シェイクスピアのオセロを講義:漱石の名言「白砂糖の悪人」?

 


吾輩は猫である。
名前はまだない。
どこで生まれたか、とんと……    猫男kadnip_medium
いや、挨拶はもう抜きにさせてもらおう。

吾輩の主人である苦沙弥(くしゃみ)
先生は『吾輩は猫である』(1905-06)を
読んでいるかぎり馬鹿としか思えんが、
そのモデルともいえる作者の夏目漱石
先生は実はたいへん賢い人である。

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👉 シェイクスピアを講義した漱石

先生がやはり自分をモデルに書かれた
『坊っちゃん』(1906)でも主人公は
かなりの馬鹿なんであるが、この馬鹿に
賢い自分を託して創り上げたこの作品など
真のユーモアの結晶とも評したい傑作だ。

このような、ユーモアの作家として
出発した漱石は、徐々にむしろ悲劇的な
世界へと転進し、やがて『こころ』(1914)
のような、ずいぶん趣の異なる傑作をも
世に送ることになった。


世界を見渡しても、こんな作家はなかなか
いないと思うんであるが、しいて挙げる
とすれば、英国の”沙翁(さおう)”こと
シェイクスピアの名が浮かぶ。

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ところでこのシェイクスピアを
漱石は精細に読み込んでいた。

帝国大学講師時代の講義録や漱石自身が
残した蔵書などに感想や分析、意見が
びっしりと書き込まれているんである。

ここでは不肖、吾輩がそれらを見直し、
そこにちりばめられたシェイクスピアの
「名言」と、その叡智に反応した漱石
先生の「名言」とを交互に抜き出して
お目にかけて行こうと思う。


👉 対等の作家と見る

『オセロ』(Othello、1604)から始めよう。

「オセロ」といってもゲームではないし、
妙なことで話題を振りまいた
お笑いコンビでもない。

おそらくそれらの方がこの戯曲から名前を
取っているんであるが、シェイクスピア
四大悲劇の一つとされるこの『オセロ』では、
主人公のオセロ将軍が”黒人”(正確に
どういう人種かは諸説がある)で、その妻
デズデモーナは白人(他の人物はすべて
白人だから当然だが)というわけなんである。

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  ロンドン、パレス・シアター  

帝大で漱石が『オセロ』を講じた学期が
あり、これを細かに筆記していた弟子の
野上豊一郎が後年それを講義録として
まとめて出版した(1930)。

その後ほかの弟子、小宮豊隆らも加筆して
構成されたのが、現在の『「オセロ」評釈』
(『漱石全集』第13巻)というわけだ。
 
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これを読むと、漱石の目が学者というより
すでに作家のもので、シェイクスピアを
対等の作家とみて、「ここは自分ならそう
でなく、こうもって行きたい」という類の
批評的な読み方をしていたことがわかって、
たいへんスリリングだ。


👉 緑色の目をした怪物

といっても、作品に不案内な読者には
わかりづらいであろうから、まずは、
『オセロ』の世界を象徴するような
名セリフをお目にかけよう。

こいつ(嫉妬)は緑色の目をした
怪物で(◎◎;)、人の心を餌食(えじき)
としそれをもてあそぶのです。

・・・【名言:その1】
(『オセロ』第3幕第3場。小田島雄志訳)

Stich, Abbildung, engraving, gravure :1856.
1856年の版画


これは旗手のイアーゴがオセロにささやく
言葉で、どうやら将軍の妻への強い愛を
利用して、何事かをたくらんでいるらしい。

そのたくらみとは、将軍夫人デズデモーナ
と副官キャシオの仲をでっち上げて
オセロの嫉妬心に火をつけるということで、
深謀遠慮、巧言令色のイアーゴは
それを着々と進めつつある。


このあとデズデモーナの手からハンカチが
落ちるという偶然の出来事があり、拾った
エミリア(イアーゴの妻だが悪くはない)
からそれを入手したイアーゴは「これを
キャシオに拾わせる」という一計を案じる。

その際の独言を【名言:その2】
とさせてもらおう。

空気のように軽いものでも、
嫉妬にかられた男には(゜д゜;)
聖書の文句ほどに重みのある
証拠になる。

・・・【名言:その2】
(『オセロ』第3幕第3場。三上勲訳)

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やがて夫の様子に不安を覚えた
デズデモーナは「嫉妬される理由は
ない」とエミリアに断言するが、それへの
エミリアの応答を【名言:その3】
としよう。

