豆まきの由来を子供にどう説明?👹なぜ鬼は外?”鬼は内”もあり?

 


「節分」といえば豆まき!

でも考えてみると、鬼ってのはなんで
毎年毎年「オニワーソト!」なんて、
排除され、追んだされた上に豆まで
ぶつけられなきゃなんないんでしょう?

子供に聞かれたら、どう説明します?

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踏んだり蹴ったりとはこのことで、
鬼役になった人もツライではないですか。

たまには鬼の側に回って、
“鬼目線”で考えてみてはどうでしょう。

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というわけで、今回は「オニワーソト!」
という節分の儀式やイベントについて、
その意味や由来を「鬼」の視点から
見直してみたいと思う次第です。



👹 鬼もつらいよ

まずは、千本釈迦堂(大報恩寺)の
「おかめ節分会」での狂言「古式 
鬼追いの儀」を御覧ください。


「フクワーウチ!」の「福」を代表する
「おかめ」が救世主ヒーローとして登場
するところがなんとも微笑ましいですね。

「おかめ」に重要な役割が負わされるのは、
千本釈迦堂が「おかめ物語」ゆかりの寺
だからということもあるのでしょう。


それにしても、「鬼」たちはなぜ撃退
されなければならないんでしょうか。

たぶん何か「悪いこと」をしたから、
という説明が前半で付けられているの
でしょうが、実はその「悪いこと」にも、
彼らなりに、やむにやまれぬ事情が
あったのかもしれないんですよね。

でも、ふつう、人はそんなこと考えません。

  「がまんの鬼」(藤堂家蔵)  703c2b7f278c4570cc0e8631667c0f3e_s
                  
あの有名な「桃太郎」のお話でも、近年の
絵本などでは、冒頭に鬼が村人に「悪いこと」
(お姫様をさらって鬼ヶ島へ連れ帰るなど)
をする場面を入れることで「鬼=悪/
桃太郎=正義」の図式が明確に打ち出されて
いますが、江戸時代までの各地の伝承に
そういう部分は見当たりません。

つまり「鬼」といえばすなわち「悪」で、
これを疑う人はいなかった。

すくなくとも物語でその「悪」を説明する
必要はなかったのです。

詳しくは、こちらをご覧ください。
桃太郎は「悪くない鬼を退治した」から悪い?動画で子供に説く



👹 鬼ってほんとにいたの?

ええー? でも、「鬼」って
ほんとにいたの?

想像上の怪物じゃなかったの~?

と、疑問に思われるかもしれませんね。

でも、いたんですね、実際に。

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もちろんそれはあくまで人間の集団
なのですが、なんらかの理由で、一般の
村里から隔離したところに生息する
グループが「オニ」と呼ばれたのです。

一般人にとっては、めったに目にする
ことはないながら、恐怖と嫌悪の対象で
あり続けたためにいま私たちが「鬼」の
語で思い浮かべるようなグロテスクな
イメージが定着していったのでしょう。

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👹 “鬼”とされた者の側から

このあたりの経緯を民俗学と文学史・
美術史の知見で掘り下げ「鬼」とされた
者の側から、深い情感とともに描き
出したのが、歌人、馬場あき子さんの
名著『鬼の研究』ですね。
 


この本によると、鬼物語が最も多く
語られたのは平安時代で、「山で集団
生活する鬼たち」の伝説の背景に読める
のは、大和朝廷に従わない「棄民」と
その末裔ということのようです。


日本人の顔を「弥生顔」と「縄文顔」に
分ける見方をする場合、「鬼」の顔は
「縄文顔」の特徴を誇張したものだ
ということが見えてきますよね。

このことはまさに、大陸から来た「弥生人」
が先住の「縄文人」を支配しつつ融合した、
という日本列島の歴史を如実に
物語っていますね。

詳しくは、こちらをご覧ください。

熊本に美人が多いのはなぜ?『吾輩』猫が人類学的に解明!


こういう話をすれば、思い出しませんか?
小学校時代に読んだ、ほら、あの童話。
 


この切ない物語の原動力になっているのは、
「村人と仲よくしたい」という赤おにの
欲求ですよね。

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なぜそのような欲求を抱くのかについて
物語内に説明はありませんが、ともかく、
このやみがたい欲求に駆られて行動し、
親友の青おにも、無条件に援助を
申し出ます。

それはなんと、一芝居打って自分があえて
痛い目にあうという形での援助でした。

しかも彼の計画のとおりに赤おにが目的を
果たしたあとは、自分の存在は邪魔だと
判断して遠くへ行ってしまうのです。

青鬼Grumpy-s

浜田広介のこの童話は、いろんな読み方の
できる名作ですが、物語を動かす最初の
エネルギーとして、「鬼」たちが村人に
対して抱くこの悲しい欲求が考えられて
いることはたしかです。


