芭蕉の俳句 古池や… その意味はどこに?太宰・子規・漱石に聞く | 笑いと文学的感性で起死回生を!@サイ象

芭蕉の俳句 古池や… その意味はどこに?太宰・子規・漱石に聞く

古池や
蛙(かわず)飛び込む
水の音
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いきなりで失礼しました、サイ象です。

さてこれ、もちろんご存じですよね、
かの”俳聖”松尾芭蕉の、あまりにも
有名な一句です。


明治20年代、大学生だった正岡子規が試みた
のを皮切りに、国内外の30人以上の詩人・
学者によって英訳され、また英語以外でも
数知れない言語に翻訳されてきた
世界的傑作!

ちなみに子規の英訳はこうでした。

The old mere!
A frog jumping in
The sound of water


だからつまり「古びた池があって、
そのほとりにいたら、蛙がそこへ
飛び込んで、水の音が聞こえた」
とそれだけのことですね。

🐸 世界的傑作!…でもどこが?

でも、でも……とひそかに首をひねる人も、
ほんとはいるんじゃないでしょうか。

一体どこがそんなに素晴らしいのか、と。


もしそう突っ込まれたら、あなた、
きちんと説明できます?

できる人は少ないと思うんですよね。

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そこで本日は、はばかりながら、この
「古池」の句について、その意味の解説を
試みたいと思うんです。

でもサイ象がでまかせに書くことなんか
およそ信用されないでしょうから、ここは
すでにご登場ねがった”近代”俳句の大成者
正岡子規と、その子規に俳句を鍛えられた
夏目漱石と高浜虚子らの所説を紹介します。

それから俳句はまったくのシロウトながら、
一家言をもっていたらしい太宰治にも
特別主演をお願いしてあるんですよ~
(前座ですが;^^💦)

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🐸 太宰治の「古池」解釈

というわけで、まず太宰治です。

自伝的というか紀行文的な作品『津軽』
(1944)で、青森県金木の生家(現在は
「太宰治記念館『斜陽館』」〔重要文化財〕
として保存)に立ち寄った「私」は、雨の中
傘をさして庭を歩きます。

池のほとりに立つてゐたら、
チヤボリと小さい音がした。

見ると、蛙が飛び込んだのである。

つまらない、あさはかな音である。

とたんに私は、あの、芭蕉翁の
古池の句を理解できた。

         カエル

この時まであの句の「どこがいいのか、
さつぱり見当もつかなかつた」が、
「それは私の受けた教育が悪かつたせゐ
であつた」と気づいたと言うんですね。

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「古池の句」について学校で与えられて
いた説明はこうだった、と太宰。

森閑たる昼なほ暗きところに
蒼然たる古池があつて、そこに、
どぶうんと(大川へ身投げぢや
あるまいし)蛙が飛び込み、
ああ、余韻嫋々(じょうじょう)、
一鳥蹄きて山さらに静かなり
とはこの事だ、と教へられて
ゐたのである。

この理解に立って「いやみつたらしくて、
ぞくぞくするわい。鼻持ちならん」
とこの句を敬遠してきたけれども、今
「いや、さうぢやないと思ひ直した」
と言うのです。

余韻も何も無い。

ただの、チヤボリだ。

謂はば世の中のほんの片隅の、
実にまづしい音なのだ。

貧弱な音なのだ。

芭蕉はそれを聞き、わが身に
つまされるものがあつたのだ。

〔中略〕
月も雪も花も無い。

風流もない。

ただ、まづしいものの、
まづしい命だけだ。
   (四 津軽平野)

👉この作品『津軽』についての詳細は
こちらの記事をご参照ください。

太宰治 津軽のあらすじと感想文 タケ母子との心の交流を…

      

なるほどね。

「余韻嫋々」も「一鳥蹄きて山さらに
静かなり」も、へったくれもない。

その、何もないところにこそ、
この句の革新的な芸術性があった
というわけですね。

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         松尾芭蕉像(平泉中尊寺) 


