梶井基次郎の檸檬は爆弾だ!危ない小説で感想文どう書く?

 


やあやあサイ象です。

「感想文の書き方」シリーズも
はや第125回((((((ノ゚⊿゚)ノ

今回は高校現代文の定番作品の一つ、
梶井基次郎の『檸檬』(1916)で
参りましょう。 



え? まだ読んでいない?

読まないで読書感想文を書こう
というのは、なかなかいい度胸ですな。

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まあそれも結構、そういう人は
こちらの「あらすじ」でストーリーを
頭に入れてくださいね~(ニコニコ)。

梶井基次郎 檸檬のあらすじ:簡単/詳しくの2段階で



Ψ 自分なら…と考えてみる?

さあ、どう思いました? 

むずかしいですよね、これで
感想文を書けというのは。

すくなくとも当「感想文の書き方」
シリーズでオススメしてきた秘伝、
サイ象流・感想文の書き方《虎の巻》では
今度という今度は歯が立たない
かもしれませんね。

なんのことかわからない読者も
いらっしゃるでしょうから、今回も一応
以下に《虎の巻》を広げますが、
もういい、わかったという方は
スルーしてくださいね。

  • 学校で評価される感想文は作品を
    読んでの素直な「感想」など
    ではなく、それを機に
    自分の生活を反省する
    作文である。
  • これを書くには、まず、たとえば
    登場人物が何らかの行動を
    とったとき、
    「自分にはこんなことはできない」
    のではないかとか、あるいは
    性格的に「自分にはこんな
    ところはないか」と反省する。
  •     自分にはこんなところはないか……  疑問009093   

  • その上で、「これからは自分も
    こうしよう」という類の
    前向きな結論
    を決め、
    決めてから書き始める。
(これは「Yahoo!知恵袋」での
「ikemen_busaiku」さんの
回答に触発され、構成して
いったものです。)

『檸檬』の感想文をこの方法で書くのは
とてもむずかしいですよね。

なぜかって、この生き方は基本的に、
作品中のある人物が他の人物との間に
なんらかの問題をかかえ、なんらかの
行動した場合について、「自分なら……」
と考えてみる、という方法ですよね。

それが、『檸檬』の場合は、困ったことに
他の人物が一人も出てこないわけです。
(主人公と関係して動く存在としては)


というわけで、今回はこの《虎の巻》
棚上げし、ほかの方法を考えるしか
なさそうですが、それなら、どんな
方法があるでしょうか。


Ψ 絵として読む

一つの方法は、こんな他の人物(他者)
が現れない小説など小説ではない!
これは”絵”だ! と割り切って
絵画的に読んでいくことでしょう。

”絵”として読めば、実に鮮やか。

作品の主要モチーフとなっている
レモンにしても、味ではなく「色」や
「形」への愛が語られているわけですし、
それがカラフルが画集を積み上げた
「城」の頂きに置かれるラストの画面
なんて、まさにピカソばりのキュビスム
(cubisme/cubism:立体派)では
ありませんか。

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なぜだかその頃私はみすぼらしく
て美しいものに強くひきつけ
られたのを覚えている。

という冒頭近くの文章に始まる、
「美」や「色」「形」の描写のすべてが
ラストシーンでのこの爆発のための下絵、
下準備だったのではないか……

というふうに読んでみても
面白いんじゃないでしょうか。

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Ψ 心という不可思議な奴…

え? それなら『檸檬』は、結局
”絵”を文章にしたものにすぎず、
”文学”ではないのか……ですって?

いえいえ、決してそんなことは
ありません。

”絵”の要素を差し引いても十分に
残る”文学”的価値としては、
「心」という「不可思議な奴」の
絶えざる推移・変容を見事に映し出した
という点が挙げられるでしょう。

たとえば、作品の冒頭と中程と末尾との
これら3つの文。

えたいの知れない不吉な塊
(かたまり)が私の心を始終
圧(おさ)えつけていた。


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それにしても心という奴は
なんという不可思議な奴だろう。


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丸善の棚へ黄金色に輝く恐ろしい
爆弾を仕掛けて来た奇怪な悪漢が
私で、もう十分後にはあの丸善が
美術の棚を中心として大爆発を
するのだったらどんなに
面白いだろう。

       
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この3つの文を中継点として、
その間に「私」の「心」というか、
気分は、「憂鬱」から軽やかな
「幸福感」へ、それからまた「憂鬱」
へと非常に大きく変化しますね。

この変化について、「自分なら……」と
我が身に照らし合わせて感想を書く、
という手もあるんじゃないですか?

この大きな変動は自分にもある、
あるいはない、違う、とか……。


Ψ 「奇怪な悪漢」の私

さらにもう一つ、考えられるのが
「悪」のテーマ。

上に見た末尾近くの文に明示されている
とおり、「檸檬」は「爆弾」に重ねられ、
それを置いてきた自分は「奇怪な悪漢」
とも意識されています。

「私」のこの意識……少し飛ぶようですが、
「金閣を焼かねばならぬ」と考えて
それを実行してしまう三島由紀夫作
『金閣寺』の「私」の意識に近い
のではないでしょうか。

「この想像を熱心に追求した」  demon-201427_640
『檸檬』の「私」は「そうしたら
あの気詰まりな丸善も粉葉(こっぱ)
みじんだろう」と面白がっています。

「悪」のスリルを楽しんでいる
ようにも見えますね。

ここでも「自分なら……」を考え
合わせてみることができるのでは
ないですか?

『金閣寺』についてはこちらを参照。

三島由紀夫 金閣寺の簡単なあらすじ
三島由紀夫 金閣寺の詳細なあらすじ:難解な柏木も読み解く
三島由紀夫 金閣寺で感想文:”悪友”柏木の「猫=虫歯=美」説?

    京都の古い街並み   f699f56bcbee75f9d28c8768d6883dcf_s


三島由紀夫自身も梶井をたたえる
エッセイを書くことで、自分と梶井と
の近さを認めるかたちになっています。


ただ『金閣寺』との大きな違いは、
『檸檬』の爆破はあくまで空想で、
実行したわけではないこと。

それどころか、丸善にレモンを置いたまま
立ち去るんですから、これはいわば
逆・万引き>。

一種の寄付ともいえますね。

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おかげで、その後、京都丸善にはその後
レモンを置いていく人が絶えなかった
そうで、その丸善、2015年春には
ついに復活して雄姿を現しました。



Ψ まとめ

というわけで、『檸檬』という作品の
読み方、あるいは感想文への糸口
としては、すくなくとも

  1. 絵として
  2. 心理(気分)の変動として
  3. 悪の問題として

という3つのアプローチが可能だ
ということがわかっていただけた
のではないでしょうか。

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このどれかになんとか絡んで、
自分の経験や伝聞に照らし合わせれば
なんとか書いていけるんではないですか?

ハイ、できましたね。

優良感想文の一丁上がり(^^)у……


ん? 書けそうなテーマは
浮かんできたけど、具体的に
どう進めていいかわからない( ̄ヘ ̄)?

そういう人は、上に開陳しました
《虎の巻》で実際に作品を読み解いた
記事のどれかを見てくださいね。

当ブログでは、日本と世界の
種々の文学作品について、
「あらすじ」や「感想文」関連の
お助け記事を量産しています。

参考になるものもあると思いますので、
どうぞこちらからお探しください。

「あらすじ」記事一覧

≪感想文の書き方≫具体例一覧

ともかく頑張ってやりぬきましょー~~(^O^)/

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