"死んでもいいわ"は二葉亭四迷の訳本から⦅意味はI love you?⦆

“死んでもいいわ”は二葉亭四迷の訳本から⦅意味はI love you?⦆

サクラさん
夏目漱石は”I love you”
を”月が綺麗ですね”と
訳したそうですが、
よほど英語ができ
なかったんすね(😸)

ハンサム 教授
とんでもない;^^💦

漱石は東大で英語を
教えた人ですよ。

ƒvƒŠƒ“ƒg

それは日本人ならそんな
ドギツいことは言わ
ないで月がどうの…
といった言葉で表現する
だろうという話。


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サクラさん
ほほ~(🙀) すると
二葉亭四迷の本に出て
くる”死んでもいいわ”
っていうのも?

ハンサム 教授
それはツルゲーネフの
小説なんだけど、原文
では「死ぬ」とかなん
とか言っていないのを
そう訳したところが
名訳なんだね;^^💦

サクラさん
おお~(😻) それは
胸にキュンと来る話。

詳しく教えてください。



二葉亭四迷の名訳

はい、それではお付き合いください。

「死んでもいいわ」という表現を”I love
you”とかそれに近い意味で使うとしたら、
その発生源は漱石ではなく、同世代ながら
活躍時期は漱石より早い、もう一人の
文豪、二葉亭四迷なんですね。

それも彼自身の作品というわけではなくて、
ツルゲーネフの中編小説『アーシャ』の
(1857)翻訳として出版した『片恋』(1896/
明治29)という本に出てくるセリフです。
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ついでにいうと、二葉亭四迷を「落語家」
と思い込んでいる人がいて、それを
疑わない記事もネット上には飛び交って
いますが、これも間違いですよ~;^^💦

二葉亭四迷という雅号はたしかにふざけた
もので、生まれた時にオヤジから
「くたばってしめえ」と言われたからだと
本人は称していたそうですが、これはまあ
江戸時代からの”戯作者”的伝統に
棹さした命名法なんでしょう。

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これは尾崎紅葉『金色夜叉』の貫一・お宮ですが…  


でも実は、日本最初の「言文一致」
(文語でなく口語で記述された)小説
『浮雲』(1887=明治20)を書き上げた、
大作家にして名翻訳家なんです。


さて、それはともかく「死んでもいいわ」の
素性を洗うべく、『片恋』こと『アーシャ』
の世界にさっそく探りを入れてみましょう。

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あなたのものよ…

結論から言ってしまいますと、記事タイトル
にもすでにも示していますとおり、二葉亭が
「死んでもいいわ」と訳したセリフは
英訳では”I love you”ではなく”Yours“、
原書でもこの”Yours”に相当する
ロシア語、”Ваша“なんですね。

全22章中の第16章、語り手を兼ねる主人公の
青年N(私)と不思議な魅力をもつ美しい娘、
アーシャとが二人で話す、一篇の
クライマックスともいえる場面。

二葉亭訳と英訳(訳者は当時有名だった
C・ガーネット)を並べてみましょう。

私は何も彼も忘れて了つて、
握つてゐた手を引寄せると、
手は素直に引寄せられる、
それに随(つ)れて身躰(からだ)
も寄添ふ、シヨールは肩を滑落
(すべりお)ちて、首はそつと
私の胸元へ、炎(も)えるばかり
に熱くなつた唇の先へ來る…

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死んでも可いわ…」とアーシヤは
云つたが、聞取れるか聞取れぬ
程の小聲であつた。

私はあはやアーシヤを抱(だか)
うとしたが………ふとガギンの
事を憶出すと

 
  (岩波文庫『あひゞき・片恋・奇遇』1955, p.84) 
     

I forgot everything, I drew her
to me, her hand yielded unresistingly,
her whole body followed her hand,
the shawl fell from her shoulders,
and her head lay softly on my breast,
lay under my burning lips…

Yours”… she murmured, 
hardly above a breath.

My arms were slipping round her waist.

But suddenly the thought of Gagin
flashed like lightning before me.

