夏物語(川上未映子)のあらすじ【ネタバレ】と感想⦅反出生主義とは?⦆

夏物語(川上未映子)のあらすじ【ネタバレ】と感想⦅反出生主義とは?⦆

サクラさん
川上未映子さんの
『夏物語』(2019)は
早くも20か国語以上の
翻訳が出ているそうです
が、このビッグ・バン的
な大ヒットの要因はどこ
にあるのでしょうか❔

ハンサム 教授
卵が受精して胎児になり
生まれ出てきて、その子
自身の世界をもち
始める…。

これも一つのビッグ・
バンで、たいてい祝福
することになってるけど
それは一種の暴力でも
あるんじゃないか…
という世界の誰でもに
訴えかける問題を追究
してるところかな。


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サクラさん
「絶対に幸せにする」
という決意をもって
産んでも、暴力だと
いうことになるん
でしょうか❓

ハンサム 教授
そういう決意って、親の
側の勝手な”賭け”に
すぎないよね。




すべての人は生まれない
方がよかったはずだし、
出産という”悪”は停止
して人類は滅亡に向かう
方がよいと考えるのが
“反出生主義”の哲学です。

サクラさん
『夏物語』では善(ぜん)
百合子がこの立場を代表
して、人工授精で子を
産もうとする主人公と
ぶつかると…。

ハンサム 教授
その二人のほかにも
個性的人物が続々と出て
きて、出生をめぐって
多様な立場から多様な
考え方を展開していく…

“楽しく読める哲学小説”
の誕生を祝福したい
ですね;^^💦


というわけでおなじみ”あらすじ暴露”
サービスの第229弾(“感想文の書き方”
シリーズとしては第317回)となる今回は、
川上未映子さんの歴史的名作『夏物語』に
挑戦です(((((ノ゚🐽゚)ノ
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何が歴史的かって、2019年発刊の翌2020年には
「ニューヨーク公共図書館ベスト・ブックス」
「TIME誌が選ぶ2020年ベスト小説10冊」
「New York Timesが選ぶ今年の100冊」
「エレナ・フェッランテが選ぶ20世紀の女性
作家40人」に選出されてしまい、日本での
毎日出版文化賞受賞もなんだかオマケのような
感じになってしまった傑作だからです。

はじめに、これから読もうという人のために
ネタバレなしの”簡単なあらすじ”を
スケッチした上で、この世界により深く
侵入してみたいという人だけに向けて
完全ネタバレの”かなり詳しいあらすじ”
をお届けしようという寸法です。

さらにその上で、浮かんでくるかも
しれない”“のいくつかに向けて、
わたくしサイ象なりの考察と感想を
書き足していますので、そちらも
どうぞお目通しください。

というわけで、内容は以下の通り。


あくまで参考ですが、手っ取り早く
概要を知りたいという人は
こちらの動画をどうぞ。  👇     



簡単なあらすじ(ネタバレなし)

【第一部】
上京して10年、アルバイトで生計を
立てながら小説を書いてきた30歳の
夏目夏子のもとへ、大阪のスナックで
働く39歳の姉、巻子が11歳の娘、
緑子を連れて上京。

巻子は再会を喜び、上京の目的である
豊胸手術のカウンセリングのことなど
陽気に話すが、緑子は誰ともいっさい口を
きかず、意思はすべて筆談で伝えている。

緑子のノートには自分にやがて来るはずの
初潮のことから、受精・出生という
生物学的事実への恐れ、人生は苦痛なのに
なぜ自分を産んだのか……という
母への反発などが書き連ねられている。


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翌日の晩、10時を過ぎてから酔って
戻った巻子は突然、緑子に「ひとりで
生きてる顔してさ」と絡む。

その手を振り払おうとした緑子の指が
目に入り、巻子は両手で顔を押さえる。

「お母さん、ほんまのことをゆうてや」
と初めて声を出した緑子に対しても巻子は
大笑いするばかり。

緑子は流し台にあったパックから卵を
取り出して自分の頭に何個もぶつけ、
顔じゅう卵だらけにしながら、自分は
「生まれてこなんだら、よかったんと
ちがうんか」と訴える。

