蜘蛛の糸(芥川)で感想文【800字の例文つき】高校生ならどう書く
サクラさん
スパイダーマンの糸は
なぜ切れないのか疑問
だったんですが、そも
そも自然のクモの糸も
鉄鋼の4倍も強いとか。
それでも『蜘蛛の糸』
の犍陀多(かんだた)に
垂らされた糸は切れて
しまう…(😿)
なぜ切れないのか疑問
だったんですが、そも
そも自然のクモの糸も
鉄鋼の4倍も強いとか。
それでも『蜘蛛の糸』
の犍陀多(かんだた)に
垂らされた糸は切れて
しまう…(😿)
ハンサム 教授
犍陀多のあとについて
糸に取りつく地獄の
罪人たちが、何人ぶら
下がって重量が何トン
を超えれば切れて
しまうのか…
計算してみては
どうですか?
糸に取りつく地獄の
罪人たちが、何人ぶら
下がって重量が何トン
を超えれば切れて
しまうのか…
計算してみては
どうですか?
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サクラさん
そんな読書感想文じゃ
💮(花丸)はもらえない
んじゃないですか?
💮(花丸)はもらえない
んじゃないですか?
ハンサム 教授
私ならあげるけど;^^💦
ともかくそこで糸が
切れる理由は重量オー
バーではなく、ついて
来る者に対して”慈悲”
を持たなかった犍陀多
の心の”悪”なのかな。
ともかくそこで糸が
切れる理由は重量オー
バーではなく、ついて
来る者に対して”慈悲”
を持たなかった犍陀多
の心の”悪”なのかな。
サクラさん
でもその”悪”のせいで
糸が切れるんなら、
「どんな悪人であれ
一つでも小さな善を
していたのなら救う」
というお釈迦様の
最初の考えと矛盾
しませんか?
それは”悪”を一つ加え
ただけであって、
【大悪+小善】の人
という犍陀多の属性は
変わらないのだから。
糸が切れるんなら、
「どんな悪人であれ
一つでも小さな善を
していたのなら救う」
というお釈迦様の
最初の考えと矛盾
しませんか?
それは”悪”を一つ加え
ただけであって、
【大悪+小善】の人
という犍陀多の属性は
変わらないのだから。
ハンサム 教授
ハハハ、お釈迦様も
最初とは違うレベルに
立ってお考えなんじゃ
ないかな:^^💦
そういう融通無碍(ゆう
づうむげ)の作品なんだ
から、ここは君も融通を
利かして書きましょう。
最初とは違うレベルに
立ってお考えなんじゃ
ないかな:^^💦
そういう融通無碍(ゆう
づうむげ)の作品なんだ
から、ここは君も融通を
利かして書きましょう。
というわけで、おなじみ”感想文の書き方”
シリーズもこのほどついに100回を突破し、
今回で第102回((((((ノ゚🐽゚)ノ
とり上げるのは、芥川龍之介の
あの名作短編『蜘蛛の糸』(1965-66)。
さて、もちろん感想文を書こうと
いうからには、作品の内容がわかって
いないとどうしようもありませんね。
ですので、この文庫本(👇)などで
全文をじっくり読んでくださいね。
ほんの5~6ページですから。
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ん? なかなかそんな時間(あるいは
気力;^^💦)はない?
👉そういう人はせめてこちらで
「あらすじ」を押さえて
おいてくださいね。
・蜘蛛の糸(芥川龍之介)のあらすじ🐝簡単/詳しくの2段階で
それさえもメンドくさいという人は
こちらの朗読でもお聴きください。👇
さてそんなわけで、本日は『蜘蛛の糸』の
感想文をどう書くか、その実例を示した
上で、さらにその先へ進んで、この作品の
成り立ちや作者の周辺について、有益な
情報を提供してまいります。
そんなわけで、内容はザッと
以下のとおり。
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読書感想文(800字以内の例文)
はい、ストーリーがしっかり理解できましたら、さっそく感想文に
取り組みましょう。
高校の読書感想文として800字(原稿用紙2枚)
で書く場合を想定し、まずサクラさんが
試作し、これにハンサム教授が手を入れた
ものをサンプルとしてお目にかけます。
中学生・小学生にはすこし高度かもしれ
ませんが、わからないことはないはず
ですので、ひとつ挑戦する気持ちで
読んでみてください。
『蜘蛛の糸』は芥川龍之介が
初めて童話雑誌に書いた作品だと
いうことで、私が読んだ『鼻』や
『羅生門』に比べると伝えようと
