サクラさん
文芸映画の場合、どんな
ヒット作でも「原作は
もっといい」という
話になりがちですが、
『ドライブ・マイ・
カー』はどうでしょう❔

ハンサム 教授
むしろ逆かな;^^💦

村上春樹さんの原作も
いいんですが、そこでは
ちょっと言及されるだけ
の『ワーニャ伯父さん』
(チェーホフの戯曲)を
“劇中劇”にすることで
長編ドラマに仕上げた
のがこの映画。


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サクラさん
そうなんだ~(😼)

でも若い人から聞こえて
くる声は「暗い」とか
「つまらない」「難し
い」「わからない」…

ハンサム 教授
どこが「わからない」
というのかな?

サクラさん
たとえばラストシーン。

ドライバーのみさき
(三浦透子)は韓国に
移住したようですが、
あれって、彼女はもと
もと在日韓国人だった
ってこと?

ハンサム 教授
いや、そうであれば
なんらかの伏線でほの
めかされる(この映画
で多用されている手法)
はずだと思いますが、
それは全然なかった。

サクラさん
ではなぜ原作には全然
出ない韓国人夫妻が
重要な役割を果たして、
みさきも一緒に食事
したりするんですか?

ハンサム 教授
だからこそですよ。

もし在日という設定なら
そこで何か反応があり
そうなものですよね。

サクラさん
彼女がしたのは突然、
画面から消えることで、
あれッと思ったら、
しゃがんで犬を
可愛がってた。

ハンサム 教授
ラストでまた出てくる
犬ですね。




サクラさん
その犬と彼女が家福
(かふく/西島秀俊)の
愛車に乗ってるという
ことは、彼女は家福と
結ばれた…ってこと❓

ハンサム 教授
さ~て、どうかな;^^💦

家福は目を患っていて、
もう運転はしない方が
いいと言われていた。

サクラさん
う~む… ますます
わかりません(😿)

ほかにもいろいろある
疑問を一つ一つ解明
してもらえませんか?



というわけでおなじみ”あらすじ暴露”
サービスの第238弾(“感想文の書き方”
シリーズとしては第325回)となる今回は
アカデミー賞では作品賞・監督賞・脚色賞に
ノミネートされ、国際長編映画賞に輝いた
話題の日本映画『ドライブ・マイ・カー』
(濱口竜介監督・脚本,2021)です((((((ノ゚🐽゚)ノ
   👇 

PREVIEWをクリックするとAmazon Videoへ

原作である村上春樹さんによる同名の
短編小説との違い──そこになかった
何が持ち込まれ、どうふくらまされて
いったのか──を徹底解析しながらの
作品紹介になります。

映画の主筋となる「ドライブ・マイ・
カー」のほか、部分的に取り入れ
られている短編「シェエラザード」
「木野」を含む短編集『女のいない
男たち』はこちらで。  👇 

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未見の方には、まず設定のあらましを
知っていただくため、映画予告編を
お目にかけます。  👇 
   

というわけで、本日の内容は
ザッと以下のとおり。


映画の(やや詳しい)
あらすじ(ネタバレあり)

村上春樹さんの原作は50ページ
そこそこの短編なのに映画は
3時間の長尺。

どうしてそうなったかは下の
「登場人物相関図」を見れば、
ほぼ一目でわかります。

つまり原作にない物語展開がいくつか
持ち込まれているのですが、その最大の
ものが、原作でも言及はあるチェーホフ
の『ワーニャ伯父さん』を実際に制作
していくという過程なんですね。

広島国際演劇祭でこれを演出することに
なった家福が、オーディションに参集
した俳優たちと稽古を重ね、公演に
至るまでのプロセス全体が映画内の
“劇中劇”のようになっていること。