大声で泣く緑子の肩をつかもうとして
拒否された巻子は、自分も卵を何個も
頭にぶつけて娘とおなじドロドロ状態に
なり、床に突っ伏した娘の背中を
さすり続ける。

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【第二部】
38歳になった夏子は、数年前に文学賞を
受賞したものの、その後は低迷。

巻子からの電話で、大学2年の緑子が
男友達と旅行に行っていると聞くと、
自身の20歳前後、恋人だった成瀬との
セックスがつらく、結局別れてしまった
過去を思いだす。

こんな自分が子どもを産む可能性は?
という漠然とした思いのなか、テレビの
ニュースでAID(非配偶者間人工授精)に
よる「精子提供サイト」のことを、
さらにAIDで出生して現在父親を捜して
いる30代の医師、逢沢潤のことを知る。

その逢沢が話すトークイベントに出席
した夏子は、終了後、逢沢に「AIDを
やろうと思ってるんです」と話し、
逢沢らの会に二度目に出た際には、
同じくAID出生の恋人、善百合子
(ぜんゆりこ)を紹介される。

夏子は逢沢との関りを深める一方で、
多様な男女に会い、話を聞く。

シングルマザーになろうにも経済的に
無理だと言うバイト仲間の紺野さん、
裕福な独身で、子どもは持たないと
決めている編集者の仙川涼子、
一人で女児を育てる作家の遊佐リカ、
精子提供者として連絡をつけてきた
変質者っぽい恩田など。

遊佐いわく、子どもをつくるのに
「男の性欲」も「女の性欲」も必要
ない、必要なのは「女の意志だけ」。

   


善百合子は「父だと思っていた男」に
レイプ以上の酷いことをされた経験を話し、
出産なんて「暴力的なこと」を「みんな
笑顔でつづけて」いることが不思議だと言う。

自分の子どもが苦しまないようにする
唯一の方法は「その子を存在させないこと」
ではないのか、と。

「生まれてみないと、わからないことも…」
と夏子は口をはさむが、それは「賭け」
だけど「いったい誰のための賭けなの?」、
生む人は賭けに負ける可能性など考えて
いないと論破されてしまう。


6月末から高熱を発して寝込んだ夏子に
逢沢潤から電話が入り、例の会とも
善百合子とも別れることにした、
それより「夏目さんに会えないでいる
こと」の方が苦しいと言われる。

夏子は自分も最初から「好きだった
と思う」が、今はもう何もかも「自分に
できるわけがない」と分かったから
「もう、会いません」と言ってしまう…。


というわけで、この先、夏子と逢沢が
どうなるか、夏子は子を産むのか
産まないのか…
ネタバレになるといけませんので、
ここらで止めておきたいと思います。

ん? ネタバレはむしろ歓迎するので、
詳しくストーリーを教えてほしい?

ハイハイ、それではそういう奇特な
読者さん限定で、完全ネタバレ
「かなり詳しいあらすじ」をお届け
いたしましょう;^^💦

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かなり詳しいあらすじ
(完全ネタバレ)

お待たせしました、いよいよこれから
ネタバレをいとわない「詳しいあらすじ」
で結末まで突っ走ります!

ところどころ👉印の注釈を入れて
いますが、不要と思われる場合は
飛ばしてください。


【第一部】➊2008年夏・一日目

30歳の夏目夏子はアルバイトで月十数万円を
得る貧しい生活のなか(家賃滞納もあり)、
10年来の目標であり上京の理由でもあった
「小説家になる」という夢に向かって
努力を続けている。
👉“夏目夏子”という現実には出会いそうに
ない名前(本名!)の由来、作者のこだわり
などについては
👉 なぜ”夏物語”で”夏目夏子”?へ。


その夏子の部屋に二泊の予定で、大阪は
笑橋(しょうばし)のスナックで時給制の
ホステスをしている39歳の姉、シングル
マザーの巻子が11歳の娘、緑子を連れて
上京してくる。
👉大阪に「笑橋」は実在せず、内容上、
「京橋」の言い換えのように
推定されます。