 

👹 鬼たちと徹夜の宴会

「鬼」も実際は人間で、人間と同じように
傷つき悲しんでいるのです。


ウェブサイト「福娘童話集」収載の「節分の
鬼」は、そのような悲しみを抱えた「鬼」が
やはり悲しい人間と心を通い合わす物語です。

ざっと、こんなお話。

節分。妻と子に先立たれた
おじいさんが
「おっかあも、可愛い息子も、
もういねえ。
ましてや、福の神なんざにゃ、
とっくに見放されておる」
とばかり、むかし息子の作った鬼の
面をかぶって豆をまき始めます。

「鬼は~内、福は~外。
鬼は~内、福は~外」
わざとアベコベに叫んで豆を
まき続け、疲れはてて
へたり込んでいると、
「おばんでーす。おばんです」と、
なんと鬼たちの訪問です。


鬼と桃太郎

「いやー、どこさ行っても
『鬼は~外、鬼は~外』って
嫌われてばかりでのう。
なのにお前の家では『鬼は~内』
って、呼んでくれたでな」

鬼たちとおじいさんは、
たちまち意気投合。

鬼たちの持参した酒とごちそうで、
飲めや歌えの大宴会となります。

朝になって鬼たちは「また来年も
来るから」と上機嫌で去るのです
が、そこに大金を置いて行きます。

そのお金で妻子のお墓を立派な
ものに直したおじいさん、
お墓に手を合わせて言います。

「おら、もう少し長生きする
事にしただ。
来年の節分にも、鬼たちを
呼ばねばならねえでなあ」

(引用元:http://hukumusume.com/douwa/pc/jap/02/03.htm)

どうでしょう。

なんだか泣けてきません?


それから、この話の流れ、「こぶとり
じいさん」を思い出させますよね。

一緒に楽しくノリノリで騒いでくれる村人
なら「鬼」たちは歓迎する(ノレない
村人はダメ)というテーマですね。

このテーマを近代的な小説として味わい
深く仕上げた作品に太宰治の「瘤取り」
(『お伽草紙』所収)というのもあります。
   


また「こぶとり」をめぐっては、
こちらもご参照ください。
こぶとり爺さんの教訓を動画で:戦前アニメ,志の輔,太宰治…



 

👹 こんな”鬼嫁”ならお嫁さんにほしい

さて、狂言の話に戻りましょう。

上記の「節分の鬼」をもとにした新作狂言に
和泉流狂言の野村万蔵家で例年講演している
『鬼は内』(作:中谷智喜)という作品も
あるんですよ。

ストーリーはだいたい同じですが、登場する
鬼は一人で、面白いのは、この鬼と男とが
二人で宴会をしているうちに「鬼嫁」と
鬼子たち」が現れて父を攻撃するところです。

鬼嫁がしゃもじを懐から取り出して
「ああ、腹が立つ、腹が立つ」
「こいつめ、このしゃもじで
ぺちゃんこにしてやる」
と鬼を追い回すので、男が止めて訳をきくと、

鬼嫁 どれほど妾(わたし)が心配
したと思うのです。
あんなたくさんの豆まきの前に
進み出るとは。
 それは、お前や子供を
助けようと思ってだな…。
鬼嫁 たとえ、それで妾や子供が
助かっても、お前さまが、
お前さまが死んでしまったら、
なんにもなりませぬ!
 鬼嫁…
鬼子たち おらたちも父上に
死なれたら、いやじゃ。
 おまえたち。

(引用元:http://hukumusume.com/douwa/pc/jap/setubun.txt)

というようなわけで、「鬼」の家族も
人間となんら変わりありませんよ、
同じように喜び、同じように悲しみます、
という心あたたまるお話になって
いるわけです。

「節分の鬼」に関しては、こちらの
記事もご参照くださいね。
節分の鬼は「怖い」それとも「可哀想」?豆まきは続けるべき?
節分の京都でおすすめは?狂言を鑑賞して懸想文を貰おう


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「鬼」って何?

っていうことになると、いろいろな解釈が
出てくるでしょうが、人間だれしも、
なんらかの「鬼」を内側に抱えている、
という見方もアリだと思いませんか?

多少なりと思い当たる人は、たまには、
あのおじいさんのように「鬼は~内、
福は~外。鬼は~内、福は~外」
とアベコベに叫んでみてはどうでしょう。

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One Response to “豆まきの由来を子供にどう説明?👹なぜ鬼は外?”鬼は内”もあり?”

  1. […] やあやあサイ象です。 少し前の記事 「節分は「鬼は~内」で行こう!豆まきの文化・歴史的な意味は?」では、 ほとんどの日本人が例年、特に疑うこともなく 「オニワーソト!」と […]

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