戦場のメリークリスマスは意味不明?なぜキス?原作を見なきゃ謎な映画

戦場のメリークリスマスは意味不明?なぜキス?原作を見なきゃ謎な映画 

サクラさん
映画『戦場のメリー
クリスマス』、よかった
という声をよく聞きます
が、私にはどこがよい
のかわからず、ほとんど
意味不明でした(😿)

ハンサム 教授
音楽や映像、俳優の美貌
や表情が「よかった」と
言ってる人が多いのかも
しれません。

映画自体のテーマを受け
とめて感動している人は
どれだけいるか…❓


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サクラさん
そのテーマというか、
伝えようとしていること
が私には伝わらなかった
ということなのかな。




ハンサム 教授
原作は非常に深遠な哲学
・心理学の埋め込まれた
小説なので、映像化は
やはり難しい。

無理にこしらえれば、
やっぱり伝わらない
ものになってしまう…
ということかな。

サクラさん
原作というのは?

ハンサム 教授
ヴァン・デル・ポストの
の獄にて』三部作。

そのうち二部を複合した
ストーリーになっている
ので、なお難しい。

サクラさん
ほほ~(🐱) その
いうのは地面に映る、
あれ?

ハンサム 教授
いや、それが心理学者
ユングの言う意味での
なんですね。

唐突なキスシーンなど
映画が意味不明に見えて
しまうのは、その意味で
を描こうとして
いないからかも…

サクラさん
これは面白いことを
聞きました。

言い出した以上、映画と
原作の違いをきっちり
教えていただきます(😼)


というわけで、おなじみ””あらすじ暴露”
サービスの第191弾(感想文の書き方
シリーズ第273回)となる今回は、
カンヌ国際映画祭大賞確実との下馬評を見事
すり抜けて見せた、あの伝説的映画『戦場の
メリークリスマス』((((((ノ゚🐽゚)ノ

大島渚監督、坂本龍一音楽、その坂本と
デヴィッド・ボウイ、ビートたけしの主演
という途方もない豪華作品です(1983)!
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そのあらすじを結末までしっかりと押さえ、
その上で、原作であるローレンス・ヴァン
・デル・ポスト(南アフリカの白人作家)の
長編小説『影の獄にて』(1954-63。👇)の
深い内容に斬り込んで参ります!
    

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    原著第一部(1954)の表紙


まずは映画のストーリーをかなり詳しく
押さえた上で、原作と大きく異なる部分を
指摘し、この違いを突破口として原作の
世界をご案内しようという算段。

内容は以下のようになります。



映画のあらすじ

以下の「あらすじ」では、映画の展開を
⦅起/承/転/結⦆に区切って記述して
いきながら、原作と違う重要な部分に
👉❶のような印をつけていきます。

そしてその違いを探求するところから
原作の世界に入っていく試みを下に置く
➊~➏の各章でやっており、クリックで
飛んでいけるようになっています。

オッと、もちろん映画も小説もネタバレ
あり
になりますので、結末を知りたく
ない人は読まないでくださいね;^^💦


⦅起⦆

1942年、ジャワ島内の日本軍
捕虜収容所を実質的に取り仕切る
ハラ軍曹(ビートたけし)。

日本語の通訳をさせられている
英軍中佐ロレンス(トム・コンティ)は、
ハラの命令で、朝鮮人軍属カネモト
(ジョニー大倉)の処刑に証人として
立ち合う。

罪状は若いオランダ人負傷兵
デ・ヨンへの性行為。

デ・ヨンの供述では、優しく看護して
くれていたカネモトが何度目かに
この行為に出たという。

   

「日本軍人ならできるだろう」と
ハラに怒鳴られ、カネモトは切腹を
試みて出血するも、果たさず。

そこへ収容所長のヨノイ大尉(坂本龍一)
が駆けつけ、ハラの独断をとがめ、
正規の手続きで処罰しなおすと宣言。
👉❶同性愛行為、ハラキリ、”在日”、
いずれも原作になし



その日、軍律会議に出席したヨノイは、
ジャワ島でゲリラ戦を主導した英軍少佐
ジャック・セリアズ(Jack Celliers/
デヴィッド・ボウイ)の尋問に加わり、
その金髪碧眼の美貌に圧倒される。