第一部の原型をなした芥川賞受賞作
『乳と卵』(2007。👇)ではそのまま
「京橋」でした。

 
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『乳と卵』以上の笑いとユーモアが
狙われているのかもしれません。


東京駅で二人に再会した夏子は久々に
会う緑子の脚の長さなどに驚くが、
緑子は、半年ほど前から母と口を一切
きかなくなっており、意思はすべて、
つねに携帯しているノートに書いて
筆談で伝えている。

巻子の上京の主な動機は豊胸手術の
ためのカウンセリングを受けることで、
持参したパンフレット類を見せながら
大阪弁でしゃべり倒す巻子の話では、
予算は150万円程度。

   


断続的に挿入される緑子のノートでは
学校で説明を受けたが自分はまだ
迎えていない「初潮」が主な話題に
なっている。

たとえば「勝手におなかが減ったり、
勝手に生理になったりするような体」
がなぜかあって、そこに「とじこめ
られてる」感じで、「生まれてきたら
最後」生き続けなければならないのは
「しんどいことです」などとある。

お母さんを見ていたら、毎日を
働きまくっても毎日しんどく、
なんで、と思ってしまう。

これいっこだけでも大変なこと
やのに、そのなかからまたべつの
体をだすのは、なんで。

そんなことは想像もできひんし、
そういうことがほんまにみんな、
素晴らしいことやって、自分で
ちゃんと考えてほんまにそう
思ってるんですかね。
〔中略〕
ぜったいに、子どもなんか
生まないとわたしは思う。

 


1泊目、「行かない」と筆談で表明した
緑子を部屋に置いて、姉妹で銭湯へ行く。

そこで夏子は手術について話し続ける
巻子の胸の現状を目にし、自分の体が
子どものころ「なんとなく想像していた
女の体にならなかった」ことを思う。

帰宅後、三人で近所の安価な中華料理店へ
行き、姉妹はビールを飲みながら10年前
同居していたころの知人の死などの話をする。

巻子が毎夜、疲れて帰って真っ先にするのは
緑子の寝顔を見ることで、「かわいいなあ」
と思って「ちゅうしたりするねんよ」と
笑顔で言うも、緑子はノートに
「きもちわるい」と書いて下線まで引いて
見せ、巻子は黙る。

緑子が口をきかなくなったのは、彼女の
ノートによれば、お金のことで巻子と
言い争って「なんでわたしを生んだん」と
言ってしまったことがキッカケだった。

しゃべったらケンカになるし、
またひどいことゆうてまうし、働いて
ばっかりでお母さんがつかれてるの、
それも半分、いやぜんぶ、わたしの
せいで、そう思ったらどうしようも
なくなる。

はやく大人になって一生懸命働いて、
お金をあげたい。

けど今はまだそれができひんから、
優しくくらいしてあげたい。

でも、うまくできひん。

涙が、でてくるときもあります。


帰宅すると緑子は書棚の本に興味を
示し、巻子は夏子がコンビニで買って
きたおつまみ類をあてにビールをさらに
飲みながら、スナックの同僚の生きざま
などを話す。

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【第一部】➋2008年夏・二日目

翌日、巻子は銀座のクリニックへ
カウンセリングに行き、夏子は緑子を
遊園地へ連れていき、遊び、話す。

緑子は卵子について知って驚いたことを
ノートに書いていて、受精卵が女になると
決まった時にはその胎児の卵巣のなかに
「卵子のもと、みたいのが七百万個も」
あること恐怖している。

これはすごくこわいこと、
おそろしいことで、生まれる
まえからわたしのなかにも、
人をうむもとがあるということ。
〔中略〕
生まれるまえの生まれるもんが、
生まれるまえのなかにあって、
かきむしりたい、むさくさに
ぶちやぶりたい気持ちになる。

なんやねんなこれは。

     


