松尾芭蕉の俳句「古池や」の意味は?太宰・子規・漱石に聞く

 


古池や
蛙(かわず)飛び込む
水の音
                     weatherman-849792_640

いきなりで失礼しました、サイ象です。

さてこれ、もちろんご存じですよね、
かの”俳聖”松尾芭蕉の、あまりにも
有名な一句です。


明治20年代、大学生だった正岡子規が試みた
のを皮切りに、国内外の30人以上の詩人・
学者によって英訳され、また英語以外でも
数知れない言語に翻訳されてきた世界的傑作!

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ちなみに子規の英訳はこうでした。

The old mere!
A frog jumping in
The sound of water


だからつまり「古びた池があって、
そのほとりにいたら、蛙がそこへ
飛び込んで、水の音が聞こえた」
とそれだけのことですね。



Ψ 世界的傑作!……でも、どこが?

でも、でも……とひそかに首をひねる人も、
ほんとはいるんじゃないでしょうか。

一体どこがそんなに素晴らしいのか、と。


もしそう突っ込まれたら、あなた、
きちんと説明できます?

できる人は少ないと思うんですよね。

そこで本日は、  frog-540812_640
はばかりながら、この「古池」の句に
ついて、その意味の解説を試みたい
と思うんです。


でも私、サイ象がでまかせに書くことなんか
およそ信用されないでしょうから、ここは
すでにご登場ねがった”近代”俳句の大成者
正岡子規と、その子規に俳句を鍛えられた
夏目漱石と高浜虚子、それから俳句はシロウト
ながら、一家言をもっていた太宰治の所説を
紹介しながらやっていきましょう。



Ψ 太宰治の「古池」解釈

まず太宰治です。

自伝的というか紀行文的な作品『津軽』
(1944)で、青森県金木の生家(現在は
「太宰治記念館『斜陽館』」〔重要文化財〕
として保存)に立ち寄った「私」は、雨の中
傘をさして庭を歩きます。

池のほとりに立つてゐたら、
チヤボリと小さい音がした。

見ると、蛙が飛び込んだのである。

つまらない、あさはかな音である。

とたんに私は、あの、芭蕉翁の
古池の句を理解できた。

         カエル

この時まであの句の「どこがいいのか、
さつぱり見当もつかなかつた」が、
「それは私の受けた教育が悪かつたせゐ
であつた」と気づいたと言うんですね。

「古池の句」について学校で与えられて
いた説明はこうだった、と太宰。

森閑たる昼なほ暗きところに
蒼然たる古池があつて、そこに、
どぶうんと(大川へ身投げぢや
あるまいし)蛙が飛び込み、
ああ、余韻嫋々(じょうじょう)、
一鳥蹄きて山さらに静かなり
とはこの事だ、と教へられて
ゐたのである。

この理解に立って「いやみつたらしくて、
ぞくぞくするわい。鼻持ちならん」
とこの句を敬遠してきたけれども、今
「いや、さうぢやないと思ひ直した」
と言うのです。

余韻も何も無い。

ただの、チヤボリだ。

謂はば世の中のほんの片隅の、
実にまづしい音なのだ。

貧弱な音なのだ。

芭蕉はそれを聞き、わが身に
つまされるものがあつたのだ。

〔中略〕
月も雪も花も無い。

風流もない。

ただ、まづしいものの、
まづしい命だけだ。
   (四 津軽平野)

この作品『津軽』についての詳細は
こちらの記事をご参照ください。

太宰治 津軽のあらすじと感想文笙。タケ母子との心の交流を…


なるほどね。

「余韻嫋々」も「一鳥蹄きて山さらに
静かなり」も、へったくれもない。

その、何もないところにこそ、
この句の革新的な芸術性があった
というわけですね。

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         松尾芭蕉像(平泉中尊寺) 