不遜な態度で無罪を主張するセリアズに
審理の流れが死刑に傾くところを、
ヨノイは情報をもっているはずだから
捕虜にすべきだと主張し、これが通る。

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捕虜収容所に送られ、衰弱の激しさから
病棟入りしたセリアズは、戦友ロレンス
との再会を喜ぶ。

ロレンスはヨノイに、「掃射のジャッ
ク」「兵士の中の兵士」と称された
セリアズの武勇を語って聞かせる。

       


⦅承⦆

捕虜長になっているヒックスリーは
兵器や鉄砲に詳しい捕虜の名簿を
提出するようヨノイに命じられるが、
国際法を盾にとってこれを拒否。

ハラに頼んでデ・ヨンを病棟に保護
させたロレンスは、自身も身の危険を
感じて病棟に宿泊。

夜、ハラ軍曹が様子を探りに病棟へ
忍び込むと、セリアズの様子を見に
来たヨノイの姿が…。


ヨノイの早朝の居合い稽古の掛け声が
狂気じみたものとなり、病棟の病人が
怯える。

そのことをロレンスから注意された
ヨノイは、2.26事件の時、満州に
いたために決起に加われなかった
自らの現在を「生き恥」と感じて
いる心中を語る。
👉➋真剣での居合い、2.26事件


カネモトの切腹が本決まりとなり、
被害者のデ・ヨン、セリアズ、
ロレンスらも立ち会いを命じられる。

カネモトは教えられたらしい古式に
則って腹を斬るも、介錯役の兵士が
二度も首を斬り損ね、業を煮やした
ハラが代わって斬り落とす。

と、同時にデ・ヨンが舌を噛み切って
自殺を試みており、一同混乱。

ヨノイは動転し、捕虜全員に48時間の
「行」(ぎょう/外出禁止と断食)を
命じる。


処刑の時間、命令に背いて外出し、
カゴいっぱいの赤い花を摘んできた
セリアズは、デ・ヨンのベッドを
無数の花で埋め、皆で追悼の合唱。

   

騒ぎを聞きつけた日本兵にセリアズは
引きずり出され、ヨノイから直々に
注意を受けるも、「あんたに禍を」と
不敵に微笑み、ロレンスともども
牢屋に入れられる。

その日病棟から無線機が発見される。

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⦅転⦆

ヨノイの従卒の一人が見張りの兵士を
刺して牢屋に侵入し、セリアズ暗殺を
図る。

逆にその短剣を奪ったセリアズは、
激しい体罰のせいで動けないロレンスを
担いで脱走しようとする。


そこへヨノイが立ちはだかって
剣を抜く。

しばらく対峙してからセリアズは短剣を
捨て、そこへ現れたハラに殺されそうに
なるが、ヨノイがこれを制止。


セリアズ殺しに失敗した従卒は
「あいつは大尉の心を乱す悪魔です」
と言い残し、その場で切腹を果たす。

   


自殺では恩給が出ないので戦死扱いに
する(カネモトの場合もそうした)という
ハラの提案をヨノイが認め、葬儀。

出席したロレンスは、自分とセリアズが
無線機を持ち込んだ罪で処刑されると
知らされる。

収容所の秩序を守ろうとするハラの
仕組んだ冤罪だったが、ロレンスの
激しい抗議も通らない。


独房に入れられたロレンスとセリアズ
は、薄い壁越しに思い出を語り合う。

ロレンスはシンガポールで2回だけ会った
女性との淡いロマンスを幸せそうに
語るが、セリアズは自分には「裏切り」
の思い出しかないと沈鬱な表情で語る。
👉➌セリアズの「裏切り」と”影”


クリスマス・イヴ。

セリアズとロレンスを呼び出した
ハラは酒気を帯びており、「今夜、
わたし、ファーゼル・クリスマス」
などと大笑いしながら二人の釈放を
告げ、「メリークリスマス、ロレンス」
と笑って繰り返す。

   

