平塚らいてう塩原事件:才ある美人の不倫心中逃避行…なぜ?

 


元始、女性は実に太陽であった。

真正の人であった。
          
今、女性は月である。  sun & moon graffiti-406487_960_720

他に依って生き、
他の光によって輝く、
病人のような青白い顔の
月である。

いきなりで失礼しました、サイ象です。

さてこれ、ご存じですよね。

日本女性史上の大立て者、平塚らいてう
(1886-1971)による「元始、女性は
太陽であった」(1911)。

つまり彼女の主導により創刊された、
日本で初めての女性のみの手による
雑誌『青鞜』に自ら筆を下ろした
創刊の辞、その書き出しです。

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👉 『青鞜』創刊の3年前に何が?…

ほとんどシュールな詩のようにも読める
素晴らしい文章で、これについて
語りたいことは山のようにあるのですが、
今日のテーマはそれではありません。

このらいてう(本名:平塚明〔はる〕)
という人がたぐいまれな美人であった
ばかりでなく、どんなに面白い
(というか特異な)女性だったか…

らいてう yjimage

『青鞜』時代のらいてう


これを端的に示すエピソードとして、
『青鞜』創刊3年前の明治41年(1908)
に彼女が起こしていた「塩原事件」
(別名「煤煙事件」)について特に
突っ込んで語ろうと思うんです。

この平塚明(明子とも呼ばれた)、
事件当時はもちろんまだ「らいてう」
でなく、日本女子大学を卒業した
ばかりの女学生でした。

日本女子大学は当時、女性の入れる
唯一の「大学」だったのですが、実は
「大学」と名のってはいても、文部省は
「大学」と認めてはおらず、各種学校
扱いだったという、ややこしい史実も
あります。


ともかくそこの家政科(高級官僚の父が
家政科しか許さず)を卒業したものの、
まだまだ勉強したいと思っていた明さん、
在学中から打ち込んでいた禅の修行を
続けるかたわら、「閨秀文学会」という
一種の私塾で文学も学びます。

この「閨秀文学会」、与謝野鉄幹・晶子
夫妻や馬場孤蝶など著名な文学者を看板に
客寄せしていましたが、企画・運営者は
生田長江・森田草平という東京帝大を
出たばかりの若い文学士でした。

草平 yjimage

『煤煙』を書いたころの森田草平


長江・草平の二人は、当時人気絶頂の
夏目漱石(東京帝大を辞職して朝日新聞
専属になったばかり)の門下にあり、特に
草平は漱石に目を掛けられていました。

そんなわけで、事件には文豪・漱石も
絡んで、えらくややこしいことに
なっていくのですね。



👉 塩原の雪山へ、妻子ある文学士と…

まずその「閨秀文学会」での草平と明との
出会いが教師・生徒の関係から恋愛
(のようなもの?)に発展します。

その発展が奇妙な方向に進んで、ついに
早春の3月、二人は東京を出奔します。

やがて栃木県塩原温泉郷の雪山で死処を
求めてうろつくところを、捜索に来た
警官に保護され、東京へ連れ戻される……

という摩訶不思議な事件
なんですね、これが。

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塩原で発生したから「塩原事件」なんですが、
もう一つの呼び名「煤煙事件」の方は、
草平が事件の経緯を書き、漱石の尽力で
『朝日新聞』に連載することになった
小説のタイトル、『煤煙』から来ています。

この『煤煙』の連載開始が明治42年1月で、
それ以来、前年の事件が「煤煙事件」と
呼ばれるようになったわけですね。


ともかく男は帝大卒の文学士(当時の
希少価値は大変なもの)で妻子持ち、
女は高級官僚の娘で才色兼備……

これにメディア(といっても当時は
新聞・雑誌だけですが)が食い付かない
わけはありません。


しかもそのメディアに二人の語った
言葉がてんでんばらばら、相互に矛盾
するばかりか、どちらも難解で何が
何やら一般人にはサッパリわからん???
というものだったのですね。

添えぬ恋をあの世で…という近松門左衛門の
世界を地で行くような情死行だったのか
といえば、そななことではないらしく…

二人が結婚しようと思えば草平が離婚さえ
すればそれで十分可能だと漱石も新聞に語り、
また明の父も「学士を婿に迎えるは結構な
事で…一体何を考えているのか」と云々と
やはり新聞に語っていたんですね。


では、一体なぜ?……



👉 「禅問答」的な恋愛ゲーム?

