ごんぎつねのあらすじ 😿悲しいのは《悲劇的リズム》が響くから


やあやあサイ象です。

「感想文の書き方」シリーズもはや第53回。
「あらすじ」暴露サービスとしては
ついに第30弾を突破!

今回は小・中学校の国語教科書にも
掲載されている新美南吉の名作童話
『ごんぎつね』(1935)で行きましょう!



さて、一口に「あらすじ」を、といっても、
ほんとに簡単なものだけでいいという場合
から、読書感想文を書くんだから多少
詳しくないと…という場合まで、
いろいろですよね。

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まず、「ごく簡単なあらすじ」でいい
という人は、この動画をご覧ください。

ダイジェスト版の朗読です。




撃ち殺されることの意味は?

さあこれで、どんなお話かは
だいたいわかりました。

でももし感想文を書こうという場合は
これだけではわかりませんよね。

つまり……ごんは撃ち殺された。

でも、そのことにどんな意味があるのか、
作者はそこに何を託しているのか……とか、

ごんの死を悲しく感じるとしたら、その
悲痛さはどこから来ているのか……とか、
それから、それから……

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こういったことを考え出したら、
ダイジェストだけではとても足りません。


だからやはり「あらすじ」はもっと
詳しくないと困るわけです。

感想文を書こうとか、授業のための
指導案を考えようとかいう人なら
なおのこと。

相当に詳しい「あらすじ」でも、
あるいは全文をちゃんと読んでも
まだ足りないかもしれません。

つまり「あらすじ+α(プラス・アルファ)
が必要になってくるんです。

この場合「α(アルファ)」とは、作品の
表面には出ず底の方に潜んでいるけれども、
たしかに存在して、感動を生み出して
いる構造…といったもの。


以下では、そのような意味での「+α」を
ごんの情念】【兵十の認識】のような
表記で浮上させながら「あらすじ」を進めて
いきますが、目ざわりなら、これは無視
して読み進んでくださいね。

また原作は「一」~「六」に分かれて
いますが、私なりの解釈でこれを
「起承転結」の4部構成に編成し
直して記述させてもらいます。



あらすじ+α(プラス・アルファ)

では参りましょう。

物語は、まだお城に「とのさま」が
いた時代のこととされています。

(「  」内は、原文どおりの引用です。)


【起】(一)

山の洞穴に一人で住む子狐のごんは、
よく村へ出てきて、
いたずらをしていた。

ある秋の雨あがりの日、村にでてきた
ごんは、小川の堤で兵十が
「はりきり」という網で魚を
捕っているのを見つける。

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ウナギやキスを「びく」に入れた兵十が
何をさがしにか、川上の方へかけて
いくのを見ると、ごんは、「ちょいと、
いたずらがしたくなったのです

ごんの情念】。

ごんは魚をつかみ出しては、川の中へ
ぽんぽん投げこんでいった

ごんの行為】。

しまいにウナギがすべるので口に
くわえようとしたが、そのウナギが
首へまきつく。

「うわアぬすと狐め」と兵十が
向うからどなり、ごんはウナギを
首に巻いたまま走って逃げきる。



【承】(二、三)

十日ほどたって、村へ下りてきた
ごんは、兵十の家の前の葬式らしい
集まりに気づく。

午後 村の墓地へ行って隠れていると、
入って来た葬列のなかに、位牌を
ささげる兵十もいて、死んだのが
「兵十のおっ母(かあ)」だと知る

ごんの認識】。

その晩、ごんは穴の中で考える。

「兵十がウナギをとったのはおっ母が
食べたいと言ったからで、そのウナギを
わしがいたずらでとって来てしまった。

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そのままおっ母は、ああ、うなぎが
食べたい、うなぎが食べたいと
おもいながら死んだんだろう。