帰宅し、夏子は子供時代の自分を守って
くれた頼もしい巻子の話などしながら、
帰宅の遅い姉を待つ。

巻子は10時を過ぎてから酔って戻り、
ほとんど口をきかないので、別れた
夫に会ってきたのかと夏子は推測
するも、それにはふれず、用意して
あった花火を始めようとする。

と、巻子は突然、緑子に絡んで
「ひとりで生まれて、ひとりで
生きてる顔してさ」
「あんたはいつもわたしをばかに
して、ばかにしたらええわ」
「なんか言いたいことがあるん
やったら、得意のあれで書いたら
ええがな、一生そうしたら
ええやんか、わたしが死ぬまで、
あんたも死ぬまで」などと口撃。

巻子が緑子の肘をつかむと、これを
振り払おうとした緑子の指が目に入り、
巻子は叫んで両手で顔を押さえ、
涙が出つづける。

「お母さん」と呼びかけた緑子は
「ほんまのことをゆうてや」とだけ
言って震えているが、巻子は
「意味わからん」と無理に作った
大笑いをする。

緑子はたまたま流し台に置いてあった
パックから卵を取り出し、大粒の
涙を流しながら自分の頭にぶつける。




顔じゅう卵だらけにしながら
「わたしを産んで、そうなった〔乳房が
しぼんだ〕んならしゃあないでしょう、
痛い思いまでしてお母さんはなんで」
とさらに何個目かの卵を激しく
叩きつけて

あたしはお母さんが、
心配やけど、わからへん、し、
ゆわれへん、し、お母さんはだいじ、
でもお母さんみたいになりたくない、
〔中略〕
はやくお金とか、わたしだって
あげたい、お母さんにあげたい、
ちゃんとできるように、そやかって、
わたしはこわい、いろんなことが
わからへん、
〔中略〕
なんで大きならなあかんのや、
くるしい、くるしい、こんなんは、
生まれてこなんだら、よかったんと
ちがうんか、〔中略〕何もない
ねんから、何もないねんから。


大声で泣く緑子の肩をつかもうとして
拒否された巻子は、自分も卵を何個も
頭にぶつけて娘とおなじドロドロ状態に
なり、「でもな緑子、ほんまのこと
なんてな、ないこともあるんやで」
などと小声で話し、床に突っ伏した
娘の背中をさすり続ける。


翌朝、明るく話すようになった
緑子と巻子を夏子は東京駅で見送る。

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【第二部】➊2016年夏~年末

38歳になった夏子は、数年前に文学賞を
受賞して出した本が6万部を超えるヒット
となったものの、その後は低迷している。

「野心が足りない」と見放す編集者も
いたが、大手出版社の編集者で10歳年長の
仙川涼子からは、気長に長編に取り組む
ようにと期待され、可愛がられている。

巻子からの電話で、大学2年の緑子が
男友達と旅行に行っていると聞くと、
自身の20歳前後、恋人だった成瀬との
セックスがつらく、結局別れてしまった
過去を思いだす。


こんな自分が子どもを産む可能性は?
という漠然とした思いのなか、テレビの
ニュースでAID(非配偶者間人工授精)に
よる「精子提供サイト」について知る。




AIDを実践して「この子に会えて、本当に
よかった」と幸せいっぱいな女性を
動画サイトで見て心を動かされ、その後、
仙川涼子の話から、AIDで出生して現在
父親を捜している30代の医師、逢沢潤の
ことを知る。

クリスマス、その逢沢がゲストとして話す
というトークイベントに出席した夏子は、
「神が見守っている」云々という年長の
女性の意見に反発して「ではなぜ虐待
などがあるのか」とつい発言してしまう。

終了後、逢沢と話す機会があり、
「AIDをやろうと思ってるんです」
と口にする。


本屋でのバイト仲間だった紺野さんから
急に呼び出されて飲みながら、和歌山の
夫の実家へ子を連れて帰ることになった
事情などを聞く。

「まんこつき労働力」で満足していた
母親のようになりたくないと思って
生きてきたのに、自分もなりそうだと
自嘲するので、シングルマザーの道を
示唆すると、経済的に無理だと言う。


