嫌われる勇気 まとめと感想♡アドラー心理学の源流にニーチェ?

 


やあやあサイ象です。

2013年12月刊行以来すでに
30万部以上を売り上げているという
驚異の”自己啓発本”が岸見一郎さんと
古賀史健さんの共著『嫌われる勇気
――自己啓発の源流「アドラー」の教え』。

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今回は、この本の骨子と思われる
ところを5つつのポイントにまとめた
上で、私なりの感想を述べさせて
もらいたいと思っています。


Ψ 30万部のベストセラー

フロイト、ユングと並び称される
(こともある)アルフレート・アドラーの
心理学にもとづく「自己啓発」の方法を
五夜にわたる対話という物語的な形に
まとめたのがこの本。
  



上の広告で帯の右側に見えるのは
小説家・伊坂幸太郎さんのコメントです。

「だんだん純粋に小説を読んでいる気分に
なり、最後にはなぜか泣いていました
(/_;)/~~というのだから、すごいですね。

青鬼Grumpy-s

さて、これがなぜ「自己啓発の源流」といえる
のかは最後まで読んでもわかりません
でしたが、ともかく「自己啓発」のために
有益な「教え」がわかりやすく説明されて
いることはたしかで、読んで「よかった」
と思う人の方が「損した」と思う人より
多い本だろうとは思います。

(このことは、Amazonのカスタマー
レビューからもわかります)


Ψ 教えの骨子 5か条

とりあえず、この本が含む多くの「教え」
(または指摘)のうち、多くの人が
「読んでよかった」と思うかもしれない
「教え」を5つの骨子にまとめてみますね。

.現在の不幸を過去と関係づける、
「トラウマ」や「劣等コンプレックス」
などのフロイト流の原因論は、
本来はなんの因果関係もない
ところに、あたかも重大な因果関係が
あるかのように
物語化し、自分を
納得させてしまう」考え方―
見かけの因果律」―から来る(p.82)。

このような口実を設けて「人生の
タスク」を回避しようとすることを
人生の嘘」と呼ぶ(p.120)。

   俺はトラウマでできている。Tigers-Digital-Art-s

.不幸の解消のためには「人生の
タスク」に向き合い、アドラー
心理学の掲げる「行動面での目標」―

(1)自立すること
(2)社会と調和して暮らせること

―を達成しなくてはならない。

そのために必要となるのが「課題の
分離
」―「自分の課題」と「他者の
課題」を分離する
こと―(p.140)。

   もう降りろ。「俺の課題」じゃない。Child-s

.あらゆる不幸は対人関係のトラブル
であり、それは「課題の分離」が
できていないことに発する。

だから、幸福になるにはこの分離を
徹底する「勇気」が必要。

わたしを嫌うかどうかは「他者の課題」
であって自分は介入できない
のだから、
幸福になるには「嫌われる勇気」が
必要な場合もある(p.165)。

   ほめるのは「縦の関係」母子84194

.「他者から承認を求める」ことや、
逆に他者(自分の子や生徒を含め)を
「承認/評価する」(ほめる)ことは、
「自分の課題」と「他者の課題」とを
混同した「縦の関係」である。

すべての対人関係を「横の関係」と
すべき
で(p.198)、そこでは他者の行為は
「評価」されず(ほめられも叱られも
せず)ただ「感謝」される(p.205)。

   「横の関係」で感謝の連鎖。Sheep-Kittens-s

.「評価」でなく「感謝」された時
のみ、人は他者に貢献できたことを知る。

「わたしは共同体にとって有益なのだ」
と思うことで自分の「価値」を実感
でき、それにより「勇気を持てる」
(p.206)。

だから、他者貢献は「わたし」を捨てて
尽くすことではなく、「横の関係」
による「より大きな共同体」の声を
聴くことで「わたし」の価値を
実感することなのだ。


Ψ ニーチェから受け継いだもの

なるほど…

人間関係に悩む人は、こういうふうに
考え直すことができれば、悩みから
吹っ切れた新しい生き方を始めることが
ほんとうにできそうに思えますね((((((ノ゚⊿゚)ノ


