天保十二年のシェイクスピア あらすじ⦅井上ひさし大作舞台を詳しく⦆

天保十二年のシェイクスピア あらすじ⦅井上ひさし大作舞台を詳しく⦆

サクラさん
2020年2月に東京公演の
幕が切って落とされた
『天保十二年のシェイク
スピア』ですが、コロナ
で中断、それに続くはず
だった大阪公演は消えた
ままですね。

ハンサム 教授
う~ん、高橋一生さん
演じる疫病神のような
主人公がホントに疫病を
呼び込んだような…
なんて言っちゃ不謹慎
かな;^^💦


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サクラさん
1974年の初演から2020年
までの間、公演がたった
の2回というのは不人気
だから?

ハンサム 教授
いやいや、まともに上演
すると4時間以上かかる
というのが第一。

またシェイクスピア作品
との関係が見えてこその
面白味という部分もあり
ますから、多くの観客に
楽しんでもらえる演出は
むずかしいのでは?

サクラさん
シェイクスピア戯曲
全37作品が盛り込まれて
いるという触れ込みです
が、ホントなんですか?





ハンサム 教授
う~ん、井上ひさしの
原作を通読して、37作
すべてに気づいた人が
いたらお目にかかりたい
ですね。

サクラさん
『ヴェニスの商人』なん
か「バッサーニオ!」と
いう人斬りの掛け声だけ
だと語り手役の隊長が
言ってますが、口にも
されないまま使われて
いる作品が沢山ある
ということですか❔

ハンサム 教授
そこが謎かけにもなって
いますから、出典さがし
に挑戦しながら読み直す
のも面白いかな;^^💦


というわけでおなじみ”あらすじ暴露”
サービスの第222弾(“感想文の書き方”
シリーズとしては第309回)となる今回は
昭和の劇作家・小説家、井上ひさしの
超大作舞台劇『天保十二年のシェイク
スピア』に挑戦((((((ノ゚🐽゚)ノ
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宝井琴凌作『天保水滸伝』などの侠客談義に
シェイクスピア諸作品の設定や人物像、
名言・名セリフを絡み合わせた、複雑怪奇、
波瀾万丈の壮大な任侠劇。

1974年の初演(出口典雄演出、峰岸龍之介・
木の実ナナ主演)ののち20世紀中には
公演がなく、21世紀に入って2002年
(いのうえひでのり演出、上川隆也・
沢口靖子主演)、2005年(蜷川幸雄演出、
唐沢寿明・篠原涼子主演 👇)と来て……、

2020年には藤田俊太郎演出、高橋一生、
唯月ふうか主演の公演が打たれるも中断…
という次第。

こちらは2002年公演の紹介動画。👇


というわけで、今回の内容は
ザッと以下のとおり。


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簡単なあらすじ(要約)

さて肝心のストーリーですが、これが
すでにふれてきたとおり、シェイクスピア
諸作品の悪く言えば”ごちゃまぜ”で
膨れ上がった、錯綜した難物。

なので、まずはごく短く切り詰めた
「簡単なあらすじ(要約)」を【ネタバレなし】で
お読みいただいた上で、これは面白いと
思われた読者さんには続けて「かなり
詳しいあらすじ」(もちろんネタバレあり)
の方へご案内…
という2段階で参ります((((((ノ゚⊿゚)ノ

まずはぎゅっと要約した「ごく簡単」
ヴァージョンのあらすじから。

天保期、清滝の老侠客、鰤(ぶり)の
重兵衛は三人の娘のいずれかに身代を
譲ろうとするが、結果的に縄張りは
お文とお里に2分割され、末娘の
お光は追放される。

3年後、お文は牛よだれの紋太と
お里は小見川の花平とそれぞれに
一家を構えて抗争中。

お文は紋太の弟、蝮の九郎治を、
お里は用心棒、尾瀬の幕兵衛を
それぞれ情夫として、夫を殺して
「あんたが親分になれ」
と陰謀をもちかける。

九郎治は紋太を殺して幕兵衛の仕業と
見せかけ、幕兵衛は花平を斬ろうとして
誤って十兵衛を殺し、お里はこれを
九郎治の仕業と偽装(叫び)