草平の小説『煤煙』や後年の自伝的著作
『漱石先生と私』(1944)、またらいてう
が『青鞜』創刊後に書いたものや晩年の
自伝『元始、女性は太陽であった』
(1971~)の記述を総合すると見えてくる
実相の概略を以下に述べてみますね。


女子大時代からの明の禅への打ち込みは
相当なもので、事件当時すでに「見性」
(けんしょう。臨済宗で認可する「悟り」
の第一段階)を認められていました。

どうすれば認可されるかというと、
老師からもらう「公案」に何らかの
「見解」(けんげ)を提示し、老師が
これをよしとすることが条件です。


草平の師匠の漱石が青年時代、鎌倉
円覚寺に参禅したことはよく知られて
いますが、その時に世話になった
若い僧〔釈宗活〕が明を指導していた
という奇遇もありました。

「父母未生以前本来の面目
(は何か)」という公案をもらった
漱石がそれなりの「見解」を提示
したものの、たちまち却下された
経緯は、後年の小説『門』にも
描かれました。

詳しくはこちらで。

門(夏目漱石)の簡単なあらすじと”禅”をめぐる批評・感想
門(夏目漱石)の詳細なあらすじ:登場人物に入り込んで解説


哲学的にもトップレベルの素養を
蓄えていた漱石にクリアできなかった
難関を超えていたのですから、明さん、
なかなかたいしたものといえます。

ただ、「見解」はもちろん哲学的・合理的
であってはダメなので、なんらかの形で
理屈をハズれていなければなりません。

これがまさに、   laughing-buddha-1041993_640
ワケのわからない問答を称して「禅問答」と
呼ぶゆえんで、それを笑いのめした落語に
『こんにゃく問答』なんてのも
ありますよね。

このような「禅問答」的なクセというか
呼吸のようなものが、草平との付き合いに
おいても出てしまい、これに相手は大いに
とまどったようなんですね。


長く「無言の行」を続けていたかと思えば
突然「火か水か。私には中庸はないの
ですから、どうかしてしまってください」
などと理解に苦しむ言葉を投げる。

「どうかして」と身体を擦りもする
(と『煤煙』には描かれる)のですから、
二人の接触は多少ともエロティックな
ところへも発展し、『煤煙』は連載中、
内務省警保局の注意を受けたほどでした。


しかも、これ「事実小説」という
触れ込みで連載開始しており、作者の
草平自身、後年も「事実を一歩も出ない」
ものと称してはばからなかったんですね。

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👉 『死の勝利』を地で行く?

その草平は、禅にはまったく無知で、
文学の世界だけに没入していた男。

とりわけそのころはヨーロッパ世紀末の
デカダンス文学に入れあげて、その
病的な世界に陶酔していました。


なかで特に心酔していたのが、当時
評判の高かったイタリアの作家、
ダヌンツィオの『死の勝利』。

その結末では男が美女を無理心中に
巻き込んでしまうのですが、明との交際中、
草平はたびたびその話をし、ついには
「あなたを殺す」などと口にしたらしい。

もちろん本気で殺そうと   殺人psycho-29041_640
思っていたようには見えません。


「君らのやっていたことは恋愛ではない。
知的闘争(インテレクチュアル・ファイト)
だ」と事件後、漱石は草平に言いましたが、
この「闘争」になんらかの突破口を開こう
としたのではないでしょうか。

ところがこれに明の側では「やるという
なら、どこまでも受けて立つばかり」
と乗って行ってしまいます。


禅の素養とはまた別なのでしょうが、
彼女はもともと独特の死生観をもって
いたようなんですね。

「生死一如」であって「死」も恐ろしい
ものではない、殺すというならそうして
くれてもいい、というような態度で
草平の挑発(?)を受けて立ちます。


その結果があの中途半端な心中未遂事件……
ということにどうやらなりそうなんですね。



👉 「無意識の偽善者」か

話はまだ終わりません。

漱石の人気作品の一つに『三四郎』
(これと『それから』『門』とで
三部作とされていますね)がありますが、
これまさにこの事件が産み落としたもの…
という側面がたしかにあるんです。


『三四郎』の『朝日新聞』連載開始は
事件から半年後のことだったんですが、
その端緒として、事件直後、自宅に
かくまっていた草平との間でこんな
やりとりがあったんですね。

草平が明について、    eye-537597_640
いかに不可解な女だったかを話すと、
漱石はちょうどそのころ読んでいた
ドイツの作家、ズーダーマンの『過去』
Es War、英訳題The Undying
Past
〔消えぬ過去〕)のヒロイン、
フェリシタスを持ち出して、冗談まじりに
こう言ったというのですね。

ああいうのを
自ら識らざる偽善者
(アンコンシャス・ヒポクリット)

というのだ。

ここにいうヒポクリットとは
いうところの偽善者ではない。

つまり自ら識らざるあいだに
別の人になって行動する
という意味だね。
〔中略〕
自ら識らずして行動するんだから、
その行動には責任がない。
〔中略〕
どうだ、君が書かなければ、
僕がそういう女を書いて
見せようか。

    (森田草平『漱石先生と私』。
     下線部は原文では傍点)

「どうぞ書いてご覧なさい」     015449
と草平がこれに応じた結果、
生み出されたのが『三四郎』のヒロイン、
美禰子だったという次第。

『三四郎』の内容をめぐっては
こちらを参照してください。

夏目漱石 三四郎のあらすじ:「簡単/詳しい」の2段階で解説
漱石 三四郎で感想文:美禰子の愛は?”無意識の偽善者”とは?