そしてこの劇の人物関係に、現実の
家福らの心理関係を映し出す部分が
濃厚にある、というところがこの
映画のミソになっている次第。

専属運転手の渡利みさきもその広島で
半ば強制的に付けられるという点が
原作と違います。



映画『ドライブ・マイ・カー』
登場人物相関図

💖は、(一方的かもしれない)恋愛感情を示します。
 

それではこれから、あくまでも映画の
方に準拠してですが、あらすじをやや
詳しく【起】【承】【転】【結】の
四部構成で述べて行きます。

その途中、”なぜ”そうなるの❔
と思われそうなところとか、原作では
どうなっているの❓といった疑問の
湧きそうなところには、👉❶
のような印をつけていきます。

その下線部をクリックすれば、後半の
原作と違う映画の”❓”部分」で
まとめてある違いの理由・背景の解説
➊~➍に飛んでいけるという仕組みです。

また途中、いくつか👉印の注釈を入れて
いますが、不要と思われる場合は
飛ばしてください。

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🚙【起】妻の姦通目撃、そして死

俳優・舞台演出家として成功している
家福悠介(かふくゆうすけ)は、元女優で
脚本家の妻・音(おと/霧島れいか)と
組んでテレビドラマを制作したりする。

娘が4歳で病死して以来、音は子を持ち
たくないと言い、家福もそれに同意して
いるが、性の営みは濃厚なまま。

子を失う以前からの夫婦の習慣として、
交わりの「オーガズムの端っこから」
音が物語を紡ぎだし、それを家福が
書きとめていくという作業があり、
これが音の脚本家デビューにつながった。

もう一つの習慣は家福が舞台のセリフを
記憶する方法で、相手役の台詞部分を
音が読んで録音したテープを、愛車──
👉❶赤のサーブ900ターボ──の
運転中に再生して聞きながら、自分の
セリフを言っていくのだった。


ある時、家福はウラジオストックの
国際演劇祭に審査員として招待され
空港へ車を走らせるが、到着するや
欠航のため渡航延期の連絡を受ける。

Uターンで帰宅すると、居間のソファで
音が誰かと激しく交わっているのを
目撃する(叫び)。




1週間後、軽い事故に遭い、片眼が
緑内障の前段階だと発覚し、運転は
望ましくないと医者に言われる。

その後も、姦通の件は口にせず、音も
目撃されたことは知らぬ様子のまま、
夫婦関係は維持され、車を運転しながら
音の吹き込んだテープのセリフに
応答する習慣も続く。

いま取り組んでいるのはチェーホフの
『ワーニャ伯父さん』で、テープから
流れるソーニャ役の音がワーニャに
語りかけるセリフを聴く。

仕方ないの、生きていく
ほかないの。

……長い長い日々と、長い夜を
生き抜きましょう。

ある日、出がけに音から「帰ったら
話したいことがある」と言われ、
帰宅すると、音が床に倒れており、
無言のまま死亡(死因はクモ膜下出血)。

🚙【承】広島国際演劇祭の稽古開始

2年後。

『ワーニャ伯父さん』のワーニャ役で
名を上げた家福は、広島国際演劇祭に
舞台演出家として招聘され、
👉➋『ワーニャ伯父さん』の制作を
求められる


家福が広島に長期滞在して演出を務め、
各国からオーディションで選ばれた
俳優がそれぞれの役を自国語で演じる
という斬新な多言語演劇の企画。

車で広島へ来た家福は、仕事場との往復も
長く運転したいという思いから、やや
遠方に宿舎を取っていたが、事務局の
韓国人コン・ユンスから、事故などの
回避のため移動には専属ドライバーを
つけると強く言われる。

古くて扱いにくいマニュアル車だからと
家福は断ろうとするが、女性ドライバー、
渡利みさき(三浦透子)の運転に試乗して
みると、完璧な運転ぶり。

かつ無口・無表情なところも、車中で
音のテープを聴くのに好都合と思ったか、
OKを出す。

23歳というみさきの年齢は、家福の
娘が生きていた場合の年に一致していた。

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オーディションには日本・台湾・韓国など
から俳優が応募しており、その中に、
音が脚本を書いた作品に出演していた
若手俳優、高槻耕史(岡田将生)もいる
ことに家福は驚く。

