夏目漱石 門のあらすじを詳細に 感想文はどう書けばいいの?


やあやあサイ象です。

「感想文の書き方」シリーズもはや第49回
にして「あらすじ」暴露サービスとしては
第26弾。

採り上げるのは夏目漱石の『門』(1910)です!




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やや詳しいあらすじ

漱石作品中の”いぶし銀”とも評される
この『門』、派手な展開には乏しいのですが、
『三四郞』(1908)『それから』(1909)とで
三部作だということになっています。

『それから』を読んだ人なら、友人から妻を
奪った主人公が”それから”どうなるのか……
という興味で読んでいくこともできるんですね。

それでは入っていきましょう。



【起】(一~五)

役所勤めの野中宗助と妻のお米は、
日当たりの悪い崖下の借家に
住んでいる。

秋の日曜日、縁側で横たわる宗助と、
茶の間で裁縫するお米は、叔父に
先立たれた佐伯の叔母との交渉について
「行ってよく話を」するか、手紙で
すますか、などについて話す。


宗助は東京育ち、京都帝国大学を経て
広島、福岡と移り住んだ人間だが、
広島にいた時に父に死なれた。

この時、母もすでになく、長男であった
ため、上京してこの叔父に家屋敷や
骨董類の売却など諸事万端を依頼し、
同時に十歳下で当時十六歳の弟、小六も
学資千円とともに預けていた。

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ところが、家屋敷の売却代金などに
ついて報告もないまま叔父が急死し、
小六の今後などの諸問題が発生した。

もう学資は出せないと叔母が言っている
と小六から聞き、宗助は佐伯を訪ねる。

叔母いわく「売却で手許に残った金は
四千円以上あったが、それで購入した
神田の家屋が火事で焼けて無に帰した」

また言う。「宗助はあんな事をして
廃嫡(はいちゃく)に迄されかかった奴
だから、一文だって取る権利はない」
と叔父は言っていた……と。

その「あんな事」が何なのかは
この時点ではまだ謎。

同じような謎めいた伏線が
いくつか張られていきます。



【承】(六~十二)

結局、小六は佐伯の家から宗助宅へ
転居することに決まる。

彼の部屋を確保する必要から、宗助
夫婦は佐伯から持ち帰って場所を
取っていた父の遺産、酒井抱一の
屏風を売ることに決め、古道具屋と
数次の交渉の末、35円で売り払う。


毎月家賃を届けている崖上の家主は、
坂井という富裕で子だくさんの賑やかな
家だが、ある夜、ここに泥棒がはいって
宗助宅の庭に手文庫を落としていく。

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それを届けたことから近づきになり、
宗助は坂井家を訪問するようになる。

帝国大学を出ながら職に
就かない坂井は、漱石の小説に
よく出てくるいわゆる「高等遊民」。

京都帝大にいたことのある宗助
とで互いに興味を持ち合っても
不思議はありません。
(大学出は希少な時代)

ある日、宗助は坂井の家に、宗助が
売り払った屏風があるのを見て驚く。

事情を話すと、坂井はこれは80円で
買った「掘り出し物」だ、そんなこと
なら、あなたから直接買えばよかった、
古道具屋のやつ「けしからん」と怒り、
これにより二人の親交が深まる。

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【転】(十三~十六)

坂井家のことが夫婦の話題に上ることも
増え、宗助はある時、明るいのは金が
あるからだけじゃない、「子供さえ
あれば、大抵貧乏な家でも陽気になる
ものだ」と一般論として口にする。

これを重く受けたお米は、その夜、床に
ついてから、打ち明けて謝ろうと思い
ながら「貴方に御気の毒で」この日まで
言えなかったことを語り出す。


これまで三度妊娠しながら一人も
育たなかったが、三度目は妊娠中、
足を滑らせて尻餅をついたせいで、
自分が殺したのと同じだ(ドクロ)と
その罪を自責してきた。

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易者に見てもらうと、「あなたは人に
対して済まない事をした覚がある。
その罪が祟っているから、子供は
決して育たない」と宣告された…と。