ヨノイに対してハラは、無線機持ち込み
の真犯人が見つかったので、自分の
独断でロレンスとセリアズを釈放した
と報告し、判断ミスや独断について
謝罪する。

ヨノイはハラに3日間の謹慎を命じる。
👉➍ハラ独断のクリスマス特赦と
それへの処罰



⦅結⦆

ヨノイはヒックスリーに、兵器や銃砲に
詳しい捕虜の名を報告せよという要求を
続けるも、頑強な拒否にあう。

さらにヒックスリーが「捕虜長を
セリアズに代える」という噂があるが…
と嘲笑気味に言及すると、ヨノイは激怒し、
捕虜全員の野外での整列を命じる。

     


無理に連れ出された重症者が死亡し、
猛烈に抗議するヒックスリーに、
ヨノイは銃砲に詳しい者の名を言えと
例の要求を繰り返す。

なおも「いない」と言い張った捕虜長に
対し、ヨノイは刀を抜くと目を閉じ、
祈りのような言葉をつぶやき始める。


その時、セリアズがヨノイに歩みよる。

ヨノイは驚いて突き飛ばすが、
セリアズは立ち上がり、強引に両腕を
つかんで頰ずりし、頰に接吻する。 
   
     

よろめいたヨノイは部下に連れ去られ、
部下は寄ってたかってセリアズを乱打。
👉➎ヨノイへの接吻が意味するもの


更迭されたヨノイに代わった新所長の
命令で、セリアズは野外に首だけを
出した状態で生き埋めにされる。

     

ヨノイは姿を消し、ハラも捕虜の
半数とともに別の作業地へ移動。

日に日に衰弱するセリアズが夢の中で
弟の美しい歌声を聞いている月夜、
ヨノイが現れ、彼の金髪を切り取って
胸にしまい、敬礼して立ち去る。


4年後の1946年。

戦犯を収容する獄舎で、処刑を翌朝に
控えたハラと、その呼び出しに
応じたロレンスが再会。

ヨノイは終戦後すぐに処刑されたが、
ロレンスはそのヨノイからセリアズの
遺髪を渡され、郷里の神社に奉納
してほしいと言われたと告げる。

すでに死を覚悟しているハラだが、
自分は他の兵士と同じ違うことを
したわけではない…
という不満ももらす。
➏(皆と)同じことをしただけなのに…

「あなたは犠牲者だ。正しい者など
どこにもいない」とロレンス。

ハラは収容所でのクリスマスに言及し、
二人は「楽しかった」と笑い合う。

あの時と同じ「メリークリスマス、
ミスター・ロレンス」という英語で
ハラは別れを告げる。

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原作が映画と違う部分

それでは原作が映画で大きく変えられて
いる部分について、上記「あらすじ」中の
➊~➎に即して考察して参りましょう。


➊同性愛行為、ハラキリ、
“在日”、いずれも原作になし

映画のストーリーは原作『影の獄にて』の
「第一部 影さす牢格子」「第二部 種子と
蒔く者」とのミックスで構成されている
のですが、映画冒頭のこのエピソードは
原作のどこにもありません。

映画の基本的な主題が「戦争と同性愛」に
あることは公開前からの大島監督の公言
の通りでしたから、ヨノイのセリアズへの
同性愛的感情(これは原作にもあり)が
主筋をなすのは当然として、そこにこの
副筋的な挿話が加わることで主題が
鮮明化されたと言えそうです。

で、その”性犯罪者”を一般の日本人兵士
でなく「朝鮮人軍属」(日本国籍がない
ため「軍属」とされるが兵士と同じ扱い)
に設定したのも微妙なポイントで、
政治的発言でも知られた大島監督の
面目躍如とも言えそうです。

       

そしてハラキリ(harakiri)。

英語ばかりでなく多くの外国語の辞書に
載っている、日本人のこの有名な「蛮風」
(ばんふう。野蛮な風習)を冒頭にあえて
出すことで外国人受けを狙ったとも見え、
“あざとい”という批判も出そうです。


➋真剣での居合い、
2.26事件

居合い稽古は真剣で行われており、
ヨノイの相手をした剣士は額に
切り傷を負って出血します。

   

ほんとにジャワでこんなことやって
いたのかは”❓”で、これもハラキリ
同様、外国人受けを狙っての設定の
一つなのでしょう。

それはともかく、ヨノイのこの”命知らず”
の部分は「2.26事件で死にそこねた」という
ロレンスに語る自意識と一体のもので、
これがセリアズの極度の”命知らず”
と図らずも一致します。

