サクラさん
夏目漱石の『それから』
で”読書レポート”を
書くように言われて
るんですが、これ、
“読書感想文”と
どう違うんですか?

ハンサム 教授
つまり”感想”じゃなく
“レポート”を書けと
いうことでしょう。

その”レポート”がどん
なものかは先生が説明
されましたよね。

サクラさん
へへ;それがサッパリ
思いだせないんで(😹)

ハンサム 教授
しょうがありませんね;^^💦

学校や先生によって違う
でしょうが、まあ共通し
そうな注意点としては…

 

主観的な”感想”を書き
流すのではなく、自分
なりの発見主張
打ち出し、かつそれがなぜ
言えるのか客観的な根拠
示していく…
ってことになるかな。

サクラさん
ふ~む(🐱)

それじゃ「こう思いました」
とかでなく「こうである。
なぜなら…」って感じ?

ハンサム 教授
ええ。そういう文章で
全体的には「序論⇒本論
⇒結論」という形式を
きちんと整えること。

2000字とか4000字とかの
場合は、はじめに読んだ
本の要約を置いてから
序論に入ってもいい。

サクラさん
なるほど。そうすれば
字数も稼げますね(😸)






というわけで、おなじみ”感想文の書き方”
シリーズ第242回は、
夏目漱石の代表作にして、最高傑作との
評価もある『それから』(1909)。
    👇



いつもとはやや違って”読書レポート”
として求められた場合の対応を考えて
いきますが、もちろん”読書感想文”
への応用も自由自在ですので、
ぜひ参考にしてください。

もちろん『それから』全文の
通読が前提になりますが、
その労を惜しんで”読書レポ
ート”または”読書感想文”を
書こうという大胆な方は
こちらで「あらすじ」を
仕入れていただくことも
可能です;^^💦

漱石 それからのあらすじと解説 《自然》に復讐された男?

      



いっそのこと映画化作品(森田芳光監督、
松田優作主演、1985)を見ていただく
という手もあります。
   👇



その予告編がこちら。





読書レポート例文(2000字程度)

さあこれで、ストーリーはしっかり
頭に入りましたよね。

それでは以下にハンサム教授が試作
された2000字程度の”読書レポート”
例文をお目にかけますので、
じっくりとご検討ください。

⦅読書レポート⦆
夏目漱石の『それから』について


 夏目漱石の長編小説『それから』
(1909)について、特に物語の山場を
なす愛の告白の場面で主人公が「愛」
の語を用いず、「貴方(あなた)が
必要だ」と口にすることをめぐって
考察を試みたい。

 
 はじめに『それから』のあらすじを
紹介しておくと、主人公は帝国大学を
卒業しながら資産家の親に寄生して
働こうとしない30歳の長井代助で、
彼は大学時代に三千代という女性を
愛しながら「義侠心」を起こして
親友に彼女を譲ってしまい、
今はそれを悔やんでいる。

ついには危険を冒して三千代を
取り戻す決意を固め、それを告げる
ために彼女を自宅へ呼ぶのである。



 ところで少し話が飛ぶが、現在の
若者の間で「月が綺麗ですね」と
言えば“I love you”の意味になる
という一種の約束事が流通しており、
この奇妙な隠語の発生源が漱石だ
ということになっている。

大学で英語を教えていた時、
ある学生が“I love you” を
「我君ヲ愛ス」と訳すのに苦笑
した漱石が、「日本人がそんな
台詞を口にするか。『月が綺麗
ですね』とでも訳しておけ」と
教えたというのだ。

この逸話が事実でないとしても、
漱石が似たような発言をした
可能性は小さくないと私は思う。

その根拠は、その後作家になって
次々に書いていった長編小説で
漱石がほぼ毎回、恋愛を扱いながら、
男が女に言う台詞として「愛して
いる」云々と書かなかったことだ。