ただ、太宰の説明で気になるのは
芭蕉はそれを聞き、わが身に
つまされるものがあつたのだ

という部分。

もしそれ(わが身につまされるもの)が
あつたのだとするなら、その時点で、
もはや何もないとは言えない……


この意味では、太宰の「古池」解釈は
不徹底というべきなのではないか……
という疑問が湧かないでもありません。

このあたり、明治以降の俳句の流れに
最大の影響力をもったともいえる
正岡子規はどう考えていたのでしょう。

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🐸 理想も何もなき句

子規は大学を中退して『日本』新聞に
入り、俳句関係の記事を書き続けますが、
「古池の句の弁」と題する文章(明治31年。
文庫本『俳諧大要』で30ページ以上)を
連載したほどですから、やはりこの句に
ついては言いたいことが多々ありました。

要は、この句をもって芭蕉の最高傑作の
ように見なすのは「誤解」で、これが
人口に膾炙したのは、俳句の新しい
流れを生み出した最初の作品として
芭蕉自ら喧伝した結果にすぎない
として、次のように述べます。

「作者の理想は閑寂(かんじゃく)を
現はす」か「禅学上悟道の句」かなどと
「穿鑿(せんさく)する」人がいるが、

それはただそのままの
理想も何もなき句と
見るべし。


古池に蛙が飛びこんで
キヤブンと音のしたのを
芭蕉がしかく詠みしものなり。

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         サソリ・カエルdrowning_scorpion_and_frog_tat_by_cazantyl
        
もし芭蕉が、太宰の考えたように「わが身に
つまされるもの
」をこの句に詠み込んだ
のだとすれば、そこにはやはりある種の
「理想」が吹き込まれたことになる
のではないでしょうか。

だとすると、「ただそのままの理想も
何もなき
」とは言えなくなってきます。

この意味で、太宰の解釈を子規がもし
読めば、「誤解」と斬り捨てたのでは…
とも思えます。

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🐸 「古池」以前の句も見よう

その子規が「古池」の句になぜ30ページをも
費やすのかといえば、もちろんその革新性
(どこが新しいのか)を説くためです。

それを解らせようと、「古池」出現以前の
宗匠たちの「蛙」を詠んだ句を37句も
並べて見せてくれているんですね。

そのいくつかを拾っておきます。

手をついて
歌申しあぐる
蛙かな
          山崎宗鑑

詠みかねて
鳴くや蛙の
歌袋
          失名

Amphibians-Frog-s

呪(まじな)ひの
歌か蛇見て
鳴く蛙
          氏利

赤蛙
いくさにたのめ
平家蟹
          椋梨一雪

要するに、「古池」以前の俳句(実際は
まだ「俳句」とは呼ばれず「発句」ですが)
とは、まあ、こんな感じでした。

これが打破されたのが、芭蕉が「古池や」
という「未曾有の一句を得た」時だ、と。

このとき「日常平凡の事が直(ただち)に
句となることを発明」した芭蕉は、ついに
自然の妙を悟りて工夫の卑しきを
斥けた
」と子規は説きます。

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つまりこれを裏返すと、「古池」以前の句は
自然の妙」を見ず「工夫の卑しき」に
走ったものばかりだったということですね。

自然とはいっても、山河や花鳥風月など
目に見える風景などばかりを言うのでは
なく、それは芭蕉が「無分別」という
語で表現したものと同じだ、
と子規は指摘します。


つまり面白い句を作ろうという「工夫
すなわち「分別」をいったん忘れ去った
境地……そこに「蕉風」(芭蕉流の俳句)
がうぶ声を上げた、というわけです。

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🐸 「禅理」を詠み込んだのなら「真の詩人」でない

ただ、ここでまた話が戻る可能性も
あります。

すなわち「理想も何もない」とか「分別」
とかを強調すると、それこそはまさに禅で
唱えられる「」の境地にほかならなず、
さすれば「古池」の句はやはり「禅学上
悟道の句」であったのではないか、と。

