三島由紀夫 金閣寺をどう解釈?”悪友”柏木の「猫=虫歯=美」説で感想文

 


やあやあサイ象です。

「感想文」シリーズも、はや8回目。

今回は、文学史上、文句なしの名作と
認められながら、難しいともっぱらの評判で
読書感想文の素材としては敬遠されがちな
ものの随一、三島由紀夫の『金閣寺』
(1956)にあえて挑戦してみましょう。
  


とはいったものの、本文を読まれた方は
おわかりのとおり、これは三島の他作品、
『潮騒』はもちろん『仮面の告白』などより
さらに難かしいようで、いったい何を
書けばいいのか……

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👉 感想文に「感想」を書いてはいけない

さて、困った。

それでは例によって「ikemen_busaiku」
さんにヒントをもらった感想文の書き方≪虎の巻≫
思いだしていただきましょう。

学校で評価される感想文は
作品を読んでの素直な「感想」など
ではなく、それをきっかけに
「自分の生活を反省する」
作文
なのだから、登場人物がとった
行動について、
「自分にはこんなことはできない」
のではないかとか、あるいは性格的に
「自分にはこんなところはないか」と反省し、

自分にはこんなところはないか……疑問009093

その上で、「これからは自分もこう
しよう」
という前向きの決意表明を
結論にするのがよい。

『金閣寺』を通読した上で、主人公兼
語り手の「私」の行動について、上記の
ような方法で書けそうだ、と思う人は
ぜひトライしてください。

おおっと、まだ読んでないし、
読み通せそうもない?

そういう人は、まずはこちらの記事で
「あらすじ」を仕入れて下さいね。

三島由紀夫 金閣寺の簡単なあらすじ:難解な長編を短く解説
三島由紀夫 金閣寺の詳細なあらすじ:難解な柏木も読み解く

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え? 「あらすじ」は一応わかったけど、
やっぱり難しい……?

そうですね。

主人公の「私」はたいへん思弁的な人で、
考えていることがいちいち晦渋で、飛躍に
満ちていますし、それを書き表した文章
自体も美的に凝っていますから、全体的に
解釈しようとするのは難しいですよね。


そこで考えたい奥の手として、作品内の
なんらかのエピソードなり、人物なり
小道具なりに焦点を絞ってしまう
という方法があるんです。

たとえば以前の記事、
自転車で破談?:チェーホフ『箱に入った男』で感想文」
での、「自転車」というトピック
なんかがそれです。

『金閣寺』の場合、まず考えられるのは、
現実に存在する「金閣」(鹿苑寺金閣)
そのもので、未見の方はこの動画を
ご覧いただきたいのですが、これは、
まさに小説の題材となった放火事件の
のちに再建されたものです。 



ただ、これを見ての感想では小説
『金閣寺』の感想文にはなりにくいので、
やはりそこは作品の内部に入り込ま
なければいけません。



👉 “善”友/”悪”友

主人公以外の登場人物に目をつける
というのもうまいやり方です。

たとえば、主人公にはまず鶴川という
友ができ、その後、柏木という友人と
親密になります。

やがて明らかになるのは、「鶴川が
“善”友で、柏木が”悪”友」という
きわめて明快な(というか図式的な
までの)描き分けで、主人公の青春の
運命は「鶴川の死と柏木における
『悪徳の栄え』」という後景に
押し進められる感もあります。

この鶴川なり柏木なりの  e36842a5f698ff620549bcf159170629_s
人物に入り込んで、「自分なら…」を
考えてゆくのもアリですが、もう一つ
考えられるのが、この柏木も絡んで、
それへの解釈の変転がストーリーを
彩ることにもなる公案「南泉斬猫」
への着目です。



👉 南泉、猫を斬る

主人公が修行僧として住み込む「金閣寺」
こと鹿苑寺は臨済宗ですので、『無門関』
などの古典にもとづく「公案」が出され、
これについて考えることが修行の
一環となります。

そのような公案の一つ「南泉斬猫」は、
唐代の名僧、南泉が猫を斬ったという話です。

あらすじとしては、一山総出で草刈りに
出たとき、一匹の仔猫があらわれ、皆が
これを追い回して、ついに東西両堂の
争いになったというんですね……。

 それを見ていた南泉和尚は、忽ち
猫の首をつかんで、 草刈り鎌を
擬して、こう言った。
「大衆道(い)ひ得ば即ち救ひ得ん。
道ひ得ずんば即ち斬却せん」


衆の答はなかった。南泉和尚は
仔猫を斬って捨てた。
日暮れになって、高弟の趙州が
帰って来た。
南泉和尚は事の次第を述べて、
趙州の意見を質(ただ)した。
趙州はたちまち、はいていた
履(くつ)を脱いで、頭の上に
のせて、出て行った。
南泉和尚は嘆じて言った。
「ああ、おまえが居てくれたら、
猫の児(こ)も助かったものを」