ただ、太宰の説明で気になるのは
芭蕉はそれを聞き、わが身に
つまされるものがあつたのだ

という部分。

もしそれ(わが身につまされるもの)が
あつたのだとするなら、その時点で、
もはや何もないとは言えない……


この意味では、太宰の「古池」解釈は
不徹底というべきなのではないか……
という疑問が湧かないでもありません。

このあたり、明治以降の俳句の流れに
最大の影響力をもったともいえる正岡
子規はどう考えていたのでしょう。



Ψ 理想も何もなき句

子規は大学を中退して『日本』新聞に
入り、俳句関係の記事を書き続けますが、
「古池の句の弁」と題する文章(明治31年。
文庫本『俳諧大要』で30ページ以上)を
連載したほどですから、やはりこの句に
ついては言いたいことが多々ありました。

要は、この句をもって芭蕉の最高傑作のように
見なすのは「誤解」で、これが人口に膾炙した
のは、俳句の新しい流れを生み出した最初の
作品として芭蕉自ら喧伝した結果にすぎない、
として、次のように述べます。

「作者の理想は閑寂(かんじゃく)を現はす」
か「禅学上悟道の句」かなどと「穿鑿
(せんさく)する」人がいるが、

それはただそのままの
理想も何もなき句と
見るべし。


古池に蛙が飛びこんで
キヤブンと音のしたのを
芭蕉がしかく詠みしものなり。

         サソリ・カエルdrowning_scorpion_and_frog_tat_by_cazantyl
        
もし芭蕉が、太宰の考えたように「わが身に
つまされるもの
」をこの句に詠み込んだ
のだとすれば、そこにはやはりある種の
「理想」が吹き込まれたことになる
のではないでしょうか。

だとすると、「ただそのままの理想も
何もなき
」とは言えなくなってきます。

この意味で、太宰の解釈を子規がもし読めば、
「誤解」と斬り捨てたのでは…とも思えます。

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Ψ 「古池」以前の句も見よう

その子規が「古池」の句になぜ30ページをも
費やすのかといえば、もちろんその革新性
(どこが新しいのか)を説くためです。

それを解らせようと、「古池」出現以前の
宗匠たちの「蛙」を詠んだ句を37句も
並べて見せてくれているんですね。

そのいくつかを拾っておきます。

手をついて
歌申しあぐる
蛙かな
          山崎宗鑑

詠みかねて
鳴くや蛙の
歌袋
          失名

Amphibians-Frog-s

呪(まじな)ひの
歌か蛇見て
鳴く蛙
          氏利

赤蛙
いくさにたのめ
平家蟹
          椋梨一雪

要するに、「古池」以前の俳句(実際は
まだ「俳句」とは呼ばれず「発句」ですが)
とは、まあ、こんな感じでした。

これが打破されたのが、芭蕉が「古池や」
という「未曾有の一句を得た」時だ、と。

このとき「日常平凡の事が直(ただち)に
句となることを発明」した芭蕉は、ついに
自然の妙を悟りて工夫の卑しきを
斥けた
」と子規は説きます。

つまりこれを裏返すと、   046281
「古池」以前の句は「自然の妙」を見ず
工夫の卑しき」に走ったものばかり
だったということですね。

自然とはいっても、山河や花鳥風月など
目に見える風景などばかりを言うのではなく、
それは芭蕉が「無分別」という語で表現した
ものと同じだ、と子規は指摘します。


つまり面白い句を作ろうという「工夫
すなわち「分別」をいったん忘れ去った
境地……そこに「蕉風」(芭蕉流の俳句)
がうぶ声を上げた、というわけです。



Ψ 「禅理」を詠み込んだのなら「真の詩人」でない

ただ、ここでまた話が戻る可能性もあります。

すなわち「理想も何もない」とか「分別」
とかを強調すると、それこそはまさに禅で
唱えられる「」の境地にほかならなず、
さすれば「古池」の句はやはり「禅学上
悟道の句」であったのではないか、と。