理由があるから嫉妬するのではなく、
嫉妬深いから嫉妬するんですもの。
嫉妬というものはみずからはらんで
みずから生まれる化け物です(ドクロ)。

・・・【名言:その3】
(『オセロ』第3幕第4場。小田島雄志訳)


👉 ハンカチ落としは小刀細工

「嫉妬」のことばかりでツラくなる人も
あるかもしれんが、「嫉妬」や「三角関係」は
『こころ』を頂点とする漱石の一連の長編
小説で徹底的に追求されたテーマでもある。

このあたりに関しては、こちらを
ご参照いただけるとありがたい。

漱石の名言でたどる恋愛💔『吾輩』猫が読み直す『こころ』etc.


漱石がシェイクスピア作品のうちでも
特に『オセロ』にこだわったのだとしても、
この意味で、決してわからんことではない。

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さて、『「オセロ」評釈』に記録された、
講義中の漱石の言葉を拾っていこう。

まず上記の「デズデモーナの手から
ハンカチが落ちる」という「事件」の
作り方についての所見をまとめると、
こうなる。

こういう発展の仕方も
悪くはないが、可能性の小さい
ことを原因とするから「事が
きはどくなる、小刀細工的に
なる」、シェイクスピアの
長所はそんなところにはない。

それよりは「心の成行から
事件が発展する方が第一
不自然でなく、見ていて
愉快である」。


そんな「小刀細工」なしに進展していたら、
さらなる傑作でありえたという見方で、
『こころ』などでの「事件が発展する」
様を思い返してみると、なるほどと
思われんでもない。


👉 「大悪人」イアーゴ

それはともかく、この作品から漱石が
受けている印象の核心がどこにあるか
といえば悪役イアーゴの人物造型
ということになる。

上記のコメントに先立つ第二幕の終わり
近くでは、このイアーゴよりもっと
完璧で洗練された「悪党」を書いて
見たいという夢を語ったらしい。

これを本日の【名言:その1】
とさせていただこう。

善人だか悪人だか分からないやうな、
表面だけ見ると立派な善人で、
然も一面大悪人であるといふ
やうな性格をかいて見たら
面白いだらうと思ふ。

自分はさういふ人間が確に
世の中にはゐると思ふ。

・・・【名言:その1】
   (「『オセロ』評釈」)

われわれは「恐怖からやった小悪」を
ごまかして「善」のように見せかける
ことがあるが、イアーゴは「冷酷に
大悪を為し得て、それを善の如く装ふ
手際」をもつ。

「一方から見れば大いにえらい」と先生、
この「悪党」をえらく買うんである。

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さて、「大悪人」イアーゴがそれでも
「完璧」でないというのは、それでは
一体なにが足りないとういうのかしらん。

妻のエミリアを含め、誰の前でも善人に
見せかけているイアーゴが”悪友”ともいう
べきロダリーゴにだけ「化けの皮を現
はして」いる
ことだ( ̄□ ̄;)!!
と漱石はいうんである。


これはいかにも「惜しいこと」で、もし
「誰にも心中を打ち明けないで、独りで
悪をするやうに描いたならば」、
「完全な悪人」「a refined rascal(洗練された悪漢)」
となれたはずだ、と説く。

これに続く漱石の言葉を
【名言:その2】とさせてもらう。

(そうすれば)黒砂糖でない、白砂糖の
悪人になれた筈である。

しかし白砂糖の悪人は
今までの文学にはない。

・・・【名言:その2】
   (「『オセロ』評釈」)
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ここで一応、注釈させてもらうと
「白砂糖」のことを英語で”refined sugar”
(”white sugar”も可)といい、
「黒(赤)砂糖」は”unrefined sugar”
(”brown sugar”も可)というんで、
“refined”(洗練、製錬された)の語で
引っかけたんであるな。


え? 猫のくせになんでそんな
英語まで知っているのか?

いや、前にも申したが、吾輩は苦沙弥先生が
机にひろげる洋書を覗き込むうちに(当人は
涎を垂らして眠っているのであるが(_ _。))
英語も覚えたんである。

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だが、この博識なる吾輩といえども、
「今までの文学にはない」と漱石先生の見る
「白砂糖の悪人」がその後の文学に出現
したのかどうかということになると、
どうにも見当がつかん。

是非、識者の教示を乞いたいところである。

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   ハムレットの恋人、オフィーリア(J・E・ミレー画。部分)

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では本日はこれにて失礼する(*~▽~)ノ

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