「2.26」で自分も…という思いの背後には、
あるいはこの事件で”恋人”に先立たれた
という悲恋物語が隠されている
のでしょうか。

そこは微妙ですが、そう読めば、ここで
わざわざ「2.26」を出してきた意図も
理解しやすくなります。

ちなみに大島監督の名を国際的にした
『愛のコリーダ』(1976)でも、冒頭に
5.15事件の行軍に背を向ける主人公
(藤竜也)の姿が描かれています。

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➌セリアズの「裏切り」と”影”

シンガポールで2度だけ会った女性との
ロマンスはロレンスにとって重要な
経験で、『影の獄にて』の「第三部
剣と人形」の主筋をなすものですが、
この映画とはほぼ無関係。

これに対し、セリアズが語り出す「裏切り」
の経験は映画『戦場のメリークリスマス』
の中核に据えられた物語にほかならない
のですが、これは「第二部 種子と蒔く者」
の主要部をなすセリアズの手記の内容を
かなり忠実に反映しています。


はしょって言いますと、美貌にも頭脳にも
体格や運動能力にも恵まれた兄に似ず、
セリアズの7歳年下の弟は凡庸で、背中に
あるコブを気にしている気弱な少年。

この弟の唯一の才能が、美しいボーイ
ソプラノで歌うことでした。


弟が兄と同じ全寮制の高等学校(今の日本で
いえば中高一貫の男子校)に入学し、恒例の
「イニシエーション」(通過儀礼と称する
荒っぽいイジメ)を受けることになります。

     

そこで弟が裸にされ背中のコブを嘲笑される
ことを兄は十分に予想していましたし、
またそれを事前に止めようとするなら、
有力な最上級生である彼にはその
チャンスが何度もありました。

ところが兄はなぜかそれを行使せず、
案の定、屈辱を受けた弟は、その日以来、
二度と歌を歌わなくなったのです。


これがセリアズの心を長く苦しめてきた
「裏切り」であり、彼が命知らずの戦士に
なったのは、この苦しみから死によって
逃れようとする衝動によっていた…。

でも映画と原作とで一致するのはこの
あたりまでで、それ以上の細部では
ずいぶん大きな違いがあるのですね。

それにはもちろん致し方のないところも
あって、何しろこの「第二部」は
『影の獄にて』中最大(約140ページ)で、
一篇の独立した長編小説として読むことも
できる長い物語。

しかもそこに埋め込まれた哲学・心理学的
考察には難解すぎて映画化はまず無理、
と思われる部分も含まれていますから。

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セリアズはなぜ音痴なのか

最大の違いの一つは、映画ではしばしば
咲き誇る花々を背景として美しく
見せられている弟の容姿。

兄そっくりの金髪と青い眼をもって
いるのですが、これが原作では大違い
なのですね。

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彼の髪は黒くゆたかであった。

皮膚は地中海的なオリーブ色、
いちばん見事なところである
眼は、大きく輝くような
漆黒であった。
  (第二部 二 弟よ)


つまり金髪碧眼の北方的な美に輝く兄に
対して、弟はむしろ「地中海的」な、
南方の沈んだ美をたたえている…
ということになっているのです。

   

二人が実の兄弟でありながら、むしろ
対照的といえるほどに隔たっているのは、
外見においてばかりではありません。

頭脳も運動能力も優秀な兄に似ず凡庸な
弟が唯一、才能を発揮したのが音楽に
おいてだったわけですが、それなら
この分野での兄の能力はどうだったか
といえば、

わたしは音痴だった。

歌を歌うと調子っぱずれになる。
〔中略〕
滑稽さに拍車をかけたのは、
世界に見事に溶けこんだわたしも、
こと歌にかけてはまるで相性が
悪いのに、ことごとに世界と
鋭角的に対立する性質の弟の方が、
歌を通してだけは完全にひとつに
なったということである。
           (同前)

      

