遊女に嗣子(しし)を生ませた
志士(しし)!

たんなるダジャレではありません。

嗣子とは跡継ぎになる息子のこと。

志士は、ここでは幕末の志士、
具体的には長州藩の久坂玄瑞
(くさか・げんずい)。

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2015年NHK大河ドラマ『花燃ゆ』は
ご覧になってましたか?

そこではこの玄瑞を東出昌大さんが演じ、
その後、東出昌大さんは唐田えりかさん
との不倫スキャンダルなどから、
杏さんとの離婚へ…

という経緯がありましたので、なんだか
大河ドラマがそれを予告したような格好
ともあいなりましたが、この久坂玄瑞も
実は本妻との間に子がないまま京都島原
遊郭の大夫にタネをつけ、玄瑞死後、
彼女が産んだ子が久坂家を継ぐことが
長州藩で認められた…

   


という歴史的事実があるのですね。

というわけで、本日はこの久坂玄瑞が
本妻・文(『花燃ゆ』では井上真央さん)
そっちのけで愛し、子作りに励んだ(?)
らしい京都・島原遊郭の太夫(『花燃ゆ』
で演じたのは鈴木杏さん)を追っかけます。

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夫、玄瑞が外に作った子

本妻・文は松下村塾の吉田松陰の妹で、
塾で随一の俊英とうたわれた玄瑞に
嫁ぐのですが、この玄瑞が禁門の変
(1864)で自刃してしまいます。

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それから十数年後、運命の人、伊之助
(大沢たかお)と再婚することになる
わけですね。

その間に文はいろいろな経験をしてゆく
はずですが、最大級のものとしては、
早逝した玄瑞が、自分との間には
できなかった子を京都・島原遊郭の
太夫に産ませていたことを知る(叫び)、
ということがあるはずなんです。

芸妓の子が久坂姓を継ぐ

この太夫または芸者(京都では芸妓
〔げいこ〕)が結城屋の辰路(辰次、
お辰とも称し、本名は井筒タツ)。

もともと町医者の娘といい、玄瑞没して
2か月後に彼女が出産した男児、秀次郎は、
「顔が玄瑞に似ている」という品川
弥二郎の証言を根拠に、久坂家の
跡取りとして萩藩に認知されることに
なります。

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島原遊郭で遊んでいたのは
もちろん玄瑞ばかりではありません。

長州藩士のみならず、薩摩も会津も
新撰組も入り乱れて、けっこう楽しく
やっていたようなんですね。

この紹介動画で当時の面影を
しのんでいただければと思います。



動画をもう一つ、現在も営業されている
置屋兼お茶屋の老舗「輪違屋」
(わちがいや。京都市の指定・登録文化)
をご覧ください。

創業は元禄元年(1688)現在の建物は
安政4年(1857)再建にかかるもので、
1階には近藤勇書の屏風が、2階には
桂小五郎(木戸孝允)書の掛軸があるとか。



参考までに地図を。

京都府京都市下京区西新屋敷揚屋町32


自ら望んだ妻ではない

こういうところで毎晩のように楽しく
やっていたんですから、郷里の妻を
忘れがちになっても……

なんていうとお叱りを受けそうですが、
実際問題として、芸妓とデキてしまう
志士の例は枚挙にいとまなく、上記の
桂小五郎や土佐の坂本竜馬をはじめ、
芸妓を正妻として迎える有力者も
珍しくなかったわけですね。

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玄瑞の場合も結城屋の辰路(井筒タツ)
と公然の仲だったことは、小川煙村
という人が明治43年(1910)に刊行した
『勤王芸者』という本(👇)に、
  
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二人が取り交わした手紙や歌とともに
かなり詳しく紹介されています。

玄瑞の手紙はたとえば、

私事俄に国へ帰らずてはならぬ事
起り、目もじも致し不申、心ならぬ
事いかにも推もじ被成べく願たく
(中略)何とも口惜しき次第にて候
(中略)
我事の心すいもじなさるべく
ねんじたく、其後もお前様の事
のみおもひ続け候
。  
 (適宜、句読点を補いました)


といった調子で、要するに「いつまでも
あんたといたいよう、クニの女房んとこ、
帰るのやだよ~・゚゚・(≧д≦)・゚゚・」と
さても熱烈ですね。

けしからん!