(『金閣寺』第三章)


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「大衆道(い)ひ得ば即ち救ひ得ん。
道ひ得ずんば即ち斬却せん」
というのは、
「なにか仏道を喝破するようなことを
言ってみよ。言えたら仔猫を助けて
やるが、言えなければ斬り捨てる」
といった意味で、もしそこに趙州が
いたならば、南泉の意にかなう言葉を
吐いたはずだ、ということのようですね。

だから猫を斬るという南泉の行為は教育的
意図に発していた、ということに
なるようです。

といったって、斬られた仔猫から
すればとんだ迷惑ですよね。

教育のためなら殺生が許される   866c4d06c7079278d3cbad65b7a0fe38_s
という考えは仏道にかなうのか、という
問題も浮上しそうですが、その点は捨象
するのが禅門の伝統なのでしょうね。

まあ、それはそれとして、南泉がそのこと
(趙州の悟達)を見て取るのが履(くつ)
を脱いで頭の上にのせるという奇矯な
行為を通してであったとは、
これいかに?????

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👉 猫=虫歯は美の塊

公案への正解は禅門では極秘とされている
のですが、この謎への回答を『金閣寺』は
あえて試み、かつそれを、ストーリーの
進展とともに二転三転させます。

ただ、二転三転するとはいっても、
解釈の基本線としてこの「仔猫」を
「美」の象徴と見るという理解があり、
それは動きません。

猫が美の塊だったということを、  Kitten-Computer-s
大ていの注釈者は言い落としている、
この俺を除けばね」と柏木は言い放ちます。

両堂の争いになったのは「美は誰にでも
身を委(まか)せるが、
誰のものでもない
からだ
」と解き、「美」というものは「
虫歯のようなものなんだ
」とも言いだします。

虫歯は「痛み、存在を主張する」。

耐えられず歯医者に抜いてもらうと、
これか? こんなものだったのか?
という虚しさに突き当たる…。

これが第六章で開陳される柏木の解釈で、
それは、「私」が大きく変化した第八章に
いたってまた新たな展開を見ることに
なります。

「猫」にも「虫歯」にもたとえられる
「美」は、主人公にとってはすなわち
「金閣」ということにもなってくる
のですね……。


👉 まとめ

どうです?
おもしろそうではないですか?

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この公案「南泉斬猫」をめぐって
展開される言説を徹底的に整理した上で
それへの自分の考えを述べてゆくことが
できれば、相当高度な感想文の出来上がり!

先生も目を丸くしてしまうこと、
請け合いです!

そもそも禅の公案というものが
よくわからん、という場合は
こちらも参照してください。

門(夏目漱石)の簡単なあらすじと”禅”をめぐる批評・感想

まあ、これは、細部に焦点を絞る
感想文の一例。

目のつけどころは、ほかにも
たくさんあるはずです。

まずはしっかり読み込んで、自分に
突き刺さる問題をみつけましょう。


三島のほかの作品と照らし合わせる
とうのも、もちろんよい方法です。

この『金閣寺』で大きく花開いた
妖しくアブナイ三島ワールドの
先鞭をつけたのが『仮面の告白』
『禁色』などのLGBT文学。

それについてはこちらで。

三島由紀夫 仮面の告白のあらすじ:LGBT文学の先駆作を解説

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難解かつ怪しい小説の多い三島文学ですが、
そのなかで読みやすいエンターテインメント
ながら、やはりすごくアブナイ小説に
『命売ります』というのもあります。

これについてはこちらで。
三島由紀夫 命売ります【解説+あらすじ】シュールな冒険小説笶」

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え? 書けそうなことは浮かんできたけど、
でも具体的に、どう進めていいか
わからない( ̄ヘ ̄)?

そういう人は、「感想文の書き方
《虎の巻》」を開陳している記事の
どれかを見てくださいね。

当ブログでは、日本と世界の種々の
文学作品について「あらすじ」や
「感想文」関連のお助け記事を
量産しています。

参考になるものもあると思いますので、
こちらのリストからお探しください。

「あらすじ」記事一覧

≪感想文の書き方≫具体例一覧

ともかく頑張ってやりぬきましょー~~(^O^)/

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