映画のセリアズはロック界スーパースター、
デヴィッド・ボウイですから、「わたしは
音痴だった」と言うわけにもいかず、
またその必要もありません。

それはそもそも映画が原作の深みに挑戦
していないからだと言えますが、要するに
原作の弟は何から何までセリアズ自身の
“対極”というか、”裏返し“。

そしてセリアズにとってのこの弟のような
存在こそ、C・G・ユングのいう”影”に
見事な文学的形象を与えたものと
評することができるんですね。


“影”とは何か

その”影”の現れ方は様々ですが、往々に
して「これが自分だ」と意識している
ものと全く正反対の姿をとって現れる
ことで、自身を底知れぬ不安に陥れます。

この不安が”影”への攻撃性をかき立てる
こともままあり、セリアズの「裏切り」
もまさにその例として読むことが
できるのです。


この設定は、原作「第二部」全体の主題に
とって必須のもので、弟の眼を覗くと
「奇妙に気持ちが乱れて落ちつかなく
なった」というセリアズは、続けて
こうも述懐するのです。

弟の深い眼が、どうしよう
もなく無防備であると
思えることがあった。

彼の眼はあまりに人を信じ、
文明化された現代の打算や
猜疑心をあまりに知らぬ
ように思えた。

そしてこのために、その眼は
わたしや、わたしがものの
見事に安息している世界に
たいして、ある非難を浴びせ
かけているようだった。
          (同前)

       

作者ヴァン・デル・ポストがこの概念の
影響下にあったことは訳書の「あとがき」
(由良君美)にも言及がありますし、
そのことは日本随一のユング学者といえる
河合隼雄氏がその主著の10ページ以上を
割いて加えている、この小説への解説と
批評からも明瞭です。
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➍ハラ独断のクリスマス
特赦とそれへの処罰

映画では明確になっていませんが、実は
ロレンスは12月27日の処刑が決まって
いたところを、ハラ軍曹による
「特赦の申請」により救われたのです。

ハラの独断専行はそればかりでなく、
原作「第一部 影さす牢格子」によれば、
ハラは勝手に「クリスマスの祭りを祝え」
と捕虜全員に強制しました。

そして、「クリスマス」を知ってるかと
皆に問うては、知らないと答えた中国人を
「嘘つき」と決めつけて殺し、この死を
もってロレンスの「かわり」ということに
したというのです。

    

これだけの横行に対する処罰は「3日の
謹慎」で済むものではなく、原作では
これきり1946年の再会までロレンスは
ハラの顔を見ることはなかったのです。


4年後、ハラの処刑前日にロレンスが
呼ばれて再会する映画のラストシーンは
「感動的」の評価がある一方で、わからない
という声もないではありません。

その分かりにくさは、原作に書き込まれて
いるこのような経緯と、そこに示される
ハラのロレンスに対する特別な感情が
すっ飛ばされていることも一因かと
思われます。

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➎ヨノイへの接吻が意味するもの

映画のヨノイはあっという間に接吻されて
しまいますが、原作では接近するセリアズ
に対して「もどれ!」と何度か英語で
怒鳴り、これを無視したセリアズに
軍刀の峰打ちを見舞います。

これで一度倒れたセリアズが起き上がり、
なおも歩み寄って、

両手で腕をつかみ、
フランスの将軍が兵士の
勇気を称えたあとでそうする
ように、両頬に頬ずりした
のである。
    (第二部 六 種を蒔く)


この奇怪な行為には捕虜の側からも
「くそっ、なんという野郎だ」という
声が上がったほどですが(オーストラリア
将校)、それ以上に日本人を混乱させた
ことは言うまでもありません。

それというのも、原作第一部では「捕虜の
所持する小説本などにキス・シーンが
あれば全ページ破り捨てろ」とハラが
命令していたほどで、キスや頬ずりを
猥褻なことと見る日本の伝統文化はまだ
生きていたからです。

       

ですから、この頬ずりが同性愛へのタブー
意識を刺激したことはもちろんですが、
この奇怪さは、性的な問題を超えた、
ある途方もない転換を人々の意識に
発生させてもいたのです。

「ずっと大事なことがある」と原作の
ロレンスは「わたし」(英国人)にこう
解説します。

セリアズはヨノイをそういう目に
あわせることによって

君たちと日本兵を宿命的に
縛りつけていたなにかから、
〔中略〕君たち双方を解放したのだ。

君たちは同じものの片割れだった。

ひそかに相手によりかかった
二つの対立項だった。

同じように相手をひきつける
二つの電極だった。

そこへセリエ(セリアズ)が登場して、
ギャップに橋を渡して、宿命的な
重荷をはずした。    (同前)

       

