけではありません。

ただ、一人目のお爺さんは「酒飲み」で、
酒宴に興じる鬼たちとシンクロして
踊りだしてその踊りが鬼たちに大ウケ
したのに対し、二人目のお爺さんはどう
踊ってもウケなかった(ドクロ)、
というだけの話なのです。

      IMG_20150201_0004

この結果を受けて、太宰はこのように
物語を結びます。

Sponsored Links


つまり、この物語には所謂
(いわゆる)「不正」の事件は、
一つも無かったのに、それでも不幸
な人が出てしまったのである。

それゆえ、この瘤取り物語から、
日常倫理の教訓を抽出しようと
すると、たいへんややこしい事に
なって来るのである。

それではいったい、何のつもりで
お前はこの物語を書いたのだ、
と短気な読者が、もし私に詰寄って
質問したなら、私はそれに対して
こうでも答えて置くより他は
なかろう。

 性格の悲劇というものです。

人間生活の底には、いつも、
この問題が流れています。

          110959

うーむ、さすが太宰、ではないですか?

「性格の悲劇」…。

「性格」の何割かは生まれつきで
決まっています。

その部分だけは、どうにも
変えられないんです(/_;)/~~。

変えられるところと、変えられない
こととをしっかり見きわめて、
変えられる部分だけ変えていくよう頑張る。

それしかないんじゃないでしょうか(ニコニコ)。

明るい前途を祝して、さあ乾杯(^^)у 

  3c92d89018783e1f3d67993c6d4c2862_s

👉太宰治に関心をお持ちの読者は
以下の記事もご覧いただけると
ありがたいです。

感想文で抜け出そう:太宰『人間失格』から芥川『河童』へ

太宰治『人間失格』に読む「世間」への抗議

          

太宰治『走れメロス』では脇役を見よ

『津軽』では太宰治になりきってみよう:想像力で感想文


👉また当ブログでは、太宰ばかりでなく
日本と世界の種々の文学作品について、
「あらすじ」や「感想文」関連の
記事を量産していますので、興味の
ありそうなものを、こちらのリスト
から探してもらえればと思います。

「あらすじ」記事一覧

「感想文の書き方」一覧

ともかく頑張って行きましょー~~(^O^)/

(Visited 822 times, 1 visits today)