する教訓が明快だと思った。
大悪人だった犍陀多も生前、
一つだけ、蜘蛛を殺さないでおく
という小さな善行をしていた。
お釈迦様はそのことに免じて
極楽から蜘蛛の糸を垂らし、
彼を地獄から救い出そうとする。
「悪人でも少しは善行をした者」
ということなら他にも無数にいる
はずで、なぜ犍陀多だけがそんな
幸運に恵まれるのかは釈然としない。
いわゆる「恩赦」のようで不公正な
気もするのだ。
それはさておき、その糸には
無数の罪人がしがみついてきて、
ついには糸が切れ、犍陀多も地獄へ
逆戻りしてしまう。
鉄鋼の4倍も強いといわれる蜘蛛の
糸がなぜ切れたのかといえば、それは
犍陀多があとに続く者たちを払い
落とした瞬間だったので、その
無慈悲さが「悪」として罰せられた
と読むのが一般的だろう。
ただ、ここで私がひっかかるのは、
その新しい「悪」を理由として
犍陀多の救済を取りやめにするのなら、
それは冒頭でのお釈迦様の考えと
矛盾するのではないかということだ。
つまり「どんな悪人であれ一つ
でも小さな善はあったのなら救おう」
とお釈迦様は考えたはずだが、
それなら犍陀多が最後にもう一つの
「悪」を犯したのだとしても、
「大悪人ながら小善もあった人」
という犍陀多の属性に変化はない。
とすれば、救済取りやめというのは
筋の通らない話ではないだろうか。
この矛盾には作者の芥川自身も
気づかないわけではなかったと思う。
矛盾があろうとも、とにかく蜘蛛の
糸には切れてもらわなければ困る。
つまりもし切れないでみんなが極楽へ
上ってしまったら、どうなるのか
という話だ。
地獄に落とされた罪人全員が
それこそ「恩赦」を受けて極楽へ
来てしまうのであれば、もはや
地獄の存在理由もない。
そういう物語も面白いだろうが、
童話雑誌には書けないわけである。
【794字】
初めて童話雑誌に書いた作品だと
いうことで、私が読んだ『鼻』や
『羅生門』に比べると伝えようと
する教訓が明快だと思った。
大悪人だった犍陀多も生前、
一つだけ、蜘蛛を殺さないでおく
という小さな善行をしていた。
お釈迦様はそのことに免じて
極楽から蜘蛛の糸を垂らし、
彼を地獄から救い出そうとする。
「悪人でも少しは善行をした者」
ということなら他にも無数にいる
はずで、なぜ犍陀多だけがそんな
幸運に恵まれるのかは釈然としない。
いわゆる「恩赦」のようで不公正な
気もするのだ。
それはさておき、その糸には
無数の罪人がしがみついてきて、
ついには糸が切れ、犍陀多も地獄へ
逆戻りしてしまう。
鉄鋼の4倍も強いといわれる蜘蛛の
糸がなぜ切れたのかといえば、それは
犍陀多があとに続く者たちを払い
落とした瞬間だったので、その
無慈悲さが「悪」として罰せられた
と読むのが一般的だろう。
ただ、ここで私がひっかかるのは、
その新しい「悪」を理由として
犍陀多の救済を取りやめにするのなら、
それは冒頭でのお釈迦様の考えと
矛盾するのではないかということだ。
つまり「どんな悪人であれ一つ
でも小さな善はあったのなら救おう」
とお釈迦様は考えたはずだが、
それなら犍陀多が最後にもう一つの
「悪」を犯したのだとしても、
「大悪人ながら小善もあった人」
という犍陀多の属性に変化はない。
とすれば、救済取りやめというのは
筋の通らない話ではないだろうか。
この矛盾には作者の芥川自身も
気づかないわけではなかったと思う。
矛盾があろうとも、とにかく蜘蛛の
糸には切れてもらわなければ困る。
つまりもし切れないでみんなが極楽へ
上ってしまったら、どうなるのか
という話だ。
地獄に落とされた罪人全員が
それこそ「恩赦」を受けて極楽へ
来てしまうのであれば、もはや
地獄の存在理由もない。
そういう物語も面白いだろうが、
童話雑誌には書けないわけである。
【794字】
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どうです?
なかなかうまいと
思いませんでした?
これをそのままコピペすることは
もちろん厳禁ですが、ところどころ
つまみ食いして、自分らしい文章に
変えて使ってもらうのはかまい
ませんよ~;^^💦
400字とか、もっと短い字数で書く
場合は、あらすじを書いているところ
とか、必要なさそうな部分を
切り捨ててスリム化してください。
逆にもっと字数がほしい場合は、
自分の経験や考えをどんどん入れて
膨らましていけばいいわけです。
ほかの着眼点は?