かつて目撃した姦通場面で音と交わって
いた男こそ彼ではないかとの疑惑を
もっていたからだ。

高槻はかつて家福の出演した劇に感銘を
受けていたからオーディションの広告を
見て即座に応募したのだと言う。

志望していたのはアーストロフの役
だったが、家福が彼にあてがったのは
応募者の少なかったワーニャの役。


(イギリス映画Uncle Vanyaから。前中央がワーニャで、
その左に教授夫妻。右にアーストロフ、ソーニャ。
画像引用元:BBC NEWS:Uncle Vanya)



ワーニャを支え励ます姪ソーニャの役には
韓国手話でセリフを言うイ・ユナを抜擢
するが、事務局のコンは、決定直後、
彼女は実は自分の妻だと家福に告げる。


多国語と手話の混じり合う、
斬新な稽古が進んでいく。

みさきが運転するサーブで宿舎と稽古場を
往復する家福は、かつて音が吹き込んだ
エレーナ(アーストロフとワーニャが
ともに思いを寄せる美女)のセリフを聴く。

真実はそれがどんなものでも
それほど恐ろしくない。

いちばん恐ろしいのは、それを
知らないでいること。

これらのセリフを無言のまま受け止めて
いるみさきは、待ち時間に文庫本を
読み始める(それが『ワーニャ伯父さん』
かどうかははっきりしないが)。
👉『ワーニャ伯父さん』ならたとえば
この本だったかもしれません。👇

   
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コン・イ夫妻から夕食に招待された
家福は、みさきも来させて4人で
食事し、彼女の仕事ぶりををほめる。

🚙【転】みさきの物語/高槻・音の物語

みさきは自分も稽古を見たくなったと
言って見学し、運転しながら、自身の
生い立ちも淡々と話す。

北海道の「上十二滝村」という集落で
母親と二人だけの家に育った。

水商売で働く母の送り迎えのために
中学時代から車の運転を覚えさせられ、
運転がまずいと容赦なく殴打されたので、
いやでも運転が上手になった。

が、やっと正式に免許が取れたころ、
豪雨による地滑りで、母親は家もろとも
土砂に呑み込まれて死んだ。

助けられたかもしれないところをあえて
見殺しにしたという意識も抱えながら、
みさきは何のあてもなく車を走らせ、
西へ西へと進んだ。

   


広島に居着いたのは、たまたま車が
故障したからだという。


高槻は自分から声をかけて家福を誘い、
バーで二人で飲みながら話す。

エレーナ役の台湾人女優を乗せていた
車で事故を起こして稽古に遅刻した
日の晩、家福の車で送ってもらう
ことになる。

車中で高槻が、音がいかに「素晴らしい
女性」だったかを熱心に話しだすと、
家福は、「彼女には別に男がいた」と
あえて告げて相手の反応を見る。

音との暮らしは、とても満ち足りた
ものだと自分は思っていたが、彼女の
中には夫が覗き込むことのできない
「どす黒い渦」があった。

   


かつてその役で評価を得、今回も自ら
演じるものと周囲には思われていた
ワーニャの役を高槻に振ったのは、
「チェーホフのテキストは自分を
引き出すから、もう怖くなった」
からだ。

これを聞いた高槻は、かつて音が
話したという物語を語り始める。

それは音が「オーガズムの端っこから」
発想して家福に語っていた物語の続きで、
「強姦しそうになった男にペンを何度も
突き立てて殺し、監視カメラに向かって
『私が殺した』と叫んだ」…
という、家福には初耳の内容。

高槻が降りてから、家福は「他人の心は
覗けないから、自分を深く見るしかない」
とつぶやき、みさきは、高槻の話は
「嘘ではないと思います。私は嘘つきの
間で育ったから、それがわかるんです」
と言う。

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🚙【結】ワーニャ役不在、さあどうする?