さあ、ここでご登場を願うのが、  055373
大学時代から親友の子規に鍛えられて
俳人としても一家をなした夏目漱石です。

『文学論』の第三編第一章、詩歌の「寓意」や
「象徴法」について解説した部分で、「例へば
芭蕉の『古池や』に禅理ありと説く」類の
解釈をこのように批判しています。

彼等若(も)し、かかる意味に
於て詩を作りたるとせば、そは
真の詩人ならざる証(あかし)なり。

凡そ文学に於ける象徴法は其(その)
記号が代表する意義を思索の結果、
読者に案じ出ださしむるにあらずして
感情的に連想せしむるにあり。


この「感情的に連想せしむる」という部分が
重要で、この条件こそ、”理屈屋”漱石が
「文学」と「文学でない文章」との間に
引いた一線たっだのです。

このあたりの問題と漱石の『文学論』、
また漱石の俳人としての側面に
関心がおありの方は是非こちらも
ご参照ください。

夏目漱石「月が綺麗ですね」の出典は?I love youはこう訳せ?
井伏鱒二 山椒魚:結末部分の削除を”俳句美学”で解釈すると


おそらく子規も賛成だったでしょう。
(『文学論』の元になった講義を漱石が
東大でしたとき、子規はもうこの世の
人ではありませんでしたが…)

だから、もし「無分別」、無「工夫」…と
「無」を言挙げするなら、その「無」は
禅でいう「無」をも含めて無化するもの
でなくてはならないはずなのです。



Ψ 「工夫」の2段階

というようなわけで、ここで俳句における
工夫というものについて、根本から
おさらいしておきましょう。

「古池」の句が忘れようとした工夫には
2段階があったように思われます。

  1. 花鳥風月など古来、
    詩歌において愛でられてきた
    雅致のあるものを詠む。

  2. 桜 蝶Butterfly-Flower-s

  3. 滑稽さや洒落で笑いを誘う

美しくも可愛くもない「蛙」を詠んだ時点で
1.の工夫は捨てているわけですね。

でも、初期の芭蕉がそうであったように、
山崎宗鑑らの上に見たような行き方を
続けるかぎり、2.の工夫は脱していない、
ということになるでしょう。

この1.2.ともどもに「工夫の卑しき
ものとして忘れ去ったところに、ふと
偶然のように生まれたのが蕉風だ、
というのが子規の見方だったわけです。

まあ「卑しき」という表現には語弊もあって、
異論の余地もあるでしょうが、「古池」の
句の意味をよく理解させてくれた点で
子規に感謝の拍手を送りたいですね。



Ψ まとめ

「古池」の句をめぐっては、子規の後継者と
見られるの高浜虚子も、「そうたいした
いい句とも考えられない」としながら、
「今後俳句の歩むべき正しい道」を芭蕉が
悟ったという「一紀元を画す」句として
大きな意味を認めています。
(『俳句はかく解しかく味う』1918)


さあ、これでもう大丈夫ですよね。

芭蕉の「古池や」の俳句ってどこがいいの?
と突っ込まれた場合の対応法。


ともかく太宰・子規・漱石・虚子は
これだけのことを言っていますので、
その中から気に入った部分だけつまみ食い
して自分のものにしておけば、OKですよ。

え?      野球猫matsui-anime
「古池」以外の有名な
俳句についても知りたい?

それなら、こちらを是非ご覧ください。

芭蕉の俳句 意味わかります?笶€笘ス名句10選を2段階で解説

芭蕉以外の俳句や川柳なら
こちらでたくさん紹介しています。
俳句と川柳の違いは?子規・漱石にその極意を尋ねれば…

また日本の古典文学をめぐっては
こんな記事も書いていますので、
こちらもよろしく。
源氏物語のあらすじを簡単に:光源氏はマザコンでロリコン?
平家物語のあらすじを簡単に☄滅びの美”を現代語訳で読もう

それではまたお会いしましょ~(ニコニコ)。

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