と目くじらを立てる向きもござい
ましょうが、まあまあ…

玄瑞の場合は、正妻の文がもともと
自ら望んだ妻ではないという同情
すべき事情もありましたので、
そこは…;^^💦
(井上真央ちゃんの容姿と演技からは、
信じがたくなってしまいますが)

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そのことは、司馬遼太郎の『世に棲む
日日』のほか、さらに精細に玄瑞を
追った歴史小説、古川薫さんの
『花冠の志士 小説久坂玄瑞』を
ご参照いただければと思います。

この玄瑞伝からすれば、10歳の文が
13歳の玄瑞を引っ張り出して黒船を
見に行こうとしたという第3話の
展開などはもちろん嘘(フィクション)。

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二人の出会いは安政4年(1857)5月、
野山獄から仮釈放されて杉家幽囚の身に
なっていた松陰を、18歳の玄瑞が訪ねて
松下村塾に入塾したころ、というのが
史実と考えられます。

やがて玄瑞のすぐれた資質に惚れこんだ
松陰は、すでに親兄弟と死別していた
玄瑞に文を娶らせることで、彼を杉家に
迎え入れようとしたと見られます。

ただこの目論見、すんなりとは実現
しなかったようですが、その因はやはり
文の容姿にあったように『花冠の志士』
にも書かれています。

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「文さんは不別嬪でしょう」

門下の先輩、中谷正亮からこの縁談を
切り出された玄瑞は戸惑い、「文さんの
気持もある」と押し返しますが、それは
「もう訊くまでもない」と正亮。

「玄瑞の前に出ると、顔を赤くする
ではないか」(#⌒∇⌒#)
(玄瑞は長身の美男と伝わっています)

「気が向かんのです」( ̄_ ̄ i)
と困惑する玄瑞に、理由を「腹蔵なく」
言えと正亮が迫ると…

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文さんは不別嬪でしょう
嫁にするなら、美しい人をと、
これは前々から考えちょった
ことであります。

これは、しかし、松陰先生には
いわんで下さい」

「馬鹿たれ!」
一喝して、正亮が足を停めた。
〔中略〕
「美人の妻を持ちたいなど、太平の
世の文弱の徒がほざくことだ。

今の時勢に、大丈夫たらんとし、
米夷を斬るなどと叫ぶおぬしが、
妻をめとるに容色を選ぶべきで
あるか!」
  (第一章 詩心漂泊)

  
                           

         


このあと無言で歩いた正亮は、
松下村塾に着くや、みなの前で
「諸君、玄瑞が嫁をもらうぞ」と大声を
放ち、玄瑞は黙ってうつむきます(同上)。

もちろんこの記述も文献的証拠が明らかに
されているわけではありませんので、
どこまでほんとうか保証はありませんが、
ともかくこのような経緯で婚儀が整った
ように描かれているんですね。

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「天下の英才に妻たるの道…」

こうして出会いから半年ほどで、二人は
祝言を上げますが、このとき松陰が
文に贈った祝いと励ましの書
(原文漢文)は概略、下記のようでした。

久坂玄瑞は、防長における
年少第一流の人物であり、
天下の英才である。
お前には過ぎたる人物だ。  
  
酒食のことを工夫し、父母に心配を
かけぬように、家事を間違いなく
やっていけ。

『女誡』にある貞節・専心の
ごときは嫁ぐ初めの覚悟が
大切なのだ。

稚劣な汝が天下の英才に
妻たるの道もこのほかにない。

        Print

その後の二人の行く末を知ってから読むと、
兄の言葉にもいろいろな含みがあった
ように思えてきてしまいますね……;^^💦

ともかく、このような松陰の希望を文が
どう受けとめたか、というのが文という
人物を描く上では、微妙なところに
なってくるでしょう。

ハハーッと全面的にありがたく頂戴
したか、それともなんらかの批評的な
意識が混じったのか。

現代のドラマである以上、後者に傾いた
描き方をしてもよいのではないかと
思われますが、そのへんは表に出ない
ままドラマは回を重ねていきましたね。

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「兄上の大義とは何?!」

ただ、男女関係についてではありませんが、
文が松陰を批判する場面も描かれました。

2月1日放映の第5話では、第4話で松陰
(伊勢谷友介さん)とともに黒船に
乗り込んだ金子重輔(泉澤祐希さん)が
獄死ししてしまいます。

重輔の母(麻生裕未さん)とも接触して
経緯をすべて神のごとく把握した文が
「兄上の大義とはいったい何なん
ですか」と獄中の松陰をなじって
号泣させるんですね。

でもこれはこれで、ちょっと出来すぎ。

しかもこの時の文の年齢は
10歳のはずですから、驚きますね。
👉『花燃ゆ』と吉田松蔭をめぐっては、
こちらの記事もご参照ください。

大河『花燃ゆ』と『るろうに剣心』をつなぐ?吉田松蔭の「狂」
 
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  松陰と金子重輔の記念碑(下田)

👉京都文化の奥深さをさらに
探りたいという方はこちらの
記事などもご参照くださいね。

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それではまた~(ニコニコ)ノ

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