サクラさん
「おしどり夫婦だった
のに離婚しちゃった」
という話をよく聞き
ますけど、オシドリ
みたいにいつも一緒の
仲良し夫婦がなぜ…
と不思議です(🐱)

ハンサム 教授
不思議でもなんでも
ありません。

言葉の由来になっている
オシドリ自体がそう
なんですから;^^💦

サクラさん
ええ~(🙀) あんなに
仲睦まじそう
なのに~❔❓❔

ハンサム 教授
でも君、同じオシドリを
何年も続けて観察した
わけではないでしょう。



実際は、いつも一緒
なのは繁殖期の間だけ。

翌年には別の相手と
愛し合ってるんです。

サクラさん
ギョエ~(叫び) 小泉八雲の
『怪談』では猟師に夫を
殺された雌なんか、自分
の嘴(くちばし)で自分を
突っついて…

ハンサム 教授
古代中国の故事「鴛鴦
(えんおう=おしどり)の
契り」の流れをくむ
物語ですが、人間が
勝手にそう見立てて
作ったお伽話ですよ。

だからオシドリが翌年
別の相手を求めるのは
ごく自然なことなん
ですが、さて、人間の
場合はどうか…❔
という問題ですね;^^💦


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というわけで本日のテーマは
おしどり夫婦

以下の内容でお届けしますので、
よろしくお付き合いください。


1.オシドリの愛の現実

その姿からわかるようにオシドリは
ガンカモ科、すなわちカモやガンの仲間で、
その生態もほかのカモたちと同様です。

すなわち、つがい(夫婦)でいるのは
メスが産卵するまでのことで、それが
終わればサヨウナラ、翌年また繁殖期が
来ればお互いに別の相手とつがいます。

要するに毎年、違う相手と
結婚するんですね。
  
   

ですからハッキリ言って、小泉八雲の
怪談や「鴛鴦之契」の故事に描かれた
オシドリ像は大ウソ。

「二夫にまみえず」なんてこだわりは
指の先ほどもありません。


まあ、昔の人は今みたいに何年もかけて
追跡調査なんてできなかったので仕方
ありませんが、実は一時的なものに
すぎない番(つが)いの情景に感じ入って、
そこに勝手に「永遠の愛」を読み込んで
いた…というのが実態なんですね。


さて、「おしどり夫婦」を英語で言おうと
とすれば”lovebirds”(ラブバード/愛の鳥)
になりますが、それはまた全然別の鳥を
指していいるんですね。👇

   

このことも示すように、鳥類は一般に
一夫一妻制を順守しているように
見えるので「貞節」や「家族価値」
(ファミリーバリュー)を重んじる
人には受けがいい。

でも実情は、生涯「二夫(婦)に
まみえず」という人間が縛られている
(かもしれない)理想は彼らの関知する
ところではないのですね。

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たとえばペンギン夫婦の苦闘を描いて人気を
博したフランスのドキュメンタリー映画に
『皇帝ペンギン』(2005)があります。
   👇


これを見て感動する人は、ペンギン夫婦の
愛が「永遠」(どちらか死ぬまで)である
ように思い込んでしまうかもしれませんが、
そんなことは全然なく、翌年はお互いに
また違う相手と結婚するんですね。

ばかりか、夫婦関係継続中にも「三人婚」
状態があったり「ペンギン売春婦」が
いたり…という実態も報告されています。
👉詳細はこちら。
    👇


鳥の生態と一夫一妻制の
問題をめぐっては、こちらの
記事もご参照ください。

ゴシップ好きな人の心理 🐥鳥にもある”平等主義”がルーツ?

            


2.小泉八雲『怪談』の「おしどり」

オシドリをはじめとした鳥類の生態は上記の
通りですが、物語の世界はまた別の話で、
実態がどうだろうと、美しい物語が人を
感動させるなら、それはそれで結構な
ことにちがいありません。

サクラさんがふれていた小泉八雲
(ラフカディオ・ハーン)の「おしどり」も
たいへん感動的な物語ですので、ここで
その内容を紹介しておきたいと思います。

八雲の『怪談』という本に収められた
「おしどり」は、だいたい以下のような
あらすじです。

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陸奥の国、田村郷の村允(そんじょう)
という鷹匠が狩りに出かけたが、
収獲はないまま赤沼まで来ると、
オシドリのつがいが目に入った。

気がとがめたものの、矢を放つと、
雄に命中し、雌は向こう岸の
茂みに逃げ去った。


帰宅して雄鳥を調理して食べた
村允はその夜、不思議な夢を見た。

美しい女が枕元に立ってさめざめと
泣き、大声で言う。

      


