サクラさん
お隣の超大国で”くまの
プーさん”の画像を所持
してたりすると逮捕
されるとか…

ハンサム 教授
オッと、それタブー


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サクラさん
ん? タブーとは❔❓

ハンサム 教授
法律にふれるわけでは
ないけど、踏み込ん
ではいけないことに
なっている領域。

サクラさん
ああ、たとえば『鶴の
恩返し』(鶴女房)の鶴は
真の姿を見られて去って
行きますが、それは男が
タブーを犯したから?

ハンサム 教授
見るなのタブーって
やつね。

サクラさん
ただそれを犯すことで
夫婦関係が終わるという
物語は不思議…というか
腑に落ちないな。




人間じゃなかったと
しても、羽根が抜けて
醜かったとしても、
そのショックを受け入れ
てこそ真の愛であり
結婚なのでは?

ハンサム 教授
『カエルの王様』とか
『美女と野獣』とか、
西洋の物語はそういう
パターンですね。

サクラさん
『鶴女房』ではタブーを
破った男はお咎めなし
で、むしろ見られた
女性に罪が着せられる
ようで不当な感じも…。

ハンサム 教授
そのへんは日本人独特の
恋愛観や倫理観にも
からむのかな。

そういった問題も念頭に
「タブー」とは何か、
言葉の意味や使い方から
おさらいしながら考えて
いきましょう。


というわけで、本日のテーマはズバリ
“タブー”💃💃💃

あるいはそこに踏み込むこと自体がタブー
で、危ない目にあうという可能性も
ゼロではないのですが(叫び)、そこは
勇気を振り絞って(表現の自由を謳う
憲法21条を拠り所に)書き進めようと
思います。

お付き合いいただければ諸々の疑問が
氷解していくとともに、雑学のウンチクが
深まっていくはずですよ~((((((ノ゚🐽゚)ノ

内容はザッと以下の通り。


“クマのプーさん”のタブー

今やインターネットで誰でも何でも
見られる時代。

でもお隣の超大国なんかでは、
全然そんなことはないようで;++💦

あの可愛い”クマのプーさん”の画像を
ネット上で見ることができないように
なっています。

   
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一体なぜ、こんな、どこからどう見ても
人畜無害な愛すべきキャラクター(しかも
実は生きた熊ではなく、ぬいぐるみが動き
出したということになっている)を見る
ことが「タブー」になっているのか❓

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はい。答えはご存知の方も多いでしょうが、
最高権力者にしてその地位を終身のものに
しようとなさっている”皇帝様”、S主席が
これをいたく嫌っておいでだから。

詳しくはこちらで👉 BBC NEWS

つまり”クマのプーさん”を出したり見たり
することはすべて自分への揶揄とみなして
取り締まる…というわけですね。

2020年の香港での騒動ではこんな貼り紙
なども見られましたが、これはせめてもの
抵抗というか、意地を見せたというか…

 
 画像出典:Gigazine


もちろん2021年以降は決して見られない
情景でしょう。


まあ、これについてとやかく言うと「内政
干渉」だと恫喝されかねませんが、
思い起こされるのは、やはり熊的な容姿
ながら、それをむしろ逆手にとり、”テディ
・ベア”というキャラとのタイ・アップで
人気を高めた米国大統領、セオドア・
ルーズベルトの賢さですね。

ちなみにテディ(Teddy)はセオドア
(Theodore)の愛称です。

    

みなさん、一国の指導者としてどちらを
望まれます?

オッと野暮な質問でした;^^💦
👉ルーズベルト大統領と”テディ・
ベア”の関係を含め、本来恐ろしい
猛獣であるはずの熊がなぜ現代では
「可愛い」ともてはやされるように
なったのか❓

この問題はこちらで追究しています
ので、是非ご参照ください。

熊がかわいいのはなぜ?怖い猛獣にやさしく抱かれ…という心理の歴史

       


正しい意味と語源

さて、プーさんの話は前置きとして、
「タブー」とは何か? 
という本題に入りましょう。

まずその正確な意味は、Wikipediaの
定義によれば

もともとは未開社会や古代の
社会で観察された、何をしては
ならない、何をすべきであるという
決まり事で、個人や共同体における
行動のありようを規制する
広義の文化的規範

(Wikipedia タブー)