  
 

それらを目撃していた佐渡の三世次は、
閻魔堂の老婆から「お前は清滝を一手に握る。
ただしひとりでふたり、ふたりでひとりの
女に気をおつけ」との予言を受け、
有利と見たお里・幕兵衛の一家に
自分を売り込む。

紋太の訃報を聞いて帰郷したお文の子、
きじるしの王次は、三世次の仕組んだ
紋太のからから自分は九郎治の陰謀で
殺されたと言われ、復讐を誓う。

そこへ追放されていたお光が強くなって
帰郷し、お文の賭場でいかさまを暴いて
殺されそうになるが、居合わせた王次が
お光に一目ぼれし、加勢して助ける。




が、紋太一家の若親分である王次は、
お里の一家に殴り込みをかけ、お光と
斬り合い寸前になるも、老婆に媚薬を
かけられていたお光は王次に惚れ、
二人は戦意喪失していちゃつく。

敵味方入り乱れての斬り合いになるが、
そこへお里、お文らが出てきて新代官の
赴任早々、斬り合いはまずいからと
喧嘩を止める。

その代官、土井茂平太の新妻、おさちは
なんとお光と瓜二つ。

実は双子だったこの二人の取り違えや
どちらに惚れたのかわからなくなって
しまう三世次……

というてんやわんやの喜劇的展開の
うちに進んでいく頭脳的な悪党、
三世次の出世と転落の悲劇。

いかがですか? 

やっぱりその先どうなるか、三世次の
悪知恵がどう発揮され、彼がどんな運命を
たどるのか、お光・おさちと三世次、
そしてきじるしの王次との三角いや
四角関係はどうなるのか…
等々、気になることだらけですよね;^^💦

というわけで、少々長くなりはしても、
「かなり詳しいあらすじ」の方へ是非とも
入っていっていただく必要があるのですが、
なにしろ出てくる人物が多くその関係も
錯綜していますから、まず登場人物の
一覧表をご覧いただくのが便宜でしょう。

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主な登場人物とその出典

さて以下に掲げます「登場人物一覧表」
では、各人物がシェイクスピア作品の
どの人物を踏まえて造形されている
のかを、右側で暴露していますので
興味ある方はご覧を(知りたくない方は
目を背けて)ください。

とはいえ、なにしろ37作品のすべてに
気づくことはできなかった者による作成
ですから、疎漏もあろうかと思います。

「これがあるぞ~」とお気づきの読者さんは
是非「コメント」欄でお知らせを願います。

佐渡の三世次:リチャード三世+
イアーゴ(『オセロ』)+アントニー
(『ジュリアス・シーザー』)

鰤の十兵衛:リア王

お文:ゴネリル(『リア王』)+
ガートルード(『ハムレット』)

お里:リーガン(『リア王』)+
マクベス夫人+デズデモーナ
(『オセロ』)

お光:コーディーリア(『リア王』)
+ヴァイオラ(『十二夜』)+
エフェソスのアンティフォラス
(『間違いの喜劇』)+
ビアンカ(『オセロ』)

よだれ牛の紋太:オルバニー公
(『リア王』)+モンタギュー
(『ロミオとジュリエット』)
+先王の亡霊(『ハムレット』)

小見川の花平:コーンウォール公
(『リア王』)+キャピュレット
(『ロミオとジュリエット』)

尾瀬の幕兵衛:マクベス+オセロ+
シーザー(『ジュリアス・シーザー』)

蝮の九郎治:クローディアス
(『ハムレット』)

きじるしの王次:ハムレット+ハル王子
(『ヘンリー四世』)

ぼろ安:ポローニアス(『ハムレット』)

お冬:オフィーリア(『ハムレット』)

おさち:アン(『リチャード三世』)
+セバスチャン(『十二夜』)+
シラクサのアンティフォラス
(『間違いの喜劇』)

利根の河岸安:キャシオ(『オセロ』)
+ブルータス(『ジュリアス・シーザー』)

閻魔堂の老婆:魔女(『マクベス』)
+妖精パック(『夏の夜の夢』)