もちろん『蜘蛛の糸』の感想文としては、サクラさんのような着眼や考え方が
すべてではありません。
たとえば少しだけ角度を変えて、無数の
罪人が自分のあとについてきていると
知ったとき、犍陀多は《どうすれば
よかったのか》《どうすれば罰をうけずに
すんだのか》と考えてみるのも
一法でしょう。
その際、もし自分が健陀多なら
《どうしていたろうか》ということにも
考えをめぐらせて、「自己反省」的な
文章に仕上げていくとさらによい……。
ハイ、これこそは、当シリーズで何度か
広げてきました風呂敷――サイ象流・
感想文の書き方《虎の巻》――の
基本的メソッドですね。
これでいけばいいんです。
ン? そんな学校の”思うつぼ”みたいな、
先生を喜ばせたい下心が透けて見える
ようなのは書きたくないんだ。
どうせなら人に書けないもの、
自分にしか書けないようなものを
書きたい……?
う~む、それならば…
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「一本の葱」の話
たとえば同じ芥川の『羅生門』や『鼻』の元ネタは『今昔物語』だったけれど、
この『蜘蛛の糸』はどこから取ったものか❔
これついて、従来から指摘されてきたのは、
ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』
「第3部」でグルーシェニカという女性が語る
「一本の葱」の話とよく似ていることで、
これをソースと見る説が有力でした。
「一本の葱」のあらすじは
こんな感じです。
昔あるところで、
意地の悪い女が死んだ。
死ぬまで良いことをしなかったので、
悪魔に火の湖(うみ)に投げ込まれた。
あわれに思った女の守護天使は、
神様に報告できるような善行を探す。
そして、女が一本の葱を野菜畑から
抜いて乞食にやったことがあるのを
思い出し、神様に伝えた。
神様は「ではその葱を拾ってきて、
女に掴まらせ、ひっぱりなさい」
という。
守護天使はそのとおりにし、
火の湖にいる女に葱を差し出す。
女が葱に掴まってのぼり、
あと少しで岸というところで、
他の罪人たちが女にしがみつく。
すると女は「これは私の葱」と言って、
他の罪人を蹴落とし始める。
そのとたん、葱はぷつりと切れ、
女は火の湖に落ち、今日まで
燃え続けている。
意地の悪い女が死んだ。
死ぬまで良いことをしなかったので、
悪魔に火の湖(うみ)に投げ込まれた。
あわれに思った女の守護天使は、
神様に報告できるような善行を探す。
そして、女が一本の葱を野菜畑から
抜いて乞食にやったことがあるのを
思い出し、神様に伝えた。
神様は「ではその葱を拾ってきて、
女に掴まらせ、ひっぱりなさい」
という。
守護天使はそのとおりにし、
火の湖にいる女に葱を差し出す。
女が葱に掴まってのぼり、
あと少しで岸というところで、
他の罪人たちが女にしがみつく。
すると女は「これは私の葱」と言って、
他の罪人を蹴落とし始める。
そのとたん、葱はぷつりと切れ、
女は火の湖に落ち、今日まで
燃え続けている。
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👉ドストエフスキーにかんしては
こちらの記事も参考にしてください。
・ドストエフスキー 罪と罰のあらすじ【詳細版 後編】と感想文
・ドストエフスキー 罪と罰のあらすじ:簡単版と【詳細版 前編】
「因果の小車」
それが、近年は別の説がこれに取って代わったようなんです。
アメリカの仏教思想家、ポール・ケーラス
の小説『カルマ』(Karma,1894)の中に
“THE SPIDER WEB”という小話が
あって、それを鈴木大拙が「因果の
小車」と題して訳したものも1898年に
出ていたことがわかり、これによった
形跡が濃厚だ、ということに
なった次第。
なにしろ「葱」ではなくてまさに
「蜘蛛の糸」ですし、「健陀多」の
漢字まで同じですからね。
この「因果の小車」、『鈴木大拙全集』
第26巻で読むことができますが、
あらすじはこんな感じです。
慈悲深い僧侶が、懺悔する悪人,
マハードータ(摩訶童多)に説教する
際にもちだした一つの例話。
「昔、健陀多という悪人が地獄で
苦しんでいるところへ仏陀が現れ……」
(以下『蜘蛛の糸』とほぼ同じ内容)
と話し終えた後、僧侶はこう説教する。
「ひたすら上を目指せば健陀多は
救われたし、実は大勢で上る方が
容易なのだ。
にも関わらず、彼は我執(自分への
執着)にとらわれて、下に心を
とられてしまった。
我執こそ地獄、正道(正しく生きる道)
こそ涅槃(=極楽)である」。
これを聞いてマハードータは言った。
「私に蜘蛛の糸を上らせてください。
地獄から抜け出せるよう、努力します」
マハードータ(摩訶童多)に説教する
際にもちだした一つの例話。
「昔、健陀多という悪人が地獄で
苦しんでいるところへ仏陀が現れ……」
(以下『蜘蛛の糸』とほぼ同じ内容)
と話し終えた後、僧侶はこう説教する。
「ひたすら上を目指せば健陀多は
救われたし、実は大勢で上る方が
容易なのだ。
にも関わらず、彼は我執(自分への
執着)にとらわれて、下に心を
とられてしまった。
我執こそ地獄、正道(正しく生きる道)
こそ涅槃(=極楽)である」。
これを聞いてマハードータは言った。
「私に蜘蛛の糸を上らせてください。
地獄から抜け出せるよう、努力します」
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どうです?