「村允さん、夫が何をしたと
いうのですか。

私たちは心の底から愛し合って
幸せに暮らしていたのに、何の
理由があって、あんなむごい
ことをなさるのですか。

あなたは、私をも殺して
おしまいになったのです。

明日の朝、赤沼にいらっしゃれば、
すべてが明らかになります」


次の朝、村允が赤沼に行って
みると、一羽だけで泳いでいた
雌のオシドリが村允に目をとめると、
身じろぎ一つしなくなった。

しばらくして突然、けたたましい
声で泣き叫ぶやいなや、くちばしで
全身をつついて命を絶った。


村允は出家して僧になった。

いかがでしょう。

さすが八雲先生…といいますか、
ロマンチックで凄絶な夫婦愛の
物語に仕上げられていますね。
👉小泉八雲(ラフカディオ・
ハーン)の世界に心惹かれた方は
ぜひこちらの記事もご参照
ください。

小泉八雲の怪談 雪女のあらすじ⛄破局を呼び込む”宿命の女”?

             


オシドリといえば夫婦愛、その強い絆……

という連想のコード(約束事)が日本に
古くからあったことがわかるわけですが、
ではそのルーツは? という話になると、
やはり中国渡来ということになります。

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3.鴛鴦の契り

中国でも古来、オシドリのカップルに
”愛し合う夫婦”の姿を見てきたことは、
「鴛鴦之契」(えんおうのちぎり)または
「鴛鴦之偶」(えんおうのぐう)という
四字熟語があることから明らかです。

「鴛」はオスの、「鴦」はメスのオシドリを
意味するとのことで、あれだけ姿が違うと
漢字も別あつらえになる…というのも、
なんだか格が違うようでスゴい;^^💦


さて「鴛鴦之契」は、春秋時代の
次のような故事にもとづいています。

宋の康王の侍従、韓憑の妻は
絶世の美女だったので、王は
彼女を召し上げて側室にした。

韓憑がそれを恨むと王は逆上し、
彼を無実の罪に陥れ、寝る間も
与えず働かせる重刑に処した。

韓憑はついに自殺。


妻は王とともに城壁の物見櫓に
登った時、そこから身を投じた。

側近が着物の袖をつかんだものの、
着物はわざと腐らせてあったので
袖だけが手に残り、彼女は死んだ。

   

遺書にこうあった。

「王は生きた私の体を自由にされ
ましたが、私には死んだ我が身を
自由にさせてください。

私の遺骸を夫とともに埋めて
ください」


怒り狂った王はことさらに韓憑の
墓と向い合せに彼女を埋葬させた。

と、数日のうちに二つの墓の端に
梓の木が生えて大きく育ち、十日も
すると互いに幹を曲げて寄りかかり、
地中では根がからみあい、地上では
枝がからまりあった。

  

樹上には一対のオシドリが巣を作り、
日夜そこを去らず、首を交えながら
悲しげに鳴くのだった。


この鳥を韓憑夫婦の生まれかわりだと
信じた宋の人々は、その木を
「相思樹」と名づけた。

これが「相思」という熟語の
始まりである。

こちらも胸の痛むロマンスですね。

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🐥 まとめ

というようなわけで、昔話や文学の世界に
出てくるオシドリは心も美しく素晴らしい
存在として人間の心を温めてくれます。

ただ、現実に生きている生物としての
この鳥をそういったイメージで見て
しまうのは、いささか非科学的で
時代遅れ。

「永遠の夫婦愛」などの理想をもち続ける
のは自由ですが、それを動物に投影
するのは「幻想を貼りつける」ことに
ほかならないでしょう。

彼らは自然の摂理にしたがって
生きているだけなんですから。

     
     いろんな夫婦がいますよね


実際問題としても、仲よく見える夫婦に
対して「おしどり夫婦ですね」と言って
あげたとして、はたして皆が皆
喜ぶかどうか…

オシドリの実態を知っている夫婦なら
「ン? それ、来年は離婚するっていう
意味?」なんて勘ぐらないとも
かぎりません。


だから「永遠の愛」という含みを込めて
“いい夫婦”をたたえたい場合は、ほんとは
「一対だけオリに入れられたオシドリ
のような夫婦ですね」とかなんとか
言うべきなんですよね。

でもまあ、この表現も問題が多いので、
実際に使うのは控えましょう…;^^💦
👉それにしても日本語って、なかなか
奥が深くて難しいところはありますね。

当ブログではそれへの対策をめぐって
多くの記事を重ねてきまいますので、
ぜひ覗いてみてください。

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それではまたお目にかかりましょ~(😸)

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