ということで、語源はポリネシア語の
“tabu”。

18世紀末にジェームズ・クックの旅行記で、
ポリネシアの習俗を紹介する際に用いた
ことから西洋社会に伝わったとのこと。

    


う~ん… でもこの定義では、要するに
人々の行動を規制する「決まり事=文化的
規範」と広く捉えられているだけで、
「それ、タブー✋」と制止するとか、
「ウチではそれはタブーになっていて…」
とかの限定的な使い方での意味・
ニュアンスまではカバーしきれて
いないように思われます。

そこで辞書の出番になるのですが、日本の
国語辞典はこういう外来の抽象語になると
明快さを欠く場合が多いので、英語の読める
人は英英辞典の語釈を参照されるのが
むしろ早わかりです。

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そこで一例としてOxford Advanced Learner’s
Dictionary
の語釈を採り上げ、日本語に
訳してみます。

➊特定の事柄について、人々が
それを不快または恥ずかしいと
感じるために、したり、使ったり、
話したりすることを許さない
文化的または宗教的な習慣。

➋何事かについて、したり話したり
しないという一般的な合意

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これでよくわかりますよね。

現代では「タブー」とされていても
その内容が特段、恥ずかしくも不快でも
ないような場合もありますが、そういう
ものは上記の➋に当てはまるわけですね。

とはいえ、元をたどれば「タブー」とは
もちろん不快さや羞恥の念を伴うがゆえに
禁止された行為や言葉でした。

    


“マンボ王”といわれたペレス・プラードの
大ヒット・ナンバーが「タブー」ですが、
これが何のタブーを指しているかといえば、
後にふれる「性のタブー」にちがいなく、
そういう方面での”恥ずかしさ”を喚起する
淫靡さがあふれかえるような曲ですね。

日本ではかつてドリフターズの加藤茶が
卑猥に踊ってみせ、子供がまねをするので
良識ある大人のひんしゅくを買いました。

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見るな⦅👀⦆のタブー

さて、そのような「タブー」の一種である
「見るなのタブー」(見るなの禁)は、
現実の社会生活においてというより、
むしろ文学や映画など物語の世界で
しばしば出会うものですね。

世界の国々の神話に見られるもので、
それぞれの国でその話型をなぞるような
物語が無数に語られてきているのです。

それらのうち、最もよく知られている
ギリシャ神話の「オルペウス(オルフェ
ウス)の冥府下り」を紹介して
おきましょう。

👀 振り返ったオルペウス

ザッとこんな話です。

竪琴の名手オルペウスは、
毒蛇にかまれて死んだ妻の
エウリュディケーを取り戻す
ために冥府に入る。

哀切な竪琴の音曲で冥界の人々、
特に王妃を感動させ、冥府の王は
特例として「冥界から抜け出すまでは
決して後ろを振り返ってはならない」
という条件でエウリュディケーを
連れ戻すことを許す。



妻の手を引いてあとわずかの
ところまで来たオルペウスだが、
不安にかられ振り向き、妻の姿を
見たために、それが最後の別れとなる。

この「オルペウス」はフランス語などでは
「オルフェ」となりますので、そちらの
名で覚えている人も多いことでしょう。

特に有名なのが詩人ジャン・コクトーの
監督による映画『オルフェ』(1950)
ですが、ここでのオルフェは『鏡の国の
アリス』よろしく鏡をすり抜けて冥府へ
下ります。
👉この映画『オルフェ』と、それから
「鏡」自体も場合によってはタブーに
なりうることについては、こちらも
ご参照ください。

鏡のプレゼントはタブー?その謎を世界と日本に探る…

         


👀 ひたすら逃げたイザナギ

「オルペウスの冥府下り」に酷似した
物語りを日本神話から拾うなら
「イザナギの黄泉(よみ)の国下り」
ということになります。

イザナギ(伊邪那岐。イザナキとも)は
イザナミ(伊邪那美)を妻として大八洲
(本州・四国・九州等)の島々や石・木・
海・水・風・山・野など森羅万象の神々を
生んだとされる神ですが、妻のイザナミは
火の神を産んだ際に陰部に火傷を負って
死んでしまうのですね。

イザナギが黄泉の国を訪れて、
イザナミを連れ戻そうとすると、
イザナミも一緒に帰りたいと思い、
黄泉の神々と相談するので
その間は「決して覗いて見ては
いけない
」と告げる。



