雪国(川端康成)で感想文? ⛄5つの疑問にお答えします

 


やあやあサイ象です。

「感想文の書き方」シリーズも
なんと第131回((((((ノ゚⊿゚)ノ

今回は日本初のノーベル賞作家、
川端康成の代表的長編小説
『雪国』(1935-37)で参りましょう。
  


「国境の長いトンネルを抜けると雪国
であった」という冒頭の1行の有名さの
わりに、全文を読んでる人のとても
少ないのがこの作品ですね。

まあそれにはやむをえない事情もあって、
現代日本人にわかりやすい文章とは
いえませんし、その内容がまた、
学校で推奨できるような世界ではない
という事情もあるんですね~(;^_^A

Sponsored Links


え? どんな内容かって?

それを知らなきゃ、感想文どころじゃ
ないでしょうが……


ま、しょうがない、内緒で
お教えしましょう。

こちらの「あらすじ」記事をお読み
いただければ、内容はすんなりと
頭に入ります。

川端康成 雪国のあらすじと分析:岩下志麻主演映画も見て解説

     芸者memoirs-of-a-geisha-50378_640

え? 読んだけどまだわからん?

うーん、まあ、そうかもしれない。

「内容」ということになると、
若い人にはわかりにくい部分が
多いことはたしかでしょう。



⛄ 5つの突っ込みどころ

そこで今回は、『雪国』のここが
わからん、という疑問点を「Yahoo!
知恵袋」への投稿などから5つばかり
拾い集めて、これに回答する形で
記事を進めたいと思うんです。


それでは、疑問です。


  1. 島村が駒子を「指で覚えている」
    とはどういうこと?

  2. 島村が駒子に惚れられている
    ことを「情けない」と思うのはなぜ?

  3. カッコよくもない島村のどこに
    駒子は惚れたのか?

  4. 「いい子だ」「いい女だ」と島村に
    いわれて駒子が怒り泣くのはなぜ?

  5. 駒子・葉子は行雄・島村をめぐって
    ライバル的になりそうなのに、
    なぜそうならず最後まで通じ
    合っているのか?

雪の温泉街SHI88_yukitumoriginzan20140209500


ハイ、それではこの5つの疑問、
順番に片付けて参りましょう。

といっても、先刻ご承知とは思いますが、
いずれも絶対の正解が出てくるような
問題ではありません。

すべては私個人の解釈にすぎませんので、
その点はご承知おきください。



⛄1.「この指だけが」何を覚えている?

あまりにも有名な書き出しに続く部分で、
同じ列車にいた葉子という娘と駅長との
会話を聞いた島村の意識は、やがて
こんな心象に占められていきます。

もう三時間も前のこと、島村は
退屈紛れに左手の人差指を
いろいろに動かして眺めては、
結局この指だけが、これから
会いに行く女をなまなましく
覚えている、〔中略〕
記憶の頼りなさのうちに、この
指だけは
女の感触で今も濡(ぬ)
れていて、自分を遠くの女に
引き寄せるかのようだと、
不思議に思いながら、鼻につけて
嗅いでみたりしていたが、ふと
その指で窓ガラスに線を引くと、
そこに女の片眼がはっきり
浮き出たのだ。

うーん、さすが川端先生、素晴らしい
文章で、突然「女の片眼」が飛び出す
あたり、シュール(シュルレアリスム
的)でもありますよね。

シュルレアリスムにかんしては
こちらを参照してください。
シュールの意味と使い方:お笑いの世界から芸術的”超現実”へ

        110218

それはともかく、この「女の片眼」は
もちろん葉子のもので、島村が想起して
いる女、つまり駒子ではないわけです。

つまり、この場面での葉子は、島村を
「駒子」という想像(想起)的世界へと
移動させ、やがてまた現実に戻らせる
という役割を果たしているわけですね。


なじみの旅館に着いた島村は、葉子と
駒子につながりのあることを知って、

指で覚えている女と眼にともしを
つけていた女との間に、なにが
あるのかなにが起こるのか、
島村はなぜかそれが心の
どこかで見えるような

「不思議」な気持ちを抱きながら、
駒子に再会するや、いきなり
こいつが一番よく君を覚えていたよ
と人差し指をつきつけます。

すると、駒子は「彼の指を握ると
そのまま離さないで手をひくように
階段を上って」行くんですから、
二人は「指」の意味するところについて
もちろん深く通じ合っているわけです。

cfe2183d790aceb3206e22b5a67e9afd_s

さて、その意味ですが、その方面の
経験を積んだ人にとってはなんでもない
問題なんですが、未経験な方にはいまだに
チンプンカンプンかもしれませんので、
野暮は承知で親切心からあえて言いますと、
要するに性的な行為の記憶でしょう。