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さあ、ここでご登場を願うのが、
学生時代から親友の子規に鍛えられて
俳人としても一家をなした夏目漱石です。

『文学論』の第三編第一章、詩歌の
「寓意」や「象徴法」について解説した
部分で、「例へば芭蕉の『古池や』に
禅理ありと説く」類の解釈をこのように
批判しています。

彼等若(も)し、かかる意味に
於て詩を作りたるとせば、そは
真の詩人ならざる証(あかし)なり。

凡そ文学に於ける象徴法は其(その)
記号が代表する意義を思索の結果、
読者に案じ出ださしむるにあらずして
感情的に連想せしむるにあり。


この「感情的に連想せしむる」という部分が
重要で、この条件こそ、”理屈屋”漱石が
「文学」と「文学でない文章」との間に
引いた一線たっだのです。
👉このあたりの問題と漱石の『文学論』、
また漱石の俳人としての側面に
関心がおありの方は是非こちらも
ご参照ください。

夏目漱石「月が綺麗ですね」の出典は?I love youはこう訳せ?

井伏鱒二 山椒魚:結末部分の削除を”俳句美学”で解釈すると

  

おそらく子規も賛成だったでしょう。
(『文学論』の元になった講義を漱石が
東大でしたとき、子規はもうこの世の
人ではありませんでしたが…)

だから、もし「無分別」、無「工夫」…と
「無」を言挙げするなら、その「無」は
禅でいう「無」をも含めて無化するもの
でなくてはならないはずなのです。

🐸 「工夫」の2段階

というようなわけで、ここで俳句における
工夫というものについて、根本から
おさらいしておきましょう。

「古池」の句が忘れようとした工夫には
2段階があったように思われます。

  1. 花鳥風月など古来、
    詩歌において愛でられてきた
    雅致のあるものを詠む。

  2. 桜 蝶Butterfly-Flower-s

  3. 滑稽さや洒落で笑いを誘う

美しくも可愛くもない「蛙」を詠んだ時点で
1.の工夫は捨てているわけですね。

でも、初期の芭蕉がそうであったように、
山崎宗鑑らの上に見たような行き方を
続けるかぎり、2.の工夫は脱していない、
ということになるでしょう。

この1.2.ともどもに「工夫の卑しき
ものとして忘れ去ったところに、ふと
偶然のように生まれたのが蕉風だ、
というのが子規の見方だったわけです。

まあ「卑しき」という表現には語弊も
あって、異論の余地もあるでしょうが、
「古池」の句の意味をよく理解させて
くれた点で、子規に感謝の拍手を
送りたいですね。

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🐸 まとめ

「古池」の句をめぐっては、子規の後継者と
見られるの高浜虚子も、「そうたいした
いい句とも考えられない」としながら、
「今後俳句の歩むべき正しい道」を芭蕉が
悟ったという「一紀元を画す」句として
大きな意味を認めています。
(『俳句はかく解しかく味う』1918)


さあ、これでもう大丈夫ですよね。

芭蕉の「古池や」の俳句ってどこがいいの?
と突っ込まれた場合の対応法。


ともかく太宰・子規・漱石・虚子は
これだけのことを言っていますので、
その中から気に入った部分だけつまみ食い
して自分のものにしておけば、OKですよ。

     野球猫matsui-anime

👉「古池」以外の有名な俳句については
こちらをご覧ください。

芭蕉の俳句 意味わかります?名句10選を2段階で解説

俳句と川柳の違いは?子規・漱石にその極意を尋ねれば…

また日本の古典文学をめぐっては
こんな記事も書いていますので、
こちらもよろしく。

源氏物語のあらすじを簡単に:光源氏はマザコンでロリコン?

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それではまたお会いしましょ~(ニコニコ)。

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