あまりに長く待たされたイザナギが
約束を破って覗くと、そこには
腐敗して蛆のたかる醜怪な妻が(叫び)

イザナギは恐怖から地上へと逃げ出し、
追ってくる怪異なヨモツシコメらに
葡萄、筍、桃の実などを投げつけて
難を逃れる。

最後にイザナミ自身が追って来るが、
黄泉と地上との境である黄泉比良坂
(よもつひらさか)の地上側出口を
千引きの岩とされる大岩で塞ぎ、
イザナミとは完全に離別する。
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このあと岩の向こうのイザナミが「お前の
国の人間を一日千人殺してやる」と
呪いをかけると、イザナギも負けじと
「それなら俺は産屋を建て、一日千五百の
子を産ませる」と言い返します。

ただ、そう威張りはしてもイザナギには
黄泉の「穢(けが)れ」がまといついて
いましたから、これを祓うために日向の
阿波岐原(アワギハラ)まで赴いて
「禊(みそぎ)」をします。

するとまた様々な神が生まれた…
ということになっています。
👉話はまだまだ続きます。
興味ある人はこちらでどうぞ。

イザナミは黄泉の国からなぜ出てきたのか?イザナギはなぜ逃げるのか?

          


👀 日本人の<原罪>?

さて、ギリシャと日本の古代に発生した
よく似たこの2つの神話を「タブー」の
観点から見た場合、大きな違いとして
どのような点が挙げられるでしょうか。

その1つが、タブーを犯して亡妻を
見てしまったオルペウスがその罪を
しっかりと罰せられた(恋しい妻と永別)
のに対して、イザナギは何の罰も受けず
(穢れがついたとされるだけで)、罪は
むしろイザナミの方に帰せられる形に
なっていることです。

       


考えてみれば、「オルペウスの冥府下り」
を最初期の例として、西洋の「見るなの
タブー」物語では必ず見てしまった者の
罪が問われていますが、日本の物語では
その罪意識が希薄で、むしろ見られて
しまった
者の方が断罪されるのが
パターンになっているようなのです。

その好例が冒頭でふれた『鶴女房』で、
そこでは見られた鶴が自ら離縁を受け
入れて去っていくだけで、タブーを犯して
見てしまった男はなんのお咎めも
受けていませんよね。

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このパターンにこそ、神代の昔から
受け継がれてきた「日本人の<原罪>」が
潜んでいる…

イザナギがイザナミの死骸を一定期間
見て弔うことなく、スタコラサッサと
逃げるばかりだったところに、日本の
男女関係の<悲劇性>がすでに表現されて
おり、その後の日本人の心理を規定して
いるのでは❔

だから恋愛に関わる心の病も、日本人の
場合はこの特殊日本的な<原罪>まで
掘り下げて診ていく必要がある
のではないか❓…

というまったく新しい洞察を展開されて
いるのがフロイト派の精神科医、
北山修氏です。
👉北山氏は1970年代”フォーク・
クルセダーズ”というグループで
活躍した歌手で作詞家でもありますが、
そのヒット曲『帰ってきたヨッパライ』
も俎上にのせながら、日本特有の
この<原罪>パターンを解き明かして
いるのがこの本です。


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性のタブー

「見るなのタブー」は、犯せば不吉なことが
身に降りかかるという意味で一種の呪いでも
あるわけですが、この呪縛の対象が時代の
進行につれてどんどん減少してきたことは
言うまでもありませんね。

その代表的なものが「性(セックス)の
タブー」で、これは国柄や宗教にも関係
しますが、たとえば20年前の日本のメディア
では絶対的なタブーで、目にすることの
ありえなかったもの──ヒトの性器など──
も、インターネットの普及した現在では
誰でも閲覧可能な状態になっています。

   


面白い例を挙げると、1999年のアメリカ
映画『ファイト・クラブ』では男性器が
一瞬だけ画面いっぱいに映し出され
るのですが、日本の劇場公開版とDVDでは
これが完全にぼかされていて、まったく
意味不明でした。

それが2010年代になって発売された
ブルーレイ版では無修正でしっかり
見られるようになっています。
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これも一つの文化的進歩というべきか、
ともかくちょっと笑えます。

時とともに「性のタブー」が緩んで
いったことを、恥ずかしいほど
露骨に示す例ですね;^^💦
👉映画『ファイト・クラブ』と
この問題についての詳細は、
こちらでご覧になれます。

ファイトクラブのサブリミナル効果!問題のラスト画像など各シーンを解説

         


菊・鶴・菱のタブー

中国の”皇帝様”の逆鱗にふれかねない
「”クマのプーさん”のタブー」のような
ものは、憲法で表現の自由の保障されて
いる日本にはまったくない?