本番が近づき、劇場でのリハーサルを
始めたところで、突如、刑事が現れ、
高槻を連行する。

以前、家福の車に乗せてもらう直前、
自身を盗み撮りした男に怒って暴力を
振るったが、その被害者が死んだ
というのだ。

事務局は家福に「公演自体を中止して
しまうか、ワーニャ役を家福が代行
するか、選択肢は二つしかない」と
告げて、二日間の猶予を与える。

どこか落ち着いて考えられるところを
走らせようと提案するみさきに、
家福は「上十二滝村へ行けるか」
と尋ねる。

みさきは直ちに車を走らせ、途中、
運転を交替しようとの家福の申し出も、
「12時間は休憩なしで大丈夫です」
と謝絶して一路、北海道へ。
👉「上十二滝村」は架空の地名で、原作も
雑誌発表時は「中頓別町」という実在の
地名が使用されていましたが、みさきが
タバコのポイ捨てをすることから同町より
クレームがつき、単行本刊行の際に
変更された由。

  


Googleマップで「広島駅~中頓別町」
を調べると「2043キロ、29時間」と
出るそうで、二日以内の往復は
非現実的ではあります。
(👉はてラボはてな匿名ダイアリー)


車内で二人は、みさきが「私が母を
殺したんです」と言うと、家福は
こう返す。
「もし父なら君の肩を抱き、悪くない
と言ってやりたいが、言えない。
君は母を殺し、僕は妻を殺した」

 

目的地に到着し、雪の下敷きになって
壊れている家の前で、みさきは花を
投げながら、母が時折、8歳の「さち」
という別人格になったことを話す。

「それは演技だったとしても、心の
底からの、地獄を生きる」手段だった
と言い、音さんもあった通りの人で
「そこに嘘も矛盾もないと思います。
受け入れるのはむずかしいですか?」
と問いかける。

「ぼくは正しく傷つくべきだった。
自分自身に耳を傾けなかった。
もう取り返しがつかない」と家福。

みさきが歩み寄って家福の胸を
抱きしめると、しばらくして
家福も彼女を抱き返す。


予定通り開演。

👉➌ワーニャを演じる家福をソーニャ役の
イ・ユナが後ろから抱き、手話で
こう言い聞かせるラストシーンに、
客席は静まり返る。

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仕方ないの、生きていく
ほかないの。

……長い長い日々と、長い夜を
生き抜きましょう。

      


何年後か、髪型の変わったみさきが、
韓国のスーパーマーケットで買い物を
すませ、👉➍韓国ナンバーをつけた
赤のサーブに乗り込み
、車内で待って
いた犬を愛撫し、発進する。

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原作と違う映画の”❓”部分

さあ、もうストーリーはおわかりですね。

ここからは、「あらすじ」を読んでも
映画を終りまで観ても、やっぱりよく
わからないままになっているかもしれない、
いくつかの”“について、考察を加えて
いきたいと思います。

➊車(サーブ900)はなぜに?

車は原作でも「サーブ」(スウェーデン製)
ですが、「黄色の900コンバーティブル」
(幌付き)でした。

「コンバーティブル」でなくすると
タバコが吸いにくくなりますが、
そこを「ルーフ・ウィンドウ(天窓)
付き」にしておいたのは、家福と
みさきが二人で喫煙するシーンが
ほしかったのでしょうね。




つまり二人は徐々に互いへの信頼と
親愛を深めますが、これもその
ワン・ステップというわけです。

いや、幌付きか天窓かの違いより
ずっと重大なのが、「黄色」から
「赤」への色の変更でしょう。

なにしろこの車、ほとんどこの映画の
主役といっていいほどの役割を
担っていますからね。

「黄色」より「赤」の方が強烈な存在感を
放つことは言うまでもないと思いますが、
それに加え、「赤」という色には一般に
「危険」(赤信号!)とか「情熱」とか、
その他いろんな意味が込められている
可能性があります。

たとえば現代のアメリカ映画『シックス
・センス』(1999)では「死への扉」の
ようなものを象徴する色として
多用されていました。
👉『シックス・センス』(M・ナイト・
シャマラン監督、ブルース・ウィリス主演)
の内容や手法をめぐっては、こちらで
詳しく情報提供しています。

ぜひご参照ください。

シックスセンス(映画)の秘密を考察【ネタバレ】ヴィンセントはなぜ裸?