【第二部】➋2017年1月~7月

翌年1月末、逢沢たちのシンポジウムを
聴きに行った夏子は、受付席にいた逢沢と
親しく話し、またそこで、同じくAIDで
生まれた年長の女性で逢沢の恋人らしい
善百合子を紹介される。

夏子は仙川涼子と飲んで、独身の彼女が
子どもを持たないことに決めた理由などを
聞き、また逢沢に会って彼の家庭環境や
AID選択の経緯、育ての父への感謝の
念などの話を聞く。

直木賞作家の遊佐リカは、大学教師の夫と
別れて一人でくらという女児を育てて
いるが、遊びに行ってくらと親しんでいると、
「子どもにむいてる感じあるわ」と
遊佐は言い、AIDで産むことにも賛成する。

「子どもをつくるのに男の性欲にかかわる
必要なんかない」し、「女の性欲も必要
ない」、必要なのは「女の意志だけだ」と
遊佐は断言する。

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女が赤ん坊を抱きしめたい
と思うかどうか、どんなことが
あっても一緒に生きていきたいと
覚悟を決められるか、それだけだ。

いい時代になった。

    


「精子提供者」としてメールが来るように
なっていた恩田と喫茶店で待ち合わせる。

現れた中年男は一方的に自分の精子の
優秀度を示すデータをまくしたて、
しまいには「注射器注入より、やっぱり
原始的な方法のほうが確率は高くなり
ますよね」などと着衣のままの挿入法
など露骨な話に入っていく。

気持悪さと恐怖で逃げ出し、帰宅すべく
街を歩いていると善百合子を見かけ、
ついて行ってしまう。

公園に入ってベンチに腰を下ろした
善百合子は「どうしてついてくるん
ですか」と話しかける。

「精子提供者」に会って来たところだと
話すと、百合子は「怪我はないの」と
問うてから、逢沢のことを話す。

かつて結婚を決めた恋人者に自分の
生い立ちを話すと破談になってしまい、
彼は自殺未遂までしたが、その後、
私たちの会に来るようになった。

自分はと言えば「父だと思っていた
男にレイプされた」としか逢沢には
言っていないが、実は父が呼んでくる
多くの別の男にも同じことをされた(叫び)
と話し、「あなたはどうして、子どもを
生もうと思うの」と斬り込む。

もしあなたが生んだ子どもが「生まれて
きたことを心の底から後悔したとしたら」
どうするつもりなのかと。

自分は「自分がとりわけ不幸だなんて思って
いない」が、それは自分の身に起こった
ことなど「生まれてきたことにくらべたら、
本当になんでもないことだから」。

だから出産なんて「暴力的なこと」を
どうして「みんな笑顔でつづけて」
いられるのか、自分には不思議だと。

生まれたいなんて一度も
思ったこともない存在を、
こんな途方もないことに、
自分の思いだけで引きずりこむ
ことができるのか、わたしには
それがわからないだけなんだよ。


たいていの親は、自分の子どもに苦しい
思いをさせないように願うけれども、

自分の子どもがぜったいに
苦しまずにすむ唯一の方法
っていうのは、その子を存在
させないことなんじゃないの。

生まれないでいさせてあげる
ことだったんじゃないの。


でも「それは──生まれてみないと、
わからないことも」と口をはさんだ
夏子に、それは「賭け」だけど、
「いったい誰のための賭けなの?」
と百合子。

生む人は賭けに負ける可能性など
考えていない、つまりは「自分たちの
ものを、本当には何も賭けてなんか
いないってことだよ」
👉この部分で善百合子によって展開されている
主張は「反出生主義」と呼ばれることが
あります。