そのはずではありますが、どうも
「まったく」とは言い切れない状況の
ようにも思われます。

あるとしたら、それが「菊のタブー」や
「鶴のタブー」のようなものだと
いうことになるでしょう。

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つまり「菊」は天皇家の紋章で、そこは
やはり「菊のカーテン」で遮断された世界。

なかなか「タブーなし」とはいかない
ようで…。

1990年には「昭和天皇に戦争責任はある
と思う」と発言した本島等長崎市長が
右翼団体幹部の銃撃を受けるという
事件がありました。

     

「菊」を奉る勢力の問答無用の暴力で
「言論の自由」が圧殺されたわけですが、
でもこれ、その種の事件のほんの一例に
過ぎません。


また政府は30年ほど前から「タブーなき
行政改革」というようなことたびたび
唱えてきましたが、「菊」の方面に
手が付けられたという話は一向に
聞かれません。




毎年の皇室費は約61億円で、これに
宮内庁費・皇宮警察本部人件費を加えた
約243億円が、国民から搾り取られた
血税で賄われている(2016年度実績)
のですが、これについてとやかく
言うことも「タブー」…❔❓❔

犯せば銃弾さえ飛んで来かねません(叫び)
👉現在の皇室の内部がどのようで
あるかはもちろん「菊のカーテン」で
遮断され、庶民のあずかり知らぬ
ところですが、昭和天皇の時代の
ことは色々な資料から明らかに
されつつあります。

たとえばその食事風景の特異さに
ついては、こちらで紹介して
いますので、興味ある方は
ぜひご覧ください。

柏餅の葉っぱ 天皇陛下はなぜお食べになったのか…

           


次に「鶴のタブー」ですが、この場合の
「鶴」は『鶴女房』とは無関係で、
創価学会の(正しくはその出身母体で
あった日蓮正宗の)紋章「鶴丸」を
言ったもの。

   


創価学会を批判すると怖い目にあうと
いわれている(事実かどうかは知り
ません)ことから巷で囁かれているのが
「鶴のタブー」という言葉のようです。


もう一つ、「菱のタブー」というのは
ある意味で日本一怖いのかもしれない
全国最大の広域暴力団組織、人も知る
「山口組」のタブー。

天皇家の菊と同じで、「山菱」と
呼ばれて恐れられる、組の紋所から
来ています。

      


「〇〇のタブー」というのはその他にも
色々とあるようですので、せいぜい
気を付けるに越したことはありません。

さわらぬ神に祟りなし…
くわばらくわばら(叫び)

まとめ

さて、いかがでしょう。

これだけの知識・情報があれば、
「タブー」という言葉の意味や使い方に
ついて、もう戸惑うことはないのでは
ないでしょうか。

まあ、タブーにも様々な種類があると
いうこともご理解いただけたと思いますが、
“クマのプーさん”の例のように、特定の
人物や団体が強権によってタブーを設定
した(あるいは自然にできてしまった)
状況というのは一種の”裸の王様”状態。

つまり「王様は裸だ!」と公言して
タブーを破る人が出てくれば、その人は
危険にさらされますが、その反面、
革命児、ヒーローとしてもてはやされる
可能性もあるわけです。

ま、よほど運がよければの
話ですが…;^^💦
👉“裸の王様”の現代的な意味や使い方を
めぐっては、こちらで徹底研究
していますので、是非ご参照ください。

“裸の王様”の意味は言う人によって違う?原作に戻って教訓を考察!

         


ともかく「タブー」というのは、
考えさせられるテーマが四方八方に
広がって、キリのない主題のようでも
あります。

みなさんそれぞれに、身辺のタブーには
よく注意して行動しながら、自分なりの
考えをはぐくんでいってもらえたらと
思います。

それではまたどこかで…✋

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