      


そして男性的な色か女性的かといえば、
やはり「女性」になるはずはずで、
家福が十年以上この車に乗り続けている
ことは、同乗していた妻の音の存在を
今なお引きずっていることを示している
のかもしれません。

ついでながら、原作では生後3日で死んで
しまった二人の間の子どもを、映画では
4歳まで生かしたことも、音の存在感を
より大きくしているように思われます。

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➋劇中劇『ワーニャ伯父さん』の意味

チェーホフの戯曲『ワーニャ伯父さん』は
原作にも出てきますが、それは、みさきを
雇った(接触事故のせいで免許停止になった
ため)当時に車内で暗唱していたのが
この劇のワーニャのセリフだった…
というだけの話。

この”ワーニャ”を家福自身と重ね、みさきを
“ソーニャ”と重ねることで、まったく
新しいドラマを創り上げたところに、
この映画の大きな功績──国際的に高い
評価を得た芸術性──があるといえます。

つまりこの映画にとって『ワーニャ伯父
さん』は、いわゆる”劇中劇”なのですが、
それがただの”劇中劇”でなく、
オーディションから始まって紆余曲折を
経て公演に至る”制作過程の劇中劇”に
なっているところがミソなのですね。
👉『ワーニャ伯父さん』の内容や
あらすじ、関連するセリフなどを
めぐっては、こちらで詳しく情報提供
していますので、ぜひご参照ください。

ワーニャ伯父さん あらすじと相関図⦅ドライブマイカーのセリフは?⦆

    

なお”劇中劇”は古来、多くの文学作品に
用いられてきた手法ですが、歴史上最も
著名な例が『ハムレット』の中で演じ
られる「ゴンザゴ殺し」ですね。

ハムレットはこれを使って叔父の新王
クローディアスを追い詰めることに
なりますが、詳しくはこちらを
ご参照ください。

ハムレットのあらすじを簡単に【&詳しく】オフィーリアの狂気はなぜ?

         


その”制作過程”に大小さまざまなドラマが
発生しますが、そのなかで軸になるのは
「チェーホフのテキストは自分を引き出す
から、もう怖くなった」としてワーニャ役を
拒否していた家福が、一転してこれを
引き受けるという「変転」でしょう。

「変転」はアリストテレスの『詩学』で
悲劇の一要件として説かれている手法
ですが、それが説得力をもつかどうかが
作品の成否に大きくかかわってきます。

➌家福はなぜワーニャを演じることに?

「公演自体を中止するか、ワーニャ役を
あなたが代行するか」、二つに一つだ、
二日以内に回答せよと迫られた家福は、
なぜかみさきに「上十二滝村」行きを
命じます。

ここはいささか唐突の感を与えないでも
ありませんが、家福の内部でひそかに
ふくらんでいた《みさきという人間への
関心》が一挙に爆発した、という解釈が
可能でしょう。

高槻が話した音の話に「嘘はない。私は
嘘つきの間で育ったから、それがわかる」
と言いきったみさき。

音の不貞(当然、嘘を含む)に直面しながら
「他人の心は覗けないから、自分を深く
見るしかない」と悩み続ける家福は、
すべての真偽を見抜くみさきの洞察力を
吸収したかったのかもしれません。

   


ともかく具体的な意図は明らかにされない
まま、二人は「上十二滝村」のみさきの
生家に到着し、上記の【結】で記述した
とおり、音さんに「嘘も矛盾もないと
思います。受け入れるのはむずかしい
ですか?」という、例によって無表情な
みさきの問いかけに、家福は動かされます。

つまり「ぼくは正しく傷つくべきだった。
自身に耳を傾けなかった」ことの誤りを
自覚し、傷ついた自分自身に「耳を
傾ける」ことにする。

そのことが《ワーニャを演ずる》ことに
重なっていくのは、映画の前半から言及
されていた”ワーニャ”という役柄と、
「上十二滝村」での「変転」から明らかに
見て取れるのではないでしょうか。

➍ラストはなぜ韓国?