かなり詳しいあらすじ

お待たせしました。
それではホントの幕開けです。

【第一幕】~【第五幕】の5部に分けて
みましたが、これは原作になく、
シェイクスピア劇の慣例にしたがって
1~25の各章を私の判断で分割した
ものです。

「”」印のある白い囲みの中は原作からの
引用で、👉印の注釈では踏まえられている
シェイクスピア劇への言及と解説を試みて
いますが、不要と思われる場合は
すっ飛ばしていただいてかまいません。


👹【第一幕】(1~5)

天保9年、下総国清滝村。

二軒の旅籠の経営する侠客、鰤(ぶり)の
十兵衛(異称:ブリテン)は引退して
三人の娘お文、お里、お光のいずれかに
身代を譲ろうと思い、自分をどう思って
いるかを順に言わせる。

お文、お里は競い合って自分がいかに
課のためを思っているかを述べ立てるが、
お光は「孝行はします」としか言えない。

姉らに対抗する「美辞麗句」を言わせたい
十兵衛が「出ていけ!」と怒ってみせると、
真に受けたお光は「親の言いつけに従うのが
孝行なら」と考え、姉らに「おとっつぁんを
よろしく」と頼んで出ていく。


3年後の清滝ではお文とその夫、牛よだれの
紋太(異称:紋太牛[モンタギュー])の一家と
お里とその夫、小見川の花平の一家とが
並立し、互いに制圧の機を窺っている。

 

お文一家には紋太の弟、蝮の九郎治が、
お里の組には用心棒、尾瀬の幕兵衛が
寄宿していて、それぞれお文、お里と
怪しい関係。


お文、お里は互いの家で同時進行的に
情夫(九郎治、幕兵衛)といちゃつきながら
「犯人は相手の組のものだと偽装して
夫を暗殺し、あんたが親分になれ」
と陰謀をもちかける。

九郎治は紋太を殺して幕兵衛の仕業と
見せかけることに成功するが、幕兵衛の
方は、花平を斬るつもりが誤って、
乞食同然になって物乞いに来ていた
十兵衛を殺してしまい、お里はこれを
九郎治の仕業だと言いふらす。

  浪人 剣47-Ronin-s

それらを目撃していたのが、島抜け(脱獄)
して生まれ故郷の清滝に戻ってきた侠客、
佐渡の三世次で、顔に火傷あと、背には
こぶ、足は引きずっているという
異形の風体。
👉シェイクスピア・ファンならすでに
お気づきのとおり、鰤の十兵衛と
三人の娘には『リア王』の一家が、
紋太牛一家と花平一家には『ロミオと
ジュリエット』のモンタギュー家と
キャピュレット家が重ね合わされています。

さらに蝮の九郎治は『ハムレット』の
クローディアス、尾瀬の幕兵衛は
『オセロ』と『マクベス』両方の
主人公のパロディだな…
とわかる人にはわかるので、この先の
運命も漠然と見えてきます。

そして戯曲全体を通しての主人公とも
言えそうな佐渡の三世次はどう見ても
『リチャード三世』の主人公ですが、
マクベスや『オセロ』のイアーゴにも
なってしまう、総合的な頭脳的悪党。


BBC制作『嘆きの王冠』のリチャード三世(ベネディクト・カンバーバッチ)
👉カンバーバッチはリチャード三世の
末裔とされていますが、背骨の屈曲は
もちろんCGによるもの。

この調子で、シェイクスピア劇の
多くの人物が時と所、姿形を変えて
次々に登場してくる次第です。

『リチャード三世』について詳しくは
こちらをご参照ください。

リチャード三世(シェイクスピア)のあらすじ【簡単/詳しく+人物相関図】

     



👹【第二幕】(6~11)

ある日、紋太一家の若者二人をたやすく
殺傷した幕兵衛は、閻魔堂から出てきた
老婆から「花平一家の親分になる」という
予言を受ける。

   