このエピソードをとっかかりに、
物語はおもむろに過去へと
さかのぼります。

京都帝大在学中、親しくしていた安井が
同棲し、「これは僕の妹だ」と宗助に
紹介した女がお米だった。

宗助とお米の間の「」は早春に始まり
初夏に終わった。

「大風は突然不用意の二人を吹き
倒し」、二人は家族、友人、一般社会
から、そして大学からも棄てられた。

」の経緯は詳述されません。

正月の三日には坂井に呼ばれ、
小六が遊びに行く。

七日に宗助が遊びに行って話すうち、
坂井の家には今、書生がいないので、
小六をよこしてはどうかと坂井が
提案し、宗助は喜ぶ。


が、そのあと、蒙古(モンゴル)で
「冒険者(アドベンチュアラー)」に
なっている弟がいて、当地での友達の
「安井とか」いう男と飯を食いに
来るから一緒にどうかと誘われる。

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 現代モンゴルの遊牧風景 

満州へ渡ったと聞く「安井」の名が
出たことに宗助は衝撃を受ける(叫び)。




【結】(十七~二十三)

帰宅して寝込んだ宗助は、安井の件を
お米に告げて「共に苦しみを分って
貰おう」とも思うが、勇気が出ず、
ごまかす。

不安感に苦しむ日が続き「心の実質が
太くなるもの」を求めて、「宗教」を
思ううち「坐禅」を思いつく。


禅学に関心のあるらしい同僚から
紹介状をもらい、お米には「少し脳が
悪いから」鎌倉へんで遊んでくると
告げて、鎌倉円覚寺の門をくぐる。

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老師から「父母未生以前本来の面目」
という公案をもらい、これを考える
ように言われるが、考えても
いっこうにらちがあかない。

数日後、回答を用意して老師の室に
入り、「ただ一句」を述べるが、
「もっと、ぎろりとした所を持って
来なければ駄目だ」と退けられる。

この「ただ一句」がどういうもの
であったかは書かれていませんが、
そのヒントになるものは漱石自身の
『ノート』に書き残されています。

詳しくはこちらの記事を
参照してください。

夏目漱石 門の簡単なあらすじ 鎌倉参禅で宗助得たものとは?

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   鎌倉の路傍に…… 


「要するに、彼は門の下に立ち竦
(すく)んで、日の暮れるのを
待つべき不幸な人であった」

収穫なく東京へ戻り、役所へ通う
日常が再開される。

春、役所の人員整理の対象から宗助は
まぬがれ、昇級もあったので、
お米はご馳走を用意する。

「本当に有難いわね。漸くの事春に
なって」というお米に「うん、然し
又じき冬になるよ」と宗助。





まとめ

さあ、どうでしょう?

「読書感想文」の書き方の王道としては、
まず自分が宗助なら、お米ならと登場人物に
入り込んで考えてゆくことですよね。

でも、そういう主流からはズズッとズラした
傍流的な行き方もあるわけです。

いわゆる「感想文」じゃなく、「批評文」
とかレポート・小論文などを書こうという
場合はますます、そういうズラシを考えて
いいわけです。

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たとえば、宗助は東京・京都・広島・福岡・
鎌倉とずいぶんよく移動する人間ですが、
このことの意味(なぜそう設定されたか)を
考えてみるとか、

宗助夫婦の意思疎通が完全ではない
(夫が鎌倉へ参禅に行ったことをお米は
知らないことなど)ことをどう見るか、とか……。


また『門』は、これに先行する『三四郞』、
『それから』とで三部作ということに
なっていますが、この三作の連続性という
視点から読むと、どうなのか。

そのあたりを考えたい人は
ぜひこちらの記事も参照してください。

夏目漱石 三四郎のあらすじ:「簡単/詳しい」の2段階で解説

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              015449

漱石 それからのあらすじ:簡単/詳しくの2段階で解説

漱石の名言でたどる恋愛💛『吾輩』猫が読み直す『こころ』etc.


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え? 書けそうなことは浮かんできたけど、
でも具体的に、どう進めていいか
わからない( ̄ヘ ̄)?

そういう人は、「感想文の書き方
《虎の巻》」を開陳している記事の
どれかを見てくださいね。

当ブログでは、漱石ばかりでなく、
日本と世界の種々の文学作品について
「あらすじ」や「感想文」関連の
お助け記事を量産しています。

参考になるものもあると思いますので、
こちらのリストからお探しください。

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≪感想文の書き方≫具体例一覧

ともかく頑張ってやりぬきましょー~~(^O^)/


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