詳しくは👉 反出生主義と”賭け”の是非へ。


6月の終わりから夏子は高熱を発し、
夢枕に何度も善百合子が現れたが、
一言も反論できなかった。

逢沢潤から電話が入り、例の会とも
善百合子とも離れることにした、
それより「夏目さんに会えないでいる
こと」の方が苦しかったと言う。

夏子は自分も、父を探しているという
文章を見た時から「逢沢さんのことが、
好きだったんだ」と思うが、今はもう
「そういうことにかかわる資格がない」
何もかも「自分にできるわけがない」
と分かったから「もう、会いません」
と告げる。

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【第二部】➌2017年8月~2019年夏

仙川涼子が癌で死んだと聞いて
大きな衝撃を受けた夏子は様々に
思いめぐらすうち、逢沢とセックス
できないものかと思いはじめる。

緑子から電話が入り、バイト先の
レストランでの出来事を映画
『メメント』にひきつけて話す。
👉『メメント』(2000)はクリストファー・
ノーラン監督の初期の傑作で、主人公の
記憶が持続しなくなることによる
物語の混乱がミソ。

この種の混乱を追求したノーランの超大作が
レオナルド・ディカプリオ主演の
『インセプション』(2010)でした。

こちらをご参照ください。

インセプション(映画)はパプリカのパクリ?着想源には全く別の小説が?

   
     (出典:Steemit)


電話の主な用件は31日の誕生日に帰省
する約束のリマインドで、帰ったら
電話を入れて巻子と3人で夕食に行く
ことを確認。


当日は昼ごろに大阪に着き、笑橋から
昔のことを色々と思いだしながら歩き、
かつて父と母と巻子とで住んでいた
アパートまで来て、昔と変わらない
階段に座る。

そこへ逢沢から電話が入り、今日は
あなたが大阪にいると聞いて自分も
来ているので30分だけ会ってほしい
と言う。

50分後に現れた逢沢は、善百合子に
別れを切り出して了承されたこと
などを話す。

10年前にはなかった大きな水族館の
観覧車に乗ると、逢沢は育ての父の
思い出などを語り、高いところまで
来ると、夏子に会って気づいたのは
こういうことだと言う。

自分が悔やんでいるのは、この父に
「僕の父はあなたなんだ」と、本当の
ことを知った上で言いたかったのに、
それができなかったことだと。

窓外を見る逢沢の肩に夏子ははじめて
手をあて、二人は観覧車を降りて
駅へ向かって歩く。

「もし、いまも夏目さんが子どもの
ことを考えているなら、僕の子どもを
生んでもらえないだろうか」と逢沢は
小声で二度言い、夏子の答えはないまま
二人は別れる。


大阪・京橋の商店街


夏子は笑橋のお好み焼き屋で巻子と
緑子に再会し、楽しく話しながら
食事を終えて帰宅すると、
3人並んで寝る。
👉食事中「緑子はいま読んでいるという
クリプキの話」をしますが、なぜ
ほかでもない「クリプキ」なのかを
めぐっては、👉 なぜ緑子はクリプキを読む?へ。


9月半ばに夏子は善百合子をメールで
呼び出し、自分のしようとしていることは
「とりかえしのつかないこと」かも
しれないが、「忘れるよりも、間違う
ことを選ぼうと思います」と話す。

「逢沢と、子どもをつくるのね」
と言われて肯くと、百合子は自分は
あなたたちと「違うから」と言う。
「生まれてきたことを肯定したら、
わたしはもう一日も生きては
いけないから」


2017年の暮れ、逢沢と子どもをつくる
ことに決めた夏子は、2018年2月、
事実婚の夫婦ということにして
人工授精を開始し、10月に妊娠。

「基本的にはわたしがひとりで産んで、
ひとりで育て」「お父さんに会いたい
ってなったら、会えるよって感じに
しよう」という合意だと遊佐リカに話し、
「いいじゃん」と祝福される。


2019年夏、夏子は産褥で「名づけることの
できないものが胸からこみあげて」涙と
なって流れ続けるなか、元気な女児を
出産する。

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反出生主義と”賭け”の是非

さて、いかがでした?