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(引用元:A Lear of the Steppes and Other Stories
     
なかなか切ないですね(iДi)

Yours”(あなたのものよ)の一語を
かろうじて吐息に乗せたのですから、
どうにでもあなたの好きにしてちょうだい
と言ったも同じ。

だから私が「あはやアーシヤを……」とか
しても、必ずしも不埒な振る舞いとは
いえませんよね。

  
  ツルゲーネフ『アーシャ(片恋)』のロシア語原書 


それはよいのですが、でも、だからといって
死んでも可(い)いわ…」とまで訳すのは
はて、どんなものでしょう(_ _。)


その後の展開でアーシャが死ぬのなら、
この訳語の意図も浮かんでくるわけですが、
そんなこともない(すくなくとも明記
されない)のです。

だから『片恋』から約30年後に新訳を試みた
米川正夫さんは、この二葉亭の訳業に
「心酔」はしながら(新潮文庫『片恋・
ファウスト』解説)、さすがに
「死んでも…」までは踏襲することなく
「あなたのものよ…」と素直に
訳されたわけです。

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「死んでもいい」なんてアーシャは言わない

それにしても二葉亭はずいぶん
思い切った訳をしたものですよね。

私が通読した印象で率直に言わせてもらい
ますと、このアーシャという女性、芯が
強く自分を前に出すタイプで、いくら男に
惚れても「死んでもいいわ」とまで言いだ
すのは、いささか違和感があります。

生い立ちの不幸も絡んで性格に多少、
奇矯な点があるとはいえ、そんなことで
死んだりはしないだろうし、コケットリー
(媚態)として口にする雰囲気もない……。

    


これやっぱ、二葉亭先生のちょっとした
暴走、アクセルの踏み過ぎだったん
ではないでしょうかね。


もしツルゲーネフがこの訳を知ったら、
苦い顔をしたんじゃないかな、
なんて余計な心配もしたくなります。

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『片恋』のあらすじ

いやそんな心配も、作品を読んでない人に
はわかりにくいでしょうから、ここで
『片恋』のあらすじを簡単に紹介して
おきましょう。

旅行中の「私」(N)は、ドイツのある町で
ガーギンとアーシャというロシア人貴族の
異母兄妹と知り合い、交際を始めます。

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アーシャは美しく魅力的なのですが、
時折わざとらしくきゃっきゃと笑って
「私」に不審の感を与えることもあり、
「なんというカメレオンだろう!」
なんて「私」は思ったりします。

(チェーホフにも「カメレオン」という
短編があります。19世紀半ばのロシアで
すでにポピュラーだったんですね)

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で、このアーシャが「私」を恋しながら、
それが返されず、恋は成就せずに
終わります。

邦題の「片恋」はそこから来ていて、つまり
男の方がモテて、いい女を振ってしまう形
(そこはモテない男が読むとムカツクかも
しれない)なのですが、実は「私」の
側でもまったく彼女を愛さなかった
というわけでは決してないのです。

というよりむしろ、“Yours”(あなたの
ものよ)と言われたあの時に、もし
その前の経緯から来るわだかまりを
振り払って、その愛に素直に応じる
ことができていたら……
と生涯悔やむことになるんですね。

  

だから「片恋」という邦題も実は疑問の
残るところで、すくなくとも原作のテーマは
片思いの苦悩というよりはずっと、
恋の進展におけるちょっとした行き違い、
意思疎通のしくじりが招来する長期的な
不幸……といったところにあるように
読めるんですね。

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江戸文学が流れ込んだ訳業

そんなわけで、私は二葉亭の訳業を
手放しで賛美することはできないんですが、
でも、そこは明治20年代という時代的
制約を差し引いて考えてあげなくては
ならない、ということも意識しています。

「二葉亭四迷」という雅号にもにじむ、
江戸期の戯作文学の流れがここにも
顔を出しているんではないか。

すなわち近松門左衛門の世界に代表される、
恋と死が絡み合わせられ、かつ女の側から
男に惚れる
ことを本流として描く江戸文学の
型に、意識的にか無意識にか自らを流し
込んでいるんじゃないでしょうか。

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「月が綺麗ですね」とでも訳しておけ
とうそぶいた漱石の方は、この流れから
断ち切れている感が強いですね。

そのことは、彼の文学的出発点が物語文学
よりは、むしろ「俳句」にあったという
ことに大きく関わるように思われます。
👉「月が綺麗ですね」をめぐる諸説の
ほか、漱石という人の多様なエピソードや
名言、作品や思想の内容に関しては
こちらの記事をご参照ください。

夏目漱石「月が綺麗ですね」の出典は?I love youはこう訳せ?

漱石の名言でたどる恋愛💛『吾輩』猫が読み直す『こころ』etc.

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シェイクスピアのオセロを講義:漱石の名言「白砂糖の悪人」?

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👉当ブログでは、日本と世界の種々の
文学作品について「あらすじ」や
「感想文」関連のお助け記事を
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参考になるものもあると思いますので、
こちらのリストからお探しください。

「あらすじ」記事一覧

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ともかく頑張ってやりぬきましょー~~(^O^)/


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