斬られるたびに寿命が千年延びると言うので
幕兵衛は居合斬りするが、やはり死なない。

これを目撃した三世次は幕兵衛方に付く
ことに決める。

やつが強いから味方に
付くんじゃない。

弱い紋太一家を幕兵衛が片付ける、
おれはその手伝いをすると
見せながら、幕兵衛の心の中に、
こっそり種子を蒔くのだ。

強い幕兵衛がやがて自滅するに
ちがいない災(わざわい)の種子を。

👉三世次のこうしたセリフは『オセロ』の
悪役イアーゴへの露骨なパロディ。

なので、『オセロ』を知っている人は
にやりと笑う場面なのです。

そのイアーゴの名セリフをはじめ、
名言を集めながらこの作品を解説したのが
こちらの記事。

ぜひご参照を。

オセロ 13の名言⦅英語原文つき⦆シェイクスピアの傑作悲劇を読む

      


三世次が自分も占ってくれと言うので
老婆が面相を見ると自ら仰天して
「清滝宿を一手に握って、出世街道
まっしぐら」だと予言。

ただし「ひとりでふたり、ふたりでひとりの
女」に気をおつけ、そんな女に深入りしたら
「畳の上じゃ往生できないよ」とも。
👉幕兵衛に続いて三世次もまた、
魔女の予言(ある意味では呪い)に
動かされるマクベスの運命を主に担う
ことになるわけで、この複合性
(ややこしさ)が作品の芸術的洗練度の
一つではあります。

『オセロ』と並ぶ傑作悲劇『マクベス』を
めぐってはこちらもご参照を。

マクベスのあらすじを簡単に【&詳しく】これぞシェイクスピア最高傑作!

    


幕兵衛は花平を殺して一家の親分となり、
この暗殺を仕組んだお里に、三世次は
自分を売り込む。

口の達者さで紋太一家の仲間割れを
起こして見せるとアピールして
こんな歌も歌う。

ことば・ことば・ことば
ことばにはどくがある
たったひとつの ことばが
蝮のどくよりも よくきく
〔中略〕
女房(かみさん)を愛している亭主に
たったひとこと囁く
《あんたの女房(かみさん)が
男に笑いかけていたよ》と
とたんにすべては変る
亭主は女房(かみさん)の首しめる

👉「ことば・ことば・ことば」は
「殿下、何をお読みで?」と臣下に
尋ねられたハムレットの返答。

それに続くのはまさに『オセロ』の
主筋であり、その予言のような形で
イアーゴの言いそうなセリフです。


幕兵衛の身内となった三世次は
花平殺しは紋太一家の仕業だと
言いふらし、一家は分断の危機に。

そこへ、飯岡の助五郎のところで
修行していた”きじるしの王次”
(お文と紋太の子、)が父の訃報を
聞いて清滝へ急ぎ戻る。

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王次は女郎屋で、紋太の亡霊と会い、
紋太殺しはお文と叔父・九郎治の陰謀に
よるものだったと知って復讐を誓い、
狂気を装うことにするが、実はその
亡霊は三世次の仕組んだインチキ。

ぼろ安の娘で王次の許嫁(いいなずけ)の
お冬は、王次の変調に心を砕くが、王次は
「尼寺へ行くか女郎屋にでも行け」と
突き放し、屏風の裏に潜んでいたぼろ安を
叔父の九郎治と思い込んで殺してしまう。
👉ぼろ安はポローニアス、お冬は
オフィーリアのもじり。

「きじるしの王次」はもちろん
『ハムレット』の主人公の笑える変形。

原作『ハムレット』はこちらで。

ハムレットのあらすじを簡単に【&詳しく】オフィーリアの狂気はなぜ?

      



👹【第三幕】(12~16)

江戸で剣術を、さらに笹川の繁蔵の
ところで賭博の腕を磨いていたお光が
清滝に戻り、花平一家に身を寄せる。

紋太一家の賭場でいかさまを暴いて
お文らに殺されそうになるが、その場に
居合わせた王次がお光に加勢しようと
刀を投げ与えたところで時間が止まり、
刀も宙に浮く。


筑波山中の洞穴に集合した関八州各地の
老婆たちが、「敵(かたき)同士」の
王次とお光が「惚れ合ったらおもしろい
見物(みもの)だよ」と笑い合い、人形の
ような状態の王次とお光に「浮気草」を
絞りかける。
👉妖精の使う「浮気草」の汁が媚薬として
てきめんの効果を発揮するのが
『夏の夜の夢』の世界。