すなわちこの根本的な価値転換によって、
⦅「連合軍」対「日本」⦆とか⦅「西洋」
対「東洋」⦆とかの既成の対立項が音を
立てて崩れ、⦅「(恥ずべき)セリアズ+
ヨノイ
」対「その他大勢」⦆という二極に
取って代わられたのだ、と。

だから(恥ずべき)セリアズは生贄ヤギの
ごとく、首だけの惨めな姿で皆(西洋人も
日本人も)の晒し者にならなければなら
なかったし、それを経ての死は当人も
覚悟の上だったのです。
👉第二次大戦中はどこの国でもなお「恥ずべき」
ものとされていた「同性愛」。

この偏見が打破されてLGBTQが市民権を
得てきたことに、文学や映画の力が関与
していたことは言うまでもありません。

それらの作品のうち、原作小説とその
映画化が文句なしの傑作だったものとして
マヌエル・プイグの『蜘蛛女のキス』(原作
1976、映画 1985)を挙げることができます。

詳しくはこちらで。

蜘蛛女のキス…の意味は?映画のあらすじ【ネタバレ】&小説との違い

 



➏(皆と)同じことをしただけなのに…

原作の「第一部 影さす牢格子」は小説で
ありながら、一つの”日本人論“としても
読めるものですが、「同じことをした
だけなのに…」というこの問題こそ
そこでの主題をなしています。

ハラは容姿も振舞いもグロテスクなまでに
極限化された”典型的日本人”(冒頭に掲げた
原著表紙のハラをもう一度ご覧ください)
で、その暴力はロレンスをも容赦しません。

が、ロレンスは彼に奇妙な敬意を払い、
「生きた神話」「彼らの無意識の奥深く
潜む強烈な内的ヴィジョンの具現」
などとも評します。

第二次大戦中は、どこの国でもなおハラは鳥籠のなかに生まれた。

ハラは神話という土牢のなかの
囚人で、古代の偉大な神々の
鍛冶屋がとりつけた牢格子に、
ゆわえつけられている男なのだ。

そう思うと、ぼくは彼に、
大きなあわれみを感じた。

       

ロレンスがハラに感じたこの「あわれみ」
を含んだ敬意を、映画のビートたけしに
感じろというのは無理な注文かも
しれません。

ただ、たけしが流行(はや)らせた例の
“日本人論”的スローガンは、ハラが
最後にもらした不満に不気味にも
折り重なるようです。

いわく「赤信号、みんなで渡れば怖くない」


まとめ

さて、いかがでしょうか?

大きな話題を呼んだ映画『戦メリ』に
比して、日本ではそれほど広く読まれて
いないように見える原作『影の牢格子』。

河合隼雄氏がスイス留学中、ユング派の
師匠に勧められて読み、深い感動を覚えた
というこの小説の魅力を少しでもお伝え
できれば、との一念で書いてきました。

映画で口を開けている上記の➊~➏
突破口からヴァン・デル・ポストの世界へ
ご案内したつもりですが、それなりに
楽しんでいただけたでしょうか。
👉戦争文学・戦争映画にも様々あり、
多様な世界が広がっています。

そのいくつかについては下記で
詳しく情報提供していますので、
ぜひご参照ください。

イングリッシュペイシェント(映画)5つの”なぜ”⦅原作との違い⦆

       


愛を読む人(泣ける映画と原作) ハンナはなぜ怒った?他5つの”なぜ”

    


シンドラーのリスト 赤い服の女の子の意味は?詳しいあらすじ(原作照合)



    
夜と霧 あらすじと感想文/レポートの書き方【2000字の例文つき】

    

大岡昇平 野火のあらすじ 映画原作小説を簡単/詳しくの2段階で

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キャバレー(映画)のあらすじ ミュージカルを超える名作だ!

          

戦争と平和(映画&原作小説)のあらすじ【登場人物相関図つき】

               


読書感想文やレポートの素材にしよう
という場合も、これだけの情報が
あればもうバッチリですよね。

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きたけど、具体的にどう進めていいか
わからない( ̄ヘ ̄)?

そういう人は、ぜひこちらで具体例を
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「あらすじ」記事一覧

≪感想文の書き方≫具体例一覧


ともかく頑張ってやりぬきましょー~~(^O^)/



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