すでに多くの指摘があり、作者の川上さん
自身も認めるとおり、作品の骨格をなす
主題が「反出生主義」であることは
上記「あらすじ」だけからも明瞭に
見て取られことと思います。

つまり第一部で「生まれてこなんだら、
よかったんとちがうんか」「ぜったいに、
子どもなんか生まないとわたしは思う」
という緑子の叫びで予示され、第二部の
善百合子によって整然と理論化される
「出産は暴力であり、悪だ」という
思想です。




善百合子の主張の内容から、あるいは
芥川龍之介の『河童』を思いだした
という人もいるかもしれません。

河童の国の出産で、産気づいた妻の
生殖器に夫が口をつけて「お前は
この世界へ生まれてくるかどうか、
よく考えた上で返事をしろ」と尋ねる
あの場面です。

「僕は生れたくはありません」「僕は
河童的存在を悪いと信じていますから」
という返答が胎児から返って来るわけで、
これも一つの「反出生主義」と言えますね。

ただこの寓話では、これから生まれ出る
「世界」のことを胎児が知っているという、
ありえない事態が前提されています。
👉芥川の『河童』についてはこちらで
詳しく紹介・考察しています。

ぜひご参照ください。

河童(芥川龍之介)解説と感想文例(1200字) 暗い笑いの国へようこそ

     


実際には胎児に判断力があるはずはなく、
だから出産という「賭け」は、生まれる
子どもによってではなく、産む親に
よってなされるほかない。

それこそは暴力であり「悪」だという
のが善百合子の明快な主張で、これを
呑み込みはしながら、それでも
「間違うことを選ぼうと思います」と
彼女に告げて、あえて「賭け」に出る
のが夏目夏子だということになります。


さて、みなさん、どう思われましたか?

もちろん解釈は自由ですが、世界でも
未曾有といってよさそうな、まったく
新しいテーマを多角的・哲学的に追求
した『夏物語』の世界には圧倒される
ばかりです。
👉『夏物語』と「反出生主義」について
さらに考えたいと思われた場合は、まず
川上さん自身と名高い哲学者の永井均さん
との、こちらの対談などをどうぞ。

「生まれることは悪いことか? では
産むことは? 【特別対談】川上未映子
×永井均 反出生主義は可能か〜シオラン、
べネター、善百合子」
(👉Web 河出)。

また「反出生主義」に対する多様な見解・
立場については、やはり著名な哲学者である
森岡正博さんのこちらの本がたいへん
参考になります。
    👇

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👉人は出産ということをあまりに楽観的・
安易に考えすぎているのでは?

という反省を促す小説や映画は『夏物語』や
『河童』以外にもたくさんあるはずです。

ローマン・ポランスキー監督のホラー映画
『ローズマリーの赤ちゃん』などもその
一つと解されるかもしれません。

詳しくはこちらで。

ローズマリーの赤ちゃんのネタバレ 戦慄の結末は原作でしか読めない!

   



なぜ緑子はクリプキを読む?

終幕近くで、夏子は逢沢と別れてから
笑橋のお好み焼き屋で巻子・緑子と
歓談しますが、ここでまったくさりげなく
「緑子はいま読んでいるというクリプキの
話をし、その流れで」云々という文が
はさまれます。

クリプキがどんな人かについては何の
説明も与えられず、この名はその後も
登場することがないので、多くの読者は
読み飛ばしてそのままこの名を忘れて
しまうかもしれません。

それで別にかまわないとは思いますが、
ただ、作者がここで無意味にクリプキの
名を出しているはずもありませんので、
その意味について私なりの推論を述べて
おこうとと思うのです。

ソール・クリプキはアメリカの著名な
哲学者ですが、彼のフレーズとして有名な
ものの一つに「暗闇のなかでの、正当化
されない跳躍」(unjustified leap in
the dark)というのがあります。

 


これは『ウィトゲンシュタインの
パラドックス』という著書のなかで
大哲学者ウィトゲンシュタインの難解な
思想を解明する過程で用いられた語句。

もし「クリプキ」の名によってさりげなく
夏子の未来を象徴する…
というような作意をもし読みこむとする
なら、それはまさに彼女がAID出産という
「暗闇のなかでの、正当化されない跳躍」
に向かっていることの暗示なのでは?