列車内での心理描写でも「今も濡(ぬ)れて
いて」とか「鼻につけて嗅いでみたり」とか
ずいぶん生々しくて、ドキッとさせます。


駒子の匂いを嗅ごうとした瞬間、
葉子の「片眼」がパッと出てくる。

うーん、シュールですねえ。

さすが川端、日本初のシュルレアリスム
映画ともいえる『狂つた一頁』
(衣笠貞之助監督、1926〔大正15年〕)
の原作者!(脚本にも参加)

そのサワリをこちらでご覧いただけます。





⛄2. 惚れられて「情けない」?

上記別記事の「やや詳しいあらすじ」では
【承】の⑤になりますが、
島村は、駒子の弾き始めた三味線が
「腹まで澄み通って」来たところで、

ああ、この女はおれに惚れて
いるのだと思ったが、
それがまた情けなかった。

とあります。

駒子のような美しい芸者に惚れられれば、
たいていの男は悪い気はしないものと
思われますが、島村はなぜ
「情けなかった」んでしょうか。

        aud0009-049

この謎を解く鍵のようにして、 
【起】の③あたりからいくつも
埋め込まれているキーワードが、
「徒労」ですね。

島村には妻子がありますし、
駒子の側にもしがらみがあって
実る恋ではないと十分に自覚は
しながら、それでもつのる思い……。



そもそも駒子が島村に惹かれる要因
として、自分も関心のある文学に
島村が携わっているという点がある
わけですが、この関心や努力も
島村には「徒労」に見えます。

ところが、こうして「徒労」の語が
浮かぶたびに、島村には「かえって
彼女の存在が純粋に感じられて来る」
という、なんだか倒錯的な愛を
生きているのですね。


ですので、「情けない」のは、その愛に
応えられないふがいなさばかりでは
片付けられません。

愛になぜ応えられないのかといえば、
応えることでその愛が「徒労」でなく
なれば「彼女の存在が純粋に感じ
られ
」ることもなくなって、
駒子という女の魅力も消える……という
奇妙に錯綜した心理もからんで
いると思われるんです。

Sponsored Links



⛄3. 島村のどこに惚れたのか?

島村は「ちょうどよい工合に太って
いらっしゃいます」と按摩にいわれる
(【承】の④)色白で小太りの中年男で、
ハンサムとか、そのほか女性にもてそうな
要素は書かれていません。

それがなぜあれほど(小説に描かれて
いるほど)に惚れてしまったのか。


あるいは例の「指」の技巧などが
からむのかもしれませんが、そもそもの
端緒において、島村の何が駒子の気を
引いたのかを考える場合、「東京から
来た文士」という彼の身分を挙げない
わけにいきません。

鉛筆images

駒子はもともと文学好きで、 
ほぼ毎日日記をつけるばかりか、
これまでに読んだ小説について書き
とめた雑記帳がもう十冊も
たまっているという人。

中央文壇に関わりのある人と話すなど、
生涯巡ってこないかもしれない、
千載一遇のチャンスですよ。


このあたりは新潟県、湯沢温泉郷の
「高半旅館」(現・高半ホテル)で
川端康成自身が実際に経験した交情に
もとづくようですから、さすがに
リアルに描かれてますね。



⛄4. いい女だといわれてなぜ怒る?