シェイクスピア喜劇の傑作とされる
この作品をめぐっては、こちらで。

夏の夜の夢のあらすじを簡単に &詳しく【人物相関図・動画つきで】
    
    


今夜は幕兵衛がいないからと若い者らに
担ぎ上げられた王次は、花平一家に
殴り込みをかけ、お光と斬り合い寸前に
なるも、お光は王次を見るやはっとし、
刀をとりおとす。

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お光 (甘く)おお、王次、王次!
〔中略〕
どうしてあんたは王次なの?
〔中略〕
紋太一家の王次という名を捨てて!
飯岡の助五郎という身分を捨てて!
それが駄目なら、あたしを
好きだと誓って!
そうすればあたしも、お光という
名や、笹川の繁蔵の身内という
身分を捨てるわ。

👉『ロミオとジュリエット』のあまりにも
有名なセリフのパロデイ。

シェイクスピアで一番人気の
この戯曲についてはこちらで。

ロミオとジュリエットのあらすじを簡単に【&詳しくラストまで】    




いちゃつく二人を見て若い者たちは
憤然となり、敵味方が協力してこの
二人を斬ろうとする。

そこへ幕兵衛とお里、九郎治とお文の
四人が登場し、「新代官が着くなり
斬り合いはまずいのさ」と手締めを
して喧嘩を収めてしまう。


紋太一家、花平一家の夫妻が旅籠で
新代官の土井茂平太をもてなす。

突如、現れたのは半裸のお冬で、
半狂乱で歌って、「さよなら」と退場。
(自殺したと後でわかる)

   


茂平太の新妻、おさちが登場すると、
お光と瓜二つなのでお文らは驚くが、
実は二人は双子で、片や心やさしい
代官の家に、片や侠客の十兵衛に
拾われ養育されていたのだ。

その場へお光が登場し、おさちだと
思いこんでなれなれしくする茂平太を
拒否したことから、騒動に。
👉双子なので見分けがつかないという
ネタはシェイクスピア喜劇の十八番。

作品中で言及されている『間違いの喜劇』も
そうですが、より傑作なのが『十二夜』。

詳しくはこちらで。

十二夜(シェイクスピア)のあらすじを簡潔に&人物相関図つきで詳しく

      


お里は三世次に耳打ちし、お光は
お文の側へ寝返るるつもりだから、
「殺(や)っとくれ」と命じる。

お光に心惹かれていた三世次は、
しぶしぶ引き受け、結果的に
間違ってお文を殺してしまう。

三世次 運命がお文とお光の
場所を入れかえてしまったのだ。
そして運命のすりかえは結句
正しかったのさ。
おれはあてがわれた仕事を
とにもかくにも果たしたし、
にもかかわらずあの娘は、
美しいお光は、生きて
いるんだからな。
運命よ、うめえ細工を
ありがとうよ。


一方、王子とお光のいちゃつきを目撃した
茂平太は、姦通だと怒り狂い、二人とも
斬ろうとする。

止めに入る九郎治を斬り、お光を
逃がそうとする王次も斬り殺す。

そこへおさちが登場して、お光とは
別人だと初めて知った茂平太はがっくり。
👉ここまで一人二役で演じられてきた
「お光=おさち」ですが、このドサクサの
間に「お光は替玉とすり替わっている」
とのト書きがあります。

    


目撃した三世次は、閻魔堂の老婆の
予言にあった「ひとりでふたり、
ふたりでひとりの女」とはこのことで、
「そういう女に惚れると身の破滅だと
言っていたが、もう遅い」と思う。

三世次 ……まてよ、おれが
お熱をあげているのはお光か、
お代官の新妻か、それも
わからなくなってしまった。


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👹【第四幕】(17~20)

紋太一家の消滅で、清滝の支配権を
不動のものとしたお里。

病気で痩せ、伏せている幕兵衛を
やさしく気遣い、「三世次、親分を
頼んだよ」と声をかけて、賭場へ出る。


幕兵衛と雑談を始めた三世次は、
「わざとらしい大きな溜息」を
ついて巧みに自分の話に引き込む。

王次の死で気落ちしたお光にも新しい
恋が始まっていて、その相手の
「河岸安(かしやす)の兄ィ」は
「母親の形見の黄楊(つげ)の櫛を
贈ったそうです」。

   