つまり「忘れるよりも、間違うことを
選ぼうと思います」と。


なぜ”夏物語”で”夏目夏子”?

最後に、どちらもやや意表を突く『夏物語』
というタイトルと”夏目夏子”という
主人公名についても、ザッと考察して
おきたいと思います。

上に見てきたような、途方もなく深刻・
重厚なテーマを叩き込んだ、著者畢生
(となるかもしれない)、500頁以上の
長編の題が『夏物語』では、いささか
拍子抜けしませんかね?

英訳本が”Summer Story”などとならず、
Breasts and Eggs(乳と卵)にされたのも
当然かもしれません(“川上未映子”がまだ
世界的なブランドでなかったとすれば)。

まあ、そういったアンバランス感も狙いの
一つで、日本ではすでに押しも押されぬ
名声を確立していた川上さんならではの
離れ業なのかもしれませんが…


ともかく題名の由来めいたものを推測して
おきますと、「夏に始まり(11年後の)
夏に終わる」という時間設定のほかに、
あるいはそれ以前に、生命の最も燃え盛る
季節としての「夏」への思い入れが
あったのではないでしょうか。

そしてこのタイトルにいくらなんでも
合わせすぎではないかと思える主人公の
本名、”夏目夏子”ですが、これ、作中で
姓の”夏目”は母親が離婚後に旧姓に復した
結果であって、生まれたときは違っていた
と夏子自身による説明があります。

では、なぜ”夏子”か?

これもすでに指摘があるように、
明治随一の女性作家、樋口一葉の本名から
取られた可能性が高いように思われます。

    

一葉の戸籍名は「奈津」ですが、本人は
「夏子」と名乗ることが多かったとの
ことですし、その夏子=一葉の住んでいた
三ノ輪(今も「樋口一葉記念館」がある)に
『夏物語』の夏子も住んでいるのですね。
(これは『乳と卵』でも同じ)

川上さんの文体の独特のリズムに一葉を
思わせるものがあるとは早くから指摘
されてきたところで、主人公をあえて
三ノ輪に住まわせたことには、一葉への
オマージュを読んでよさそうです。

『たけくらべ』の一節を読んでみましょう。

ゑゑ厭や厭や、大人に成るは
厭やな事、何故このやうに
年をば取る、もう七月十月、
一年も以前へ帰りたい
    (新潮文庫、p.126)


たまたまでしょうが、内容的にも
緑子のノートに似ていますね。


さて、もうひとつ。
姓の”夏目”の方はどこから?

これはもう、一葉に対抗できる明治の
男性文豪として、考えられるのは
あの人しかないでしょう。

そう、夏目漱石先生です。

まあ、こちらは川上さんがどれほどの
思い入れをお持ちかはわからない
のですが;^^💦
👉夏目漱石の新しい読み方に関心が
おありの方は、こちらの記事などを
覗いていただけると幸いです。

夏目漱石は何から読む?小・中学生~シニア 人生経験により順番も違う

こころの先生とKとはBL?腐女子による漱石新解釈で名言も見直すと…

こころ(漱石)のお嬢さんはなぜよく笑う?先生はそれが嫌いだった?

 



まとめ

さて、さて、これだけの情報があれば
もうバッチリですよね、こと『夏物語』
に関するかぎり。

誰かさんにちょいと知ったかぶりを
してやろうかという場合も、あるいは
読書感想文やレポートを書こうか
という場合も…。
👉川上未映子さんの世界をもっと知りたい…
と思われた場合は、次なる必読書として、
まず『ヘヴン』をお読みください。

こちらで詳しく情報提供しています。

ヘヴン(川上未映子)で読書感想文【2000字例文】イジメの哲学はあるか




ん? 感想文とかレポートに書けそうな
ことは浮かんできたけど、具体的にどう
進めていいかわからない( ̄ヘ ̄)?

そういう人は、ぜひこちらを
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文学や映画の作品について
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