それなら「愛している」以外の
どんな言葉で女を自分のものに
しようとしたのかといえば、
それが『それから』の場合は
「必要」云々だったわけである。


 三千代と対面し、五年前の共有
された思い出などについて話し
はじめた代助は、やがてこう
切り出す。

「僕の存在には貴方が必要だ。

どうしても必要だ。

僕はそれだけの事を貴方に
話したい為にわざわざ貴方を
呼んだのです」(十四)

そう言われた三千代が落涙する
のは、もちろんその意味が十分に
伝わったからであり、「承知して
下さるでしょう」と押す代助に
「あんまりだわ」、「残酷だわ」
となじる三千代が、すでに彼を
受け入れていることは
言うまでもない。

   

ともかく小説のクライマックス
ともいえるこの場面で、漱石が
主人公に言わせた言葉は「愛する」
ではなく「必要だ」である。

続く場面で彼が三千代に「貴方は
平岡を愛しているんですか」と
尋ねることから見ても、漱石は
代助に「愛する」と言わせる
選択肢を持ちながら、あえて
それを捨てたと考えるべき
だろう。


 ただ「必要」の語の選択に
ついて漱石が後々も自信をもって
いたかは不明で、その後の小説の
恋愛場面で使われていないことから
すれば、むしろ否定的だった
可能性もある。

後期の作品について恋愛表現の
台詞を見ていくと、実は「愛する」
云々の言い方を避けてはおらず、
「愛してもいない私に対して」
(『彼岸過迄』)、「愛するのよ、
そうして愛させるのよ」(『明暗』)
などの言葉が女性の台詞として
出てくる。

時代の移りゆきに影響を受けも
しただろうが、そればかりでなく、
漱石自身の嗜好や考え方として、
「必要」云々よりやはり「愛する」を
口にさせたいという転進があった
のではないかと私は考えている。


 ここで話を一般化して
①「AはBを愛する」
②「Aの存在にBが必要だ」
の二つの命題について
検討を加えてみたい。

Aを主体として、それがBと
どう関わるかを述べている
点において、①②に違いはない。

ただ、そういう発言が出てくる
文脈も考慮して心理的な解釈を
する場合、②では「Aの存在」が
自明の前提としてあって、Bは
その意向を受ける存在でしかない
のに対し、①のA、Bの間にその
ような前提はなく、両者は
まったく対等である。

このような差異を感受することに
ある程度の普遍性が認められる
ならば、上記の場面での代助の
台詞としては①の言い方の方が
むしろフェアだということにも
なる。

  

結果として②を選んだのは彼の
傲慢さの証であり、結局は
「やっぱりお坊ちゃんだから」、
あるいは男性中心主義にあぐらを
かいている、等々の批判を
呼び込む余地がある。

漱石がその後、愛の言葉として
「必要」の語を用いなかったのは、
本人もこのような点が本意では
ないように感じられてきたことに
よるのではないかと私は思う。


 この観点からすると、「必要だ」
と言われた三千代がやがて涙を
おさめて「残酷ではございません」
と前言撤回し、「私だって、貴方が
そう云って下さらなければ、生きて
いられなくなったかもしれませんわ」
と心を明かして代助に寄り添って
いくという、多数読者の感動を
呼んできた場面も、単純に感動して
ばかりもいられなくなってくる。

ここには、男の恣意に振り回され
ながら、それ以外に幸福を求める
方途のない三千代という人物の
哀れさもまた読まれてしかるべき
であるが、代助に「愛する」でなく
「必要だ」だと言わせた漱石は、
その選択によって三千代の存在を
よりいっそう哀切なものとした。

この意味では「必要だ」と言わせ
ない方がよかったとも言いきれない。
         (2001字)





どうです?