幕兵衛は自分もお里と一緒になると決めた
日に黄楊の櫛を贈ったものだと笑うが、
三世次はさらに謎めいたことを
思わせぶりに言いつのるので、
幕兵衛はついに切れて、
小刀を掴みハッキリ言えと脅す。

三世次はそれが河岸安だとは明言しない
まま、隣で寝ていたらその男が寝言に
「姉(あね)さん、こんなことをしている
ところを親分に見つかったら、どうします」
などと言って自分の上に乗ってきたと言う。

河岸安は腕を上げてきた子分で「二十七、
八のいい男」、三世次と同室だという
こともあって、彼とお里との姦通の
疑いが幕兵衛の心で膨らんでいく。
👉これだけでは要領を得ないかも
しれませんが、実は『オセロ』を読んだり
観たりしている人にはまるわかりで、
笑ってしまうほどなのです。

三世次のイアーゴに幕兵衛のオセロが心を
誘導されてしまうのですが、ここでは
オセロの愛妻デズデモーナがお里で、色男の
キャシオが河岸安、お光には娼婦ビアンカの
役回りが当てられた形。

『オセロ』の白いハンカチの代わりになる
のが黄楊の櫛というわけです。

『オセロ』のストーリーはこちらで。

シェイクスピア オセロのあらすじ:漱石講義のコメントつきで




そこへ浴衣姿のお光が来たので、
河岸安からもらったはずの櫛を見せろ
と命じた幕兵衛は、それを見て自分が
お里に贈ったものと同一と確認。

その夜、お里と寝床で結合中の幕兵衛は
「どこだ、櫛は?」としつこく詰問し、
「わからない」と答えるお里が絶頂へ来て
「死ぬ」と言った瞬間、小刀で脇腹を抉る。

自分も咽喉を突き、二人とも死ぬ。

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清滝の女郎屋に参集して幕兵衛・お里の
とむらいを終えた関八州の親分衆──
国定村の忠治を議長格に、大前田の
英五郎、飯岡の助五郎、笹川の繁蔵、
そして若き清水の次郎長──が、一家の
跡目を河岸安と三世次のどちらに
継がせるかの談義に入る。

兄貴分の河岸安でよかろうと満場一致で
決まりかけ、忠治は三世次に
「合点したろうな」と念を押す。




「そりゃもう」と喜色満面の三世次、
「河岸安兄ィがどれだけ大勢の人に
好かれていたか」、でもこれを話すと
長くなるので…
などと言い出したので、親分衆は興味を
引かれ「聞こうじゃねいか」となる。

不安気な河岸安をよそに、彼を褒めまくる
三世次の長広舌は、「河岸安兄ィはまことに
非の打ちようのないお人柄」を合いの手の
ように10回近くも入れながら、徐々に彼と
お里との過度の接近を匂わせていく
巧みな話しぶり。

黄楊の櫛の経緯に入ったところで河岸安が
「あの櫛は知らない間におれの行李に
入っていたのだ!」と叫ぶ。

「それは信じますよ、兄ィ」という
三世次の応答に議長格の国定忠治が
割って入り、「信じられるものかい! 
三世次、おめえは単純すぎるぜ」と
河岸安を斬り殺す。
👉「単純すぎる」のはどっちだよ(😹)
という話にもなりますが、ここは三世次の
絶妙な弁論術が光ります。

これもわかる人にはわかるように、
『ジュリアス・シーザー』でのアントニーの
演説で、ブルータスの人徳を繰り返し
称賛しながら、結果的に彼を追い詰めて
いったあのパターンの再現です。

『ジュリアス・シーザー』の
詳細はこちらで。

ジュリアスシーザー(シェイクスピア)のあらすじを簡単に【&詳しく】
      
    



👹【第五幕】(21~25)