「やや詳しいあらすじ」では【結】
入りますが(⑩)、島村と駒子が

「君はいい子だね」
「どうして? どこがいいの」
「いい子だよ」
「そう? いやな人ね。…」

といった意味不明の会話を始め、
「どこがいい」のかに明答しないまま、
島村が「いい」「いい」を繰り返すので
ついに駒子は(今風にいうと)キレます。

「言ってちょうだい。
それで通(かよ)ってらしたの?
あんた私を笑ってたのね。
やっぱり笑ってらしたのね」

 真っ赤になって島村を睨みつけ
ながら詰問するうちに、駒子の
肩は激しい怒りに顫(ふる)えて
来て、すうっと青ざめると、
涙をぽろぽろ落とした。


ネット上に散見する通俗的な回答は、
島村が「いい」というのは性的な
意味で、突如これを理解した駒子が
激発した、というもの。

それもあながち間違いとはいえない
でしょうが、島村のいう「いい」には
ほかにもいろんな含みがあって、
たとえば上記「2. 惚れられて『情け
ない』?」のところで見たとおり、
彼が駒子に見る「徒労」の純粋さの
ようなものへの称賛もそこには
含まれているはずなんです。


そうならそうで、    132766
きちんと説明すればいいのに……
と思いますよね。

まあそういうところを直截にいわず、
暗示にとどめるのが川端文学のミソ
なんでしょうけど、こういう姿勢を
日本人の悪弊として真っ向から批判
するというのも、読書感想文として
面白い試みだろうと思います。

哲学者の中島義道さんは『雪国』の
まさにこの部分をあげつらって、
”<対話>のない社会”日本を批判
しています。

よかったら参考にしてください。
   




⛄5. 駒子と葉子はなぜ通じ合う?

その「悲しいほど美しい声」が
繰り返し言及を受ける葉子にも
島村は惹かれており、葉子の側でも、
東京へ帰るときに連れて行って
ほしいと頼むほどですから、無関心
どころではありあません。

駒子の自分への愛情を「美しい徒労」
と感じるにつけ、島村は、彼女の
生きようとする「命が裸の肌のように
触れて」来るようにも思います。

彼は駒子を哀れみながら、
自らを哀れんだ。

そのようなありさまを無心に
刺し透す光に似た目が、葉子に
ありそうな気がして、島村は
この女にも惹かれるのだった。


これが【転】の⑨の部分ですが、駒子と
葉子のこの関係は、上記「1.『この
指だけが』何を覚えている?」で
見た作品冒頭のシーンの再現のよう
にも読めますね。

すなわち、駒子を思う島村の前に
突然葉子の「片眼」が浮き出る場面。


作品のエンディングでは、 鏡 file000434796405

瀕死の葉子に駆け寄って抱いた駒子が
「自分の犠牲か刑罰かを抱いている」
ように見えますが、この場面でも明瞭
と思われるのは、葉子は終始、駒子の
”分身”のような存在として登場
している、ということですね。

駒子の場合と違い、葉子にはモデルが
実在しないといわれています。

とすれば、葉子の造型にこそ川端の
文学的な創意工夫があったとも
いえるはずなので、彼女の行動や
性格について徹底的に追求してみる
というのも、高度な感想文への
道を開いてくれそうではないですか?



⛄ まとめ

さあ、どうでしょう。
疑問は解けたでしょうか?

え? だいぶスッキリしてきたけど、
いざ感想文を書くということなると
どこをどう突っ込んでいいか
わからない( ̄ヘ ̄)?


そうですか。

それなら、もう少し川端文学の世界に
親しんでもらう意味で、ほかの作品で
もっと読みやすい、たとえば『古都』
などを読んでもらえると、いい発想が
わくかもしれません。


『古都』にかんしては、まず
こちらをご覧ください。


川端康成 古都のあらすじと感想◎京都”観光小説”の哀切さ
 
           081724


うーん、書けそうなテーマは
浮かんできたけど、でも具体的に、
どう進めていいかわからない( ̄ヘ ̄)?

そういう人は、「感想文の書き方
《虎の巻》」を開陳している記事の
どれかを見てくださいね。

当ブログでは、日本と世界の
種々の文学作品について、
「あらすじ」や「感想文」関連の
お助け記事を量産しています。

参考になるものもあると思いますので、
どうぞこちらからお探しください。

「あらすじ」記事一覧

≪感想文の書き方≫具体例一覧

ともかく頑張ってやりぬきましょー~~(^O^)/

Sponsored Links

コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