さすが教授…ではないですか?;^^💦。


ここまで来るとほとんど学術論文の
レベルで、大学下級生や高校生が
書いあたらホントにお前が書いたのかと
疑われるかもしれません。

だからやはり(そうでなくてもですが)
丸コピ(まるまるコピペ)は厳禁ですよ(👿)

すぐバレますから。


だからまあ、使うなら部分的に
“つまみぐい”して、自分の文章に
書き直すようにしてくださいね。

それでうまくまとめられれば、
場合によっては激賞されて、文学部へ
行けとか、学者になれとか色々言われて
しまうかもしれませんよ~;^^💦


ただ、それも先生次第。

先生の要求どおりに書いてなければ
ダメ出しされてしまう可能性もあり
ますので、そこは要注意です。

【作品の要約】【自分の意見、
報告等】
とを切り離して別建てに
した方がいいのか等々、事前に確認
しておくことが望まれます。

これを別建てにして書いた
読書レポートの例はこちらで
ご覧になれます。

読書レポートの書き方(大学生用) &例文(カフカ『変身』2000字)         

   




漱石先生、さすがです

ところで上記のハンサム教授試作の
読書レポートですが、その内容に
ついては、十分にご理解いただけない
部分もあったかもしれませんね。

たとえば告白を受けてからの
三千代の感動ぶりの大きな振幅。


「貴方がそう云って下さらなければ、
生きていられなくなったかも…」
云々と言っていましたよね。

上では引用していませんが、その次に
代助と逢った時には
「もしもの事があれば、死ぬつもりで
覚悟を極(き)めているんですもの」
「死ねと仰れば死ぬわ」
などとまで言います(十六)。

    

現代人の目から見ると、これらは
少々大げさすぎないか…という感が
なきにしもあらずですよね。

でも当時はまだ「姦通罪」という法律が
あって、不倫を訴えられた場合などを
考慮すれば、実際自分らのしていることは
命がけの反社会的行動だという意識が
三千代にはあったと思われるのですね。

その点、代助の危機意識には三千代ほど
徹底していない部分があり、ここも
「やっぱりお坊ちゃん」と思わせない
でもない微妙なところです。

このあたりの男女差を言うに
あたって漱石のもちいた表現に
「恐れる男と恐れない女」
という対句もありました。

詳細はこちらでどうぞ。
 
漱石の名言でたどる恋愛💛『吾輩』猫が読み直す『こころ』etc.






その代助がこの危険な渦に三千代を
巻き込む決意を固めた時、胸に
つぶやく言葉が
「今日始めて自然の昔に帰るんだ」

そうつぶやくと「彼は年頃にない
安慰を総身(そうしん)に覚え」、
「何故もっと早く帰る事が
出来なかったのか」、
「始めから何故自然に
抵抗したのか」と思います(十四)。


ここでは《自然》がキーワードに
なっていることが明らかですから、
読書レポートも、これへの着目から
入っていくことも十分可能です。

人は結局《自然》(nature/
「本性」「さが」などとも
訳されます)には逆らえない。

このことを端的に表現した
原題の寓話に「サソリと
カエルの話」がありますね。

その内容はこちらで。

サソリとカエルの話 その意味は?自らの自然(ネイチャー)を知れ?

           

そのほかにも、目の付けどころによって
いろんな読み方ができてくるはずなんです。

たとえば、よく知られるように
『それから』は『三四郞』と『門』の間に
入って三部作をなすといわれています。

この三作の連続性という視点から
読むとどうなのか。

そのあたりを考えたい人は、こちらの
記事も参照してください。

夏目漱石 三四郎のあらすじ:簡単/詳しいの2段階で解説

漱石 三四郎で感想文:美禰子の愛は?”無意識の偽善者”とは?

       

門(夏目漱石)の簡単なあらすじと小論文へのヒント

門(夏目漱石)の詳細なあらすじ:登場人物に入り込んで解説

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さあ、これでもうこれで書けますよね? 
読書感想文。

え?、書けそうなテーマは浮かんできたけど、
でも具体的に、どう進めていいか
わからない( ̄ヘ ̄)?

そういう人は、上に開陳しました
《虎の巻》で実際に作品を読み解いた
記事のどれかを見てくださいね。

当ブログでは、日本と世界の
種々の文学作品について、
「あらすじ」や「感想文」関連の
お助け記事を量産しています。

参考になるものもあると思いますので、
どうぞこちらからお探しください。

「あらすじ」記事一覧

≪感想文の書き方≫具体例一覧

ともかく頑張ってやりぬきましょー~~(^O^)/

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