清滝を支配する親分となった三世次は
残る宿願のお光をいただこうと寝床へ
忍び込み、上に乗って犯そうとする。

お光は「けだもの!」などと罵りながら
枕の下から短刀を出して三世次の背中の
こぶを刺すが、三世次は「平気」でいる。

「おまえを受け入れるなら死んだ方が
ましだ」と叫ぶお光の胸を、背中から
抜いた短刀で刺し殺す。

その時、代官屋敷で眠っていたおさちの
胸が激しく打ち、今まさにお光の死体が
三世次に犯されていることを感知し、
茂平太に告げる。

代官所で折檻されていた三世次は口から
小判をどんどん出す手品で役人を買収して
自由の身となり、次なる野望として自分が
茂平太に代わって代官になるべく、金で
後家人株を買うための書状の文面を
つぶやいている。

そこへ茂平太が現れて、小判の入った
酒樽をのぞきこんだところを、三世次は
彼を樽の中へ逆落としにして殺害。

追って登場したおさちが夫の死を嘆いて
いると、隠れていた三世次が出てきて、
優しい言葉をかけるが、おさちは
彼に唾を吐きかける。




「ああ、その唾が毒であればいいのに」
「妹を殺し、そしてまた主人を殺した
けだもの! 刀が欲しい」などと言いつのる
おさちに、三世次は茂平太の死体から
小刀を引き抜いておさちに渡す。

「やってくれ!」と胸をはだけるも、
おさちが実行しきれないでいると見るや
「なぜ、あんたはそんなにきれいなのだ?」
「あんたのその美しさのせいで、これから
何人の男が死ぬことになるだろうな」
「あんたがそれほどきれいでなかったら、
おれはあんたの茂平太を殺したろうか。
ばかばかしい。誰が殺すものか」等々
口説き文句を並べ立て、おさちは
ついに小刀を投げだす。

「おれを殺せないんなら、おれを
愛するんだな」と手を伸ばした三世次の
手におさちも手を伸ばす。

三世次 (傍白)なんとまぁ
われながらたまげた。
この女がおれをいちばん憎んで
いるときに、おれはこの女を
手に入れようとして
いるんだからな。
しかもこの女の亭主の死体の
そばでだ。
おれは自分で考えているほどは
醜くねぇのかもしれねえぞ。

👉『リチャード三世』第一幕第二場の
有名な口説き場面のパロデイ。

皇太子だった夫を殺され、憎みぬいている
はずのリチャードに落とされてしまう美女が
アン夫人で、その口説きの流れは夏目漱石も
絶賛していました。

その絶妙の口説き文句を含む名言・
名セリフの詳細はこちらで。

リチャード三世(シェイクスピア) 15の名言・名台詞⦅英語原文つき⦆

  


御家人株を入手した三世次は、茂平太の
後釜の代官の座におさまり、おさちを
妻とする願いもかなえたが、おさちは
肌を許していないという噂も…。

三世次代官は、自らもその出身である
最下層の「抱え百姓」からも年貢を
取り立てるなどの悪政のせいで、
百姓一揆の勃発寸前。


そんなある日、おさちは届いたばかりの
オランダ渡りの大きな鏡の前に三世次を
立たせ、「自分の醜さ」を見るように言う。

  


あの時あなたを殺さなかったのは、好きに
なったからではなく「殺す値打もない」
からだったとおさち。

鏡を見た三世次は金縛りのように身動き
できなくなり、「あなたの心の中は
それよりももっと醜い」と言われて
「く、くたばっちまえ」と鏡にぶつかり、
鏡は割れる。

破片を集めはじめたおさちは、くすくすと
笑いだし、不意に破片を咽喉に突き刺す。


庭に百姓隊がなだれ込み、屋根に逃げた
三世次は石のつぶてを受けながら
「馬だ! 馬を持ってこい!」と叫ぶ。
👉「馬だ! 馬だ! 王国をくれてやるから
馬を!」(A horse! A horse! My kingdom
for a horse!)という『リチャード三世』
終幕部の有名なセリフを踏まえています。


下方から突き出された竹槍に脇腹を
貫かれて、三世次は向う側へ転落。

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シェイクスピアは
“悪人”だ!⦅漱石もニーチェも
そう見た⦆

さて、いかがでした?