演劇祭の斬新なラストシーン──イ・ユナの
ソーニャによる手話での慰め──で映画も
これで終幕かと思いきや、映像はいきなり
韓国のスーパーマーケットへ飛びます。

冒頭の会話でも話題にした、謎を残す
ラストシーンがこれですが、コン・イ
夫妻が可愛がっていた犬が同行している
ところをみると、夫妻も一緒に韓国へ
戻っていると見るのが自然でしょう。

みさきの買い入れる食料品がけっこう大量
であることからしても、彼女が一人
暮らしをしているようには見えません。

そう、みさきは夫妻の運転手兼家政婦の
ような働き手として雇われて、帰国する
夫妻に同行したのではないでしょうか。

   


家福は?

彼の愛車が韓国ナンバーをつけてそのまま
みさきに運転されているというのは、
彼も韓国に来ているということ?

ひょっとして、みさきと深い関係に?

そこは観客の想像に任されているわけ
ですが、私見を申し上げれば、それは
ないと思います。

なぜならこの映画での家福とみさきとの
関係は、ワーニャとソーニャの関係を
反復する(なぞる)ものとして構想されて
いるように見えるからです。

だから雪の中での抱擁シーンも、性的な
匂いをまったく感じさせないものですが、
それは当然で、失恋したソーニャが、
同様に失恋したワーニャを支え、励ます
という『ワーニャ伯父さん』のラスト
シーンに対応しているはずなのです。

目を病んでいた家福はついに運転を諦め、
音の存在を引きずる赤い車はみさきに、
(感謝のしるしとして❔)プレゼント
したのではないでしょうか。

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まとめ

さて、いかがでしょうか?

これでもう映画『ドライブ・マイ・カー』
に関するかぎり、あらかたの疑問は解け、
十分に行き届いた鑑賞のできる態勢が
整ったのではないでしょうか。

一度見て「わからない」と思った人も
もう一度見直すもよし、またそうしない
でも、もうOKですよね。

誰かさんにちょいと知ったかぶりを
してやろうとか、あるいは感想文や
レポートを書こうかという場合も。
👉村上春樹の原作の方に興味を
お持ちの方は、こちらでも情報提供
していますので、ぜひご参照ください。

沈黙(村上春樹)のあらすじ 簡単/詳しくの2段階で解説

村上春樹 鏡のあらすじと解説//”影”(もう一人の自分)への愛憎…

      

👉また『ワーニャ伯父さん』の作者、
アントン・チェーホフの方に
興味を引かれたという人は
ぜひこちらもご覧ください。

チェーホフ かもめのあらすじを短く//太宰の斜陽に取り込まれた?

          


チェーホフのコントに笑い泣き…ハゲの上司とマジメすぎる部下の悲劇

      

👉いやいや、それより主演の
西島秀俊さんが素晴らしい。

ほかの主演作『クリーピー』や
『Dolls(ドールズ)』についても
知りたい!
という方はこちらもどうぞ。

クリーピー 原作と映画の違いは?6つの疑問を解明【ネタバレあり】

        


近松門左衛門 冥途の飛脚(文楽)のあらすじ 現代語訳でわかりやすく

   


ん? 感想文が書けそうな気がして
きたけど、具体的にどう進めて
いいかわからない( ̄ヘ ̄)?

そういう人は、ぜひこちらを
ご覧くださいね。
👉当ブログでは、日本と世界の
文学や映画の作品について
「あらすじ」や「感想文」関連の
お助け記事を量産しています。

参考になるものもあると思いますので、
こちらのリストからお探しください。

「あらすじ」記事一覧

≪感想文の書き方≫具体例一覧


ともかく頑張ってやりぬきましょー~~(^O^)/

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