ちょッ、あんないたずらをしなけりゃ
よかった
ごんの情念】。


井戸のところで麦をといでいる兵十を
見て、「おれと同じ一人ぼっちの
兵十か」とごんは思う。

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イワシ売りが来て弥助の家の中へ
入ったので、ごんはそのすきに、
かごの中から五、六ぴきのイワシを
つかみ出し、兵十の家へ行って、
裏口からそれを投げこみ
、逃げ去る
ごんの行為】。

つぎの日、山で拾った栗をどっさり
かかえて、兵十の家へ行って裏口から
のぞくと、顔に傷のある兵十が
こうつぶやく。

「だれかがイワシをほうりこんで
いったおかげでおれは盗人(ぬすびと)と
思われて、イワシ売りにひどい目に
あわされた
」【兵十の認識

これはしまった」とごんは思う
ごんの認識2⇒情念】。

つぎの日からも毎日、栗や松茸を
集めては、兵十の家へ置いておく

ごんの行為】。



【転】(四、五)

月のいい晩、ごんはたまたま兵十と
加助(かすけ)の会話を耳にする。

母の死後、栗や松茸を毎日くれる人が
いると兵十が話し、いっしょに念仏を
上げながら考えた加助は、それはきっと
神さまが「あわれ」に思って、
「めぐんで下さるんだ」
、だから
神さまにお礼を言うがいいとすすめる。

兵十も「うん」と納得する
兵十の認識】。

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「こいつはつまらないな」とごんは思う。

「おれにはお礼をいわないで、
神さまにお礼をいうんじゃア、
おれは、引き合わないなあ
ごんの認識3⇒情念】。



【結】(六)

そのあくる日もごんは、栗をもって
兵十の家へ出かけ
、裏口からこっそり
中へはいる【ごんの行為】。

気づいた兵十は「こないだうなぎを
ぬすみやがったあのごん狐めが、
またいたずらをしに来たな
」と思う
兵十の認識3⇒情念】。

納屋(なや)にかけてある火縄銃
(ひなわじゅう)をとり、戸口を
出ようとするごんを、ドンと撃つ
兵十の行為】。

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ごんはばたりとたおれ、かけよって
来た兵十は、土間(どま)に栗が
かためておいてあるのを見て言う。

「ごん、お前(まい)だったのか。
いつも栗をくれたのは

兵十の認識

ごんは、ぐったりと目を
つぶったまま、うなずきました

ごんの情念】。

兵十は火縄銃をばたりと、
とり落しました

兵十の情念】。

青い煙が、まだ筒口(つつぐち)
から細く出ていました。







悲劇的な展開の成り立ち

さあ、どうでしょう。

ごんの死は、悲痛な(悲劇的な)ものとして
あなたの胸を刺したでしょうか。

もしそうなら、ぜひその「悲痛さ」
(悲劇性)を分析し、その成り立ちを
解明するような感想・批評文、あるいは
授業指導案を作成してみましょうよ。


その一法として私が示唆したいのが、
上記「あらすじ+α」中の目ざわりだった
かもしれない挿入――【ごんの情念
兵十の認識】などの連鎖を
押さえていくことです。


一般に、童話によくある”成長物語”的な
ストーリー展開では、主人公がある
情念】をもって何らかの【行為】を
実行し、その結果、新しい【認識】を
得ていくという、

情念
 ⇩
行為
 ⇩
認識









のパターンを根幹としている場合が多い
ように思われます。

そして、その新しい【認識】がまた次の
情念】を生み、それがやはり次の【行為】の
原因になってゆく…という形でパターンが
連鎖することがよくあり、またほかの
登場人物のパターン連鎖と絡み合って
いく形になることもしばしばです。

このようにしてストーリーが複雑化し、
面白みを増してゆく(童話より小説に
近くなる)場合も多いわけですよね。

Rabbits-Tortoises-s

このパターン、実はケネス・バークの哲学に
学んだアメリカの演劇学者フランシス・
ファーガソンが《悲劇的リズム》と
呼んだものとほぼ同じです。

『ごんぎつね』の悲しみが胸に迫るのは
まさにこのリズムが響いてくるからだ
とも言えるんじゃないでしょうか。


上記「あらすじ」に付記した多数の
ごんの・・・】はそのことをわかって
いただくためのものだったのです。


つまり『ごんぎつね』の感動はそれが”成長物語”
というよりむしろ《悲劇》として構成されている
ところから来ていると言っていいのですが、
そのミソ(重要ポイント)はどういう
ところにあるでしょうか。