私自身も大いに共感した次第ですが、
読みながら感じたことの一つは、
考え方が、わが敬愛するニーチェ先生に
重なるようだな、ということでした。

ご本尊、フリードリヒの方ですよ。
参考までにこちらもどうぞ。
ニーチェ:人生の名言「復讐と恋愛にかけては女は男より野蛮」
マンガの方は下記を参照。
「マンガ・ドラマCD『ニーチェ先生』をもしニーチェが読んだら」
      
       Nietzsche_c1897


で、少し調べてみると、アドラーが
ニーチェから大きな影響を受けたことは
周知の事実とみられているようです。

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なるほどね。

上記「教えの骨子 5か条」のでいっている
本来はなんの因果関係もないところに、
あたかも重大な因果関係があるかのように

説明する《物語》でもって自分を納得させて
しまうこと、「見かけの因果律」への
徹底的批判のくだりなど、まさに
ニーチェの徒を思わせます。

「源流」ということをいうなら、アドラー
心理学の「源流」にニーチェありとも
いえそうですが、そのニーチェ先生いわく、

厳密に同一の環境も正反対に
解釈
され利用される。

事実というものはない
のである。     
  (『権力への意志』原佑訳、70節)


たとえば「俺は幼児期のトラウマのせいで
引きこもりになったんだ」と「認識
してる人がいるとしますね。

その人の「認識」はすでに    脳human_brain_in_action
解釈」であって「事実」ではない…
というのがニーチェの口をすっぱくして
言ったことで、アドラー心理学もそこを
出発点としているように思われるんです。

このあたりにかんしては、こちらも
参照してもらえるとありがたいです。
芥川『羅生門』の主張は?ニーチェ的”遠近法”で感想文
芥川龍之介 河童で感想文:生まれたくないという名言からニーチェへ
カフカ 城のあらすじ【ネタバレ】 🏰 “もてる男”Kをどう解釈?




Ψ 「源流」ニーチェをたずねて

で、もしニーチェがこの本を読んだら、
と仮定した場合、すべてに納得してアドラーを
よき後継者と認めるかというと、これはまた
「?」ですね。

大きな岐路があるとしたら、おそらく「骨子」の
4,5で導入される「横の関係」による
より大きな共同体」をめぐってかな?

ニーチェは、ヨーロッパを支配してきた
キリスト教的な道徳を「畜群道徳」として
批判し、そこから脱却した「高貴なもの」
たちによる新しい道徳を追求するわけ
ですが、この「高貴なもの」たちは

自分こそが価値を決定する
人間だと感じている。

こうした人々は他人から
是認されることを必要としない。
  (『善悪の彼岸』中山元訳、260節。
   強調は原文通り)

    
superman-s

ということで、「承認/評価」の「縦の関係
から、それを否定する「横の関係」へ
というアドラー心理学の図式と重なり
ますが、そこに出現するかもしれない
より大きな共同体」がアドラーの構想と
はたしてどれほど重なるか……。


ニーチェは続けます。

この道徳は自己を敬う道徳である。

充実の感情と、溢れようとする
力と、強くはりつめた幸福感と、
他者に贈ったり譲ったり
しようとする富の意識が
前面に出ているのである。

―高貴な人々も不幸な人間を
助けることはある。

しかし同情から助けることはない
(あるいはほとんどない)
のであり、力の横溢から生まれる
欲動のもとで助ける
のである。
   (同節)

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このようなニーチェの構想がアドラー
心理学(あるいは「岸見アドラー学」と
限定すべきかもしれませんが)のいう
嫌われる勇気/横の関係」とどれほど重なるかは、
それこそ「解釈」の問題ということに
なるでしょうね。

当ブログではあちこちで
ニーチェ先生にご登場願っています。
よろしければご参照ください。
刺青(タトゥー)を入れて後悔しないには?ニーチェ先生に聞く
ドストエフスキー 罪と罰のあらすじ【詳細版 後編】と感想
カミュ 異邦人のあらすじ:簡単/詳しくの2段階で解説

                ライオンSay-My-Name-l_medium


ただ『嫌われる勇気』に感銘を受けながら
今ひとつ得心が行かなかった人、これに
近接した問題をもっと考えてみたいと
思った人なら、アドラー心理学の「源流」
ニーチェに立ち戻ってみるのも
いいんじゃないかな、と思います。

さらにもっと「嫌われる」勇気(=`(∞)´=)、
嫌われる」ことに開き直る勇気が
ふつふつと湧いて来て、新しい世界が
開けるかもしれませんよ~~(^O^)/

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