漱石 三四郎で感想文:美禰子の愛は?”無意識の偽善者”とは?

 


やあやあサイ象です。

「感想文の書き方」シリーズも
はや第84回。

今回は夏目漱石の長編小説
『三四郎』(1908)を採り上げます。
   


明治41(1908)年に東京・大阪の
両『朝日新聞』(当時は『東京朝日』
『大阪朝日』が別でした)に連載され、
2015年にはその『朝日新聞』が
『こころ』につづいて異例の百年ぶり
再連載
を行うという、
驚異のロングセラー。

翌年の『それから』、その次の年の
『門』とともに「三部作」をなすとされる、
その発端の物語ということになります。

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まだ読んでなくて内容を
知らない人は、まずこちらで
「あらすじ」を仕入れて
くださいね。

夏目漱石 三四郎のあらすじ:「簡単/詳しい」の2段階で解説



👉 代助の前身は美禰子?

さて、「三部作」だということに
なってはいるのですが、登場人物の
名前は三作すべて違いますし、
完全な続き物として読めるわけでは
ありません。

ただ、感想文やレポートを書きあぐねて
いる人は、まず、その「三部作」という
ところに突破口が見つかる
かもしれないんです。


「三部作」というのは、漱石自身が
銘打ったわけではなく、周りで勝手に
言い出したことですね。

いわれるようになった最大の要因は、
ズバリ、第三作の『門』で語られるのが、
友人から妻を奪った男のその後の経緯で、
これがまさに前作『それから』の
後日談として読めることでしょう。


でも、『三四郎』と『それから』の間に
そういった緊密なつながりがあるかというと、
それを見つけるのはちょっと苦しいんですね。

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  東大構内の心字池(通称”三四郎池”)

第一、主人公の三四郎と『それから』の
代助とがあまり似ていない。

23歳だった三四郎が7年後に代助のように
なるというのはちょっと想像しにくい。

家庭環境などの境遇も、頭の切れも、
女性への受けもずいぶん違いますよね。


このアポリア(難問)を解く一法として
出てくるのが、代助の前身を
三四郎でなく、むしろ美禰子に求める
という説なんです。



👉 不「自然」な恋愛行動

つまり『三四郎』の美禰子は三四郎との
間に恋愛に近い関係を築きながら、
他方で野々宮さんとの間でもそれに近い
ことをしていたようでもあって、
三四郎に見せつける形で野々宮さんに
耳打ちをしたりします。 

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つまり潜在的な三角関係を活用した    
コケットリー(嬌態)がとっさに
出るんですね。


そして結局は、突然現れた第三の男と
そそくさと結婚してしまうわけで、
この男を愛しているのかどうかも、
三四郎と野々宮さんのどちらに
ほんとは気があったのかも、
ついにわからずじまい。


一方、『それから』の代助は物語が
始まる三年前に、好きだった三千代を
「義侠心」から親友の平岡に譲るという
不自然をあえてしており、結局そのことで
「自然に復讐(かたき)を取られ」ます。

この経緯はこちらの記事に
詳しく書いています。

漱石 それからのあらすじ:簡単/詳しくの2段階で解説
 


つまり、このような視点からしますと、
恋愛や結婚にかかわる局面で「自然」に
反した行動をとってしまうという点で、
美禰子と代助が共通していることが
見えてくるんです。

だから、代助の前身は三四郎より
むしろ美禰子だ、と。

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👉 漱石自身が語る「美禰子」の性格?

それなら、書けるんじゃないですか?

代助を絡ませても絡ませなくてもいいので、
美禰子のコケティッシュな振る舞いと
その反「自然」性について……

どう? 魅力的でしょう?

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もちろん否定しなくってもいいんですよ。

美禰子の行動になんら不正はなく、
女性としてまったく「自然」に
振る舞っただけだ、と論陣を張るのも
よろしいんじゃないですか?


ともかくここでは、 この美禰子という
女性の性格について、作者の夏目漱石
自身が語っていた言葉をすこしばかり
紹介しておきましょう。


美禰子のモデルになった女性も何人か
考えられるんですが、その一人が
「元始、女性は太陽であった」で有名な
平塚らいてう(明〔はる〕)。

この人がまだ女学生のころ、漱石の弟子の
森田草平と塩原温泉郷で心中未遂をする
という事件で世を騒がせました。
 
     よくわからない女……  vintage-1077954_640

草平は漱石の世話により、この事件を
素材とした『煤煙』という小説を
『東京朝日新聞』に連載させてもらう
ことになるのですが、その直前に
『朝日』に連載されたのが、
この『三四郎』。  

執筆前に、平塚明の特異な性格について
たくさん話したので、それが美禰子に
反映しないはずはない、と草平。

現に漱石は「君が書かなければ、
ぼくがそういう女を書いて見せようか」
とも口にしたというのです。
(森田草平『漱石先生と私』)
     


平塚らいてうとこの事件について
より詳しくはこちらで。

平塚らいてう塩原事件:才ある美人の不倫心中逃避行…なぜ?

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👉 無意識の偽善者?

ただ、漱石は平塚明に会ったことは
ありませんし、そもそも生身の女性と
じかに接した経験は少ない人でしたから、
美禰子の人物造型にはブッキッシュな
(書物からの知識による)部分も
大きいと考えられます。

草平の話す明子について「どうもわからん」
としながら、漱石は当時読んでいた
ドイツの作家ズーダーマンの『消えぬ過去
(エス・ワール)』のヒロインを引き合いに
出して、明子もこういう女だとすれば
「それで解釈ができないこともない」と
言ったというのです。

ああいうのを
自ら識らざる偽善者
(アンコンシャス・ヒポクリット)

というのだ。

ここにいうヒポクリットとは
いうところの偽善者ではない。

つまり自ら識らざるあいだに
別の人になって行動する
という意味だね。

自ら識らずして行動するんだから、
その行動には責任がない。

   (森田草平『漱石先生と私』。
    下線部は原文では傍点)


どうでしょう。   015449

代助も三千代を譲るという不自然を
あえてしたとき、この「みずから
識らざる」すなわち無意識の偽善
陥っていたのでしょうか。


それはともかくとして、美禰子も
そのように「解釈」できるかどうか、
じっくりと読み直してみては
どうでしょうか。

このテーマ、現代なら、精神病者の
犯罪における責任問題とかも絡んで、
いろんな問題が出てきそうですよね。

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あるいはかつて魅力的な女(男)に
手玉に取られた経験を反芻し、
痛みとともに書き綴ってみるとか……


とにかくなんとか考えてみましょう。

三部作の終点、『門』を
考えるのも一法ですね。
こちらをご参照ください。

門(夏目漱石 )の簡単なあらすじと小論文へのヒント
門(夏目漱石)の詳細なあらすじ:登場人物に入り込んで解説


また無意識の偽善者という発想は、
漱石文学に一貫する「恐れる男と
恐れない女」という男女観にも
重なってくるはずでずね。

そのあたりを考える上では、
こちらの記事も参考になるはずです。

漱石の名言でたどる恋愛💛『吾輩』猫が読み直す『こころ』etc.
漱石『こころ』のお嬢さん問題と河合奈保子「けんかをやめて」


当ブログでは、『三四郞』以外の
漱石作品を含め、日本と世界の
種々の文学作品について、
「あらすじ」や「感想文」関連の
お助け記事をたくさん書いています。

参考になるものもあると思いますので、
どうぞこちらのリストからお探しください。

「あらすじ」記事一覧

≪感想文の書き方≫具体例一覧

ともかく頑張ってやりぬきましょー~~(^O^)/

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