その一つが、ごんと副主人公の兵十との間で、
互いのパターンの絡み合いが互いにとって
裏目に出てしまう
という、もう一つ高次の
パターンにあることが理解できるのでは
ないでしょうか。

つまり、
相手に「よかれ」と思う【情念】から
出る【行為】が、相手についての
正しい【認識】に基づいていない
がゆえに裏目に出る(かえって
相手の不利益を生む)
というパターン…そのリズムですね。

これに似た悲劇性をもつ童話、
浜田広介の『泣いた赤鬼』には、
こちらの記事でふれていますので、
ご参照ください。

節分の鬼は怖い?それとも可哀想?豆まきは続けるべき?

青鬼Grumpy-s


ともかく、一つでもいいので、物語の流れを
変えるポイントになっている、いずれかの
情念】【行為】または【認識】に
目をつけ、それについて自分なりの
分析をやってみてはどうでしょう。

もし自分がごん(または兵十)だったら、
どうしただろう…とか。

これで感想文はいっちょ上がり!
…ではないですか?



ごん、最期の情念…

ところで、結びの部分の「ごんは、ぐったりと
目をつぶったまま、うなずきました

という一文ですが、作者新美南吉の郷里、
愛知県半田市の新美南吉記念館に保存されて
いる草稿では、そうなっていないんですね。

つまり掲載誌『赤い鳥』の編集長だった
鈴木三重吉によって(どの程度の合意が
あったかわかりませんが)修正されたもの
……らしいんです。

論より証拠、その草稿の写真を
ご覧ください。

ごんぎつね 草稿2 
ごんぎつね 草稿1  

ちょうどページの変わり目あたりですが、
権狐(ごんぎつね)は、ぐったり
なつたまゝ、うれしくなりました

と読めますね。

つまりこの「うれしさ」がごんの
最期の【情念】。

そしてそれは「うれしくなりました」よりは
「目をつぶったまま、うなずきました」で
表現した方がより美しい(より悲劇的)
という修正の判断も正しいように
思われます。


なぜか?

うーん、それはまた別の高度な問題に
なってきますので、ここでは論じきれません。

気になる人はコチラへ。

夏目漱石「月が綺麗ですね」の出典は?I love youはこう訳せ?

         



まとめ

悲劇的な童話の傑作『ごんぎつね』なら、
感想文、また授業指導案のネタはいっぱい
詰まっていること、おわかり
いただけたでしょうか。

そうそう、言い忘れてましたが、
執筆時の南吉は弱冠、17歳。

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このことを含め、上に提供しました
諸々の情報をヒントに自分なりの文章を
生み出してもらえたらと念じています。

ほかの童話と比較してみるのも
面白いと思います。

参考までにこちらもどうぞ。

宮沢賢治の”悲恋”童話作品:土神と狐~あらすじと感想文~

やまなし(宮沢賢治)のあらすじ◎クラムボン・魚・酒の意味は?

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シンデレラのガラスの靴:小ささの意味は?原作は中国起源?

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え? 書けそうなことは浮かんできたけど、
でも具体的に、どう進めていいか
わからない( ̄ヘ ̄)?

そういう人は、「感想文の書き方
《虎の巻》」を開陳している記事の
どれかを見てくださいね。

当ブログでは、日本と世界の
種々の文学作品について、
「あらすじ」や「感想文」関連の
お助け記事を量産しています。

参考になるものもあると思いますので、
こちらのリストからお探しください。

「あらすじ」記事一覧

≪感想文の書き方≫具体例一覧

ともかく頑張ってやりぬきましょー~~(^O^)/

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