よくもこれだけ多くの戯曲の人物や設定を
取り込んで、面白くしかもそれなりに
感動的にまとめあげたものだ(🙀)
と感服されたのではないでしょうか。

いやいや、この「あらすじ」では「かなり
詳しい」とはいってもやはりダイジェスト、
たとえば佐吉と浮舟の恋物語など、省略
させてもらった脇筋も実はまだまだ
あるのですね。

原作を読まれれば大劇作家、井上ひさしの
頭の容量に圧倒されること請け合いです。
👉井上ひさしは短編小説の名手でも
ありました。

その冴えをこちらで覗いて
いただけます。

握手(井上ひさし)のあらすじ 簡単/詳しくの2段階で解説

ナイン(井上ひさし)のあらすじ 簡単/詳しくの2段階で解説

       080321


いやいや、頭の容量ということでいえば
彼に元ネタを提供したシェイクスピアは
もっとすごい(叫び)…
ということにもなりますよね。

実際、そのことは昔、東京帝大で
シェイクスピアを講読していた夏目漱石が
『オセロ』の講義の中でいくどか漏らした
ことが記録されているのです。

ShakespeareがIagoを作ったのを
以つてもShakespeareの
intellectually(知的・頭脳的)に
えらかつたことがわかる。
〔中略〕
Iagoは冷酷に大悪を為し得て、
それを善の如く装ふ手際を
持つてゐる。
一方から見れば大いにえらい。


この意味で自分はシェイクスピアほどの
「悪人」にはなれそうにないけれども、

Iagoよりももっとperfectなもっと
refineされた悪党を書いて、善人
だか悪人だか分からないやうな、
表面だけ見ると立派な善人で、
然も一面大悪人であるといふやうな
性格をかいて見たら面白いだらう
と思ふ。

自分はさういふ人間が確に
世の中にはゐると思ふ。

と意味深な言葉を残しているのですね。
👉この講義録についての詳細は
すでに紹介済みのこちらの記事で。

シェイクスピア オセロのあらすじ:漱石講義のコメントつきで


漱石はまた『リチャード三世』の所蔵本に、
特に例の口説きの場面に絶賛の書き込みを
残しています。

これについても詳しくは紹介済みの
こちらの記事をご参照ください。

リチャード三世(シェイクスピア)のあらすじ【簡単/詳しく+人物相関図】

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漱石のこのシェイクスピア観に近い考えを
もっていた思想家にフリードリヒ・ニーチェ
がいました。

その主著『ツァラトゥストラかく語れり』
(1885)には、漱石も共感と批判の混在する
大量の書き込みを書き残しているのですが、
ともかくそのニーチェいわく

シェークスピアは情熱に関して
ずいぶん思索をめぐらせていたし、
多分彼の気質からして多くの
情熱にきわめて近しい交渉を
もっていたであろう(劇作家は
一般にかなり悪人である
)。

しかし彼はモンテーニュのように、
それについて語ることはできずに、
情念に関するもろもろの考察を
情念につかれた人物の口に託した…
(『人間的、あまりに人間的』176節)


そのことが「彼の戯曲をきわめて思想の
豊かなもの」にしたと称賛を惜しまない
のですが、そのニーチェの世界では
「情熱/情念」がそのまま「悪」と呼ばれる
こともあります。

ともかく劇作家(=悪人)の代表として
シェイクスピアが意識されていたことは
間違いなく、その名は『善悪の彼岸』
(1886)など他の主要著作にもたびたび
顔を出すのです
👉『ツァラトゥストラ』をはじめ、
ニーチェの著作に興味をお持ちの場合は、
こちらの記事も是非ご参照ください。

ニーチェ ツァラトゥストラは読みやすい?訳本選びがカギに

“結婚生活は長い会話である”とニーチェが言ったって本当?出典は?

まとめ

さて、いかがでしょう。

『天保十二年のシェイクスピア』を
深掘りしていくことで、昭和の大作家
井上ひさしばかりでなく、彼を超えて、
世界の文豪シェイクスピアの世界にも
ぐっと親しんでいただくことができた
のではないしょうか。

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