なかなか面白いではないですか?
できれば「一本の葱」でも「因果の小車」
でも、図書館で探すなどして全文を読んで、
きっちり『蜘蛛の糸』と照らし合わせて
みましょう。
きっと面白いことがいろいろと
見つかりますよ。
どこがどう違うかがわかれば、『蜘蛛の
糸』を書くにあたっての芥川のモチーフ、
狙いといったものもおのずと明らかに
なってくるはずですね。
そういった手続きを経た上での結論は、
漠然と「私はこう思います」とか、
「健陀多はよくないと思います」とか
主観的な思いを根拠もなく述べただけの
感想文とはまったく違うレベルに
立つものになります。
つまり「感想文」として学校で一般に
期待されるものより、大学や大学院での
「論文」に近いものになるわけですね。
「論文」的だから「感想文」としては
ダメ…なんていわれることはよもやない
と思われますので、ぜひ「論文」的な
「感想文」を目指しましょう!
学校で評価されやすい(主観的な)感想文が
苦手な人にこそ、こういう行き方を
おすすめしたいと思います。
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まとめ
照らし合わせてみる、ということなら、芥川の他の作品と比較対照するというのも
一法ですね。
👉その場合はこちらの記事も参考に。
・トロッコ(芥川龍之介)のあらすじ:主題をつかんで感想文へ
・芥川龍之介 蜜柑のあらすじ:「簡単/詳しい」の2段階で解説
・芥川龍之介 鼻のあらすじ:「簡単/詳しい」の2段階で解説
・芥川 羅生門の主張・テーマは?感想文の書き方を解説
・芥川龍之介 河童で感想文?ニーチェ先生の解説を聞こう^^
・感想文で抜け出そう:太宰『人間失格』から芥川『河童』へ
芥川の本を早く安く手に入れたい
場合は、Amazonが便利です。
こちらから探してみてください。
芥川龍之介の本:ラインナップ
さあ、これでもう書けますよね、
読書感想文。
ん? 書けそうなテーマは浮かんで
きたけど、でもやっぱり自信が…
だってもともと感想文の類が苦手で、
いくら頑張って書いても評価された
ためしがないし(😿)…
具体的に何をどう書けばいいのか
全然わからない( ̄ヘ ̄)…?
う~む。そういう人は発想を転換して
みるといいかもしれない;^^💦
そもそも日本全国で盛んに奨励されている
読書感想文の発祥の源は「コンクール」。
各学校の先生方の評価基準もおのずと
「コンクール」での審査に準拠する
形になっているのです。
だから、読書感想文の上手な人は
そのへんのことが(なんとなくでも)
わかっている人。
さて、あなたはどうなのかな?
👉「コンクール」での審査の基準を
知るには、実際に出品され大臣賞などを
受賞している感想文をじっくり読んで
分析してみるのがいちばんの早道。
こちらでやっていますので、
ぜひご覧ください。
・読書感想文の書き方【入賞の秘訣4+1】文科大臣賞作などの分析から
・セロ弾きのゴーシュで読書感想文!コンクール優秀賞作(小2)に学ぶ
・アルジャーノンに花束を の感想文例!市長賞受賞作【2000字】に学ぶ
そちらで解説している「書き方」を踏まえて
当ブログでは多くの感想文例を試作・提供
してきましたが、このほどそれらの成果を
書籍(新書)の形にまとめることができました
ので、ぜひこちらも手に取って
ご覧ください。 👇
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買う前にその「予告編」が見たいという人は
こちらでどうぞで。
・読書感想文 書き方の本はこれだ!サイ象流≪虎の巻≫ついに刊行!!!
👉上記の本『読書感想文 虎の巻』は
当ブログで提供し続けてきた「あらすじ」
や「感想文」関連のお助け記事の
ほんの一部でして、載せきれていない
記事もまだまだ沢山あります。
気になる作品がありましたら、
こちらのリストから探して
みてください。
・「あらすじ」記事一覧
・≪感想文の書き方≫具体例一覧
ともかく頑張ってやりぬきましょー~~(^O^)/
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こんなコメントが来ています