でもこれは全然違う、明という女は
そんなのじゃない…

というんで一層シャカリキになった草平が、
翌年1月連載開始の『煤煙』に登場させた
ヒロインが、平塚明の実際の言動を映した
部分の大きい「真鍋朋子」という女性。


👉 『草枕』の那美さんの真似をしている?

これについては、もちろん明の側から
色々と文句も出て、泥仕合めいたことにも
なってゆくのですが、晩年の草平の回想で
ギクリとさせられるのは、そのことより
むしろこれ。

あの美女、明が(無名だし、別にイケメン
でもない)自分の接近を受け入れたのは、
口にはしないながら、ほんとうは彼が
「漱石の弟子」だったからにすぎない。

それは「身をもって感じた事実である」と。


これについて、らいてうはまったく認めず、
むしろ漱石への侮蔑感を示しているほど
なのですが、どうも草平にはそうとしか
思えなかったらしい。

交際中、禅学の気配を感じながら、
しいてこれを振り払おうとしたのも、
そのことが、やはり禅をする『草枕』の
那美さんを連想させたからだと言います。

明から「どうかして」と  90f55aab9b18ba1f5d90bc9565bb8bbd_s 
 
身体をすりつけられた時も、その行為が
『草枕』で那美さんがしたことの
「真似」のように思えたというのです。

つまり那美さんに恋した青年僧の泰安に
「そんなに可愛いなら、仏様の前で
一緒に寝ませう」と彼女が迫る場面の……。

漱石の朝日新聞入社を
決定的なものにしたヒット作
『草枕』(1906)の内容はこちらで。

夏目漱石 草枕のあらすじ ∬感想文に向けて内容を解説
夏目漱石 草枕:冒頭の名言を意味付きで解説「智に働けば…」


これも、らいてう側の証言からすれば
草平の思い過ごしだったとしか考えられ
ないのですが、そんな思い過ごしまで
させてしまうところが漱石の、
またらいてうの偉大さ!

なのかもしれませんけどね…。


👉 偉くて、面白い人

いやー、事実は小説より奇なり
とはこのこと。

なんとも奇妙キテレツなディスコミュニケー
ション(意思非疎通)ドラマを命がけで
やっていたんですから、これを面白いと
いわずして、なんと言いましょう。


らいてうという人のこのような特異性、
その神秘性は上記の『青鞜』創刊の辞を
はじめ、初期に書かれた多様な作品か
ら読み取ることができます。

どうぞこちらで。



ともかくこの事件で「新しい女」として
すっかり有名になってしまった彼女、
普通にお嫁に行く…なんて道は
もう残されていません。

3年の潜伏の間、草平との因縁も引きずり
つつ、やがて生田長江らの支援もあって、
女流文芸誌『青鞜』の発刊という
ところにこぎつけるわけですね。

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『青鞜』創刊号表紙(長沼千恵子装幀)

色々と人のひんしゅくを買うところも
あったらいてうさんですが、
偉いことは偉い!



👉 「らいてう」という雅号

最後に、「らいてう」という雅号に
ついて一言しておきましょう。

「平塚雷鳥」と書かれる例をよく目に
しますが、彼女自身そう署名したことは
一度もないと自伝で語っています。

とはいっても、そこに託した意味は
やはり雷鳥で、太古、日本の氷河期から
3000メートル以上の高山に生きてきた
この鳥への思いからでした。

それに絡んでいえば、 bird-46530_960_720
雪山への憧れも少女期から温めていた
もので、草平が決行を告げて「海か山か」
と問うた際、即座に「山」と答えたこと、
また塩原の雪山から望見した大パノラマに
一応の満足感をもったとも自伝にあります。
 



ね、面白い人でしょう?

もしこの人についてレポートなり
感想文なり書くとしたら、その思想に
突っ込んでいく正攻法ももちろんあり
ですが、上に述べてきたような横道の
エピソードから攻めてみるのも
おもしろいんじゃないでしょうか。

当ブログでは、日本と世界の種々の
文学作品について「あらすじ」や
「感想文」関連のお助け記事を
量産しています。

参考になるものもあると思いますので、
こちらのリストからお探しください。

「あらすじ」記事一覧

「感想文の書き方」一覧

ともかく頑張ってやりぬきましょー~~(^O^)/

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